政治のゴング鳴る

昨日参議院で竹中議員の辞職にともない、神取忍氏が繰上げ当選し、
初登院したことが報じられていた。
しかし、この話どうにもしっくりこない。

まず、竹中議員の辞職だ。
「小泉内閣の終焉とともに政治の世界での私の役目は終わった」
そんな声明だったと思うが、それ自体実に唐突なものだった。
主の引退とともに家来も身を引く、そんな展開ともとれる。
一見、日本人の美学の中では受け入れやすい「いさぎよさ」に似ている。
しかし、この場合はその範疇には入るようなものだろうか。
小泉内閣の「痛み」をともなう改革のエンジンとして果たした役割を
議員という逃げ隠れできない立場にいて任期中は責任の一端を負うべきだった。
議員を辞する客観的理由など一体どこにあるというのか。
むしろ、「責任放棄」と写る。
それに比例で彼個人に一票を投じた約70万の人は裏切られた、との
不信感が竹中氏のみならず政治や選挙制度に残ったのではないか。
このような「身勝手な理由」による辞職へは、ペナルティを課すべきだ。
例えば、辞職した者が所属していた政党の次点者の繰上げを認めないとか、
繰上げ者は野党の次点になる、あるいは本人の一定期間の公民権停止
といった「牽制処置」が必要ではないのか。
竹中氏の議員辞職は端無くも現行選挙制度の欠陥をさらし、パッチが
必要なことを認識させてくれたことだけが良い点か。

次に、神取氏だが、ご自身のブログには初々しいまでの決意が述べられており、
ぜひ初心を忘れずに、国民生活に貢献できるような仕事をしていただきたい
と、とりあえず期待したい。
しかし、年金未納問題に対する開き直りや自身のブログで述べられている
次の点はひっかかる。
 
(略)プロレスでも新人がいきなりリングにあがったところで
  受身すらできないのと同じで、
  国会議員になってバッチをつけたからと言って
  急に利口になるわけではありません。
 ひとつひとつの経験を積み重ねて、
 それを国民の皆さんに還元したいと思います。(略)

前段は新たな分野での作法や手続き等の「テクニック的要素」が
身についていないことを言っているのだろうが、これはもっともなことで
多少の習熟する時間は必要だろう。
しかし、中段は前段や後段とどうつながるのか。
「テクニックをすぐ身につけられないのと同様、私はすぐには
利口にはなれません、国民に還元するためには経験する時間
が必要です。」
とでも言いたいのだろうか。
一見謙虚さの表れとも受け取れるが、なんとも変な言い分だ。
利口じゃないんだからすぐには期待するな、とでも言いたいのだろうか。

巨額の財政赤字を抱え、社会不安がなかなか払拭されない状況では
議員個々にも高い見識と実行力が求められる。
議員になってから勉強します的な、発想はやめてもらいたい。
そんな余裕を与えられるほど議員はのんびりとしていて良いのか。
少なくとも政治家を志して立候補した以上、仕事をしたい分野や
その分野についての事前勉強は自主トレしておくのが当たり前だろうし、
議員となったら全力で働いていただきたい。
それが特権を行使し、多大な税金を使う議員としての「見識」というものだろう。
これは利口とか利口じゃないというレベルの話ではない。
そもそもの心構えだろう。

ところで、神取氏のプロフィールの趣味・特技ですが、竹中氏が辞職を表明した
段階で見た時は「ギャンブル」となっていました。
それが今は「スポーツ観戦」です。
議員になる以上ギャンブルではかっこ悪いと思ったのでしょうか。
だとしたら何もそこまで取り繕わなくても良かったのでは、と思いました。
なにせ巷には「ギャンブル」が氾濫しているんですから。
しかし、ブログに以下のように書かれているのを見ると、
どうにもいただけません。

(略)「あきらめるな」
「にげるな」
「ごまかすな」
という気持ちで頑張ります。(略)

些細なことのようですが、早くも三つ目の発言への信頼が薄らぎます。
一事が万事とも言いますので、心していただきたいものです。
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by capricciosam | 2006-10-05 23:25 | 時の移ろい | Comments(0)


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