ジャーナリストの筑紫哲也さんが亡くなられた。
長年キャスターをつとめられた「ニュース23」も たまにみる程度だったけれど、あの静かな語り口と うつむき加減のシャイな笑顔が、もう見られないのか、と思うと、 やはりさびしいものだ。 訃報の中で紹介されている経歴等を拝見すると 新聞、雑誌、TVと主要なマスメディアで長期に渡って 大衆に顔を露出して活躍されているが、後にも先にも 筑紫さんような方はいなかったのではないか。 そういう意味でもステレオタイプなジャーナリストではなかった。 私が筑紫さんを意識したのは、あるミュージカルでの パンフレットのコメントだった。 「僕とブロードウェイ・ミュージカルとの出会いは1971年。 根っからの音楽好きだから、たちまちミュージカルの とりこになった。(略)」 当時現役新聞社員でありながらTV番組を持っていたので、 その意外なコメントがよけい気になったのかもしれない。 恐らく駐米特派員として滞在していた当時のことなのだろうか。 後年活躍の場が広がっていく中で筑紫さんが披瀝される 守備範囲の広さというのは、この辺りにもあるんだなぁ、 と改めて感じさせられた。 当時の朝日ジャーナルの編集長時代に連載されて 反響を呼んだ「若者たちの神々」も後日単行本化されてから 読んだ。当時の若者の心をとらえた「神々」にインタビューを 重ねていく訳だが、時間のふるいにかけられて、今となっては どんな活躍をしていた人なのか思い出せない方も多い。 逆に、今に至るまでしぶとく「神」であり続けられた人たちも 少なからずいることに、その慧眼ぶりを感じない訳にはいかない。 もう存在しないという喪失感はあとから効いてきそうだなぁ… 筑紫哲也さんのご冥福をお祈りいたします。 ![]()
タイトル : 筑紫哲也が率いた「朝日ジャーナル」黄金時代
20歳代前半にシェイクスピア全集を、二束三文で売り払ってからかしら。わたしは、ほとんど書籍は買わない。活字は大好き。本の匂いを嗅ぐだけで幸福感に浸るほうなのだが、どうせ安値で売るなら、最初から図書館で済まそうということになる。そんな次第で雑誌もほとんど買わない。最新号を、土日に図書館でチェックする日々なの。1984年から1987年までの間、雑誌「朝日ジャーナル」だけは別だった。毎号わくわくした。わたしは日本文学やルポルタージュが元々好きだったが、この雑誌をきっかけに、社会科学や自然科学の書籍にも関心を......more
タイトル : 筑紫哲也氏が死去
ジャーナリストでニュースキャスターの筑紫哲也(ちくし・てつや)氏が7日午後、肺がんのため東京都内の病院で死去した。73歳だった。大分県日田市出身。葬儀は近親者のみで行い、後日、お別れの会を開く予定。 1959年に早稲田大政治経済学部を卒業、同年朝日新聞社に入社し......more
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