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金ではなく鉄として@岩波書店

散々な天気だった道内のGWですが、最終日は帯広で雪!?
当地は日中雨です。なんとも、印象的なGWになりました。
それでも、遅れていた桜前線もついに松前に到達したようですから、
明日以降は少しは「春」を感じることができるよう期待します。

さて、こんな訃報が目に入りました。

「社会派弁護士として知られ、「平成の鬼平」とも呼ばれた元日本弁護士連合会会長の
中坊公平さんが3日、心不全のため京都市内の病院で死去した。83歳だった。」
(以上5/5朝日より引用)

生前の中坊さんはTV等でしか知りませんが、人なつこい笑顔で
飾らないざっくばらんな語り口の庶民的な方だなぁ、という印象でした。
ただ、一回だけ一道産子としてありがたいな、と思ったことがあります。

ちょうど全国的に大型倒産が相次いだ1990年代後半。
不良債権回収を目的とした「整理回収機構」ができ、中坊さんが社長に就任されていました。
当時、北海道でも唯一の都市銀行だった北海道拓殖銀行(以下、「拓銀」と言う。)が破綻し、
道内資本の会社がいくつも連鎖倒産しました。
道民にとっては大きな不安を抱いた時でもありました。
そんな中、経営危機が噂されていたのが、「丸井さん」こと「丸井今井」デパートです。
地場資本のデパートとして本店の売り上げは道外資本の支店に伍してしたのですが、
創業家4代目の拡大路線による負債が重荷になり、倒産の瀬戸際にありました。

どんな地域にも「あるのが当たり前」的な地域を代表する企業があると思うのですが、
それが揺らぐというのは地域へ与える影響も大きく、
たとえ直接関係しなくても心理的には不安なものです。

「拓銀がつぶれ、これで丸井さんまでつぶれたら…」

まさしく、そんな不安にかられる道民も当時は少なからずいたはずです。

「1997年12月16日、丸井今井は緊急取締役会を開き、当時の今井春雄社長を解任した。
拓銀破たんから一カ月。後継のメーンバンクを見つけるには、拡大路線を推進した
創業家四代目と“絶縁”するしかないと判断したのだ。当時のグループ有利子負債は940億円。
歳末商戦用の決済が集中する翌年2月には、資金ショート寸前に追い込まれた。
結局、ここで30億円を新規融資した道銀が新たなメーンバンクになった。
また、拓銀の丸井今井向け債権354億円を引き継いだ整理回収機構(RCC)は
99年、「倒産すれば北海道経済に甚大な影響を与える」(中坊公平社長=当時)として、
178億円を債権放棄した。」
(以上、道新2007年7月27日より引用)

当時、この丸井今井の債権回収について中坊さんが、
「情けある回収をします」とTVで発言されていたのを聞いて、
一道民として感謝の念を抱きました。
「たいしたもんだな」と、改めて中坊さんを認識したのはこの時です。

機会があれば中坊さんの発言や著書に接したいと思っていたら
2002年立ち寄った書店で発売されたばかりのこの本を見つけたという訳です。
でも、いつものクセで「つん読」のまま年月が過ぎてしまいました。
そこで、今回の訃報に接しあわてて読んでみました。

本書は朝日新聞の家庭面に連載された(2000年7月~2001年12月)もので、
聞き書きの形をとっています。
中坊さんがどのような成長を経て、弁護士として活躍するようになったのかが
書かれている訳ですが、さぞかし小さい頃から優等生として成長されたのだろうな
という先入観はことごとく打ち砕かれます。
その辺は、奥様と見合いする場面での中坊さんの自己紹介を引用してみます。

「生まれつき強度の近眼で、ぎっちょで、どもってまして、16歳まで寝小便も垂れ、
学歴、肩書きはついてますけど小さい頃から優秀と言えず…」
(P.85より引用)

劣等感や弱者としての生き様が、同様にこまっている人たちへの共感となって
活動のエネルギーとなっていったのでしょう。
中でも、倒産しかかった町工場や新幹線高架橋工事で立ち退きを迫られた
京都の市場の事件は、中坊さんの現場主義の面目躍如たるものだと思います。
また、後者の事件での市場のリーダーだった上崎さんのように、
高度な倫理観によって自らを律し、リーダーとしての務めを担う依頼人に
邂逅していることで、より中坊さんの人格が陶冶されていくこともわかります。

