歴史をかえた誤訳@新潮文庫

先日開店したジュンク堂で求めた一冊。

著者の鳥飼久美子さんは、アポロの月面着陸から
しばらくTVで同時通訳で活躍されていた方だが、
まずは懐かしさにひかれ、次にタイトルにひかれた。

「歴史までかえられた誤訳が存在したのか!?」

ただ、これはやや羊頭狗肉的タイトルのつけかただったのは残念。
確かに様々な逸話が引用されているが、大半は「国際摩擦」とでも
表現したほうが良いような類のもので、決して歴史を決定的にかえた
という例ではないように思う。じゃあ、そのことでこの本の価値は
損ねられたのかというと、決してそうも思わない。
むしろ、通訳という職業の重さ、難しさと同時に異文化コミュニケーション
を考えさせるきっかけを与えてくれている格好の一冊となっている。

例えば、日本語の「黙殺」「善処します」「不沈空母」はどう訳すのか。

戦争状態、首脳会談等の高度な政治的判断が必要な場合は
誤って訳すと、とんでもない事態を引き起こすことだってあり得るのだ。
通訳者にかかるプレッシャーたるや、たいへんなものだろう。
実際本書でも、これらの言葉にまつわるトラブルを解説している。

また、単に言葉の訳だけではなく、故意の誤訳・意訳ともよべる例
として「ジョーン・バエズ事件」「東ティモール事件」も紹介されている。
こりゃ、お粗末でひどかった。

通訳というと、私などは「異なる言語間のコミュニケーションの仲立ち者」
程度にしか認識していなかったが、いやはや奥が深い。
極端な話、単なる直訳だけの場合と、徹底的な意訳という
両極に位置する例は、どちらも通訳としては失格ということになる。
やはり、通訳する方は異なる文化的背景に通じ、発言者の言葉と
意図を「身を虚しう」して正確に伝えることを本文とすることのようだ。
ある面ではどこかのCMにあったように
「なにもたさない なにもひかない」
というのが原点なのだなぁ、と認識を新たにした。
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by capricciosam | 2008-12-30 23:34 | 読書 | Comments(0)


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