カテゴリ:展覧会( 49 )

レオナール・フジタ展@北海道立近代美術館2008

一通り鑑賞し終えたところで、画家が画業を為す中で
表現が変わってくるという当たり前の事を、如実に示唆してくれる
展覧会を初めて体験したかのような思いにとらわれた。
きっとそれはレオナール・フジタこと藤田嗣治の表現意欲の
旺盛さは終生衰えることはなかったし、自らが確立したスタイルに
安住することもなかったように感じられた、からなのだろう。
これは多分に彼の生き様ともシンクロするところか。

初期のまだ模索している時を経て、一皮むけたように数々の
目を見張るような作品を輩出していく。

「素晴らしき乳白色」

と称されるフジタを代表する一連の裸婦像。
会場の解説の中に「彼には真似るべき先達も後継者もいない」
というような意味のことが書かれていたが、うなづけるものがある。
とても油彩とは思えない独特の技法で、何度目を凝らしたことか。
あの漂うがごとき淡さと繊細な線は、まるで日本画にでも通じる
ようなものを感じるのは気のせいか。

作品のひとつ「裸婦と猫」では妙な既視感に襲われた。
初めはゴヤの「裸のマハ」とも思ったが、調べてみると
構図が正反対だった。いったん、気のせいかとも思ったが、
記事を書きながら、ようやく思い出したのがマネの「オランピア」
黒人のメイドと花束がなく、黒猫ではないが、構図はよく似ている。
しかし、作品としてはそれぞれが独自の魅力を放っているのは
言うまでもない。

今回の展覧会の核となった「争闘ⅠⅡ」「構図ⅠⅡ」の大作も
見事な群像表現に圧倒されるが、同時期に描かれたと思われる
未完の「馬とライオン」も、あれこれ想像を刺激してくれる。
描かれた意図や経緯もわからずに大切に保管されたらしいが、
フジタは余白にどのような群像を描こうとしていたのだろうか。

戦後、戦争画を描いたことへの批判から日本を捨てて、
フランス国籍を取得し、さらにはカトリックに改宗していたことを
今回初めて知った。
その戦後フランスでの終の棲家となった住居で使われた品々や
アトリエの一部が再現されていて、画業以外のフジタの多彩ぶりが
溢れている。
惹かれたのは居間と寝室を仕切っていたフジタ手製の「衝立」。
木枠にキャンバスをはり、傘、動物、魚、塔などの金属レリーフで
縁取られたこの品は素敵なだけでなく、フジタの無垢な一面を
如実に示しているように思われた。

晩年は「平和の聖母礼拝堂」の建設に当たり、
その壁に描かれた宗教画が最後の仕事となる。
ここでの作品には「色」が溢れている。
これまでの、白を基調として、ぐっと色を抑えていた作品とは
まるで一変する。「素晴らしき乳白色」時代からは
想像もつかない変貌ぶりです。

様々なスケッチや下絵が展示されていましたが、
びっくりしたのが一部の作品にボールペンが使われていたこと。
フジタは1968年に亡くなっていますが、もうボールペンは
商品化されていたんだから、使っていても当然なんでしょうね。
(そう言えば、昔はBICボールペンなんてのもあったよなぁ…)
作品に欠かせない「線」に使える素材のひとつとして注目して、
当時目新しいボールペンも積極的に取り入れたと考えると、
彼の創作意欲は晩年に至るまで衰えていなかった、
ということなのでしょう。

特異な軌跡を残した異才フジタの概要がよくわかる展覧会でした。
レオナール・フジタ展は、この後宇都宮、東京、福岡、仙台を巡回。
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by capricciosam | 2008-08-09 18:00 | 展覧会 | Comments(0)