森永ヒ素ミルク中毒事件裁判の顛末が書かれて本書は終わりとなり、
その後の豊田通商事件や豊島の産廃廃棄問題などは描かれていません。
しかし、本書で語られる中坊さんの思いや考えだけでも、
生きることに悩んでいる人には熱いメッセージが届くのではないかと思いました。
読んだ後、前向き気分になれる、温かさに溢れる一冊です。

中坊さんのご冥福を心からお祈りいたします。合掌。
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<追記5.7>
記事中、丸井今井の経営危機に際して
中坊さんが「情けある回収をします」と発言したのは、
「血も涙もある回収をします」の誤りです。訂正いたします。
丸井今井民事再生法適用に際して記事を書いていました。こちらをご覧ください。

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by capricciosam | 2013-05-06 06:47 | 読書 | Comments(0)

東西ミステリーベスト100@文芸春秋編

更新が滞り気味ですが、日々冷蔵庫暮らしのような寒気の中、なんとか棲息しています。
今日は週末にかけて降った雪をまとめて除雪していましたが、
湿雪なので少々時間がかかってしまいました。
除雪を終えてみると、いくら正月をはさんだとは言え、身体が鈍っていることに
少々危機感を抱いてしまいました。
まだ、2月、3月があるというのに…、いかん!と、内心少々焦っています。

さて話は変わって、小生もミステリーは好きなのですが、流通、販売されているのは
古典や新刊も含めて半端な量ではありません。
若い頃から年間読む量なんてたかが知れている小生としては、
古今東西のミステリーの定番も未読のものが多く、
なんとか効率的に、いわゆる「名作」を読めないものか、とかねがね思っていました。
そんな当時に出会ったのが写真の本。1986年のことです。
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当時、こんなガイド本に出会ったことはなかっただけに、
手に取った時には内心欣喜雀躍状態。
実際、これ以降ミステリーについては優秀なガイド役を果たしてくれて、
今でも時々引っ張り出して参考にしているので、小生の中ではまだ現役です。

ところで、先日近所のスーパーの書籍売場で写真の本を発見しました。
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タイトルも発行元も同じながら、今度は文庫ではなく、ムックとして新発売されたようです。
しかも、27年ぶり。随分時間が経ったものです。
さっそく購入して、ざっと眺めてみたのですが、構成は一作品にネタバレなしのあらすじと
「うんちく」を載せるという体裁は同じながら、評論家の座談会や作家のインタビューを
追加しています。
しかし、なんと言っても大きな構成の変化としては国内と国外の扱い。
27年前は国外→国内だったのですが、今度のは国内→国外と配置が変化しています。
当時は編集者にもミステリーの盛んな国外への敬意が先に立っていたのかもしれませんが、
近年は国内のミステリーも遜色ないレベルと判断を変えた表われなのでしょうか。
どちらかというと国内モノに比重を置いて読む小生としては嬉しい変化です。

ベスト10は今度も国内、国外ともに意外や意外、古典がガンバッテいます。
四半世紀ぶりなんだから、もっと現代作家の新作が10位以内に多いのか
とも思ったのですが、これは驚きました。
また、前回は上位にあったものが、今回はランクが下がったり、
その逆もあったりで、眺めているだけでも楽しくなります。
表紙には次のように書いてあります。
「死ぬまで使えるブックガイド。」
前作のことを考えても、小生には十分当たっていそうです。
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by capricciosam | 2013-01-20 22:31 | 読書 | Comments(0)

デフレの正体@角川oneテーマ21

本書に触れる前に、著者が本書で度々引用している「国立社会保障・人口問題研究所」
のHPに示されている図やグラフを観ていくことにしたい。

まず、日本社会を蝕む少子高齢化が進むと、2030年頃には全国の市町村で
人口がどの程度減っていくのだろうか。
平成15年段階での推計が下図である。
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紺色になるほど人口の減り方が激しいのだが、
まるで列島全体に夜の帳が降りたかのように暗い。
しかも、意外な感じがするが、首都圏はじめ大都市圏もほぼ例外ではないのだ。

