やりきれない事件続く

最近は体調不良なところへもってきて、どうも憂鬱な事件ばかりでいけません。
どうして、こうもやすやすとヒトの命が失われていくのでしょうか。

福岡では市職員の飲酒運転で幼い子供たちが。
稚内では高校生がたかだか30万円で自分の母の殺人を依頼。
徳山では女子学生が研究室内で殺される。

確かに、私がこれまで生きてきた時代、時代に多くのヒトの命が
失われてきたことは、まぎれもないことです。
しかし、もうちょっとヒトの命に敬意を払い、犯さざるべきものという意識が
世間の根っこにはしっかりあったように思うのです。
それ故、重大事故や殺人事件の衝撃は大きく、そう頻発するものでは
なかったように思うのですが、そういう培われてきた意識がどんどん
希薄化しているのでは、と感じるくらい、毎日毎日ヒトの命が奪われる
事件が続きます。

シニア世代になり老後が視野にはいると、「安心して暮らせる」という
キーワードはとても大事に思えます。
それには健康的にも、経済的にも、そして治安の上でも、という意味が
含まれます。
この場合の治安には社会のみならず、家庭も含まれます。
しかし、こと治安に関してはこれからも悪化に歯止めがかからず、
将来的に「大きな喪失」をしてしまいかねないようなイヤな気配を
感じてしまうのは、依然体調が不良のせいからなのかな。
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by capricciosam | 2006-08-30 23:49 | 時の移ろい | Comments(0)


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