中村善策の全貌展@市立小樽美術館2008

生涯風景画家として優れた作品を残した中村善策さんですが、
私にとっての印象深い作品は日展で出会った「張碓のカムイコタン」
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画面のほぼ中心に置かれたのはなんの変哲もない丘。
しかし、丘が海に接するところには断崖絶壁が急に現れ、
丘の持つ穏やかさは一変してしまい、絵全体を引き締めている。
そして、海岸線の先に続く遠くの山並みや、雲高い空という
遠景が奥行きを与える。
これらは、やや暗めの落ち着いた色彩で描かれているが、
画面手前の近景には集落や木々が明るい色彩を用いて描かれ、
見事な対比となっている。
今回の展覧会で解説を読んで知ったのですが、このような
「大胆な構図と明るい色彩」の画風を「善策張り」というらしく、
まさしく氏の画風がバランスよく作品に反映された一品。

今回、氏の作品を多く収蔵している市立小樽美術館で全貌展が
開催されているのを知って、またこの作品に会いたいと思い、
久しぶりに小樽へ出かけてきました。

会場では、全73点の作品が
第1章 小樽時代の善策
第2章 一水会・疎開時代
第3章 信州風景ほか
第4章 北海道風景
第5章 円熟の境地
に分けられて展示されています。

けれども、残念ながら本作品は展示されていませんでした。
代わって第4章で「カムイコタン夏日」と題する作品が2作並べて
展示されていました。制作年代は1970年、1973年。
構図は「張碓のカムイコタン」(1968年)と同じながら、
作者の視点はそれぞれ異なっているため、一見すると同じように
見えるのですが、うり二つではありません。
1970年作は全体に躍動感に溢れ、1973年作はもっと
クローズアップした構成ですが、夏を思わせる明るい陽射しのなかに
淡々と存在する集落の静けさを一瞬にして切り取ったかのような
1968年作の完成度には一歩及ばず、という感じです。

善策さんは何度もここで写生を試み、作品を残されていたことを
初めて知りましたが、やはりこの構図は魅力的だったんでしょうね。
一ファンとしてはこれだけでも、わざわざ足を運んだ甲斐がありました。
<蛇足>
市立小樽美術館のHPで誤って「張碓のカムイコタン」と
紹介されている作品は「カムタコタン夏日」(1973)です。
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by capricciosam | 2008-07-05 22:16 | 展覧会 | Comments(0)

片岡球子の世界@北海道立近代美術館2008

ようやく時間がとれたので「片岡球子の世界」展へ。

北海道立近代美術館(1977年開館)のコレクションのひとつに
本道ゆかりの画家の作品の収蔵があります。
今年103歳で逝去した日本画家片岡球子さん(札幌出身)の作品も
本人からの寄贈品を中心にまとまった数が収蔵されており、
現在常設展では球子さんの画業を4つの時代に区分して
系統立てて紹介する回顧展がひらかれています。

47歳で日本美術院同人となる程の遅咲きだった球子さんですが、
初期の作品を見ても、実に丁寧に描かれており、対象に迫ろう
という姿勢がひしひしと感じられます。
院展でたびたび落選していた、などとは信じられないくらいです。

しかし、横山大観から「雄渾」というテーマを与えられたことで、
祈祷する僧を描いたあたりから、作風に後期の骨太で躍動的な
趣が漂いだします。
この時期には出産時の様子を描いたりして、興味の対象の広がり
を感じるのですが、この作品はえらく酷評されたそうです。
まさしく「下手物」としての面目躍如たるものが感じられますが、
絵自体は無音の世界で淡々たる感じです。

そして、60歳前頃から球子さんを代表する「火山」や「雅楽」の
シリーズものがスタートしていきます。
「火山」の第1作となった「桜島の夜」などは作風をガラッと変えて
荒々しい一見キュビズムタッチの仕上がりとなっています。
まるで、たまりにたまったエネルギーが噴出したかのごとき
作品の様子から、作者の内面の変化の兆しを感じました。