では、我が国の人口は将来に向けてどう推移していくのだろうか。
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人口は2004年頃をピークに2050年には約2700万人減って、1億人程度に減少する。
内訳を見ると、いわゆる「働き手」の生産年齢人口は13%減少するのに対して、
65歳以上の老年人口は16%増大する。
死に近い人口は増えれど、生を謳歌していく人口は減っていく訳だ。

当然、老人が増えると増大するのが社会保障給付費。
さて、実際どうなっているのだろうか。
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医療や福祉も上昇していることは明らかなのだが、
それにしても年金の上がりっぷりは見事の一言だ。
経済成長はさっぱり右肩上がりにはならないのに、こちらは赤丸急上昇。

「オイラの頃、ほんとにもらえるんだろうか‥」

引用はこのくらいにするが、広く基礎的データとして活用されている数字が
示す恐ろしい現実には、改めて愕然とする思いがする。

さて、話は変わって今年の元旦の夜に、TVのある番組を途中から観たら、
大きな人口の波が日本社会を襲っている、という指摘をしている人が
いて興味を引いた。
それが本書の著者の藻谷浩介氏である。
それで、昨年発売されていたらしい本書を遅まきながら読んでみた。

氏の講演をベースにしたものなので、やや繰り返し的部分はあるが、
それでも快刀乱麻を断つごとく現代日本社会の問題を抉り出していく。
その問題とは「人口の波」なのだ、と。
生産年齢人口の減少と高齢人口の激増が同時に進行していることが
国内の内需不振の原因なのだ、と喝破している。
つまり、最も消費が活発化する層が減って、ほとんど消費せずに
ため込むだけの層が増大することで、世間にお金がまわらないという
現象を生じさせている。
そのため景気が一向に上向かず、地方都市ではシャッター街が増え、
「戦後最長の好景気」だなんて言われても、さっぱり実感できなかった
ことに合点がいく思いがした。

特に、団塊の世代が最大の波であったことは間違いなかった訳で、
生産年齢世代であった頃は消費も膨らみ、社会のインフラ整備にも
強い影響を与える存在だった訳ですが、とうとう60歳を超え始めて
消費も停滞していくことに。
下の世代はどんどん人口は減っていくので消費が量的に拡大しない。
しかも、賃金は上がらない訳だから、益々不景気になる悪循環。
ところが、肝心の景気刺激策や経済政策が、この世代が現役だった頃の
過去の踏襲にすぎず、この新たな事態に適合できないため
効果が上げられないでいる。
このままじゃ、年金がとても不安。
政治、しっかりしろ! なんて気合いかけたくなってくる。

「やれ、やれ。なんとか良い手はないのかい!?」

そこで著者は「ではどうすればいいのか」という章を起こして、
考えられる手(=対策)を提示しています。
なるほど、と思うものもありますが、流れとしてはそうかもしれないが、
全面的に賛同しかねるというものもありました。
いずれにせよ、これは実際に手にとって確認していただくことが
良いと思います。
賛否はあれど、現代日本を覆う閉塞感、停滞感、不安感に関心がある方なら、
一読して得るところは多々ある好著であると思います。

ところで、先日菅首相が八重洲で何冊も本を買われた際に、
この本も含まれていたそうですが、もう読まれたのでしょうか?
えっ、何ですって。
国会も始まったので、その本は疎い、ですって。
お言葉ですが、「疎い」ってのはどのような意味でお使いになったんでしょうか。
えっ、なになに、
その本を買ったという情報はあるが、読んだという情報はない。
なんかわかりづらい説明ですね。
小生、そういう国会答弁のような説明には、とんと疎いんですよ。
お後がよろしいようで。
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<追記>
国立社会保障・人口問題研究所のHPから引用した図が探しにくいと思います。
トップ>研究所の概要>研究所の紹介>将来推計、社会保障給付費
で、見つかります。
一般人が見ることはあまり想定していないのかもしれないのですが、
改善の余地あり、と思われますね。
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by capricciosam | 2011-01-29 22:01 | 読書 | Comments(0)

星を継ぐもの@創元SF文庫

SF小説は、苦手という訳ではないのですが、中々手を出しません。
当然のごとく、読んだ作品の数も極めて少ないのですが、
読み終えて30年経っても、未だにワクワクしながら読み進んだという
強烈な印象を残した作品もあります。
J・P・ホーガンの「星を継ぐもの」です。

