小三治@映画2010

先日の独演会の一席目のまくらの最後のほうで話題にしていたのがこの映画。
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「今(札幌で)やっているんですってね。あの映画は観てない。
(NHKの)プロフェッショナルで懲りちゃった。何回も再放送したりして、
飽き飽きした。(人の)身体を鶏ガラだと思って、何度も何度もスープをとって。
(入船亭)扇橋と仲がよい? 仲良かぁないよ。
温泉に爺ぃと爺ぃが入ってる? 観たかぁーないよ。」

そして仲良し、友達というところから「長短」へと入っていく訳ですが、
会場で配布されていたパンフを見たら、ごく短期間の上映だったので、
こりゃ見逃したら当分見れないだろうと思い、足を運びました。

高座も「らくだ」「鰍沢」とそれぞれ一部ですが、収録されていてお得。
それから、弟子の柳家三三の真打ち披露口上での挨拶が、また良い。
もちろん高座以外の師匠の姿も楽屋やプライベート含めて追っていて、
師匠の含蓄のある発言も随所に出てきます。

「音符を並べたら音楽か。言葉を並べたら小説か。
そうじゃないんだろうな。音符も言葉も道具や記号に過ぎない訳で、
ただ並べただけじゃ何も伝わらない。これは落語も同じ。
何を演ったかではなく、何をお客に伝えたか、ということが大事なんで、
カタチなんて関係ない。ココロなんですよ。」

半端なプロでも言えそうですが、これが当代随一の噺家の発言となると、
とたんに重みが増します。
師匠のはにかむ笑顔と対照的な遠くを見つめるかの如き内省的な視線。
その芸に触れた者ならば、その言葉にウソはないことを実感するはずです。

それにしても、「鰍沢」を演る前の楽屋の様子が興味深かった。
小三治師匠が口数も少なくなり、「鰍沢」に集中しようとする一方で、
隣の間では弟子たちがワイワイガヤガヤ。全然おかまいなし。
つまり、大看板も弟子もいっしょの楽屋。
同じ古典芸能の歌舞伎でも大看板は楽屋が別だろうし、
クラシック音楽なんかも、指揮者やソリストは個室を与えられるのではないか。
ともに、本番前に集中を高めることは同じだろうに、
ジャンルによる環境の違いというのはこうも違うものなのか。

このドキュメンタリー映画の公開自体は昨年なので、
今回札幌での上映はリバイバル上映ということになります。
映画館の紹介パンフには、館主とおぼしき人の公開当時の潜入ルポが
記してありましたが、見事な不入り(?)だったらしい。
でも、今回はミニシアターだったせいか、中高年主体に結構な入りでした。
結局、独演会後の復習みたいな形になりましたが、観て良かった一本でした。
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by capricciosam | 2010-02-08 22:57 | 映画 | Comments(0)


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