戦争を知らない子供たち

ファイターズのパレード中継を見た後、カミサンとちょいと外出。
車中のラジオから聞こえてきたのは、なんと北山修さんの声。
「なつかし~い」
1970年代の当時の若者の旗手のお一人だったのですが、
本業の医師としてのお仕事に専念されていたようで、
消息を聞いたことがありませんでした。
最近フォークルを再結成されたとの話も耳にはしたのですが、
姿も声も聴いたことがなかったので、ちょっとびっくり。
あの笑いっぷりと話っぷりは当時とあまり変わりませんねぇ。

当時の作品をいくつかかけていましたが、その中には
「戦争を知らない子供たち」も。
この作品について、北山さん曰く「時代が作らせたんですね」
それで、確か同タイトルの文庫本を持っていたことを思い出しました。
帰宅して探してみると、写真の文庫本が確かにありました。
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懐かしさにパラパラ眺めていたら、所々線がひいてありました。
悩める若者の一人として、幼いながらも真剣だったんでしょう。
そのいくつかですが、今となっては当時どう考えたことやら…

◆若者の孤独は自己の追求を急ぐあまり、若くして一人前の
 形而学者になってしまうところから始まる。

◆勢い込んで壁の破壊を叫ぶより、怠惰により自分を大きくして
 壁からはみ出していくことが必要であると信じる。

ところで、改めて読んでみると、当時はノーチェックだった
次のような文も、今なら線をひきたい。
◆正常な人間の心を精神分析していくと必ず「正義漢でありたいし、
 お金も儲けたい」と出る。科学者である私は、自分に関してもそれを
 肯定する。私は<ひたむき>であるかもしれないが<純粋>ではない。

北山さんは、「はじめに」で以下のように記します。
少し長いのですが引用します。

「私は(略)純粋戦後派・戦無派と呼ばれるどうしようもない世代の
一人である。大人たちが、どうわめこうと<戦争を知らない子供たち>は
明日の日本を台無しにするため、その果てしない行進をつづける。
この本は、戦後史に位置づけられた私のたましいを見さだめるための
<自己認識>と<懐旧>の記録である。目標はこれに陶酔することなく、
状況を把握し、これを越えるところにある。」

まさしく、雑然とした構成のこの本を貫く著者としての思いがここに
語り尽くされている、と感じました。若さ故の懊悩やためらいにとどまらず、
決然として時代を疾走していった著者も、今では還暦を過ぎ、
本業で大成されたようです。
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by capricciosam | 2007-11-25 01:30 | 時の移ろい | Comments(0)


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