鈴木雅明&バッハ・コレギウム・ジャパン@Kitara2016

【プログラム】

1 J.S.バッハ:ミサ曲ロ短調

バッハ・コレギウム・ジャパン(以下、「BCJ」という。)の演奏会を聴くのは
2007年のメサイア全曲演奏会以来。あの時もあまりの素晴らしさに驚いたものだが、
その後の来札では期待していたバッハの大作がなく、今回まで待ったため、まだ3回目。

今回演奏された作品は晩年のバッハが遺した宗教音楽の大作として知られている。

「(略)スコアには、1733年から死の直前1750年までの長期にわたる筆跡が見られること
が分かっている。(略)痛々しい思いをしてまでこの仕事に込めようとしていたバッハの
思いが何であったか。その目的が何であったか。それは、多大なバッハ研究の蓄積にも
かかわらず、未だ明らかになっていない。(略)この作品の制作は作曲というよりも、
むしろ主に様々な時代に書かれた作品を寄せ集め、一部改作しながら歌詞を変えていく
という作業であった。(略)この作品のなかには、野心を胸に秘めた若々しいバッハと、
成熟し自信に充ち満ちたバッハ、そして年老いて自らの衰えと闘うバッハが一体化されて
ひとつの人格をなしている。」
(当日配布された佐藤望氏によるプログラム・ノートから一部引用)

若い頃から晩年までに書いた作品を色々と転用しつつ、ひとつの作品としてまとめ
上げられたものということらしい。佐藤氏はいみじくも「作業」と喝破し、
「寄せ集めとパロディー」としている。こう書くと、お手軽で、薄っぺらな作品との
印象を持たれてしまう恐れがあるが、バッハが様々な技巧を凝らした多彩な響きに
耳を傾けていると時間が経つのを忘れる。

さて、作品自体の魅力に加え、演奏するBCJのうまさも加わり相乗効果!
BCJの器楽と声楽が一体となって作り出す明瞭かつしなやかな響きは、
宗教的峻厳さというよりは、むしろ作品に対して謙虚に奉仕するごとき様が
しきりに頭に浮かんで仕方なかった。
誠実にして、ぬくもりを感じるという言い方が適切かもしれない。至福のひと時。

終演は予告どおり21時15分だったが、長時間を飽きずに聴かせてもらった。
PブロックとLA、RAのPブロック寄りは入場させていなかったが、
それでも客入は8~9割か。
いつかは受難曲を聴かせてもらえたら嬉しいのだが、、、

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by capricciosam | 2016-11-15 23:52 | 音楽 | Comments(0)


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