田村はまだか@光文社

講演会の話をここまで書いたら、やはり書いてしまいたい。
「田村はまだか」を読んだ。

以前、佐々木譲さんの講演会の際、佐々木さんがご自身の作品の
誕生のきっかけとなったエピソードをいくつかお話してくださった。
そのひとつ「ベルリン飛行指令」
当時勤めていた自動車会社が英国でライセンス生産を開始することになった。
ふと第二次世界大戦中にゼロ戦をドイツがライセンス生産していたら、
あの戦争も変わっていたような…
と発想を進めていったことを、佐々木さんは
「ライセンス生産という言葉に反応し、化学変化を起こした」
とおっしゃっていた。

昨日の講演会の最後に会場からの質問に
「田村はまだか」を書くきっかけは?(内心、キターという感じでした)
というのがありました。
朝倉さん曰く
勤めていた当時、会社からの帰宅の際、ある駅近くで火事があった。
一部始終を見ていて、消火作業にはなにやら「作戦」らしきものが
あるらしいことがわかった。そのため作戦に欠かせないメンバーの到着が
遅れていると、作戦もできないらしい。
「○○はまだか」という言葉が聞こえる。
そうすると、関係のない野次馬の朝倉さんまで
そのメンバーの到着を思わず待ちわびてしまった、とのことです。
「○○はどうした」
(つまり、この時の朝倉さんは「田村はまだか」の中で言えば、
バーのマスター花輪さんだった訳か…)

そしてこのフレーズとシチュエーションが、佐々木譲さん流に言えば
朝倉さんの内で「化学変化」を起こしていき、小学校のクラス会の三次会に
集うメンバー男女5人のそれぞれを描いていく連作短編集をつらぬいて
作品に大きな魅力を与えていくことになったのでしょう。
しかし、なんの関係もないものが作品に発展していくのですから、
外野はただおもしろいなぁ~、で済むのですが、作家の方は実際は
大変な労力を使われているのでしょうね。脱帽。

経験上、酔いが深まれば、会話も理路整然とはいきません。
次第に支離滅裂化。
作品の設定が深夜に及ぶ三次会。
当然、作品に登場する彼らの会話も…
文章もその会話を中心とするため、なんの脈絡もなく、その短編ごとの
中心人物の思い出が挿入されたりします。
この辺の若干の読みにくさは別として、40歳という機械的に「中年」と
仕切られてしまうことになった彼らに感情移入しているうちに読み進む
ことになんら抵抗を感じることはありませんでした。
帯に書かれていた
「自分の人生、やや持て余し気味の世代」
とは、言い得て妙です。

読み進む内に、田村の登場を待ち望んでいる自分に微苦笑しつつ、
一方では作者は田村を登場させないつもりなのかな、との思いも募ります。
この辺は、まんまと作者の術中にはまっています。

<以下はネタバレになりますのでご注意ください>

なかなか登場しない田村も、最後にはずいぶん過酷な目に遭いながらも、
ようやくバーに登場し、声も聞こえます。
(この辺りで、私もようやく肩の力を抜くことに…)
田村の様子を想像して、よけいホッとするというのか、
感動が増すのかもしれません。
読み手の感情の落差が激しくなっちゃいますからねぇ…

作者初の三刷らしいのですが、この年代を過ぎた人ほど
一種のノスタルジー的共感を持って読めることでしょう。
さらに言えば、性体験があった方がなお良いかな。
何れにせよ、「大人」には沁みる作品であることは間違いないです。
<6.12追記>
アサクラ日記によれば4刷が決定。着々と売れてますね。
 
<7.12追記>
アサクラ日記によれば6刷になったようです。勢いがついてきました


最後に蛇足をひとつ。
講演会の中で、自分の作品を選評で「達者である」という一言で
片付けられた体験を話されていました。
その頃は自分の書きたいモノが純文学なのか、エンタメなのか、
わからない頃だったらしいのです。
しかし、純文学では決して「達者である」とは評されない、
とおっしゃっていたことと、
ある女性編集者とある書店員に冷たくされたエピソードに絡めて
直木賞を獲ったら、真っ先にその女性編集者と書店員に
知らせたい、とおっしゃったことから推測すれば言わずもがな、かな。
ぜひエンタメ系の金字塔目指してこれからも書き続けてください。
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<おまけ>
図書館では朝倉さんのコーナーを設けて、主な作品や受賞の様子等を
展示していました。写真は「田村はまだか」がはじめて掲載された「宝石」。
この辺りは持てる資源を活かす、という図書館らしい展示の工夫を
感じました。石狩市民図書館、がんばってますね。
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<2009.3.5追記>
吉川英治文学賞新人賞を受賞!
おめでとう!

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by capricciosam | 2008-05-18 10:01 | 読書 | Comments(2)
Commented by ぼくてき at 2008-05-18 23:10 x
ご無沙汰しています。
市民図書館で講演会なども開いてくれるのですね。
いいですね。

朝倉かすみさん、知りませんでした。

>自分の人生、やや持て余し気味の世代
持て余す余裕が、まだ持てませんが(笑)、
読んでみたいな、と早速図書館で予約しました。
ご紹介ありがとうございます。
Commented by capricciosam at 2008-05-19 23:24
>ぼくてきさん、コメントありがとうございます。
>市民図書館で講演会なども開いてくれる
図書館が道内在住の作家による講演会を企画をするということ自体が道内でも珍しいのではないか、とも思います。図書館の姿勢として評価できるので、少々遠方ですが、出かけてきました。
>読んでみたいな、と早速図書館で予約しました
実は私も講演会前に読んでおきたくて、近所の図書館に予約しましたが、数週間待ちと言われて、買ってしまいました。図書館ネットで調べてもらっても、札幌市内の図書館はいずこも同様の状態でした。


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