限界集落

先日の新聞に北海道における限界集落の調査結果が載っていた。

限界集落とはおおよそ次のように定義されている。
「集落の人口の半数以上が65歳以上の高齢者で構成され、
冠婚葬祭などの社会的共同生活の維持が困難になった集落のこと」

>道内すべての「集落」のうち9%にあたる五百七十カ所が「限界集落」で、
住民の半数以上が五十五歳以上の「十年後の限界集落」はその四倍、
全体の三分の一を超えていた。
>管内の集落数に占める「限界集落」の割合が高かったのは
桧山管内(41%)と留萌管内(20%)、宗谷管内(16%)で、
日本海側で目立っていた。
(以上、北海道新聞より)

また、先日、TVで日本海側の某町のある集落が取り上げられていた。
番組も途中から観たのだが、最後にインタビューされていた老人は
「このままでは集落が成り立たなくなって、誰もいなくなってしまう」
というような主旨の発言をしていた。
その途方に暮れて沈んだような表情は痛々しい限りであった。

実は、昨年の夏に親戚の墓参の折、その集落を通過した。
まだ日中だというのに、通りに人影はなく、かつ通りに面した
家々からは暮らしの活気らしきものは感じられなかった。
それは、この集落だけのことではなく、この通りの沿線に
次々現れてくる集落の何れにも共通しているようであった。
陽がさんさんと照っているのに、家々には生活反応が感じられない…
SFにでも出てくる廃墟を連想させ、正直悲しかった。

でも、これが北海道の都市圏を離れた地域での現状なのだろう。
自然環境は十分過ぎるくらい豊かでも、実に生活しづらい人工的環境
しか用意できない過疎化は、特に高齢者等の社会的弱者には
生活しづらいものとなっている。
まるで「住むな」と言わんばかりの勢い、スピードで限界集落化が進む。

「まるで開拓期への逆戻りだな…」

人口は都市圏に移動し、過疎地の限界集落化は加速化していく。
人口の偏在の顕現化。

過疎地にある市町村は人口減に加え、高齢化にともなう税収の悪化
という悪条件の重なりにより、これまで「法の下の平等」の名の下に
保証してきた行政のフルサービスを行うことが益々難しくなるのではないか。
行政サービスもその街の行政の財力があればこそ、の話。
しかし、肝心の地方自治体の財政も厳しい状態が依然続いている。
となると、そのうち地域によっては財政に見合ったサービスの提供
ということが当たり前となり、当然地域によって質の異なる行政サービスが
出現せざるを得なくなる、という可能性もあるということなのか。
そうなると、限界集落を多く抱える過疎地は益々不利だ。
これはなにも第二、第三の夕張ということを指している訳ではなく、
現在のサービスの一部や大部分が享受できない、という程度の意味。
21世紀の行政サービスは、果たしてどうなるのだろうか!?
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by capricciosam | 2008-05-29 22:55 | 時の移ろい | Comments(2)
Commented by MIJP-Akase at 2008-08-03 21:29
いろいろ考えさせられます
Commented by capricciosam at 2008-08-04 22:23
> MIJP-Akaseさん、TB&コメントありがとうございます。
地方の「限界集落」の進行は「しくみ」が変わらない限り、歯止めはかからないでしょうね。


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