虹と雪のバラード@TV

昨夜のNHK「歌謡コンサート」は北海道厚生年金会館からの生中継。
当夜の会場には抽選で当たった母と叔母の二人もいたので、
最近はこの手の番組はめったに観ない私も二人がチラッとでも写るかな、
と思い最後まで観ていました。
(座席はステージに近かったらしいのですが、写らなかったようです)

懐かしかったのは、トワ・エ・モアの歌った「虹と雪のバラード」
芥川さんはちょっと声がかすれ気味で年齢を感じさせましたが、
白鳥さんは相変わらず素敵な歌声でした。

「虹と雪のバラード」
1972年に札幌で開かれた冬季オリンピックに併せたリリースだと
思っていたら、一年前にあったプレオリンピックの時に発売されて
いたんですね。認識を新たにしました。
当時TVでも繰り返し流されて、トワ・エ・モアの素敵な歌声に
心惹かれたのはもちろんですが、不思議に歌詞にも惹かれたもの
でした。

…町ができる 美しい町が…

>当時の札幌はオリンピックに向けて建設ラッシュでした。
子供心に地下鉄南北線ができたり、新しいビルが建ったりなので
この辺りはよけい印象深かったのでしょうね。

…雪の炎に ゆらめいて
 影たちが飛び去る ナイフのように…

>プレオリンピックの時、大倉山シャンツェでジャンプを間近に観た
ことがありますが、鋭い飛び出しと同時に空気を切り裂くように
 飛んでいく選手の姿は、まさしく「ナイフ」を連想させました。
 
この歌は歴史的意義を持つ健全な賛歌として、そのメロディとともに
時代を越えて、札幌を歌った歌のひとつとして愛される歌だと思います。

当時、歌詞を書かれた河邨文一郎さんは医学者かつ詩人として高名でした。
後年、たまたまその詩を拝見したことがありますが、なんとも難解な現代詩で
さっぱりとりつく島がなく、早々にページを閉じてしまいました。
「虹と雪のバラード」とのギャップの大きさに頭が混乱したものです。

直接お姿を拝見したことが一回だけあります。

2001年9月15日のKitara。

この月日にピンとくる人も多いかもしれませんが、
あの米国でテロのあった「9.11」のわずか4日後です。

ロビーには、傍らにボンベを置き、鼻にチューブをつけて、
杖に両手を置いて河邨さんが座っていらっしゃいました。
「あっ、虹と雪のバラードの歌詞を書かれた方だ」
以前、写真を見ていたので、お歳をとられてもすぐわかりました。
会場では、偶然斜めに対面する位置に座ったのですが、
演奏に微動だにせず耳を傾けていたのが、とても印象深かった。
訃報に接したのは、それから3年後でした。
なおさらその時の姿が思い出されました。

当夜はセゲルスタム指揮のヘルシンキ・フィルによる
オールシベリウスプログラム。
シベリウスゆかりのオケだけに一期一会的出会いでした。
テロの影響で来日も危ぶまれただけに、ホッとしつつ、
本場のシベリウスを堪能した一夜でした。
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by capricciosam | 2008-06-04 22:26 | 音楽 | Comments(2)
Commented by むぎ at 2008-06-05 07:44 x
おはようございます。

「虹と雪のバラード」は札幌市民の心の歌ですね~

市民会館が取り壊される前に、中を見せてもらうツアーに参加したとき、
ステージ設備の説明があり、客席から照明すべてを実演してもらいました。
その時ステージに流れたのが「虹と雪のバラード」でした。
ちょっとこみ上げるものがありました。

そして、私は去年、アメリカでお年寄り達の前でこの歌を歌ってきました。
「私は札幌から来ました。この歌は札幌のオリンピックソングです」と説明しました。

河邨文一郎さんとは、一緒にお酒を飲んでちょっとだけお話をする機会がありました。
まだお元気な頃で、当たり前ですが、紳士でいらっしゃったという思い出があります。

Commented by capricciosam at 2008-06-05 21:49
>むぎさん、コメントありがとうございます。
>札幌市民の心の歌
同感です。私も昨年一月の市民会館の演奏会で、この曲を聴いた時、同じくこみあげるものがありました。市民会館も今じゃありませんねぇ…
>札幌のオリンピックソング
海外の人たちに紹介するには、うってつけかもしれませんね。
>紳士でいらっしゃった
報道で接する感じでは、紳士然とした感じでしたが、実際もそうだったんですね。いっしょにお酒とは、それは貴重な体験でしたね。


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