「月面で発見された深紅の宇宙服をまとった死体。
だが、綿密な調査の結果、驚くべき史実が判明する。
死体はどの月面基地の所属でもなければ、
ましてやこの世界の住人でもなかった。
彼は5万年前に死亡していたのだ!
一方、木星の衛星ガニメデで、地球のものではない
宇宙船の残骸が発見される。関連は?」
(文庫裏カバーより引用)

月面の謎、それに木星。
一見、A・C・クラークの「2001年宇宙の旅」と似ていますが、展開はオリジナルです。
クラークはどんどん地球から離れる展開の中で、謎は謎のまま、
哲学的示唆をして物語りを終えます。
一方、本書は謎が謎を呼ぶ展開の中で、どういうおちが待っているのかと思ったら、
最後はアフリカの大地での考古学調査の場面で終わります。
そこで読者は「う~ん、そう来たか」と唸ることに。

当時とてもおもしろかったので、「ぜひ読んでみなよ」と友人に貸し、
「おもしろかった」という感想を聞いて満足したまでは良かったのですが、
ついに返してもらえなかったため、後年再読したくなって買い直した作品です。
そんな事情もより印象深くさせているのかも知れません。

先日、作者のJ・P・ホーガン氏が69歳で亡くなられました。
ご冥福をお祈りいたします。
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by capricciosam | 2010-07-18 23:50 | 読書 | Comments(2)

初秋@ハヤカワ・ミステリ文庫

かなり旧聞に属しますが、ロバート・B・パーカーさんの訃報が報じられました。
ご存じ私立探偵スペンサーもので有名な方です。
最初に断っておきますが、小生はシリーズ第7作として刊行された
「初秋」しか読んでいません。しかも、20年以上前に。
しかし、当時の私にはこの一冊でインパクトは十分でしたね。
それで、訃報をきっかけに本棚の奥にある本書を久しぶりに手に取ってみました。

離婚したがっている両親の、お互いへの「いやがらせの道具」的扱いにされている
無気力な子供ポールの成長に、スペンサーがかかわっていくという物語で、
ハードボイルドものとしては異色の作品です。

両親に生きるということに関して何一つまともな示唆を与えられなかったポールが
たまたま関わったスペンサーから、両親からの自立を説かれる。

「自立心だ。自分自身を頼りにする気持ちだ。
自分以外の物事に必要以上に影響されないことだ。
おまえはまだそれだけの歳になっていない。
おまえのような子供に自主独立を説くのは早すぎる。
しかし、おまえにはそれ以外に救いはないのだ。
両親は頼りにならない。両親がなにかやるとすれば、
おまえを傷つけることくらいのものだ。
おまえは両親に頼ることはできない。
おまえが今のようになったのは彼らのせいだ。
両親が人間的に向上することはありえない。
おまえが自分を向上させるしかないのだ。」
ポールの両肩が震えはじめた。
「それ以外に途はないんだよ」
泣いていた。
(p.156より引用)

このシーンはポールの頑なな心をついに溶かす場面なのですが、
再読していてもジーンときてしまいました。
幼くしてかくも過酷な運命に立ち向かっていかざるを得ないなんて。
その上、現実に親にネグレクトされている子供たちがいるだろうことを
想像すると胸ふさがれる思いになるのです。

「男とは」、「人生とは」なんて決まり文句で収まるだけじゃない
味わい深い一編に仕上がっていることが感じられる佳品です。
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by capricciosam | 2010-02-06 21:18 | 読書 | Comments(0)

エトロフ発緊急電@新潮文庫

沖縄普天間基地移設を巡り、日米関係がぎくしゃくし始めているようだ。
そんなタイミングの今日、12月8日は「今日は何の日」的に言えば、
太平洋開戦の日である。

68年前の昭和16年12月8日、日本海軍機動部隊は米国
ハワイ真珠湾を奇襲し、日米が全面衝突する太平洋戦争が勃発した。
日米にとってもお互いの歴史を語る時、欠かせない「何の日」なのだ。

