琳派-京を彩る@京都国立博物館2015

俵屋宗達や尾形光琳の作品を知ったのはいつ頃だろう。
恐らく義務教育の教科書の口絵からだったのではないかと思う。
ついぞ本物に接することなく過ごしてきたが、今年5月に東京の根津美術館で
尾形光琳の国宝2点を含む、俵屋宗達、鈴木其一等の、いわゆる「琳派」の人たちの
様々な作品を鑑賞できたことは幸いなことだった。その時の感想はこちらです。
この時に「琳派」という言葉によって系譜への理解が始まった訳だが、
その後特に調べもしなかったので、それ以上理解が深まることはなかった。

「江戸幕府の治世が落ち着きを見せ始めた元和元年(1615)。書をはじめ陶芸や
漆芸で名を知られた本阿弥光悦は、徳川家康から洛北鷹峯の地を拝領し、この地
に工芸を家業とする親類縁者を集め、光悦村を営みました。琳派の誕生です。」
(以上、展覧会チラシより引用)

本阿弥光悦が琳派の起源とされていますが、ほぼ同時代に活躍した俵屋宗達とは
「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」(重文)(この作品は現代でも通じる斬新さが素敵)の
ように共同作品も多く残されていることから、この二人が起源と言っても
言いのでしょう。この二人から100年後に尾形光琳が、さらに100年後に酒井抱一が
生きたのですが、琳派は狩野派のように師匠と弟子がいて脈々と続いた訳ではなく、
断続的に継承されてきたという特徴があります。なのに何故派が形成されるのか。
この辺が不思議だったのですが、会場の「第4章 かたちを受け継ぐ」の解説を
読んで納得できました。

「世代を隔て継承されたため、直接の師弟関係を持たず、芸術家たちが自らの
経験の中で出会い、選び取ることによって受け継がれてきた琳派の流れ。その
姿勢を端的に示すのが模写という行為である。(略)私淑という形で受け継がれた
琳派にとって、模写はすなわち琳派に加わることの意思表明でもあった。」

先達の優れた作品を模写することで時代を経て琳派が興隆するとともに、
同一題名の作品が複数現在まで伝わっている要因になるという訳です。
この典型例が有名な「風神雷神図屏風」です。

作者の活躍した時代から言って、オリジナルは俵屋宗達であり、尾形光琳、
酒井抱一の順で模写したことになる。会場で3つの作品を何度も見比べてみたが、
やはり宗達作品の大胆な構図と躍動感あふれる筆致にはオリジナルの持つ迫力が
感じられた。光琳作品は実に丁寧な模写だとは思うものの、宗達作品では画面
からはみ出して描かれていた雷神の太鼓の輪や風神の風をはらんだ布が全て
画面内に収まり、こじんまりとした印象に変わる。さらに、抱一作品は
光琳作品の模写、すなわち模写の模写のため、オリジナルからなお一層離れ
線の弱さ流麗さが目立ち、画家の個性がより前面に出てくる印象となる。
一見同じ作品のように見えながら絵師の個性の違いがわかり興味深かった。

この他にも見応えのある作品が多く展示されていたので、時間があれば
ゆっくりと鑑賞したかったのだが、当日新千歳空港から神戸空港に飛んで、
それから向かったので到着したら太陽も沈もうかという時間。
おまけに90分待ち(結局45分待ちで済んだが、大幅時間ロス)だったから
閉館ギリギリまで粘って鑑賞してきたのは言うまでもない。
c0007388_2341936.jpg

[PR]
by capricciosam | 2015-11-06 23:41 | 展覧会 | Comments(2)
Commented by desire_san at 2015-12-02 09:38
こんにちは。
私も京都国立博物館で「琳派 京を彩る」を見てきましたので、興味を持って読ませていただきました。国宝5点、重要文化財36点の琳派の絵画や工芸品が揃って見られて圧巻でした。

一番書きな画家、俵屋宗達について、今まで見た宗達の傑作を通して、俵屋宗達の美術についてまとめてみましたで、眼を通していただけると嬉しいです。ご意見・ご感想などブログにコメントをいただける感謝致します。

Commented by capricciosam at 2015-12-03 02:11
>desire_sanさん、コメントありがとうございます。
先ほど貴ブログに訪問させていただき、コメントしましたので、
ご覧ください。


<< 正倉院展@奈良国立博物館2015 夷酋列像@北海道博物館2015 >>