師走のつれづれ

暦も残り少なくなって、とうとう12月。
いよいよ師走です。
私なんぞは、この言葉を聞くと「慌ただしさ」と「どん詰まり感」を連想。

つい先日のTVでは12月の他の読み方を紹介していましたが、
「極月」
これなんて、「どん詰まり感」そのものですなぁ。
その中で気に入ったのが、
「春待ち月」
冬の次は春だぁ、まだ先があるんだ、2012年じゃない
という楽観的語感が気に入ってます。

ところで、ネットニュースでこんなのを発見。

「夜の部の「野田版 鼠小僧」(作・演出、野田秀樹)では、勘三郎が劇中、
「余の目は節穴ではない。女子アナではない。ましてや小林麻央ではない」と、
“旬”なアドリブで舞台に出ていない市川海老蔵(31)をいじり沸かせた。」
(以上サンケイスポーツより引用)

「アハハ」
思わず笑っちゃいましたが、何故か既視感に襲われました。
勘三郎さんの旬なネタを取り入れたアドリブの場面がまざまざと目に浮かぶのです。

約一年前の「東京鑑賞三昧旅行」の最終ポイントが浅草寺境内の平成中村座。
あの時も勘三郎さんは劇中にアドリブをポンポンいれてくるのです。
そのうちの一つ。
殺された山埼屋(笹野隆史さん)の生首を法界坊(勘三郎さん)が棒で、
まるでゴルフのパッティングをするようにころがして穴に入れる場面が
あったのですが、勘三郎さんのアドリブは
「遼くん、優勝、おめでとう!」
当時石川遼選手がプロ初勝利を挙げてまもなくだったので、
観客も大受けで、舞台上のグロテスクさを旬なネタでうまく中和させていました。

これは一例ですが、やはり演者の息づかいが感じられる生、ライブというのは
得難いモノがあります。もちろん、その中心はステージ上の演者ですが、
観客とて傍観者でいる必要はなく、「反応」をしっかり返すことで、
ステージと気持ちが通じあうかのような会場の一体感が生まれるというものです。
それは演者と観客のお互いの集中した気の為せる一種の創造と言っても
良いのかもしれません。その創造も、時にはしょぼい時もあるでしょうし、
事前の予想をはるかに凌駕する大盛り上がりの時もあるでしょう。
こんな時の幸福感は得がたいものです。
まぁ、これがあるから、ついつい足を運ぶんでしょうね。

おっと、久しぶりに書いたら、ちょっと熱くなってきたぞ。
睡魔が襲ってきたので、切り上げますが、最近は週末ブロガーと化していたので、
12月くらいは少しでも平日に更新していきたいと考えています。
(あくまでも考えただけで終わるかもしれません…)
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by capricciosam | 2009-12-03 23:45 | 時の移ろい | Comments(0)


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