カラヴァッジョ展@国立西洋美術館2016

作品に混じってカラヴァッジョ(1571-1610)が生きた当時の史料(古文書)が
いくつも展示されていた。その内容はトラブル(刀剣の不法所持等)が目立つ。
特に、レストランで注文の品を確認したところ、生意気な回答をした給仕に皿を
投げつけて怪我をさせ、その上殺そうとした一件(食堂でのアーティチョーク事件)は
彼の激情ぶりの証。とにかく気性の荒い人間性が災いした故の素行は決して
褒められたものではなかったようだ。
しかしながら、作品の数々は当時から定評あるものだったらしいし、
後代に続く画家に与えた影響も大きい。

今回の展覧会では彼の作品は11点(帰属含めると12点)が展示れされていた。
7つのコーナーと1セクションから構成されていたので順に振り返ってみたい。

Ⅰ風俗画:占い、酒場、音楽
1「女占い師」(1597年)日本初公開
いきなり有名作品が展示されていたが、こういう寓意が含まれた絵は
当時の流行だったのだろう。絵のバランスは良いが平板な感じで、
若者の指から指輪を抜き取ろうとする女の指も動きやリアルさに乏しい。

Ⅱ風俗画:五感
2「トカゲに噛まれる少年」(1596-97年頃)日本初公開
綺麗な花の陰にトカゲあり、ということで寓意か込められている作品だが、
目を凝らして見てもトカゲはわからない。噛まれて深い陰影を刻んで顔ゆがめる
少年の姿に作品名に込められた意を理解することになる。
タッチがやや粗く、その分絵自体に動きがある。

3「ナルキッソス」(1599年頃) 
水面に映し出される自らの姿に恍惚とするナルシスを描いているが、
水面含めて全体は暗い色調の中に沈んでいる。ガラヴァッジョの特徴の
ひとつである明暗もはっきりとはしないが不思議な静謐さが魅力的だ。

Ⅲ静物
4「果物籠を持つ少年」(1593-94年頃)
工房時代の雇われて制作に励んだ時代の作品。手前に書かれている果物籠は
細部まで明確だが、それを手に持つ少年はややぼやけた感じで描かれている。
そのため一種の遠近感があり、画家の関心や主題が果物籠にあったことがわかる。

5「バッカス」(1597-98年頃)日本初公開
一見して男か女かちょつと判別しにくい不思議な絵。
細部にわたりよく描かれているが、明暗は明確ではなく、やや平板な印象を受ける。

Ⅳ肖像
6「マッフェオ・バルベリーニの肖像」(1596年頃)日本初公開
将来のローマ教皇を描いているが、野心の点った目つき顔つきの描写はさすがだ。
しかし、服の襞の陰影はぎこちなく、全体のバランスにもやや欠けている。

Ⅴ光
7「エマオの晩餐」(1606年)
カラヴァッジョには同一テーマで他の作品もあるが、これは逃亡中の晩年の作。
全体が暗く沈んだ中に復活したキリストと、それと知って驚くまわりの人物の一瞬を
切り取ったものだが、明るく浮かび上がるキリストは視線を落とし落ち着き払っている
ように思える。後述する「エツケ・ホモ」と描き方としては共通するのだろうが、
こちらは受難の後の復活した姿だけに表情に苦さは感じられない。

Ⅵ斬首
8「メドゥーサ」(1597-98年頃)日本初公開
斬首の絵はユデトの逸話を主題としたものが有名だが、残念ながら今回は来日していない。
代わって盾に描かれた神話のメドゥーサの作品が展示されていた。ローマに展示されている
作品の一次作品らしい。

Ⅶ聖母と聖人の新たな図像
9「洗礼者聖ヨハネ」(1602年)日本初公開
顔をうつむき気味にし髪で目も隠れがちなヨハネの表情はわからない。
3に通じるあいまいさを残して完成させた作品と言えるだろう。

10「仔羊の世話をする聖ヨハネ」(帰属)
「帰属」ということは真筆とは確認されていない意味なのだろうが、
9よりも余程カラヴァッジョらしいたたずまいを感じさせた作品。