この延長上に、繰り返し取り上げた「富士山」という代表作が
あるのでしょうが、意外だったのは「屈斜路湖」や「羊蹄山の秋色」と
いった本道ゆかりの題材にも、その雰囲気は十分感じられたこと。
「屈斜路湖」なんて「おとなしめの富士山の絵」のような感じでした。
「羊蹄山の秋色」は時間的制約の中で、一気に仕上げたかの
勢いのある作品ですが、やはり雰囲気は富士山のそれと同じ。
これも羊蹄山が「蝦夷富士」と呼ばれるせいなのでしょうか。

そして、球子さんと言えば、70~80歳代で描かれた一連の「面構」。
残念ながら、道立近代美術館はあまり収蔵していないらしく、
今回は2点のみ(正確には1点なのでしょうか)。
作品が自由に飛翔してみせることで得られる魅力とは面構にこそ
あてはまるような気がしますが、老境と言って良い年齢で、
次々とシリーズを制作していったその旺盛な創作力には脱帽です。

あと、意外だったのは80歳間近で始めた裸婦を描いた「ポーズ」
という一連の作品。解説には老境では取材へ出かけることも
ままならなくなることに備えた、というようなことが書かれていましたが、
果たしてそれだけでしょうか。
描く対象の広がりは老境においても依然持続していた、あるいは
かつて取り組めなかった対象だった、と考えることのほうが、
むしろ妥当なのではないかと思いました。

全35点で振り返る片岡球子さんの画業でしたが、
コンパクトながら見応えのある展示でした。
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by capricciosam | 2008-06-15 21:02 | 展覧会 | Comments(0)

嶋田忠収蔵写真展@千歳市民ギャラリー2007

先日の苫小牧市での第九演奏会の帰り、千歳市民ギャラリーで
開かれている「嶋田忠収蔵写真展」に寄ってきました。
遅くなりましたがミニ報告を。

会場を入ると目の前に大きく展開されるパネルに圧倒される。
そこには水中の獲物を狙ってアカショウビンが飛び込む様が
何枚かに分けて活写されているが、思わず息をのんで魅入ることに。
展示されている写真を順次見ていくが、約90点の写真には、
まさしく様々な「野生の生き様」が写し込まれていた。
その上、どうしてこんなショットが撮れるのか?
というプロの技術や被写体への迫る力に感嘆。

季節は圧倒的に冬が多かったように感じた。
しかも野外とくれば、相当な体力が要求されるハズ。
写真に写し込まれている野生の被写体自体の訴える力もさることながら、
それをファインダーごしに覗いている嶋田さんを想像すると、脱帽。

嶋田忠さんについてはこちらをごらんください。
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by capricciosam | 2007-12-20 22:29 | 展覧会 | Comments(0)

モディリアーニと妻ジャンヌの物語展@札幌芸術の森美術館2007

札幌芸術の森はPMFでにぎわっているが、今日は美術館のほうに出かけた。

先月から始まっているこの企画展は、モディリアーニの短い人生の晩年に
結婚したジャンヌ・エビュテルヌとの愛と悲劇を軸に展開される。
会場に一歩足を踏み入れると、正面に不思議なものが透明なケースに
入れられて展示されている。

「ふた房の毛の束」

モディリアーニが35歳で他界したその二日後に、自宅のあるアパルトマン
6階から、8ヶ月の命を宿しながらも、投身自殺したジャンヌの遺髪である。
この時ジャンヌは21歳。
87年の時を経ても、そのきれいな赤毛(栗毛?)が輝きを失っていない
ように見えたのは気のせいか。
「愛と悲劇」を予兆させる巧みな導入。

