減税という発想

今日投票が行われた愛知県知事選挙、名古屋市長選挙で
ともに「減税」を掲げる候補が当選した。

消費税増税論議に代表される「増税」に対する逆の発想をした訳だが、
果たして膨大な行政コストをどのように賄おうとしているのか、
その辺が気になるところだ。

消費税増税に見られるように、どうしても必要なコストを賄うためには
歳入を増やそうとする発想が先行しがちだが、果たして、コストそのものの
見直しは十分行われているのか、限界と思われるところまで削減したのか、
という客観的検証が為された上での論議なのか、という点は不透明なまま
のような気がする。
名古屋市の場合、市長は給与を50%削減して700万円程度にしたにもかかわらず、
市議会議員の年収が約1400万円のままで、議員報酬の削減に応じなかったことから
市民にも批判が出て、渋々削減したものの、それでも依然約1000万円を越えている
ようだ。もちろん、議員活動のコストというものも当然ある訳でむやみに削れ、
というのは暴論というものだろう。
ただ、一般論として議会議員に代表される政治家のコストというものが
高すぎるのではないか、不必要な税金が投入されているのではないか、
という素朴な疑問に対して、議会側からの首肯できるような回答があったのだろうか。
極論ではあろうが、地方政治においては、高コストなプロフェッショナル化した
政治家は不要で、よりオープンな政治参加を促す効果の期待もある
低コストなボランティア化した政治家でよいのではないか、という発想も
出てくる下地というのはこの辺にあるのだろうな、と思う。

行政サービスが低下しないという相反するだろう前提はあるものの、
納税者の一人としては、税負担が少なくて済むことは歓迎すべきことである
ことは間違いない訳で、高コスト体質の日本の政治風土に地域政党の発想が
地殻変動を起こすことになるのか、注目していきたい。
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by capricciosam | 2011-02-07 00:14 | 時の移ろい | Comments(0)


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