この時、日本海軍は機動部隊を一旦エトロフ島の単冠湾に
秘密裏に集結させ、洋上数千キロ離れたハワイに向けて進攻した訳だが、
本書ではその動きを事前に察知しようとする米国が送り込んだスパイの動きに
焦点があてられて、開戦前夜の緊迫した重苦しい気分を活写している。
しかも、配された登場人物がそれぞれ陰影深い性格を与えられて、
絡み合う中で物語は次第に緊迫の度を高めていく構成のうまさ。
終盤のクライマックスに向かう様は、まさに極上のエンターテインメント
としても成功している、と言っても過言ではないと思う。
発表当時、数々の賞に輝いたのも頷ける話で、
時代を越えて読み継がれる作品だろう。
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<追記>
後年の情報開示により、作品に登場する「グーフーボーイ」「フォックス」
が実在したことがわかっている。
果たしてどんな人が担い、実際はどうだったのか、興味深いところだ。
<追記2010.2.26>
19日に直木賞受賞式があったのですが、24日は地元中標津町でお祝いの会。

「祝う会は佐々木さんと親しい町民有志が企画した。
友人による直撃インタビューで「一番気に入っている作品は?」の問いに、
佐々木さんは「思い入れがあるのは『エトロフ発緊急電』。
それに『武揚伝』。これは中標津に仕事場を移して最初の作品です。
それと『警官の血』」と、3作品をあげた。」
(以上、朝日新聞より引用)

どれも愛着がある、と言っても許されるのかもしれませんが、
3作品を挙げたのは、常々のココロの準備が出来ていたせい!?
それとも、佐々木さんの律儀さ故!?
でも、哀惜能わざる本作品を筆者自ら挙げていたのは
私としては嬉しい限り。

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by capricciosam | 2009-12-08 23:05 | 読書 | Comments(0)

寺よ、変われ@岩波新書

お盆ですね。
正しくは盂蘭盆会(うらぼんえ)と言うそうですが、
先祖供養の代表的仏事です。
日本国中、一斉に「仏教徒」であることに強制的に気づかされる訳で、
お墓参りされる方も多いでしょう。

先日、TVで昨今のお盆事情というのが放送されていましたが、
ネット上のお墓、僧りょ派遣会社、お墓清掃・お参り代行業etc
まあ、いろいろあるわ、あるわ…
やはり、世間事情を反映した中で多様な「お盆」が出現しているんだなぁ、
と感心しつつも、でも所詮葬式仏教の延長上のことだよなぁ、との感想しか
浮かびませんでした。

また、改めて寺とか、僧りょって、仏事や葬儀しか係わらないんだけれど、
果たして、それだけで「宗教」の役目を果たしていることになるのかな、
という常日頃の疑問が頭をもたげてきました。
そんな時、手にした本書には、正直、瞠目させられました。

著者の主張はこんな具合です。
人間の生老病死という人生のプロセスにまとわりつく「苦」を直視し、
それを滅することを使命とするのが本来の仏教の役割なのに、

「さまざまな「苦」を抱えるこんにちの日本のどこを見回してみても、
「苦」に対応する伝統仏教の姿はない。影さえ見えない。
旧態依然とした儀式を平然と続けるだけの伝統仏教からは、
「苦」へのかかわりは感じられない。」(本書p.8より引用)

と、さらりと言ってしまう。
著者は檀家制度に立脚するその伝統仏教の僧りょ、なのにだ。

続けて、こうも言います。

「この現代社会に充満する「苦」の現場に伝統仏教がかかわらないのなら、
伝統仏教の存在価値は無いに等しい。
そして、それは必然的に消滅に向かう。」
(本書p.9より引用)

序章からこんな調子なので、興味津々で読み終えました。

その中で、行動する著者の姿には、従来のステレオタイプな僧りょの姿など
かけらもありません。実に驚くべきことです。
しかし、身を置く伝統仏教の世界からは、
「おまえのやっていることは陰徳ではなく、顕徳だ、パフォーマンスだ」
と非難される始末。
その陰徳とは「庭掃除、トイレ掃除、毎日のお勤め等、人にひけらかすことなく
密かに行う善行」とのことらしく、一見もっともらしい。
でも、社会との関わりを積極的に持とうという姿勢など微塵も感じられない。

