カテゴリ:展覧会( 53 )

アンドリュー・ワイエス

リンクさせていただいているaiden301さんのところで、
偶然目にした盲導犬の写真がワイエスを想起させた。

別にそっくりの構図がある訳ではないのだろうが、
恐らく日没近くとか、日中なのに光がかすかにしか届かない
ほのかな暗がりで、所在なげに佇む姿を毛の一本一本まで
わかるかのような感じが、連想させたのかもしれない。
どうしてなのか、自分でも思い当たらない。
もし似たようなものを観たとしたら、相当以前に観た札幌三越での
「アンドリュー・ワイエス展」しかない、とは思うものの自信がない。
いや、何かの雑誌だったのだろうか。どうにも思い出せない。
こればっかりは考えても答えには行き当たらないようだ。

この時の展覧会でもズシンとした手ごたえのある作品が
やはり多かったような記憶が残っている。

代表作の「クリスチーナの世界」でモデルとなった
クリスチーナ・オルソンは小児マヒで足が動かないため、
地べたを這って移動していた。そして、丘の上にある家で
弟と二人っきりで75歳の生涯を終えるまで暮らしたが、
ワイエスは30年に渡りこの姉弟と交流があった、とのことだ。
この絵は決して暖かい絵ではない、むしろ厳しい絵だ。
この絵を観るたびに虚を衝つかれるような思いがする、のはどうしたことか。
何れにせよ,アメリカ写実主義の傑作だと思う。
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by capricciosam | 2006-12-06 23:06 | 展覧会 | Comments(2)

梅原龍三郎展@大丸札幌店2006

日曜日は演奏会の後、「梅原龍三郎展」に行ってきました。
梅原が日本の画壇を代表する画家であったことや、かつて
雑誌等でみた中国での作品の強烈な印象もあったりしたのですが、
それ以上特に関心を深めることもなかったのでちょうど良い機会でした。
没後20年の回顧展とのことでしたので、生涯に渡る画業の概要を
みることができるのでは、と意気込んで足を運びました。

会場は梅原の主たる題材となった「花」「風景」「裸婦」「肖像」の
テーマに分かれていたのはわかりやすかったのですが、如何せん、
展示作品のボリュームが総体的に乏しく、もう少し画集等に収録される
代表作が観られるのか、と思っていたのでこの点は期待ハズレでした。

ただ、個人的には興味深い点もありました。
「肖像」のコーナーで普通のキャンバスではなく、金属の板に
油絵の具で描かれた2点の自画像が並んで展示されていました。
この描き方も珍しかったのですが、最初の一点は紙や眼も黒々として、
力強い眼光には創作意欲に満ちあふれているかのような
エネルギッシュさが感じられます。
ところが、翌年描かれた一点は白髪とともに目の輪郭もぼやけ、
老境に入ったありのままを描いているような「老人」がそこにいました。
当時、梅原は80歳間近。
この年あたりで心境や体調の変化があったのか、
創作のテンションが落ちたのか、と思わず推測してしまいました。

その他関わりのあったルノワール、ピカソ、マチス、白樺派の作家との
作品や書簡が同時に展示されていましたが、
中でもマチスの女性を描いた素描は簡潔な表現ながら素敵な一品でした。
また、ルオーの作品を日本に持ち込んだ初めての人が梅原だったことや、
ルノワールやルオーと生前交流できたとは、想像もできませんでした。

それと書簡ですが、例えば梅原に宛てた武者小路実篤の手紙に
書かれた字なんて正直ヘタなんですが、読んでみるときちんと
気持ちが伝わる感じで、手紙の原点はやはりきれいな字や美辞麗句よりも
ここなんだなぁ、と改めて思い直しました。
(そう言えば、電話、メールばかりで最近「手紙」も書いた記憶がありませんね。)

今回の展覧会は展示はイマイチの感があったのですが、画業周辺も
多く展示されたことで梅原の人となりの一端を知ることができたような気分
になりました。
余談ですが、梅原龍三郎の風貌は谷崎潤一郎にチラっと似ているところが
あるなぁ、と思いました。
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by capricciosam | 2006-10-31 19:48 | 展覧会 | Comments(2)

鑑真和上展@北海道立近代美術館2006

教科書というのは案外一生に渡る影響を及ぼすことがあるもので、
社会や歴史の教科書の口絵で紹介されていたようなものは
特に印象深く、心の奥深く刷り込まれているものです。
中でも唐招提寺開基の祖である「鑑真和上」坐像は、私にとっては
忘れがたきもののひとつで、チャンスがあるなら実物を見たいものだ、
と常々思っていました。
それが阪神淡路大震災の影響で唐招提寺金堂が平成大修理を行うのに
合わせて、ついに道内でもそのチャンスが巡ってきたのです。
実は、私は数年前に東京でこの展覧会を偶然鑑賞していたのですが、
再び混雑した会場に足を踏み入れる気は起きませんでした。
それで、チャンスがあればぜひ観るように母とカミサンに強く勧めて
いたのですが、どういう訳か、ナビゲーターとして一緒に行くハメに
なってしまいました。まあ、内心嬉しい誤算だったのかもしれません。

会場入りしてからは、他の出品物は差し置いて、みなを連れて
真っ先に和上像にかけつけました。照明を一段と落とした一画に、
ガラス張りのケースの中で像は鎮座していらっしゃいました。
和上年譜によると、この像は和上が亡くなる年の春に弟子の忍基が
講堂の棟梁が折れるのを夢に見て、和上遷化を悟って諸弟子を率いて
肖像を造ったというものだそうです。像は一見木彫りのようなのですが、
実は麻布を漆を用いて貼り合わせて骨格を形づくったもので、
日本最古の肖像彫刻として国宝になっています。

5度の失敗と12年に渡る歳月と失明という艱難辛苦の末に、ようやく渡航に
成功されたという和上に思いをはせると、その端正なお顔に感じられるのは
何よりも和上の内面の意志の強さなのですが、ただそれだけではありません。
不思議な穏やかさが、そして見ようによっては微笑みさえ漂わせているか
のごとき、その達観の表情にはただひたすら圧倒され、観ているこちらも
浄化されるがごとき思いが湧いてくるのです。
割と小さな像なのですが、圧倒的な存在感という他ありません。
一見の価値あり、です。

その他多数の国宝や重要文化財等の寺宝が数多く出品されていますが、
ちょっと興味を魅かれたのが、「鑑真和上袈裟入蒔絵箱」。
鑑真和上のものと伝えられている簡素な袈裟を折り畳んで納める
箱なのですが、黒漆地に金蒔絵で徳川家と桂昌院の出た本庄家
の紋があしらわれています。桂昌院とは徳川五代将軍徳川綱吉の
生母です。この蒔絵箱が桂昌院から寄進されたとのことのようです。
天平時代に江戸時代が突然出現して驚きましたが、つくづく歴史は
連綿と続いているものなのだなぁ、と改めて思いました。

最後にシニア世代にとっては勇気づけられる話を。
日本からの渡来僧による渡日依頼を受諾したのが
和上55歳の時で、成功したのが67歳というのです。
鑑真和上像の端正な印象から渡航は壮年期に行われたものと、
すっかり誤解していました。
実際は、今なら引退しても不思議ではない歳なのです。
なんというチャレンジ精神なのでしょう。
be encouraged!

鑑真和上展は北海道立近代美術館で8/20まで開催しています
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by capricciosam | 2006-07-30 22:49 | 展覧会 | Comments(2)