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法界坊@東京浅草寺境内_平成中村座2008

江戸の昔さながらの「小屋」の雰囲気を味わえる仮設劇場として
平成中村座が浅草で2000年に旗揚げされた時の演目が
今回観劇してきた「法界坊」。
当時は大して関心も湧かず、
「仮設だったら、そのうち北海道に来てくれるといいなぁ~」
と期待した程度。

しかし、昨年のニューヨーク公演の様子が刺激しました。
客席を縦横無尽に走り回ったり、現代の警官が登場したりと
「なんか凄い演出だなぁ…」
そんな様子をTV等で目にするうちに、一度は観てみたいものだ、と。

そんな訳で、足を運んだのは千秋楽前日の昼公演。
場所は浅草寺境内、って言うか、浅草寺の裏。
小屋の前ははとバスの駐車場。
入場を待つお客の中には和服姿の方もちらほら。
後ろのほうの座席でしたが、舞台は近い。定員800人とのこと。

さて、定刻になると主たる役者が紹介アナウンスとともに
次々登場していよいよ芝居が始まります。
舞台構成は
序幕第一場「深川宮本の場」
序幕第二場「八幡裏手の場」
二幕目「三囲土手の場」
(休憩)
大喜利隅田川の場「双面水照月」
と、大きく二部構成です。

なにしろ、法界坊は愛嬌と残忍さの同居するグロテスクな性格
ですから、一種の狂気です。その狂気は最初はなりを潜めていて、
芝居の進行とともに頭をもたげてくる仕掛けになっています。
なにしろ手や足を切られるは、何人も殺されるはで、
とてもじゃないが、歌舞伎という様式の中だから観続けられること。
でも、その複雑怪奇な破戒僧を演じきる勘三郎は見事。
しかも、客席も巻き込んだアドリブも自在に織り交ぜて飽きさせない。

それから、この色と欲では法界坊に劣らない役を演じる
片岡亀蔵と笹野高史のお二人。
「アハハ」と笑いながらも、「うまいもんだ」と感心しきり。
特に、笹野さんは、やはり歌舞伎らしい発声ではありませんが、
舞台の経験が役立っているのでしょうね、違和感なし。
役になりきって、自在な演技を披露してくれます。大健闘。
他の役者の皆さんも達者な演技ですし、意外なところで
黒子が活躍したりで、芝居がまったくだらけません。

休憩後の後半はわずか25分程度なのですが、
ここの芝居の密度は高く、見逃せません。
妖怪と化した法界坊が舞う姿が中心なのですが、
勘三郎のうまさを串田和美の演出がさらに引き出したようで、
息をもつかせぬ見せ場の連続です。

「いよいよラストだなぁ…、NY版のように現代の警官が
飛び出すのかな…」なんて思っていたら、
想像もつかない「あっ」と驚く仕掛けが用意されていました。
NY版をはるかに凌駕する演出だと思います。
「感動!」
思わず身体の中の血が逆流するかのような興奮状態でしたが、
幕が降ろされると、他のみなさんも同様らしく会場中が総立ちです。
私も感動のあまり、歌舞伎ということを忘れ、
ついつい「ブラボー」しちゃいました。
そしたら、なんとつられるように会場のあちこちから「ブラボー」の
声がかかりました。
(ここは「日本一」ぐらいなんでしょうが、まぁ、いいかな…、と。)

これまで歌舞伎は何回か観たことはあるのですが、
歌舞伎と言ってイメージしがちな古典的様式に従った
演目とはひと味もふた味も違います。
極上の娯楽作品との出会いに驚天動地の思いでした。
チャンスがあるならぜひまた観たい作品です。

最後の仕掛けはネタバレすると興ざめになるので書きませんでしたが、
夜ならどうみえるんだろう、ライトアップか、というのがヒントです。
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<蛇足>
平成中村座も法界坊千秋楽を持っていったんお終い。
さて、何年後のどこに、どんな演目で現れるのでしょうか。
「法界坊」だったら、もっとバージョンアップしているでしょうから、
チョーお薦めです。
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by capricciosam | 2008-12-04 20:10 | 舞台 | Comments(0)

太鼓たたいて笛ふいて@東京_紀伊國屋サザンシアター2008

「こまつ座」は座付き作者の井上ひさしさんの
いろいろな作品を上演されていることは知っていたが、
如何せん内容も知らなけりゃ、一度も観たことがなかった。

それで、今度上演されるのが再々演の定評ある舞台だという、
ただそれだけの情報のみ、予習なしで、
「きっと楽しいだろうなぁ~」と勝手に想像して出かけた。
その気持ちは、入場した会場ロビーでも裏切られることはなかった。
主役は大竹しのぶさん。
写真のようにTVで観るタレントたちからご覧のような花、花、花。
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開演に向けて勝手に期待は高まるばかり…

