慌ただしく時は過ぎて

携帯が鳴った。
「○○病院です。血圧が80~60と下がってきました」
おじに緊急事態が発生した場合は私の携帯に連絡を
もらうことにしてありました。
27日の午後6時過ぎ頃のことです。
まだ職場にいたのですが、急いで仕事を片づけ、
一旦帰宅して、母とカミサンを連れて病院に向かいました。
おじはベッドの上で大きな呼吸音をたてていました。
まるで精一杯生きようという強い意志の現れのようです。
担当医の話では危険な状態であることから、
3人でそのまま病院に泊まり込みました。
翌朝にかけて段々呼吸の間隔もあきだし、
音も小さく弱くなって、血圧も30と徐々に低下して、
午前8時過ぎに眠るように息を引き取りました。
臨終に立ち会ったのは私たち3人でした。

おじは末期ガンで緩和ケア病棟に入院していました。
事情があって死んだ父と母がおじ夫婦のめんどうを
みていましたが、父が死んだ後は私たち夫婦が引継いで
母とともにお世話にあたってきました。
喪主であるべきおばは重度の痴呆で、車椅子生活です。
臨終はおろか、葬儀に立ち会うこともできません。
火葬場に向かう途中で迂回してもらい、入居している
老人ホーム前を徐行して、玄関前で車椅子に
座るおばとの最後のお別れをしました。
そばに寄り添う職員の方がおばの腕をとり、
おばが手を降ってくれるようにしてくれました。
今生の別れだというのに、おばにはわかりません。
事情を知る私たちにはつらい対面の様子です。

慌ただしく葬儀を終え、納骨を済ませて昨夜帰宅しました。
生前おじにお願いされてきたことは何とか務められた、
という安堵感と虚脱感しか、今はありません。
これからもいろいろ胸に去来するのでしょうが、
今は決して平坦でなかった人生を歩まざるを得なかった
おじの冥福を祈るばかりです。
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by capricciosam | 2006-04-30 07:54 | 時の移ろい | Comments(2)
Commented by peppermint at 2006-04-30 11:03 x
おじさまのご冥福を心よりお祈りいたします。

みんなそれぞれにいろんな人生がありますものね。でもおじさまもみなさんに見守られ、ご自身の奥様であるおばさまと最後のお別れもできて安心して旅立たれたと思います。
Commented by capricciosam at 2006-05-01 03:48
>peppermint さん、コメントありがとうございます。
>最後のお別れもできて安心して旅立たれたと思います。
生前おじは必ず治っておばのめんどうをみるつもりでいました。それ故一番の心残りはおばの事だったろうと思います。それだけにどんな形であれ、お別れの場面を作ってあげられてホッとしています。


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