カテゴリ:音楽( 321 )

オッコ・カム&札響@小樽市民会館2005

フィンランドを代表する指揮者で、10月初旬から来日して、
大阪、東京で振って、ラストは月末の札響定期演奏会。
シベリウスの2番を初めて耳にした経験は、この指揮者と
ベルリンフィルによるレコードでした。
それ以来チャンスがあれば、ぜひ実演に接したいと思っていました。
でも定期はオールシベリウスプロなんですが、どうもシベリウスは
食わず嫌い傾向があって今回はパスしようか、と思っていたら、
なんと大穴がありました。それは、
10/26の「ほくでんファミリーコンサート
曲目はフィンランディア、カレリア、交響曲第2番他。
これだけ揃えて、しかも整理券(無料)。
そのかわり平日の小樽行きなので、昨夜は結構ハードでした。

一曲目のフィンランディアがいつもの耳慣れた曲の運び
ではなく、例えて言うならアクセントの置き所が異なる運び方で
やや快速気味にさらっと終わったのは、また新鮮でした。
これは三曲目のカレリア組曲でも同様の感じを受けました。
カム氏は妙なアゴーギクもなく、正攻法な音づくりの印象。
二曲目のアンダンテ・フェスティーヴォは優雅さを感じさせる
弦楽合奏曲で、これは初耳の曲。いい感じの曲ですね。
四曲目の交響曲第二番はシベリウスを代表する曲。
これは管弦一体となったなかなかの熱演でした。
札響は元々シベリウスは得意というのが少し実感できました。
しかし、当夜のベストはアンコールの「悲しきワルツ」です。
これには魅了されました。うっとりです。
これは定期も期待できるのではないでしょうか。
シベリウス入門用としてはうってつけのプログラムでしたが、
公開放送用なので、これだけやっても一時間半ちょっとでした。
余韻を楽しむ余裕はありませんが、あまり疲れずこんな感じも
よいものですね。

ただ、惜しむらくは市民会館の音が残響がほとんどないデッド
でドライな感じなため、せっかくの熱演が生かし切れなかった
のではなかったか、という点。
まあ、年数の経った多目的ホールでは致し方ないのでしょうが、
最近はkitaraの豊かな残響でオケの音を耳にするせいか、
正直やや苦痛でした。今夜のプロをそっくりkitaraで聴けたら、
という思いが残りました。ちょっと耳もぜいたくになったかな。

■札響の定期はこちらをごらんください。

写真のCDはバルビローリ&ハレ管の交響曲2番
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by capricciosam | 2005-10-27 23:55 | 音楽 | Comments(4)

混声合唱

今夜はかみさんのつきあいで地元の混声合唱団の
ジヨイントコンサートに足を運んできました。
改装なった市民会館はこざっぱりして、ほぼ満席の入り。
ふたつの合唱団各々の発表の後は、休憩をはさんで合同で
ステージをつとめます。
アマチュア故の不安定さやメリハリ不足は散見されましたが、
みなさん、よく健闘されていました。
個人的には四季を歌った冬の「虹と雪のバラード」でやや
ウルウル状態に。やはり、多感な年代で実際に遭遇した
という事実に思いが至るのでしょうか。
好きなんですよね、この歌。
最後は、お約束の「大地賛頌」。
アンコールは指揮者のお一人の独唱も交えた「ケ・サラ」と
会場も交えた全員での「見上げてごらん夜の星を」の2曲。
思わず、大きな声で歌ってしまいました。
やはり、合唱はいいなぁ、と改めて思いました。
さきほど携帯から撮ったステージの写真を会場から間違って
ブログにアップしたので、「届け」のコメントとともに写真が
一時あったと思います。昨日の携帯からの送信成功に浮かれて、
PCへ送るはずが、間違いました。お騒がせします。
写真も通常の処理をしていないので、チョイでかです。

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by capricciosam | 2005-10-09 00:34 | 音楽 | Comments(0)

