椿三十郎@映画リメイク

往年の黒澤映画の名作がリメイクされた。

注目したのはオリジナル脚本を使用したこと。
つまり、すでに過去に定まったものがあり、現代においてそれを
どう解釈し、どう演じるかという点はクラシック演奏と同様だ、ということ。
大抵のリメイクの場合、大雑把なストーリーは同じにしても、
セリフは時代やシチュエーションに応じて変わってしまう。
以前取り上げた「Shall We Dance?」もその例でしょう。
それを、あえて定本となっている脚本を使うのだから、
当然監督や役者の解釈や演技次第によって、同じ作品でもテイストは
大幅に変わってくることは想像するだに難くない。
これはクラシック演奏と変わらないではないか。

見終わって、真っ先に感じたのはオリジナルの秀逸さに一番貢献した
のは、脚本だったんだじゃないかなぁ、ということだった。
やはり、脚本が十分良くできていて今なおおもしろい。
クラシック演奏で言うなら、作曲家の作品自体が時代を超えて
魅力を放っている、ということだった。
だったらどのように演じられても耐えられる、というものだ。

だからと言って、今回のリメイクの出来が悪いとは決して感じなかった。
黒澤作品の三船三十郎に対して、森田作品の織田三十郎は
まったく別の解釈によるテイストの異なる作品として味わえるからだ。
なにやら笑いの多い、コメディタッチにも感じられる、
難しいこと抜きの娯楽作品のような感じ、とでも言えばよいのだろうか。
これは、やはり主役の醸し出す雰囲気の違いが大きい。
コメディタッチと言えば、ベテラン演じる「茶室の三悪人」は
まるで「踊る大捜査線」の「スリー・アミーゴズ」のようでもあり、
なんとなく笑えるし、人質となった「押し入れ侍」もうまかった。

また、前回の三船-仲代に対して今回の織田-豊川の描き方も
過不足なく、これで満足すべき水準に達しているとは思うのだが、
あえて言えば、後者から発する凄みがくすみがちだったことか。
前者の強烈な個性が印象的だったから、なおさらそう感じるのかも
しれない。これは前作と比べられるリメイク作品の不利な点か。

<以下、ちょいとネタバレになりますので、ご注意ください>

それから有名なラストの二人の斬り合いも、今回は視覚的に
見せずに聴覚的に描いており、「オヤ?」と思った。
そう言えば21人斬りもそうだが、このラストも客席後方から
いかにも肉を斬り、血が飛ぶかのような効果音だけで処理されている。
現代の映画館のサラウンド効果をうまく使っているなあ、と感心。
これは、監督のセンス、解釈なんでしょうね。
でも、昨今の時代劇のリアルさも当たり前のように感じていましたので、
これはちょっと意外でした。

それから音楽ですが、原作の佐藤勝さんオリジナルか、と思わせる
ような迫力ある和太鼓を効果的に使っていて、いけましたね。

まあ、クラシック演奏会にも似ているのでしょうが、定本に沿っていながら
実際の指揮者やプレーヤーの解釈や演奏の変化が楽しめるような感じで、
全体に良い仕上りだなぁ、と思いました。
オリジナル絶対主義者でなければ、十分楽しめる作品です。
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by capricciosam | 2007-12-01 20:55 | 映画 | Comments(3)
Commented by ジョー at 2007-12-02 11:25 x
まったくおっしゃるとおりです。クラシックの名曲をいまの指揮者のもとでどう演奏したか、を楽しむ映画だと思いました。そして、指揮者が変わると、同じ曲もこうなるんだ、というのを堪能しました。黒沢と森田を比べるのではなく、森田らしさを楽しめばいいんですよね。
Commented by capricciosam at 2007-12-02 21:18
>ジョーさん、コメントありがとうございます。
>黒沢と森田を比べるのではなく、森田らしさを楽しめばいい
「オリジナル脚本」を使ったというのが、この映画のリメイクのひと味違ったところなのでしょうね。貴ブログで書かれているように「古典落語を演じる落語家」や「同じ素材で料理を作る料理人」の例えもまったくそのとおりだと思います。おっしゃるように今回も森田監督の解釈・手腕を味わえば良いのでしょう。
Commented at 2007-12-21 06:11 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。


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