晩秋の一日

この頃は曇り、雨の繰り返しのような天気続きです。
先日の網走地方では竜巻が発生し、大勢の方が亡くなられ、
人や建物に大きな被害がでました。被害にあわれた方には、
いくら天災とは言え、やり場のない悲しみと怒りが残っただろう、と思います。
ほんとにお気の毒なことです。

今朝も厚い雲が重く垂れ込めていて、お昼頃からは雨が降り出しました。
晩秋らしい肌寒い一日でしたが、母とおばの見舞いに出かけてきました。
会いに行っても、最近はベットで寝ている姿しか見られなかったのですが、
今日は食堂で食事をしているおばに会うことができました。
時々介護されながらも、ゆっくりとですが、自分で箸とスプーンで一口ずつ
食べている姿を見ることができて安心して帰ってきました。
しかしながら、いかに仕事とはいえ、懸命に介護されている職員の方には
毎度の事ながら頭がさがります。

最近は義務教育段階にある子供の自殺という痛ましい事件や高校の必修
単位の未履修問題の発生、と教育分野でいろいろ問題が発生しています。
素人ながら現行の学校教育制度のほころびは、少々の手当てでは
もう回復不能のような思いがしてしょうがありません。
私には依然理解のできない「ゆとり教育」の見直しの動きもあるようですが、
少なくともそのゆとり教育を受けた子供たちがどんどん大人になっていく
ことは避けられない事実です。でも、社会を担えるだけの大人として
やっていけるだけの力量を備えている割合は一体どのくらいなのだろうか、
と考えるとやや憂鬱。立花隆氏のこの記事を読むと暗澹たる思いになる。
何かがスパッと欠落したような人間が数多く増殖していく社会も、
この国に住む限りは受け入れなければならない現実なのでしょうが…。

漫画家のはらたいらさんの訃報には驚きました。
「はらさんに全部」
こんな言葉が流行るくらい、巨泉のクイズダービーでの驚異的な回答率に
「宇宙人」と言われていました。私もどんな秘密があるのか、不思議でした。
でも、雑誌や新聞を丹念にジャンル別にスクラップして、それを読んでいた
という素朴な陰の努力があったことは、後で知ったことでした。
割と地味なことをこなしたことで得られた成果だった、という訳です。
では、誰でも同じようにできるか、というと、必ずしもそうでもなさそうですね。
はらさんのご冥福を祈ります。

今夜は写真のマタイ受難曲を聴きながら書いています。
このCDは合唱のパートが一人ずつという変則的なものですが、
歌手や古楽の演奏も良く、なかなか聴かせます。
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by capricciosam | 2006-11-11 23:33 | 時の移ろい | Comments(0)


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