しかし、芝居が始まると滑稽で笑える場面も随所に用意されていたのだが、
決して脳天気に笑っていたという訳ではなかった。
むしろ芝居の進行とともに必死に筋を追って、
真剣に舞台を観ている自分がいた。
昨今のエンタメ化の風潮に知らず知らず浸かっている凡夫には
ちょいと手強い芝居で、自分の日頃の感性のマヒぶりを
試されているかのようだった。

本作品では「放浪記」で有名な作家林芙美子さんの、
戦中の熱烈な戦争賛美が、何度か戦線に従軍するうちに
反戦意識に目覚め、戦後は反戦文学に転じるという、
その両極端に振れた姿が描かれている。
(この事実は有名なのかもしれないが、私は知らない。)
芝居の中で、戦中戦後を飄々として生き抜く三木は
「時代背景」の代弁者として現れる。
そして、彼の言う「戦(いくさ)は儲かるという物語」との言葉は
いまだにそれを全否定できないのが現実ではなかろうか。
しかし、作者は劇中の芙美子に
「それを信じたことは愚かだった」として告白させ、
「あなたたちがどんなつらい、苦しい思いをしたか。書かなくてはね」
と芙美子の決意を語らせる。
これは、もちろん作者自身の決意でもあることは言うまでもない。

ちょうど、言論の自由を都合よく解釈した勇ましい幹部公務員が
文民統制の根幹を揺るがしたばかりだけに、私にはなんとも
絶妙のタイミングであった。
かなり強いメッセージが読み取れる作品ではあったが、
「戯作者」を標榜する井上さんらしく「ニヤッ」とする場面は
随所に用意されているし、音楽劇のスタイルゆえ単調さからも
救われ、おまけに役者の皆さんは達者な方ばかりとあって、
「メッセージ性とエンタメ性のバランスのとれた芝居」
という印象が残った。
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by capricciosam | 2008-12-02 21:10 | 舞台 | Comments(0)

ぶっちぎり落語会@栗山Eki2008

生まれてこの方、落語の実演は一回しか聞いたことがない。
その一回も子供の頃住んでいた田舎で行われたNHKラジオの寄席番組
の公開放送にいったぐらいだから、遠い記憶の彼方に行ってしまっている。
ほぼ未体験と同義と言っても過言ではない。
まあ、全国でも寄席はどのくらいあるのか知らないが、
そんなにあるとは思えないので、実際に落語をきく、という行為を
経験している人は案外少ないのではないか、と思っている。
私も小さい頃から落語はもっぱらTVで親しんできた。
最近はそういう番組も減って、今じゃ「笑点」ぐらいしか思い浮かばない。
その「笑点」も最近はメンバーに世代交代がみられ、中でも
春風亭昇太の明快で切れのある語りには惹かれていた。
今回も春風亭昇太目当てにちょいと遠出ではあったが出かけた。

さて、そんな昇太師匠ですが、今夜の本編は「時そば」
おなじみの古典中の古典。
まず、なんと言っても利口な兄貴とおろかな弟分との会話における
両者の違いが語りの中で明確になっており、時々混ぜる少々伝法な
口のききかたも小気味よい。
錯覚を活かす場面の間のうまさ。一方、形だけまねて、失敗してしまう
弟分の間の悪さ。きっちり描き分けられていて申し分なし。
わずか10分ちょっとの古典であったが、力の片鱗を披露してくれた。

落語によくでてくる利口なナントカと間抜けなナントカの頓珍漢なやりとりは
昇太の前に登場した春風亭昇吉(昇太の弟子)と林家たこ平(正蔵の弟子)
も取り上げていた。開口一番で登場した昇吉は「子ほめ?」をそつなく
演じていたが、語りがやや早口で、まだ登場人物が活き活きとしてくるには
至っていない。次のたこ平はまくらも忘れたようで、いきなり泥棒の親分
子分の話に入ったが、その他の登場人物も含め描き分けというのか、
メリハリというのか、終始笑いが不発で、くすぶった感じで話しが終わって
しまったのは残念。

とりに登場した正蔵師匠は、父親が読んでる「龍馬がゆく」を息子が
無断で持ち出して学校に持っていき、読書の時間で読むはめになったが、
実は中味はポルノ小説だったから、さあ大変、という20分余りのお話を
しましたが、これが実におかしい。想像して笑わせる、という話芸の見本
のようなもので、創作なのでしょうが、きちんと本筋は押さえてあると
感じました。どうも「こぶ平」のイメージが強すぎて、軽くみていましたが、
地元ネタを即興で取り入れて会場をくすぐったりして、オーソドックスでは
あるがツボは押さえてあるという点には感心しきりでした。

