誤算送り火

「がんばれ日本」、「がんばろう日本」、「ひとつになろう日本」‥

大震災後に誕生した標語の数々は、当時の日本人の偽らざる気持ちが現れていた。
それ故、被災された方に心を寄せ、多額の義捐金が集まり、一人一人が何が出来るのか
を問いかけ、この国の再生する力を信じて、秩序や規律を保って生活しているのではないか。
ただ、福島第二原発問題だけは、人知を尽くしても依然御しがたく、
いまだ放射線の見えざる恐怖におびえざるを得ないのは残念なことだ。
そして、今回の大震災のわかりにくさは、津波被害と原発事故が併発したため、
両者を混同して放射線被害のおそれがない地域まで放射線被害の恐れがある地域のように
誤解しかねないことだ。誤解による風評被害、とでもいうのだろうか。
今回の記事を読んで、そんな典型が発生したと思った。

「東日本大震災の津波で流失した岩手県陸前高田市の高田松原の松に
震災遺族らのメッセージを記して京都の「五山送り火」(16日)のまきにする計画が、
放射能汚染を懸念する声を受けて中止されることになった。
(略)計画が報道された6月末以降、京都市や関係者の自宅に「放射能汚染された灰が飛ぶ」
などと抗議の電話やメールが寄せられるようになった。保存会はまきのかけらを取り寄せ、
民間会社に依頼してセシウムとヨウ素の検査をしたが何も検出されなかった。
まきの使用を巡って理事会で意見が割れたが「不安は完全にぬぐえない」と中止を決断したという。
(以上、毎日新聞8/8より引用)

陸前高田市が福島第一原発から地理的に離れていることは地図で調べれば、
簡単にわかること。反対される方はどうして根拠もない感情的反発を、
ちょっと調べることで回避できなかったのだろか。
まして、保存会においておや、だ。
結局、この件に関する反響は大きく、苦情が相次いだらしい。
保存会にとっては大きな誤算だったのではないか。

「五山送り火の各保存会で組織する「京都五山送り火連合会」(京都市)は9日、
現地から別の薪を受け入れることを決めた。
京都市が500本を取り寄せ、送り火で燃やされるという。(略)
被災者がメッセージを書いた薪333本は8日夜に現地で燃やされ、
市には9日も約500件の苦情が相次いだ。(略)
連合会は市の要請を受けて協議した結果、16日の送り火で燃やすことに決めた。
送り火は「大文字」「妙法」「船形」「左大文字」「鳥居形」の五つあり、
どこで燃やすかは今後決めるという。今回の薪には被災者のメッセージは
書かれていないが、連合会の会長(74)は「松には被災者の思いが詰まっている。
心静かに犠牲者の霊を送る協力をしたい」と話している。」
(以上、朝日新聞8/10より引用)

日本でも有数の伝統ある行事だけに守られている方のご苦労は大変なことと思うが、
それにしても、今回のような差別的対応は軽率だったとのそしりを免れない、と思う。
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<追記8.13>
残念な結果が報じられた。

「京都市は12日、まきの表皮から放射性セシウムが検出されたため計画を中止する
と発表した。送り火の実施主体の五つの保存会は同日、市の決定に従うことを決めた。
(略)京都市によると、松から切り出したまき(長さ約30センチ)の表皮から放射性セシウム
が1キロ当たり1130ベクレル検出された。表皮を除いた幹の部分からは検出されなかった。
野焼きの際の放射性物質に関する基準値はなく、市が専門家に問い合わせたところ、
「国の基準がない以上、安全という見解は出せない」との回答だったという。(略)
500本すべてから表皮のかけら計1キロ分を集め、検査したという。」
(以上、毎日新聞8/12より引用)

予想を超える放射線の飛散に愕然としたが、
こんなことなら、最初のまきから放射線が検出されなかったのだから、
最初のまきを素直に送り火に使ってくれたら良かったのに、と思わざるを得ない。
伝統行事としての懐の広さをアピールできた良い機会を失っただけでなく、
こういう結果になり、かえって全国的に反感を呼ぶことになるのではないか。
また、今回検出された放射線のレベルについては、このような見解もあるようだ。

「測定結果の数値について、専門家は「問題となるようなレベルではない」と話す。
国際放射線防護委員会の主委員会委員、丹羽太貫・京都大名誉教授(放射線生物学)は
「仮に表皮を1キロ食べ、全て体に吸収されたとしても取るに足らない線量」と指摘した上で、
「意味のないクリーンさを求めた今回の判断は被災地の方々の気持ちを踏みにじるものだ」
と指摘する。」
(以上、毎日新聞8/12より引用)

いづれにせよ、使わないという結論になったことは変わらない。
でも、今年含め、毎年行われる「五山送り火」をTVで見るたびに、
「意味のないクリーンさを追求して、自分たちさえ良ければという気持ちの
人たちがやってる行事なんだ。勝手にやれば。」
なんてことを思ってチャンネルを変えそうだな。

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by capricciosam | 2011-08-10 22:40 | 時の移ろい | Comments(0)


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