佐渡裕&ベルリン・ドイツ交響楽団@Kitara2011

はじめに、当夜のアンコール含めた演奏曲を。

1曲目 ベートーヴェン「レオノーレ」序曲第3番
2曲目 モーツァルト ピアノ協奏曲第23番
アンコール ショパン ワルツ第5番
3曲目 チャイコフスキー 交響曲第5番
アンコール 弦楽セレナーデより第3楽章「エレジー」

当夜の真骨頂は、やはり3曲目のチャイコフスキー。
佐渡さんは、決して急がない。
むしろ、あえて「ため」を作るがごとき悠揚迫らぬ指揮ぶりで、オケを慎重にリードする。
また、オケもそれに丁寧に応えるが、間延びしたところなどいささかもない。
第一楽章はそんな印象で終え、引き続きホルンの独奏が印象的な第二楽章に。
ところが、ホルンのソロが終わる半ば頃から佐渡さんが指揮棒を置いて、
手だけで指揮し始めてから、俄然カンタービレが満ち始めたように感じた。
やっと、佐渡さんがブレーキを解除したようで、続く第三楽章も指揮棒なし。
圧巻は第四楽章で、師のバーンスタインばりのジャンプは飛び出すは、
前で両手を組んで、まるでオケに向かって祈るがごとき姿も。
圧倒的フィナーレを終えると、多くのブラボーとともに、満席の会場からは
多くのスタンディングオーベーションが。
出かけた演奏会では久しぶりに見る光景でしたが、心情的には小生も同じです。

客席に振り向いた時の佐渡さんは一瞬泣いているように見えました。
そして、オケがはけて、客席も立ち始めた時、まだ続く拍手に応えて
一人登場してくれました。さらなる盛大な拍手とブラボー。
この時も、佐渡さんは、何やら胸にグッとくるものをこらえるような表情でした。
きっと、ツアーを終えた達成感、安堵感、解放感が、そうさせたのかもしれませんね。
でも、穿った見方かもしれませんが、「札幌」という自らのキャリアに欠かせない地への
久しぶりの凱旋公演の成功がよけいそうさせたのではないかな、とも思い当たりました。

佐渡さんがPMFの第一回から参加して、この教育音楽祭の礎を築いた一人であることは
PMFの演奏会を楽しみにしてきた人の間ではよく知られていることです。
その前後を振り返ってみます。

1987年・26歳 タングルウッド音楽祭に参加、バーンスタインや小澤征爾の指導を受ける
1989年・27歳 ブザンソン指揮者コンクール優勝
1990年・28歳 第一回PMF開催 アカデミー教授陣として参加
1991年・29歳 第二回PMF開催 この年は参加していない
1992年・30歳 第三回PMF開催 PMFオーケストラ・レジデント・コンダクターとして参加
以下、1997年・35歳の第八回PMFまで同じ役割で連続参加しています。
(以上、PMFに関しては「PMF-20Years」から引用しました。)

回数にして7回。
20代後半から30代半ばまでの若き日に、夏の一ヶ月間を札幌で過ごしてきた訳ですから、
少なからぬ「想い」が札幌に対してあっても当然ではないのかなと思います。
その間、並行してフランスのボルドーや新日本フィル、そしてラムルー管弦楽団の指揮者
にも就任してプロ指揮者としての地歩を固めていっていることがわかります。
また、PMF最後の年はKitaraが開館した年でもありましたから、
Kitaraのステージにも立って指揮しています。
しかし、PMFとの縁が切れてからは、これ以降は恐らくKitaraには登場していないはずです。
と、いうのは次のような表現が気になって、調べてみたからです。

「日本国内では、新日本フィルハーモニー交響楽団の指揮者、大阪センチュリー交響楽団
の首席客演指揮者などをつとめた後、ほとんどすべてのオーケストラと共演を重ねている。」
(以上、「佐渡裕オフィシャルサイト」より引用、一部省略)

もちろん、PMF開催中は札響と共演しているので、これをカウントしているとは思います。
しかし、PMFとは関係がなくなっても、飛躍的に世界に進出していた当時の佐渡さんを
札幌のプロオケである札響が定期演奏会に呼んでいない訳はない、と思ったのですが、
こちらのサイトで調べてもありませんでした。
これは、正直、驚くとともに意外でした。
まぁ、定期演奏会以外のものもありますし、他のオケと来札しているのかもしれませんが、
札響が一度も呼んでいないのが事実とすると、ちょっと理解に苦しみます。
まぁ、お互いのタイミングというのもあるのでしょうが、不思議な話です。
この前提に立てば、佐渡さんの心の内では、札幌は懐かしいけれど、
地元のオケも呼んでくれない遠い街、冷たい街的な気持ちが生じていたのではないか、
と想像できます。
それが、15年ぶりのKitaraのステージで大喝采を浴びた訳ですから、
それだけで、疑心暗鬼な気持ちも吹っ飛び、感慨も一入だったのだろうな、と思った訳です。

