盲導犬とのふれあい2006②

毎年見学で欠かすことができないコーナーがあります。
シニアとして身近に感じる「老犬ホーム」です。(^^)
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老犬と言っても、元気な犬は人なっこそうに見学者に
寄ってきます。引退してからまだ日も浅いのでしょうか。
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彼らだけ見ているとまだまだ活躍できそうですが、
一方では寝たきりで、おっくうそうに私たちに目を向ける犬
もいます。それも確認したら、すぐ目をつぶってしまいます。
老衰が進んでいるのでしょう。騒がして申し訳ない気分です。
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室内には祭壇が設けられ、骨箱が2つ置かれていました。
骨箱には犬たちの生前の活躍していた頃らしい写真が貼られていて
ぐっと気持ちが引き寄せられました。
無事天寿を全うした彼らの霊が安眠できますように。
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このイベントには盲人の方も大勢みえられますが、
ある年輩の女性が愛犬とともに、持参したカメラで写真を
撮ってもらっている光景に出くわしました。
盲人の方がカメラ?写真?
その方はできあがった写真を見ることは叶わないことです。
しかし、愛犬とともにいた証として、他者とのふれあいとして、
心の支えとして、その写真の果たす役割は健常者が
考える以上に案外あるのかもしれません。
そんな気持ちになりました。
その様子を見守る少女たちは、どう感じたのかな。
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by capricciosam | 2006-04-25 19:15 | 時の移ろい | Comments(2)
Commented by aiden301 at 2006-07-12 02:04
こんにちは。雑事にかまけ…、「盲導犬」範疇の記事、今夜拝読しましたっ。友人ユーザさんにもパートナとの10年以上の点字付写真アルバムをだいじにされている方がいます。借り受けたのち、いろいろお話を伺いましたが、写真は、「他者とのふれあい」となる撮影や後日の会話の契機に、そして写真記録をもつことによりその時時のご自身の記憶や想起の「証」となっているようでした(僕などは多々、記憶の代わりに写真記録しちゃったりなのですが・・・)。capricciosamさんのお話、そして写真、すごぃ印象深いです。
Commented by capricciosam at 2006-07-14 05:49
>aiden301さん、コメントありがとうございます。
>その時時のご自身の記憶や想起の「証」となっている
なるほど、そうなんですね。やはり写真=見るものという固定観念で発想しがちでした。ご友人のお話参考になりました。ありがとうございます。


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