プロメテウス@映画2012

<以下、ネタバレがあります。ご注意ください。>

「エイリアン」が作られたのが1979年。
2年前に作られた「スターウォーズⅣ」がSF活劇なら、こちらはSFホラー。
当時、内容も分からず観に行き、恐い思いをした記憶がある。
この映画を観てから未知なる生命体との遭遇については悲観的になってしまった。
もちろん、出会う確率ということではなく、出会った場合の友好度、安全度という
意味だが‥

「エイリアン」自体は、その後シリーズ化されて、タイトルも「エイリアン2」
「エイリア3」‥とヒロインのリプリーが延々と出演することで作品の上でも時が
経過して未来へと続く。
しかし、シリーズ第1作で貨物船ノストロモス号が立ち寄った惑星に先に不時着して
いた宇宙船と巨大な乗組員、さらにはエイリアンについての謎は特に示唆されること
はなかった。フィクションなのだから、謎は謎のままでなんら支障がある訳ではない
が、「プロメテウス」では、その謎の一端が明かされ、そして「エイリアン」へと
繋がることが「エイリアン」既鑑賞者にはわかるしかけになっている。
「なるほど、そういうことかい」
つまり、本作品は一連のエイリアンシリーズの前に置かれるべき作品なのだ。
時の経過で言えば、リプリーよりずっと以前。
「プロメテウス」では西暦2093年と明示することで、漠然とした未来としか暗示して
こなかった「エイリアン」シリーズの時系列的整理がなされたことにもなる。

と、なれば「エイリアン・ビギン」とか「エイリアンなんちゃら」なんてタイトルが
ふさわしかったのではないか、と素朴に思ってしまう。
確かに本作品のストーリーの流れとしては問題ないが、それとは別に、
謎の宇宙船と乗組員(本作の中では「エンジニア」と呼ばれる。)が目標としていたのは
地球で、しかも自らの手により創造した人間をエイリアンで絶滅させようとしていた、
と驚愕のストーリーを付加している。
これは、新たな局面に話を発展させようとした(している?)リドリー・スコット監督の
意思、意図があることが窺えるのではないか。
「旧作に繋がってはいるが、別物にも繋がる可能性を秘めている。」
それ故、タイトル統一の必要性がなかったのかもしれない。

にしても、このタイトルと「なぜ人類誕生の瞬間は空白のままなのか。」
という惹句だけでは、「エイリアン」を想像することは難しい。
それ故、これは作品の評価にも影響を与えるかもしれない。
小生は「エイリアン」繋がりだという情報を得てから観たので作品は楽しめたのだが、
それでもダーウィンの進化論やオパーリンのコアセルベートを頭にすり込まれた者
としては、人間は誰かが創造し、しかもできそこなったので、さらにグロテスクな
エイリアンを作って滅ぼそうとしたなんてのは、正直「鬱」な話ですね。
監督の示唆する未来が暗いのはこれまでの作品の傾向と同じですが、
それにしても最後にエンジニアの惑星に旅立ったエリザベスはどうなっちゃうのかな。
人間に対して敵対的な奴らのただ中にたった一人で行くんだからね‥
そういう点ではカタルシスのない、ションボリしがちな映画だね。
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by capricciosam | 2012-09-01 22:12 | 映画 | Comments(0)


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