今回展示されている作品はジャンヌの遺族が秘蔵していたコレクションを
中心としているため、モディリアーニよりもジャンヌの作品が多い。
作品といってもスケッチが中心であった。
十代半ばにしては、その早熟ぶりにハッとするような作品も多かった。
「ピッチャー、瓶、フルーツ」のようなセザンヌの静物画をもっと単純にかつ
明確にしたようなおもしろい絵もあったが、結婚してから自宅の窓外に見える
街並みを描いた一連のものは才能の片鱗は感じるものの、
心に迫るほどの迫力はなかった。
モディリアーニとともにもう少し生きていれば、彼の影響を受けて
ひょっとしたらもっと才能を開花させたのではないか、との思いが残った。

モディリアーニの作品は特徴的な細長い顔、長い鼻、細長い首、なで肩が
独特の雰囲気を醸し出すのだが、もうひとつ挙げるとすれば、
「目」であろうか。
彼の作品の多くは、まるで「画竜点睛を欠く」状態なのだ。
即ち、目の輪郭はあれど、黒目が書き込まれないか、黒目のみのことが多く、
それが先に挙げた特徴とともに彼の多くの肖像画に見られる。
眼窩が虚空状態または真っ黒というのは、不思議なものだ。
見ているこちらがついつい想像を巡らしてしまい、飽きることがない。
しかし、今回展示されていた彼の作品のうち、ポスターにもなっている
「赤毛の若い娘、ジャンヌ・エビュテルヌ」
だけは、しっかりと眼が書き込まれている。
そのため、よけいなことをあまり詮索することなく、作品と対峙できる。
その表情はわずかに微笑み、穏やかで、気品を漂わせ、暖かい。
モディリアーニとジャンヌの幸福なひとときが、
彼をして一歩踏み込ませた表現をとらせたのだろうか。
悲劇となってしまった彼らの人生の中にも幸福な時代があった、という
証として時空を超えて観る者に訴えかけてくるような気がした。

モディリアーニ好きとしては、もっと彼の作品を観たかったが、
彼とジャンヌとの人生をいろいろ考えさせられ興味深かった。
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by capricciosam | 2007-07-16 22:35 | 展覧会 | Comments(2)

魯山人の宇宙@大丸札幌店2007

昨日からタイヤ交換したついでに物置の整理をし、また散歩をしたりと
休日の割にはいろいろ身体を動かしています。

今朝は散歩のついでに統一地方選挙の投票に行きました。
投票開始時刻くらいに投票所に着いたら、次々投票にいらっしゃっていて
少々びっくり。皆さん結構早いんですねぇ。
北海道では知事選、札幌市長選は選管の正式な発表もない
20時ちょっと過ぎには、結果が出ていました。
報道機関のすばやさには毎度のことながら驚くばかり。
しかし、気になるのは他県も含めた投票率の低さ。
国が破産しかねない危機的状態だというのに…

午後はカミサンのリクエストで「魯山人の宇宙」展に。
TVの食番組や鑑定番組を通じて北大路魯山人の名に触れることは
あれど、実際に作品には触れることもなかったので良い機会でした。
今回は陶芸を中心としたものでしたが、場内の解説で改めて、
魯山人が書、篆刻、絵画、陶芸、料理と多岐にわたる分野で活躍した
ことがわかりました。
今回は笠間日動美術館、カワシマコレクション、福田家から出品された
もので、なかなか充実したものでした。
魯山人は「器は料理を引き立てるもの」との考えであったらしく、
料理を第一と考えていたようですが、それでも出品されていた作品は
味わい深く、観ていて飽きない作品が大半でした。
(晩年傾倒していたという備前焼あたりには正直「?」な作品も)
中にはポップで、大胆なデザインや色使いのものも。
二人して「今でも通用しそうだ、おしゃれだねぇ」
器の形はほとんどがいびつなもので、組物などでは到底重ねることは
無理だろな、と思うくらい不揃いなのですが、そこには堂々たる主張や
存在を感じさせるから不思議です。

会場に掲示してあった魯山人語録のひとつです。
「小生は現代作家の饅頭の皮を作るような表皮の美術技巧に身をやつす
輩は大きらいに候 中身の餡の味こそ芸術の本義なれど(略)」

