一時代を築きし者の退場

作詞家の星野哲郎さんが亡くなられました。
数々の心に残る歌謡曲の作詞をされていらっしゃいます。

「三百六十五歩のマーチ」、「兄弟船」、「男はつらいよ」

どれも昭和を代表する名曲だと思います。
そのうちのひとつ「函館の女」を初めて聞いたのは、
ちょうど田舎から函館の親戚に遊びに行った時でした。
船村徹さんの思わずノリノリになる出だしが印象的で、
北島三郎さんの、のびやかな歌声にも爽快さを感じて、
子供心にもたちまち好きになったものでした。
詩の力、曲の力、歌い手の力。
まさしく三拍子揃った名曲だと思います。

また、小林旭さんの代表的な歌にも星野さん作詞のものがあります。
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「昔の名前で出ています」
この歌も一世を風靡したものです.
以前には「自動車ショー歌」という、ちょっと変わった歌もありました。
これも星野さんの手によるものですが、当時の自動車会社や車名を使った
ちょっとした言葉遊びのような歌詞です。

あの娘をペットにしたくって
ニッサンするのはパッカード
骨のずいまでシボレーで
あとでひじてつクラウンさ

今では消えた会社や車種もあり、高度経済成長期の名残のような歌詞です。
歳のせいか、ノスタルジックになりますね‥

星野哲郎さんのご冥福をお祈りいたします。

ところで、自動車と言えば、こんな記事を目にしました。

「ホンダは乗用車「シビック」の国内向け生産を12月中に打ち切る。
在庫が無くなり次第、国内での販売も終了し、開発中の次期シビックは
すべて海外で販売する。シビックは72年に発売され、ホンダの「顔」
として親しまれてきたが、低燃費の小型車「フィット」や、ファミリー
向けミニバンに人気を奪われ、国内新車市場から姿を消すことになった。
 シビックは05年に発売された現行モデルが8代目。国内向けの
ホンダ車としては最多の累計約300万台を販売した。
 73年当時、世界で最も厳しいとされた米国の排ガス規制
「マスキー法」の規制値をクリアした「CVCCエンジン」を搭載。
「技術のホンダ」を世界に示し、国内最後発の四輪メーカーだった
ホンダの経営基盤を築いた。」
(以上、毎日新聞より引用)
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自家用車を何台か乗り継いできましたが、
シビック、なかでもRSは忘れられない一台です。
当時、中古で廃車同前だったRSを譲ってもらい、
ワクワクしながら木製のステアリングを握ったものでした。
なだめ、なだめ何万Km走ったことでしょう。
俊敏な走りにドライブする楽しさを教えてもらったという
気持ちが未だに残っています。

あれから幾星霜。
販売不振の挙げ句、退場とは‥
時は随分流れたんだね。
ありがとう、シビック。

歌謡曲も、自動車も、商品として「今」という時に
生命が宿るのは宿命なのでしょうが、例え消えたとしても
心の中には思い出として記憶されていくのは間違いありません。
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by capricciosam | 2010-11-18 00:00 | 時の移ろい | Comments(1)
Commented by 村石太カナ&エリー&ジョニー at 2012-05-06 22:45 x
小林旭 昔の名前で 出ています で 検索中です。この歌の歌詞 苦労した 水商売か芸能人の女性が 名前を 変えながら 生きている。
せつなさ が 胸に しみます。旭さん 熱き心に かなぁ音楽同好会(名前検討中 小林旭を語る会


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