11「法悦のマグダラのマリア」(1606年)世界初公開
近年カラヴァッジョの作品として認められて以降、世界初公開となった作品。
もともとこの主題で描かれると髑髏が配置されるため不気味さが漂うのだが、
カラヴァッジョ作品ではエロティックさも加味されてなんとも妖しい雰囲気だ。
信仰薄い身には理解不能なのだが、宗教的な恍惚感とはこういうものなのか。

ミニ・セクション
12「エッケ・ホモ」(1605年頃)
注文を受けて制作したが、注文主はカラヴァッジョの作品が気に入らなかったらしく
別の画家に同一テーマで再発注した。その2枚がミニ・セクションとして
対比されて展示されていた。絵筆のタッチもさることながら、キリストの描き方の違い
が気になった。どちらの作品も描かれているのは3人。
別の画家の手になるものはキリストを真ん中にし、明るい色調で焦点はキリストに
あっているように見える。そして身体は傷つき、表情も口を開け、視線は天上を向き、
いかにも絶望的な様子がうかがえる。キリスト像としては定型的な描き方だし、
ある意味表層的とも言える。

しかし、カラヴァッジョの作品では全体の色調も暗く、身体に傷もないキリストは
脇役的に左端に配置され、視線を落とし口を閉じている。
むしろ目立つのは右側で「エッケ・ホモ」(この人を見よ)と叫んでいる人物だ。
真ん中の人物分の間をとって静かに過酷な運命を受容しようとしている力強い達観の
境地や凄みすら感じさせる。カラヴァッジョの作品はキリストの中に真の強靱さを
描き切っているとも言える。斬新な視点だと思うが、当時の通俗的考えでは
受容されなかったということか。

カラヴァッジョの真作は60点強と言われているらしいが、初公開作品含め約2割一挙に
観賞できたことは幸いだった。破天荒な生き方がとかく注目されがちだが、作品そのものは
時代を先取りしていく意欲的なもので、技法含め興味深い充実した展示だった。
また、本人の作品以外にも多くのカラヴァジェスキの作品も展示されて見応えがあった。
カラヴァジェスキとは

「カラヴァッジョの画法を模倣し継承した同時代及び次世代の画家たちの総称。
彼らの多くはカラヴァッジョ本人を直接知ることなく、作品の魅力に引きつけられて
その画法を学び新たに発展させました。」
(以上、「カラヴァッジョ展」HPより引用)

一派を為すことなく後代に影響を与えたという点では、昨年観た琳派との類似性を
思わせる。洋の東西を問わず似たような現象はあるものだ。
彼らの特徴のひとつは光源から照らし出された明暗を強調した作品が目立つことだ。
例えば、ろうそくを囲む顔は明るく照らし出され、彼らのいる室内は暗く閉ざされている。
中でもラ・トゥールの作品「煙草を吸う男」は強く印象に残った。
彼はカラヴァッジョの創造した明暗技法をより忠実に、さらに発展させたように思う。

<蛇足>
開館前の行列に並んでいたら、東京文化会館との間の道を公園口方向から東京都美術館に
向かうものすごい人、人、人。会期も終わりに近づいた「若冲展」に向かう人たちなのだが、
まるで川の流れでも見ているかのような錯覚に襲われた。こんなのは初めてだった。
そんな感想を思わず口に出したら、前に並んでいた山梨県のご夫妻に笑われてしまった。

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by capricciosam | 2016-05-26 06:55 | 展覧会 | Comments(2)
Commented by desire_san at 2016-05-27 00:41
こんにちは。
私もカラヴァッジョ展を見てきましたので、楽しくブログを拝見しました。伝統的な表現を一新させた斬新さ、劇的な明暗法によって浮かび出る人物表現、リアリティーのある絵画表現、どんな場面にも美しさが潜ばせる独特の美意識にカラヴァッジョの傑出した際も能を感じました。

今回のカラヴァッジョ展からカラヴァッジョの絵画の魅力と、なぜカラヴァッジョが美術史を塗り替えるほどの影響力を持ったのかを考察してみました。読んでいただけると嬉しいです。ご意見・ご感想などコメントをいただけると感謝いたします。

Commented by capricciosam at 2016-05-30 00:05
> desire_sanさん、コメントありがとうございます。

初カラヴァッジョでしたが、感銘は深いです。
さきほど貴ブログを訪問させていただき、
コメントさせていただきました。


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