聖響&都響@Kitara2005

昨夜更新しようと思ったのですが、睡魔に襲われ早々に就寝
したので、早朝更新です。
さて、一昨日の都響の初の札幌公演に足を運んできました。
最初のモーツァルトから音がよくブレンドされているなぁ、と感じ
ましたが、だからといって濁って聞こえる訳でもない。
実にヴォリュームのある、充実した響きです。
さすが在京プロオケです。
特にチャイコフスキー5番は久しぶりの実演でしたが、よく歌い、
熱情こめた演奏はこの曲の模範演奏のような印象が残りました。
欲を言えば、少々「まとも」過ぎることでしょうか。
この曲の底流に流れているほの暗さがもっと表現されていれば、
とは思うのですが、これは指揮者の音作りの指向とも考えることが
できるため、何年か後の熟成を経て、またこのコンビで聴いて
みたいものです。
しかし、オケをみれば年輩の方もそれなりにいらっしゃるのですが、
ブラームスで共演した若い団員の矢部&古川両氏も達者ですし、
指揮者といい、オケの作り上げる音は「若々しい」感じがしました。
「まとも」で「若々しい」。
書で言えば楷書かなぁ。それも手本のような。そんな印象です。
聖響さんも札響には年に何回かは来演されているようですが、
あいにく聴くチャンスを逃していたため、初の実演でしたが、
今回の巧みな指揮ぶりと真っ当な音楽作りにいたく感心しました。
今後が楽しみな指揮者ですね。
聖響&都響。
足を運んだ甲斐がありました。
ところで、聖響さんがご自身のブログで書かれている
「4年前の都響・サントリーホール・ブラームス2番以上の充実感」
とは、その場を共有できた喜び以上に、ついついその4年前を聴き
たくなってしまいますね。
どんな演奏だったんだろう?

■聖響さんのブログはこちらです。

■道産子団員の小田桐さんのHPはこちらです。

写真はゲルギエフ&ウィーンフィルのチャイコフスキー5番
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by capricciosam | 2005-09-28 07:01 | 音楽 | Comments(4)

ドライブ日和

彼岸のお参りで母を連れてお寺に足を運びました。
抜けるような青空に、時折吹く風の心地よいこと。
お寺まではちょいとしたドライブになるので、さて何を聴こうかな、
と考えていたら、ふと「サウンド・オブ・ミュージック」の冒頭の
アルプスの美しい風景と小高い丘の上で、
主役のジュリー・アンドリュースが気持ち良さそうに歌う
The hills are alive with the sound of music…
が、聴きたくなって、今日のお供はこれに決まり。
高原にでもいるかのような心地よさが連想させたのでしょう。
しかし、この映画は名曲の宝庫ですね。
「サウンド・オブ・ミュージック」と言えば、この映画を監督した
R・ワイズ氏が91歳で先頃亡くなったのでしたね。
これ以外にも「ウエスト・サイド物語」も監督していたことが紹介
されていましたが、ミュージカル映画の古典的名作を2本も
監督していたとは、うかつにも知りませんでした。
どちらかひとつでもスゴイのに、ふたつもなんて。
一生の誇りだったのではないでしょうか。
映画館通いをしていた若い頃はもうすでに過去の作品となって
いて、映画館で観ることはかないませんでしたが、最近DVDで
手に入れて気軽に観ることが出来るようになりました。
でも、この作品はやはり巨大なスクリーンで堪能したい気持ちが
残ります。
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by capricciosam | 2005-09-25 18:41 | 音楽 | Comments(4)

収穫

秋の澄み渡る青空を見ると、夏の暑さから逃れて安堵した
ためか、その空気の爽やかさのせいなのかは不明だが、
思わず内面の緊張が緩み、一息ついてしまう。
まるで、登山をして途中の何合目かで休憩をとって、遠くの
山々や麓を見渡すがごとく、一息ついて周囲やこれまでの
登ってきた道を振り返ってしまうのだ。
人生を四季で例えると、シニア世代は秋から冬にさしかかろう、
とするようなものか。来し方を思い、行く末にも思いをめぐらす。
そんなわけでもあるまいが、秋は一層メランコリックな気分に
陥りやすくなるような気もする。