今回はその「餡の味」を賞味できたような余韻がありました。
ごちそうさまでした。
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by capricciosam | 2007-04-08 23:31 | 展覧会 | Comments(0)

アンドリュー・ワイエス

リンクさせていただいているaiden301さんのところで、
偶然目にした盲導犬の写真がワイエスを想起させた。

別にそっくりの構図がある訳ではないのだろうが、
恐らく日没近くとか、日中なのに光がかすかにしか届かない
ほのかな暗がりで、所在なげに佇む姿を毛の一本一本まで
わかるかのような感じが、連想させたのかもしれない。
どうしてなのか、自分でも思い当たらない。
もし似たようなものを観たとしたら、相当以前に観た札幌三越での
「アンドリュー・ワイエス展」しかない、とは思うものの自信がない。
いや、何かの雑誌だったのだろうか。どうにも思い出せない。
こればっかりは考えても答えには行き当たらないようだ。

この時の展覧会でもズシンとした手ごたえのある作品が
やはり多かったような記憶が残っている。

代表作の「クリスチーナの世界」でモデルとなった
クリスチーナ・オルソンは小児マヒで足が動かないため、
地べたを這って移動していた。そして、丘の上にある家で
弟と二人っきりで75歳の生涯を終えるまで暮らしたが、
ワイエスは30年に渡りこの姉弟と交流があった、とのことだ。
この絵は決して暖かい絵ではない、むしろ厳しい絵だ。
この絵を観るたびに虚を衝つかれるような思いがする、のはどうしたことか。
何れにせよ,アメリカ写実主義の傑作だと思う。
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by capricciosam | 2006-12-06 23:06 | 展覧会 | Comments(2)

梅原龍三郎展@大丸札幌店2006

日曜日は演奏会の後、「梅原龍三郎展」に行ってきました。
梅原が日本の画壇を代表する画家であったことや、かつて
雑誌等でみた中国での作品の強烈な印象もあったりしたのですが、
それ以上特に関心を深めることもなかったのでちょうど良い機会でした。
没後20年の回顧展とのことでしたので、生涯に渡る画業の概要を
みることができるのでは、と意気込んで足を運びました。

会場は梅原の主たる題材となった「花」「風景」「裸婦」「肖像」の
テーマに分かれていたのはわかりやすかったのですが、如何せん、
展示作品のボリュームが総体的に乏しく、もう少し画集等に収録される
代表作が観られるのか、と思っていたのでこの点は期待ハズレでした。

ただ、個人的には興味深い点もありました。
「肖像」のコーナーで普通のキャンバスではなく、金属の板に
油絵の具で描かれた2点の自画像が並んで展示されていました。
この描き方も珍しかったのですが、最初の一点は紙や眼も黒々として、
力強い眼光には創作意欲に満ちあふれているかのような
エネルギッシュさが感じられます。
ところが、翌年描かれた一点は白髪とともに目の輪郭もぼやけ、
老境に入ったありのままを描いているような「老人」がそこにいました。
当時、梅原は80歳間近。
この年あたりで心境や体調の変化があったのか、
創作のテンションが落ちたのか、と思わず推測してしまいました。

その他関わりのあったルノワール、ピカソ、マチス、白樺派の作家との
作品や書簡が同時に展示されていましたが、
中でもマチスの女性を描いた素描は簡潔な表現ながら素敵な一品でした。
また、ルオーの作品を日本に持ち込んだ初めての人が梅原だったことや、
ルノワールやルオーと生前交流できたとは、想像もできませんでした。

それと書簡ですが、例えば梅原に宛てた武者小路実篤の手紙に
書かれた字なんて正直ヘタなんですが、読んでみるときちんと
気持ちが伝わる感じで、手紙の原点はやはりきれいな字や美辞麗句よりも
ここなんだなぁ、と改めて思い直しました。
(そう言えば、電話、メールばかりで最近「手紙」も書いた記憶がありませんね。)

