ミュシャ展@国立新美術館2017

アルフォンス・ミュシャ(以下「ミュシャ」という)は、

「アール・ヌーヴォーを代表するグラフィックデザイナー(略)多くのポスター、
装飾パネル、カレンダー等を制作した。ミュシャの作品は星、宝石、花などの
様々な概念を女性の姿を用いて表現するスタイルと、華麗な曲線を多用した
デザインが特徴である。」
(Wikipediaより引用)

とあるように、彼の作品はポスターとして目にしていた。
今だに色褪せぬ個性は現代においても十分魅力を失わないものだと思う。
ところが、本来が画家として出発しているため

「ミュシャは故郷チェコや自身のルーツであるスラヴ民族のアイデンティティを
テーマにした作品を数多く描きました。その集大成が、50歳で故郷に戻り、晩年
の約16年間を捧げた画家渾身の作品《スラヴ叙事詩》(1912-26年)です。(略)
本展はこの《スラヴ叙事詩》をチェコ国外では世界で初めて、全20点まとめて
公開するものです。プラハ市のために描かれた《スラヴ叙事詩》は、
1960年代以降、モラヴィアのモラフスキー・クルムロフ城にて夏期のみ公開されて
はいたものの、ほとんど人の目に触れることはありませんでした。」
(ミュシャ展HPより引用)

国立新美術館2階会場に一歩入ると「原故郷のスラヴ民族」の巨大な絵が
出迎えてくれる。彼のポスターから連想するミュシャのイメージとはかけ離れている。

「スラヴ民族の祖先(3-6世紀)が他民族の侵入者から身を隠す様子を描いた場面。
画面右上では、防衛と平和の擬人像に支えられたスラヴ民族の司祭が神に慈悲を乞う。」
(ミュシャ展HPより引用)

暗い背景に描かれる侵略者とおびえる祖先がスラヴ民族の苦難さを象徴するだけに
ミュシャの愛国者としての側面が容易に想像できる。
他の作品もスラヴ民族の歴史に欠かせぬ場面が巨大なキャンバスに描かれている訳だが、
画面全体が明るいという絵は少なく、絵の一部だけが明るく他はうす暗いという
スポットライト的効果を狙って描かれているものが多い。
例えるならレンブラントの「夜警」だろうか。
例えば「東ローマ皇帝として戴冠するセルビア皇帝ステファン・ドゥシャン」は
主役であるはずの皇帝より手前の民衆に視線がいく仕掛けだ。
ミュシャの視点がどこに置かれていたかの証左だろう。

また、作品に対峙すると、ときどき目を見開き凝視してくる視線に気がつくはずだ。
まるで鑑賞者の内面を見透かすかのようなもの問いたげな視線の意味を考え、
一瞬いろいろな思いが浮かんでは消える。
色々な解釈が可能なのだろうが、凝視する人はいずれも民衆であるように思われ、
歴史の中で苦難の道を歩まざるを得なかった民への深い同情と共感があるように思われる。
ポスターで確立されたミュシャらしさとはかけ離れた技法でミュシャは民族への
深い共感を描ききったと言っても過言ではないだろう。

通常の美術展では作品の子細をもっと見ようと鑑賞者が作品に近づくものだが、
こと「スラブ叙事詩」では、その巨大なスケールを鑑賞するために
ほとんどの人が作品から離れて鑑賞するというスタイルをとる。
そのため絵の近くが空き、展示室の真ん中周辺が混雑するという現象が珍しかった。

ミュシャを一躍有名にしたポスター「ジスモンダ」をはじめ堺市からの出品が
多く展示されていて目を引いたが、こういう事情(Wikipediaの「日本との関係」参照)
あったんですね。初めて知りました。

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by capricciosam | 2017-04-18 22:40 | 展覧会 | Comments(0)


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