そんな時に聴くラフマニノフはこの気分にピッタリどころか、
それを増幅してくれるのかもしれない。
その憧憬を含んだ甘美な抒情の大きな大きなうねりに身を
まかせていれば、忘我に陥り、現のあらゆることが見事に
消え去っていく。
甘美なときの訪れ。

昨夜の札響第481回定期演奏会でのラフマニノフ交響曲第2番
はまさにそんなひとときだった。
暗譜で通した尾高忠明音楽監督の棒は確信を持って、第一楽章
からオケを強力にひっぱるが、強引というのではなく、全身を使って
各パートを曲の流れにのせていく、とでも言えば良いのだろうか。
まさしく指揮者とオケが一体となってこの大曲の情感にあふれた
奔流を成していた、と言っても良いだろう。
低弦を中心に増強した弦も健闘していたが、いつもは少々
危なっかしい管も適度なバランスを保ってこの曲の情感の表出に
貢献していた。特に、第三楽章の出来はクラリネットの出来に期待
大なのだが、昨夜は他の楽章も含めてよく健闘していたと思う。
ますます脂がのってきた尾高・札響。
このコンビの好調ぶりが端的に聴き取れたこの一曲でも十分なのに、
アンコールは同じくラフマニノフのヴォカリーズ。
もう、メロメロです。とどめを刺されました。まいったなぁ~。
演奏会終了後、会場を去る雑踏でラフマニノフのメロディを
ハミングしている人が少なからずいたのですが、皆さん、
やはりお好きのようですね。

今夜のもう一曲はエルガーのチェロ協奏曲。
イッサーリスの超絶技巧には感嘆したものの、少々足早に行って
しまった感じ。もう少したっぷりと歌ってほしかった気も。
アンコールの鳥の歌のしみじみとした味わいが印象深い。
ところで、エルガーのこの曲は以前尾高・札響のコンビで
聴いているが、その時はR・コーエン。これもうまかった。
いくらお国ものとは言え、英国には凄いのがいるなぁ。

秋は収穫の季節でもある。
昨夜は稔り多き収穫、と言っても過言ではない一夜だった。

写真はラフマニノフ2番のノーカット演奏の先駆けプレヴィンのCD
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by capricciosam | 2005-09-24 13:52 | 音楽 | Comments(4)

秋の夜長

台風が九州に上陸して刻一刻と北海道に近づいている
というのに、内心の不安とは裏腹に今日は実に穏やかな
天気の一日でした。ただし夕方にはしっかり雲がかかって、
きたるべき嵐の前のナントヤラだったわけです。
予報では、明朝から一日中雨で、明日夜から明後日の
日中にかけてひどくなりそうです。
被害に遭われた方はホントにお気の毒です。
去年も丁度今頃台風に襲われて、職場近くの古い倉庫の
トタンが木の葉のごとく駐車場に舞い落ちてきて車が
何台も傷つきました。ありゃスゴかった。
道産子には、そもそも台風につきものの「暴風」の
イメージが欠けています。
だいたい北海道の住宅には雨戸はありません。
と、言うのも、もともと台風の上陸が少ないことと、本道に
到達する頃にはたいてい熱帯低気圧に変わっているので
一段と勢力が落ちて、風も雨もたいしたことにはなって
いないためなんですね。
それが、この頃は結構キツイ台風に襲われているんですが、
気象もマクロ的には変化してきているという証拠なのでしょう。
そう言えば、カトリーナも甚大な被害のようですね。
いまだに被害の全貌がはっきりしないくらいですからね。
それにしてもアメリカ国内で救助がどうしてあんなに手間
取っているのか、とても不思議です。貧困層には冷たいからだ、
なんてことも巷間言われているようですが、なんらかの意図が
働いているのでしょうか。
何故なんでしょう、ホント不思議です。

束の間の秋の夜長にはやはり音楽。
ナタリー・コールは厳密にはジャズ歌手とは言えないのかも
しれませんが、スタンダードな曲を歌ったジャージーな雰囲気
がお気に入りです。
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by capricciosam | 2005-09-06 23:14 | 音楽 | Comments(0)

