別れは

■ 唐突にやってきた
   
  「お父さんが倒れた、すぐ戻ってちょうだい」
 
  出勤途中に携帯がなる。
  妻からだった。
  「一体どうしたんだ」との思いと同時に
  「なんとかなるだろう」とあえて考えるようにして
  なんとか気を落ち着かせようとした。 
  病院に着いてみると、救急治療室の廊下に母がいた。
  不安な目を私に向けながら小声でつぶやいた。
  「だめかもしれない」
  医者も良い状況ではないことを示唆していた。
  CT断層写真を撮影するために一旦室外に運び
  出された父の顔色はすでに生気を失っているように見えた。
  「覚悟しなけりゃいけないかな」
  母に話しかけてはみたものの、自分の声も虚ろに響く。
  しかし、最悪の場合に一体どうしたら良いのか、
  さっぱり考えがまとまらないまま、じりじり時間が経つ。
  かけつけて30分も経った頃、治療室に入室を促された。
  心臓マッサージを医師が止めて、瞳孔検査をした。
  それから時計をみて死亡時刻が告げられた。
  父が倒れてから一時間ちょっと。
  あまりにもあっけなかった。
  死因の説明を受けても、実感が伴わない。
  妙にふわふわした気持ちのまま、父の遺体のあとに
  ついて霊安室に行った。
  そこの室内に設置されている仏壇に拝んだ時に、
  初めてふいに涙がこみ上げてきた。
  仏壇に向かって、父の霊に南無阿弥陀仏を唱えた
  という「形」が、否が応でも父の死という厳かな事実に
  向き合わせてくれた結果なのだろう。
  悲しかったが、一方では素直にありがたかった。
 
  父と母は二人で私の近くに暮らしていた。
  70歳も半ばになり父と母の老化ぶりは、少々気になって
  はいたが、自分でかかりつけの医者のところに行っては
  健康チェックしたり、めったに弱音を吐かないことから、
  すっかり油断していた。
  子供としてもっと何かできたのではないか、自分を責める
  言葉が頭の中をめぐった。
  それだけに暇乞いもせずにひょいと逝ってしまった父の死は
  子供としてもう何もしてあげられない私には唐突故に大きな
  悔いとして残った。
 
  慌ただしく時は過ぎ、あっという間に葬儀は終了し、父は遺骨
  となって自宅に戻った。
  葬儀を終えたのちも、新聞を見て知ったという弔問してくださる
  方の対応をしている間に時間も無為に過ぎて、十分あったはずの
  忌引き休暇も終り、仕事に戻った。
 
  父の遺骨が自宅に戻って以来、毎晩遺骨のある部屋に
  母と二人で寝ている。
  毎朝、遺影に「おはよう」と言っては起き出して、掃除をしたり、
  仏前の用意をする母の手助けをして出勤している。
  幼い頃祖父母が亡くなった時以来だ。
  怠惰で、およそ信仰とかけ離れた生活を続けてきた私自身の
  行動で示す「けじめ」のつもりなのかもしれない。
  これで気持ちが済むとは思ってはいないが、当面やれるだけの
  ことはやっておこうと思っている。
   
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by capricciosam | 2005-05-29 18:55 | 時の移ろい | Comments(0)


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