また、現状の伝統仏教の閉塞感の原因のひとつに「世襲」をあげられている。
寺に生を受けて仏教系大学に進学し、卒業後、各宗派の求める修行、研修を行い、
社会に出ることもなく、家族、檀家の待つ寺に帰り、寺の仕事に専念する。
(こりゃ、まるで我が家が檀家になっているお寺の話だよ…)
檀家の葬儀等でホトケの教えを語る訳だが、自己の経験や能力の
ちっぽけさに比べ仏教思想の巨大さよ。
まともな感性の持ち主ならそのギャップに懊悩するはずだが、
彼らの多くが取るのは懊悩せずに「思考停止」して、楽な状態となること。
つまり難しいことは考えない、言わない、やらない。
だから、思考停止した僧りょの発する言葉が、聴く者の心を打つことはない。
「なるほどなぁ~」

日本のコンビニの数、約4万。
日本の小中高校の数、約4万。
日本の寺の数は、これらの倍の約8万。
僧りょの数は約20万人。

様々な「苦」に満ちた現代社会。
寺や僧りょがその「苦」から目をそらしたり、逃げずに、
真っ正面から向き合い、行動することで、地域ひいては社会が変わる。
今こそ、寺は変わらなければならない、と著者は結ぶ。
果たして現役の僧りょがどれだけ本書を読み、行動を起こすのか、
期待したいところだ。
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by capricciosam | 2009-08-15 11:53 | 読書 | Comments(0)

おそめ@新潮文庫

夕方すすきのを歩いていると、着飾った女性が闊歩する姿を目にする。
いわゆる「夜の蝶」の方たちだろうなと思って通り過ぎる。
もっとも、ホステスさん以外の職業も増えた昨今では、
必ずしもホステスさんばかりとは限らない。
それに「夜の蝶」という言葉自体も耳にしなくなって久しいような…
しかし、かつては代名詞のように使われた時代があった。
「昭和」である。

川口松太郎が短編小説「夜の蝶」を発表したのが昭和32年。
「おそめ」が京都から東京銀座に進出してから2年後のことだった。
夜の銀座を舞台に二人のバーのマダムの恋愛がらみの確執が
描かれたことが、当時大層な評判を呼び、以後「夜の蝶」という言葉
が世間で定着していったようだ。

この小説のマダムには実在のモデルがいた、というのが定説。
そのひとりが本作で取り上げられている「おそめ」の上羽秀さん。
元京都祇園の芸妓。
落籍されたものの、好きな人ができ、旦那から独立して、女給を経て、
自宅を改装して始めたのがバー「おそめ」。
カウンター5,6席だけの小さなバーだったようだ。
昭和23年のことだ。

しかし、当時の財界や文壇の人間が集まり繁盛し、
後年には先に記したように東京銀座に進出することになる。
もちろん、栄枯盛衰は世のならい。
「おそめ」は昭和53年には閉店し、今や銀座には存在しない。

本書に描かれるのは昭和の戦後という時代の躍動を背景に、
波乱に満ちた人生を送った女性の生き様の見事さである。
「好きな人」は後の東映やくざ映画の名プロデューサー俊藤浩滋。
俊藤の死まで長年連れ添うが、ほとんどの期間を内縁関係で過ごす。
ここまで惚れられたら男冥利というくらいの惚れっぷりだったらしい。

上羽秀とおそめという生き方が激しく交錯する中で、その生き様は圧倒的。
しかも、その人物たるや、見るからにすごい女丈夫という訳ではなく、
はんなりとした外見に芯の強さを秘めたタイプだったようだ。
若い頃から、人を惹き付けて止まない不思議な魅力に満ちていたらしい。

「(略)ただ立っている。しかし、その立ち姿には隙が無く、
しかも、人を誘い込むような柔らかさがあった。
(略)それにしても、なんと可憐であることか。
いや、何より私を強く捉えたのは彼女の全身に漂う透明な空気だった。
(略)まるで澱んだものが感じられない、すべてが洗い流された先の無の姿
とでも言うべきものか。」
(以上、本文P15~P16より引用)

著者が初めて上羽秀さんと出会う場面での上羽秀さんの印象である。
一般的に老境に至ることで獲得される部分もあるのだろうが、
若い頃から一貫して放っていたこの方の魅力の一端が伺える。
やはり、そういう印象を放つ人が、どうして時代の寵児たり得たのか、
そんな好奇心につられて読み進んだのだった。
それは、端正な執筆ながらも著者の一途な思いが読む者に
伝わるからなのだろう。
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<追記>
ちなみに、上羽秀さんはご高齢ながらまだ存命で、京都にお住まいのようです。
どうぞ、静かな晩年でありますように。