PMF2005余録

いつもながら「今年の新酒の出来はどうかな?」と仕上がり具合が
楽しみになるPMFオーケストラですが、今年は名伯楽サンティ
おじさんの指導よろしく、これまででも出来の良いもののうちに
数えられるであろうことを確信させてもらえた。
その嬉しさのあまり某クラシックBBSへ駄文を書き込んだところ、
巡演した各地でも好評の声が聞こえてきて、ほっと胸をなで
おろしています。
感想をいただいた、GIACOMO、Dona nobis pacem、ドスト、
フェランド、ぐすたふ、ティオのみなさんには感謝しています。

脇道にそれますが、某クラシックBBSも圧倒的に東京発の情報が
多いようですが、日本各地では個性的な催しがいろいろ開催されて
いるようですから、あまりレスは期待せずとも各地からの発信をして
賑わいを形成していってはどうかな、と常々感じていて、時おり北から
発信させていただいていました。

北の都札幌で短期間の内に3名の指揮者によって鍛え上げられ、
仕込まれて、ニュアンスを教えられ、より旨口の新酒に仕上がった
ヌーボーが、道外の諸都市で巡演していくうちに熟成を重ねる、
そんなストーリーがぴったりなPMFオケ。
毎年道外でこんなにも楽しんでいただいているとは、つゆ知らず、
認識が甘かったですね。
これからもぜひ足を運んでください。

さて、地元の新聞・北海道新聞にサンティおじさんのインタビューが
掲載されていました。
PMFアカデミー生に触れての感想として、
「いっぱい仕事があると感じました。腕をまくって「さあ、やらなきゃ」
と思いましたね。」さらには、聴衆に感じてもらいたいこととして、
「ちゃんと練習すれば、若いオケでもこれだけいい音楽を奏でられる
ということ。札幌の皆さんにはPMFという場を毎年開くことに価値が
あること。文化は常にお金がかかるということを知ってほしい。」

そして私にとっての瞠目すべき極めつけの言葉は次の言葉でした。

「PMFは若い演奏家を教えることに情熱の持てない指導者は、
来るべき場所ではない、とも思いました。」


まさしく、教育音楽祭の本質を突いた至言です。
おじさんは教育音楽祭の「教育」の意義をよく掴んでいただいたのだ
と改めて思っています。
道理でよい仕上がり具合が楽しめた訳です。
やっぱり来年も期待しちゃいますね。
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by capricciosam | 2005-08-05 22:19 | 音楽 | Comments(2)

サンティ&PMFオーケストラ@PMF2005

毎年異なったメンバーで、しかも短期間に音作りをしていかねば
ならない、というハンディを背負いながら、その時時の指揮者の下、
醸し出す音に酔いしれることができたなら、これはこれで十分なる
醍醐味を味わえた、と言わねばならないだろう。
世界各国から集まった若者で構成されたPMFオーケストラの演奏
を聴くたびに、その醍醐味を味わってこれたのは幸いなこと。
しかし、百数十人からなる同オケだけに毎年音量は申し分ないが、
技術を超えた「ニュアンス」の乏しさが時に露見するのは、いささか
やむをえないことなのかな、と少々あきらめ気味でもあった。
まあ、ヌーボーと思えば、それはそれでそのフルーティな味わいを
楽しむことができる。なにもヌーボーにヴィンテージと同じことを
求めても、それは瀬のないこと。
そんなことを感じながら、毎年同オケの仕上がりぶりを楽しんできた。
しかし、昨夜は「奇跡」が起きたのではないか、と感じられる瞬間が
あった。そこには見事に「ニュアンス」があった。
ヌーボーなのに「こく」を感じる瞬間があった。
ロッシーニの序曲とレスピーギのローマ三部作という色彩感あふれる
イタリアもので構成されたプログラムもかなり寄与しているとは思うが
それでも丁寧にかつニュアンス豊かにプロオケ顔負けの演奏を展開
してくれたことには正直驚いた。
これは指揮者ネルロ・サンティのトレーナーとしての貢献や大と言える
であろう。ネルロ・サンティおじさん、恐るべし。
74歳と高齢なのは心配な点だが、思わず来年も来てくれることを
期待してしまった。
昨夜の演奏会は、これまでのPMFオーケストラの演奏史上でも、
一二を争う最高の出来として語り継がれていくのではなかろうか。
今日のピクニック・コンサートを終えてから、大阪、名古屋、東京と
巡演するようだが、各地での反応やいかに。

