モディリアーニと妻ジャンヌの物語展@札幌芸術の森美術館2007

札幌芸術の森はPMFでにぎわっているが、今日は美術館のほうに出かけた。

先月から始まっているこの企画展は、モディリアーニの短い人生の晩年に
結婚したジャンヌ・エビュテルヌとの愛と悲劇を軸に展開される。
会場に一歩足を踏み入れると、正面に不思議なものが透明なケースに
入れられて展示されている。

「ふた房の毛の束」

モディリアーニが35歳で他界したその二日後に、自宅のあるアパルトマン
6階から、8ヶ月の命を宿しながらも、投身自殺したジャンヌの遺髪である。
この時ジャンヌは21歳。
87年の時を経ても、そのきれいな赤毛(栗毛?)が輝きを失っていない
ように見えたのは気のせいか。
「愛と悲劇」を予兆させる巧みな導入。

今回展示されている作品はジャンヌの遺族が秘蔵していたコレクションを
中心としているため、モディリアーニよりもジャンヌの作品が多い。
作品といってもスケッチが中心であった。
十代半ばにしては、その早熟ぶりにハッとするような作品も多かった。
「ピッチャー、瓶、フルーツ」のようなセザンヌの静物画をもっと単純にかつ
明確にしたようなおもしろい絵もあったが、結婚してから自宅の窓外に見える
街並みを描いた一連のものは才能の片鱗は感じるものの、
心に迫るほどの迫力はなかった。
モディリアーニとともにもう少し生きていれば、彼の影響を受けて
ひょっとしたらもっと才能を開花させたのではないか、との思いが残った。

モディリアーニの作品は特徴的な細長い顔、長い鼻、細長い首、なで肩が
独特の雰囲気を醸し出すのだが、もうひとつ挙げるとすれば、
「目」であろうか。
彼の作品の多くは、まるで「画竜点睛を欠く」状態なのだ。
即ち、目の輪郭はあれど、黒目が書き込まれないか、黒目のみのことが多く、
それが先に挙げた特徴とともに彼の多くの肖像画に見られる。
眼窩が虚空状態または真っ黒というのは、不思議なものだ。
見ているこちらがついつい想像を巡らしてしまい、飽きることがない。
しかし、今回展示されていた彼の作品のうち、ポスターにもなっている
「赤毛の若い娘、ジャンヌ・エビュテルヌ」
だけは、しっかりと眼が書き込まれている。
そのため、よけいなことをあまり詮索することなく、作品と対峙できる。
その表情はわずかに微笑み、穏やかで、気品を漂わせ、暖かい。
モディリアーニとジャンヌの幸福なひとときが、
彼をして一歩踏み込ませた表現をとらせたのだろうか。
悲劇となってしまった彼らの人生の中にも幸福な時代があった、という
証として時空を超えて観る者に訴えかけてくるような気がした。

モディリアーニ好きとしては、もっと彼の作品を観たかったが、
彼とジャンヌとの人生をいろいろ考えさせられ興味深かった。
c0007388_22343714.jpg

[PR]
by capricciosam | 2007-07-16 22:35 | 展覧会 | Comments(2)
Commented by syunpo at 2007-09-03 20:10 x
札幌では、最初にジャンヌの遺髪が展示されていたのですね。私もその保存状態(!?)の良さに、驚きました。
「エコール・ド・パリ」の画家たちは、私は総じて好きです。シャガール、ユトリロ、フジタ……。そのなかで、モディリアーニの個性・独自性もまた光っておりますね。これまで哀愁のような雰囲気を彼の作品に感じることがありましたが、彼の生涯やジャンヌとの関係を知ってなるほどと思いました。
私の方は、もっぱらジャンヌに焦点をあてたレビューですが、TBさせていただきました。
Commented by capricciosam at 2007-09-04 01:13
>syunpoさん、TB&コメントありがとうございます。
>哀愁のような雰囲気を彼の作品に感じる
おっしやるとおりで、生涯病弱であったことが作品に影を落としていたのではないかと思うのですが、特に晩年のジャンヌとの関係はその哀愁の色調を強めたのかもしれませんね。
こちらもTBさせていただきます。


<< 短信です★2007.7月中旬 PMFウィーン・アンサンブル@... >>