墨攻@映画

実は「墨攻」を知ったのは十数年前のコミックだった。
当時断片的に読んだが、墨家の革離一人で小国の梁城を趙の大軍から守る
という着想の面白さと漫画の描写力に結構楽しめる仕上がりだった。
でも、結末がわからず終いだったのでずっと気にかかっていた。
それで結末を知りたいのと、コミックがどう映像化されたのかを知りたくて
興味津々で観に行った。
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紀元前の古代中国の春秋時代。諸子百家の中で「儒墨」とも言われ、
孔子の儒家と並び称されたにもかかわらず、秦の統一とともに
歴史から忽然と姿が消え、明清時代まで存在が忘れられていた思想家集団。
それが墨家。その思想も資料により断片的にしかわからない。
「兼愛」と「非戦」
兼愛とは、分け隔てなく愛すること。
非戦とは、決して攻め込まないこと。

古代から長い封建制度が続いてきたという薄っぺらな歴史認識
しかない身には、数千年前の古代に現代でも通用する思想が存在した
ことが驚異的。でも、西洋でも哲学家や思想家は古代にすでに存在していた
訳だから、同時代の中国にこのような思想が存在したとて、
別段不思議ではないのかもしれない。

墨家を表すのによく使われるのは「墨守」。
墨守とは故事に由来するが、「頑固に守ること」
「非戦」の持つイメージとは異なり、攻めはしないが、防御は徹底的にやる。
つまり攻め込まれた相手とは存分に戦って、守り抜こうとする訳だ。
「墨攻」は原作者の造語で、
「守りに徹するはずの墨家が、何故攻撃なのか?」
との奇異な感じを抱かせる。しかし、非戦の意味がわかれば納得。
少ない手がかりを元に想像力を駆使した原作者酒見賢一の着眼は素晴らしい。

さて、肝心の映画だが、役者は初めて観る人ばかり。
主役のアンディ・ラウは存在感があり、うまい。
毅然たる敵の大将、卑小な梁城主も存在感がある。
ただ恋物語は原作やコミックにもない映画オリジナルで、
私にはちょいと浮き気味に感じた。
むしろ民衆の動きや群像に比重を置いて、もっと整理しても良かったか、
との思いも残った。ただ、悲恋にしたことで主役の陰影が一層深まった
効果もあった。
原作やコミックは日本、監督や主役は香港、敵の大将は韓国、撮影監督や
音楽は日本、ロケは中国で人民解放軍が協力、という見事な「多国籍映画」。
出来やさぞかし、と高をくくっていたら、とんでもない。楽しめた。
アジアという枠内での複数の国境を越えた映画作り、という地平を
見事に切り開いた、と言っても過言ではないと思う。
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ここからは蛇足です。
今回、映画を観てから原作、コミックの表現が気になり改めて読んでみた。
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驚いたのは原作での登場人物はそのままだとしても、コミック化の段階で
奔放な改訂が行われており、その上映画でも再改訂されていたことだ。
例えば革離は原作では梁適(梁城主の息子)に矢で射られて死ぬのだが、
コミックでは梁適は反発するものの、結局革離の力になる。もちろん、
革離は死なない。映画では、梁適は最初から友好的。
さらに、墨家の獅子身中の虫である薛併は原作では梁城内で革離に
切られて死ぬが、コミックでは秦の動きにあわせて黒幕として暗躍する。
ところが、映画では出てこない。etc
改めて、創作するというのは随分奔放なものだ、と感じた次第です。
でも、原作、コミック、映画どれもそれなりの味わいがあって楽しめます。
ただ、基本的に戦いが主たる舞台ですから、残酷な場面が苦手な方は
コミックは敬遠された方が良いかもしれません。蛇足の蛇足でした。
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by capricciosam | 2007-02-16 23:54 | 映画 | Comments(4)
Commented by borderline-kanu at 2007-02-18 10:26
はじめまして、トラバありがとうございます。
私はコミックは未見で原作だけなんですが、中身はだいぶ変わっているのに、驚きました。映画が先だったから、梁適にやられるのかと。
それでも映画は原作の雰囲気は残っていて、なかなか楽しめました。 カヌ
Commented by capricciosam at 2007-02-18 15:39
>borderline-kanuさん、コメント&TBありがとうございます。
>映画は原作の雰囲気は残っていて、なかなか楽しめました
原作、コミック、映画と三者三様なのですが、どれもそれぞれ楽しめるというのも珍しいのかもしれません。おっしゃるとおり、映画には原作の雰囲気がコミックよりも残っているかもしれませんね。
Commented by 千華 at 2007-02-18 20:54 x
capricciosamさん、初めまして。
トラックバックありがとうございました。
私は原作もマンガも未読で映画を見に行ったのですが、もともとアンディ・ラウのファンだということを差し引いても(笑)、近頃久々に見る傑作だったのではないかと思っています。
逸悦とのエピソードは賛否両論ですが(特に原作ファンの方には不評ですね)、私的には革離の人間的な側面を表すいい挿話だったと思います。
とにかく映画館で見られてよかったなあと思ってます。(^^)
Commented by capricciosam at 2007-02-18 23:13
>千華さん、TB&コメントありがとうございます。
>逸悦とのエピソードは賛否両論
私も記事で書いたとおり否定的で、原作の味わいが好きな方です(^^)。
しかし、秦の統一によって歴史上消えていき、代わりに儒家が台頭したという事実に墨家の限界を見出し、それを逸悦とのエピソードに反映させているという点を指摘していたカヌさん(↑のコメントの方です、ご本人の記事をご覧ください)のような見方も可能と知り、全否定的ではなくなりました。ただ、話がもっと流れるように整理できたのではないか、との思いは依然残ります。


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