写真は「爆演系」バティスのCD/レスピーギ/ローマ3部作
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by capricciosam | 2005-07-31 08:49 | 音楽 | Comments(4)

東京クワルテット@PMF2005

札幌の初夏を彩る教育音楽祭PMFが今年も始まった。
「祭」ゆえ、例えコンサートでも「聴きに行く」というよりは、「参加する」
という感覚が私としてはピッタリする。
しかし、それでも参加できるのは毎年ほんの数回がせいぜいでは
あるが、第一回から毎年参加してきたことは、私としては画期的。

先夜は東京カルテットの演奏会に足を運んだ。
今年から室内楽コースも設けられ、その一環で東京カルテットも来札
したようだ。在米の日本人で結成以来35年、メンバー交代を経ながら
も高い評価を受けており、ぜひ一度生で聴きたかったカルテット
だった。
当夜の演奏曲目はモーツァルト、林光、ブラームスであったが、
いずれの曲もかけひきの妙を十分に味わわせてくれ、アンサンブルの
うまさには感心した。その奏でる音も、音圧を感じさせる先鋭な音では
なく、熟成された大人の味わい、とでも言ったら良いのであろうか。
特に、ブラームスの弦楽四重奏第一番はディスクでは、ほの暗く陰鬱
な感じの第一楽章からしてなじみ難く、聴きとおすのが苦手な曲の
ひとつで、なんとも心配ではあったが、まさしく「熱演」で、ぐいぐい
引込まれ、曲想の変化を十分楽しめたのは望外の喜びであった。
終演後、あまり良い入りとは言えない会場からもブラボーがしきり
にとんでいた。

バーンスタインの提唱で始まったPMFも、ひょんなことから札幌で
開催され、今年で第16回目。最近は景気の低迷もあって資金難から
苦しい運営の様子だが、これからも続けていってもらいたいものだ。

写真は東京カルテットのCD/シューベルト/死と乙女
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by capricciosam | 2005-07-23 11:45 | 音楽 | Comments(0)

流れていた曲が

■ 終生忘れられない曲になった
  
  通勤途中はFMを聴いていることが多く、
  父が倒れた日もいつものように聴いていた。
  その日はフォーレのレクイエムが流れていた。
  今振り返ってみれば、なんとも意味深な偶然なのだろう。

  フォーレに限らず、レクイエムは嫌いではないが、
  かといってあまり好んで聴いたこともなかった。
  しかし、心身ともに疲れ切った時などは、レクイエムの
  中でもフォーレの静謐な雰囲気のただよう、透明なやさしい
  調べに身をゆだねることはあった。
  私の中では、まさしく「癒し」の一曲であった。

  父の遺体が自宅に戻って葬儀の段取りの打ち合わせが
  一段落してから、無性にフォーレが聴きたくなった。
  しかし、家に戻る余裕もなかったので、家人に頼んで
  家にあるCDを持ってきてもらい、父愛用のCDラジカセで
  音量を絞って流していた。
  葬儀の対応に追われる中、周囲の雑音が途切れ、一瞬
  の静寂が訪れた時に耳に飛び込んでくる調べの、なんと
  穏やかで、やさしいことか。どれだけほっとしたことか。
  父の死を実感できないまま、現実にあたふたしている
  だけで、心身共に消耗している身には、何よりもの
  癒しであり、慰めとなった。

  初七日、二七日…と過ぎていくことで、あの日のことは
  確実に過去の記憶として固定されていくと同時に、細部 
  は薄れていくのだろう。
  しかし、フォーレのレクイエムがあの日を振り返って
  忘れ得ぬ曲になったことは間違いない。
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by capricciosam | 2005-05-31 20:47 | 音楽 | Comments(3)