発売早々に完売しただけあって、ほぼ満席。
久しぶりに見ましたが、聴衆の期待の高さが感じられました。
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<追加>
ベルリン・ドイツ交響楽団のブログを見つけました。
なんと、日本ツアーの様子がほぼ一日遅れのペースで動画入りで紹介されています。
Kitaraでの一曲目の「レオノーレ」のステージ横でトランペットを吹いてる様子も。
吹いてる奏者はモニターを見ながら吹いていますが、私服だったんですね(笑)
以前、ドレスデン・シュターツカペレのツアー中にも同様の速報記事を見つけて
感心したことがありましたが、こんなこと今年の札響欧州ツアーでもなかったしなぁ‥
うまく情報を発信してファンの心をつかみ、かつ開拓しているな、と改めて感心しました。
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by capricciosam | 2011-11-06 21:31 | 音楽 | Comments(4)
Commented by hha at 2011-11-08 12:29 x
いい演奏会でしたね。ほんとうに厚みのある音でした。前売り買ってから、ずっと何ヶ月も楽しみにしていた甲斐があったってもんです。感動した。

ところで、PMF時代に佐渡さんは何回か札響を振っているんですが・・・最後に参加した年のキタラで行われたリハーサルが最悪だったんですね。
このリハは、PMFの聴講生など一般にも事前申し込みで公開されていて、ことの始終を見ていた人が多かったんですが、札響の団員数人が佐渡さんの指揮に「入りづらい」などとクレームをつけて、それに佐渡さんがちょっと憤慨するといった場面があって、ホール内に不穏な空気が漂っていたんです。
以後、両者の共演は絶えてありません。不幸な出来事でしたが、相性が悪かったんでしょうか。ただ、札響によい思い出は無いかもしれないけど、佐渡さん自身は札幌のことを決して遠い街、冷たい街とは思っていないと思いますよ。
Commented by 与作の女房 at 2011-11-08 22:21 x
アッと気付いた時は「完売」だった演奏会。いつもながら臨場感あふれる素敵なレポートありがとうございました。
佐渡さんは(テレビでしか拝見した事がありませんが)いつもどんなオケの時にも全身全霊を振り絞って指揮されるという印象があります(当たり前?)11月3日のNHK「題名のある音楽会」でスーパーキッズオーケストラを振りさだまさしの歌にあわせたときもそうでした・・・オケのメンバーの心がじかににじみ出るような演奏で、その中で佐渡さんはボロボロ泣いてました。
 過去の出来事は事実として、佐渡さんも札響も日々生まれ変わっているのですから いつか近いうちに熱い公演に出会えることを楽しみにしています。色々混ぜて書き込んでしまってごめんなさい。
Commented by capricciosam at 2011-11-09 21:06
>hhaさん、コメントありがとうございます。
>楽しみにしていた甲斐があったってもんです
まったく、おっしゃるとおり。

>キタラで行われたリハーサル
そんなことがあったんですか。知りませんでした。
しかし、公開リハーサルでとはね。オケ側から見れば当然の要求だったのかもしれませんが、当時まだキャリアの浅い若い指揮者にとってはちょっと過酷な試練でしたね。

>相性が悪かったんでしょうか
残念ですが、そうとでも考えたほうがよいのかもしれませんね。
でも、N響事件のような決定的なものではないことを祈るばかりです。
小澤さんは見事に飛躍されてN響を指揮するのは晩年になってからですからね。札響は札幌ゆかりの大魚を逃したのかな。

>決して遠い街、冷たい街とは思っていないと思いますよ。
そうですね。来札のたびに立ち寄るお店もあるようですから、ぜひまたキタラに登場してもらいたいものです。
Commented by capricciosam at 2011-11-09 21:17
>与作の女房さん、コメントありがとうございます。
>全身全霊を振り絞って
ホントにそうですよね。今回の演奏会では2曲目まではちょっと抑制気味の指揮に、「あれ?」的な感じでしたが、3曲目では記事に書いたとおりで、「これぞ」という感じでした。

>題名のある音楽会
そうだったんですか。見たかったなぁ。

>いつか近いうちに熱い公演
ホント、そうあって欲しいところです。しかし、どちらもプロ。
感情的なしこりがあるとすると、なかなか難しいのかもしれません。


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