買い占め撲滅ポスター

地震発生から一週間。
この間、TVやラジオもNHKを除けば徐々に通常の編成に戻ってきた。
とは言うものの、ニュースは福島第一原発を中心に大震災関連が大半を占める。
依然、原発は危険な状態を脱せず、かつ被災者の救援も遅々として進まない
のだから、当然のことだろう。

もちろん、被災地より遠方にいる者はついつい日常に追われがちだが、
決して忘れている訳ではないし、忘れることがあってはならない。
無事であったものは、一層活発に生活することで復興の推進に一役買いたいものだ。

ところで、以下、ちょっと先走った独断を書くことをお許し願いたい。
我が国では震災を忘れないために9.1に「防災の日」が設けられている。
9.1は1923年に発生した関東大震災を忘れないための日。
しかし、身をもって体験した人は今はどれだけ生存されているのだろう。
どれだけの語り部が今いらっしゃるのだろう。

1995年には阪神淡路大震災が発生し、今なお、被災された多くの人の
記憶に刻み込まれ、語り継がれている。
同時代に生きる者としても、体験せずとも目撃している分、記憶には残っている。
残念なことだが、同様のことが今回の東日本大震災では、数段強烈である。
地震大国の我が国では、震災や津波の恐ろしさを体験したことで語れる人が
多くいて、その悲劇を語り継いでいくことが、将来の防災に備える意識を
確かなものにしていけるのではないだろうか。
もちろん、関東大震災の意義は決して否定するものではないし、
死者・行方不明者の数が圧倒的多数(約14万人)ではあるが、
むしろ「防災の日」を形骸化せずに活かすためには、
「防災の日」を9.1から3.11に変更するか、
3.11を第二番目の防災の日とすることが、
ふさわしいような気がしてならない。

こんなことは震災対応が落ち着いてからの議論の範囲だ、
ということは重々承知しているが、歳とともに健忘症気味なので、
フライングして書いた次第です。

さて、本題。
首都圏では買い占め騒ぎが発生しているらしい。
幸い、拙宅の近所のスーパーは普段と変わらない様子らしいが、
ミネラルウォーターだけは棚がカラッポになっていたとのこと。
これは買い占めというよりも救援物資になったのではないか、
と勝手に思っている。
そうあって欲しい、という願望の現れですね。
そんな折、こんな記事が目に止まりました。

「首都圏で食料品などの買い占めが問題となる中、
 ミニブログのツイッターで、若手デザイナーが作った
 「みんなで分け合えば、できること」と題したポスターが
 大きな反響を呼んでいる。ポスターを作成したのは松本隆応さん(略)」
(以上、サンスポより一部引用)

百聞は一見に如かず、です。
誰にでも潜む「内なる買い占め衝動」のブレーキにならんことを。
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by capricciosam | 2011-03-18 23:36 | 時の移ろい | Comments(0)


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