今回の展覧会は展示はイマイチの感があったのですが、画業周辺も
多く展示されたことで梅原の人となりの一端を知ることができたような気分
になりました。
余談ですが、梅原龍三郎の風貌は谷崎潤一郎にチラっと似ているところが
あるなぁ、と思いました。
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by capricciosam | 2006-10-31 19:48 | 展覧会 | Comments(2)

鑑真和上展@北海道立近代美術館2006

教科書というのは案外一生に渡る影響を及ぼすことがあるもので、
社会や歴史の教科書の口絵で紹介されていたようなものは
特に印象深く、心の奥深く刷り込まれているものです。
中でも唐招提寺開基の祖である「鑑真和上」坐像は、私にとっては
忘れがたきもののひとつで、チャンスがあるなら実物を見たいものだ、
と常々思っていました。
それが阪神淡路大震災の影響で唐招提寺金堂が平成大修理を行うのに
合わせて、ついに道内でもそのチャンスが巡ってきたのです。
実は、私は数年前に東京でこの展覧会を偶然鑑賞していたのですが、
再び混雑した会場に足を踏み入れる気は起きませんでした。
それで、チャンスがあればぜひ観るように母とカミサンに強く勧めて
いたのですが、どういう訳か、ナビゲーターとして一緒に行くハメに
なってしまいました。まあ、内心嬉しい誤算だったのかもしれません。

会場入りしてからは、他の出品物は差し置いて、みなを連れて
真っ先に和上像にかけつけました。照明を一段と落とした一画に、
ガラス張りのケースの中で像は鎮座していらっしゃいました。
和上年譜によると、この像は和上が亡くなる年の春に弟子の忍基が
講堂の棟梁が折れるのを夢に見て、和上遷化を悟って諸弟子を率いて
肖像を造ったというものだそうです。像は一見木彫りのようなのですが、
実は麻布を漆を用いて貼り合わせて骨格を形づくったもので、
日本最古の肖像彫刻として国宝になっています。

5度の失敗と12年に渡る歳月と失明という艱難辛苦の末に、ようやく渡航に
成功されたという和上に思いをはせると、その端正なお顔に感じられるのは
何よりも和上の内面の意志の強さなのですが、ただそれだけではありません。
不思議な穏やかさが、そして見ようによっては微笑みさえ漂わせているか
のごとき、その達観の表情にはただひたすら圧倒され、観ているこちらも
浄化されるがごとき思いが湧いてくるのです。
割と小さな像なのですが、圧倒的な存在感という他ありません。
一見の価値あり、です。

その他多数の国宝や重要文化財等の寺宝が数多く出品されていますが、
ちょっと興味を魅かれたのが、「鑑真和上袈裟入蒔絵箱」。
鑑真和上のものと伝えられている簡素な袈裟を折り畳んで納める
箱なのですが、黒漆地に金蒔絵で徳川家と桂昌院の出た本庄家
の紋があしらわれています。桂昌院とは徳川五代将軍徳川綱吉の
生母です。この蒔絵箱が桂昌院から寄進されたとのことのようです。
天平時代に江戸時代が突然出現して驚きましたが、つくづく歴史は
連綿と続いているものなのだなぁ、と改めて思いました。

最後にシニア世代にとっては勇気づけられる話を。
日本からの渡来僧による渡日依頼を受諾したのが
和上55歳の時で、成功したのが67歳というのです。
鑑真和上像の端正な印象から渡航は壮年期に行われたものと、
すっかり誤解していました。
実際は、今なら引退しても不思議ではない歳なのです。
なんというチャレンジ精神なのでしょう。
be encouraged!

鑑真和上展は北海道立近代美術館で8/20まで開催しています
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by capricciosam | 2006-07-30 22:49 | 展覧会 | Comments(2)