<追記2012.12.2>
2012年10月1日、89歳で逝去されました。合掌。

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by capricciosam | 2009-05-06 09:22 | 読書 | Comments(0)

北の人名録@新潮文庫

本作品は27年前に刊行されたエッセイ集。
購入したのか、借りたのか、定かな記憶はないのだが、
当時、何編かをゲラゲラ笑いながら読んだ印象が残っている。
しかし、結局読み通すこと能わずで、久しく読みたい作品だった。

先日、買い物につきあいスーパーの書店を覗いたら、
文庫化されたのを発見。内心で欣喜雀躍。
久しぶりの再会に胸ときめかせて、一気に読んだ。
どうやら、記憶は間違っていなかったようだ。
腹を抱えて笑うこと度々。

名エッセイに対して失礼とは思うものの、当時富良野に
定住して間もない倉本さんの一種のカルチャーショックぶりが、
実にリアルで、かつ第三者には微笑ましいのだ。
それを引き起こす原因は頻繁に登場するチャバ氏はじめ
数々のユニークな富良野の人たち。
実にエネルギッシュ。
倉本さんは「バカをやるには思いっきりエネルギーが要る」
と、あとがきに書かれているが、その通りなんだろうな。
初出は刊行よりさらに4年前くらいだから、およそ30年前。
今じゃ、登場する富良野の人たちも
「殆どが還暦を迎えてバカのボルテージが、下がってしまった。」
とのこと。やはり、30年はデカイなぁ。
この辺り、老境が近づいてくる身なれば、しみじみと感じます。

30年前に書かれたなんてことを感じさせないのは、
このバカをやれる年代を経てきた年代には
共感が湧くからなんでしょうね。
とにかく、倉本さんの代表作「北の国から」誕生前後の
エピソードもまじえて、当時のいろんな「熱気」を楽しめる
好エッセーです。
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by capricciosam | 2009-01-28 21:59 | 読書 | Comments(0)

信長の棺@文春文庫

日本の歴史上、戦国時代は大変革期のひとつ。
最初に天下統一に最も近づいた武士は織田信長。
その信長は「本能寺の変」で悲劇的な死を遂げる。

<ネタバレ的内容が含まれますので、ご注意ください>

しかし、その死骸は発見も確認もされていないという。
もちろん本能寺とともに焼失した可能性も高いだろうが、
にしても、信長の遺骸はどこに消えたのか。
明智方は時間をかけて捜索したというのに…
本書では信長は自刃せずに、周到に用意された脱出を
試みるものの、裏切りにより結局は非業の死を遂げ、
遺骸は後の探索を逃れてきちんと葬られた、とする。
さて、裏切ったのは誰か。
葬ったのは誰か。

そもそも、何故、明智光秀は織田信長を討とうとしたのか。
様々な動機が言われているものの、
光秀本人が明確に語ったものは伝わっていない。
小生はこれまでドラマ化されたもので紹介されている
「信長に侮辱を受けたから」だろうと単純に信じていたが、
この本では謀略説を採用していて、光秀は「そそのかされた」
「はめられた」という立場で描いていく。
しかも、それは本能寺の変の直前の愛宕神社籠もりにおいて
だった、と解き明かしていく。
さて、そそのかしたのは誰か。

著者は様々な伏線を配置して、この謎を解き明かしていくが、
その過程で、新たなスケール感を持った信長像、秀吉の出自、
「桶狭間の戦い」、「秀吉の中国大返し」にも
別の光があてられていき、実に新鮮。
ただ、冒頭の謎の木箱の中身と想定していた使い方は、
やや説得力にかけ、肩すかし気味。
しかし、限られた資料を大胆な推理で補って魅力的なストーリーを
為した著者の賭は成功したのではないか、と思う。

本書は著者75歳での初の小説。
主人公とした「信長公記」の作者太田牛一はほぼ著者と同年代。
この主人公の設定がイイ。
ただ、色恋の場面はもう少し筆致を押さえても良かったのでは。
老人のあこがれ的「妄想」が透けて見える感じ。
まあ、フィクションならではの「遊び」と捉えればそれもよし、か…
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by capricciosam | 2009-01-12 22:34 | 読書 | Comments(0)