昇吉が10分、たこ平が20分、昇太が40分、正蔵が30分。
25分あまりの昇太のまくらが、また笑いっぱなし。
一方の正蔵のまくらは10分。これはまくらの途中で前列にいたお客がひとり
立ち上がって会場を去ったことで中断したようで、ライブの雰囲気というのは
実に微妙なものだ、と改めて感じた。
また、昇太までは客席も明るかったのですが、正蔵の時は暗くするなど
雰囲気を変えていました。あれは演じる側の注文なんでしょうか。
当初予定していた休憩もなかったのですが、楽しいひとときでした。
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<2.2追記>
正蔵の落語は「読書の時間」。有名なのかな…
ググってみると、お二人のぶっちぎり落語会は、昨年道内では
7/9北斗市、10/24根室市、11/1置戸町で開催されていました。
結構いらっしゃっていたんですね。

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by capricciosam | 2008-01-30 23:38 | 舞台 | Comments(0)

「異国の丘」リハーサル見学会・朗読会2006

昨日の「蔵出し」の続きです。
今日はミュージカルのリハーサル見学体験の話です。

劇団四季のミュージカル「異国の丘」が道内巡演した時に
見学会・朗読会が行われ、ひょんなことから開演前の
リハーサルを見学することができました。珍しい体験でした。

この作品は「李香蘭」「南十字星」とともに第二次世界大戦を舞台にした
四季オリジナル作品で、「昭和の歴史三部作」として知られています。
昭和は一言で言えば戦争の時代、と何かで読んだ記憶がありますが、
この三部作も戦争抜きには作りえなかった作品でしょう。
戦争による惨禍の最大の犠牲者は一般国民であることは
これまでも、そしてこれからも変わらないでしょうから、
国民は戦争回避の動きをこれからも支持していくべきなのでしょう。
ただ、単なる戦争反対だけでは、直接的に安全を脅かそうとする勢力
への対抗策としては極めて弱いことも否めないことです。
テロや不穏な隣国を考えると、「戦争と平和」という重いテーマに
真剣に向きあわざるを得ない時代でもあるのでしょう。
ちょっと脱線してしまいました。話を戻します。

会場に一歩足を踏み入れると、もうリハーサルが始まっています。
ステージを見ると、出演者が皆私服で立っています。
ちょうど作品中のいろいろな場面での「立ち位置」の確認を
演出家の指示で次々に行っているところでした。
会場が変わることによる立ち位置の微妙なズレを修正している
のでしょうが、結構てきぱき、あっさりとやっていました。

印象的だったのは、主役を中心とした男性パートが
ひとかたまりとなって歌う場面。
群像の顔を部分的に出させたり、背筋をのばしたりして
全体の修正をかけていくのですが、修正を終えてみると
一群が見事なシンメトリーを成していたのには驚きでした。
後で判ったのですが、これは開幕冒頭のシーンらしく、
この段階の男性合唱による歌だけでもちょっとジーンときました。

また、NYのバーでのダンスシーンも音楽なしで、手拍子だけで
踊っていくのですが、四季のダンス力はさすがです。
それでも演出家の方は部分的にもっとメリハリをつけるよう
ダメ出しをしていました。なるほどグッと良くなります。
演出ってすごいなぁ、と改めて感心しました。

リハーサルが一旦終わった後に役者の方が何人か出てきて、
会場からの質問を受けていました。
そのうちのひとつ「出演する予定はどのくらいまで判っているのか」
との質問には、「せいぜい一週間ぐらい」との答えでしたが、
これは意外でした。その理由が、急遽別なステージに
でたりすることがしょっちゅうあるからなのだそうです。
四季はロングランシステムを大々的にとっていることは有名なので、
たとえダブル、トリプルキャストでも、出演者は割と固定して
腰を据えているのかな、と思っていただけに予想外な答えでした。

最後に「異国の丘」を作るに当たって参考にしたという
体験者や関係者の文章を各出演者が朗読して、見学会は終了しました。
時間にして45分程度の短いものでしたが、
演出することの意義を改めて発見させてもらったと思います。

見学会・朗読会では、進行を勤めた方が最後に、
「このミュージカルは重い内容を扱っていますが、エンターテイメント性
も十分にあるので、ぜひご覧になっていただきたい」ということを
おっしゃっていました。
だいぶ以前に「李香蘭」を観た時も、その扱っているテーマや
素材の重さの割に十分な娯楽性も確保してある作品だなぁ、
と感心した覚えがありますが、今回のリハーサルを見学して、
同様な印象を抱きました。
機会があれば、一度本番を観たいと思ました。
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by capricciosam | 2006-12-22 20:20 | 舞台 | Comments(0)