おそめ@新潮文庫

夕方すすきのを歩いていると、着飾った女性が闊歩する姿を目にする。
いわゆる「夜の蝶」の方たちだろうなと思って通り過ぎる。
もっとも、ホステスさん以外の職業も増えた昨今では、
必ずしもホステスさんばかりとは限らない。
それに「夜の蝶」という言葉自体も耳にしなくなって久しいような…
しかし、かつては代名詞のように使われた時代があった。
「昭和」である。

川口松太郎が短編小説「夜の蝶」を発表したのが昭和32年。
「おそめ」が京都から東京銀座に進出してから2年後のことだった。
夜の銀座を舞台に二人のバーのマダムの恋愛がらみの確執が
描かれたことが、当時大層な評判を呼び、以後「夜の蝶」という言葉
が世間で定着していったようだ。

この小説のマダムには実在のモデルがいた、というのが定説。
そのひとりが本作で取り上げられている「おそめ」の上羽秀さん。
元京都祇園の芸妓。
落籍されたものの、好きな人ができ、旦那から独立して、女給を経て、
自宅を改装して始めたのがバー「おそめ」。
カウンター5,6席だけの小さなバーだったようだ。
昭和23年のことだ。

しかし、当時の財界や文壇の人間が集まり繁盛し、
後年には先に記したように東京銀座に進出することになる。
もちろん、栄枯盛衰は世のならい。
「おそめ」は昭和53年には閉店し、今や銀座には存在しない。

本書に描かれるのは昭和の戦後という時代の躍動を背景に、
波乱に満ちた人生を送った女性の生き様の見事さである。
「好きな人」は後の東映やくざ映画の名プロデューサー俊藤浩滋。
俊藤の死まで長年連れ添うが、ほとんどの期間を内縁関係で過ごす。
ここまで惚れられたら男冥利というくらいの惚れっぷりだったらしい。

上羽秀とおそめという生き方が激しく交錯する中で、その生き様は圧倒的。
しかも、その人物たるや、見るからにすごい女丈夫という訳ではなく、
はんなりとした外見に芯の強さを秘めたタイプだったようだ。
若い頃から、人を惹き付けて止まない不思議な魅力に満ちていたらしい。

「(略)ただ立っている。しかし、その立ち姿には隙が無く、
しかも、人を誘い込むような柔らかさがあった。
(略)それにしても、なんと可憐であることか。
いや、何より私を強く捉えたのは彼女の全身に漂う透明な空気だった。
(略)まるで澱んだものが感じられない、すべてが洗い流された先の無の姿
とでも言うべきものか。」
(以上、本文P15~P16より引用)

著者が初めて上羽秀さんと出会う場面での上羽秀さんの印象である。
一般的に老境に至ることで獲得される部分もあるのだろうが、
若い頃から一貫して放っていたこの方の魅力の一端が伺える。
やはり、そういう印象を放つ人が、どうして時代の寵児たり得たのか、
そんな好奇心につられて読み進んだのだった。
それは、端正な執筆ながらも著者の一途な思いが読む者に
伝わるからなのだろう。
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<追記>
ちなみに、上羽秀さんはご高齢ながらまだ存命で、京都にお住まいのようです。
どうぞ、静かな晩年でありますように。

<追記2012.12.2>
2012年10月1日、89歳で逝去されました。合掌。

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by capricciosam | 2009-05-06 09:22 | 読書 | Comments(0)


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