カテゴリ:読書( 36 )

プリンシプルのない日本@新潮文庫

昨日とりあげた本には、異文化コミュニケーションの逸話が
いろいろ取り上げられている。その中のひとつ。

1994年村山首相(当時)がマレーシアを訪問した時に、
マハティール首相(当時)と会談した。
その際、マハティール首相が
「戦争責任に関し謝り続けることは理解できない。それより
日本は国連安保常任理事国になってもらいたい。」
と発言したのに対し、村山首相は何も発言しなかった。
ここは「ノーコメント」とでも言ったのかと思ったら、
どうやらほんとうに無言を通したらしいので、
通訳の方も黙らざるを得なかったようだ。

国内的には「デリケートな話ゆえ、察してくれ」で済む話
なのかもしれないが、国外でのトップ会談で、
果たして沈黙という手段は有効なのか。
やはり、きちんと自らの考えなり、立場なりを説明しないと、
あらぬ誤解を生じさせかねないし、友好親善とはならない
のではないか。
戦後50年経っても、この程度か、と愕然とした。

この例から連想したのが、白州次郎氏である。

氏は敗戦後駐留したGHQとの連絡調整役として、
GHQ相手に卑屈になることなく、主張すべきところを主張し、
「従順ならざる唯一の日本人」
との反応をGHQから引き出された方だ。

白洲夫妻に関する展覧会を偶然覗いてから気になって、
その後氏に関するものをいくつか読んだ。
生前氏の考えをまとめた著作物がなかったのは惜しまれるが、
この本は当時の雑誌に発表したものを中心にまとめたもの。

「西洋人とつきあうには、すべての言動にプリンシプルが
はっきりしていることは絶対に必要である。(略)残念ながら
我々日本人の日常は、プリンシプル不在の言動の連続で
あるように思われる。(略)」

「プリンシプルのない妥協は妥協でなくて、一時しのぎの
ごまかしに過ぎないのだと考える。日本人と議論していると、
その議論のプリンシプルはどこにあるのかわからなくなる
ことがしばしばある。(略)」

さかんに使われている「プリンシプル」とは何か。
日本語の中ではそれなりの訳語はあるのだろうが、
その包含する概念がうまく反映されているのか、どうか、
私にはわからない。
しかし、少なくとも世界の中の一員としてこれからも世界に
存在し続けようとするなら、また100年に一度の経済危機に
直面しているからこそ、40年前に書かれた内容ではあるが、
この言葉は依然重要な示唆を与えているように思われる。
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今年の更新はこれにて終わりです。
今年も駄文におつきあいいただき、ありがとうございます。
良い年をお迎えください。
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by capricciosam | 2008-12-31 09:17 | 読書 | Comments(0)

歴史をかえた誤訳@新潮文庫

先日開店したジュンク堂で求めた一冊。

著者の鳥飼久美子さんは、アポロの月面着陸から
しばらくTVで同時通訳で活躍されていた方だが、
まずは懐かしさにひかれ、次にタイトルにひかれた。

「歴史までかえられた誤訳が存在したのか!?」

ただ、これはやや羊頭狗肉的タイトルのつけかただったのは残念。
確かに様々な逸話が引用されているが、大半は「国際摩擦」とでも
表現したほうが良いような類のもので、決して歴史を決定的にかえた
という例ではないように思う。じゃあ、そのことでこの本の価値は
損ねられたのかというと、決してそうも思わない。
むしろ、通訳という職業の重さ、難しさと同時に異文化コミュニケーション
を考えさせるきっかけを与えてくれている格好の一冊となっている。

例えば、日本語の「黙殺」「善処します」「不沈空母」はどう訳すのか。

戦争状態、首脳会談等の高度な政治的判断が必要な場合は
誤って訳すと、とんでもない事態を引き起こすことだってあり得るのだ。
通訳者にかかるプレッシャーたるや、たいへんなものだろう。
実際本書でも、これらの言葉にまつわるトラブルを解説している。

また、単に言葉の訳だけではなく、故意の誤訳・意訳ともよべる例
として「ジョーン・バエズ事件」「東ティモール事件」も紹介されている。
こりゃ、お粗末でひどかった。

通訳というと、私などは「異なる言語間のコミュニケーションの仲立ち者」
程度にしか認識していなかったが、いやはや奥が深い。
極端な話、単なる直訳だけの場合と、徹底的な意訳という
両極に位置する例は、どちらも通訳としては失格ということになる。
やはり、通訳する方は異なる文化的背景に通じ、発言者の言葉と
意図を「身を虚しう」して正確に伝えることを本文とすることのようだ。
ある面ではどこかのCMにあったように
「なにもたさない なにもひかない」
というのが原点なのだなぁ、と認識を新たにした。
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by capricciosam | 2008-12-30 23:34 | 読書 | Comments(0)

ある開店@大通り地区

大通り地区から大型書店が姿を消したのは3年前の秋。
当時、こんな記事を書いたものでした。

札幌の大型書店の配置は、商圏の駅前への移動と
軌跡を一にするようにも思えるくらい駅前集中に。
実際、ここ数年は札幌駅周辺の混雑ぶりに比べたら、
ちょいと混雑ぶりも落ち着いた感じの大通り地区、という印象でした。

買っても買わなくても書店をぶらつくのは好きなほう。
でも、如何せん、大通り地区ではぶらつくことのできる
肝心の大型書店がない。
まったくもって、残念なことだなぁ、と思っていたところ、
20日丸井今井南館にジュンク堂書店が道内初出店。

B2~4階までの売り場面積は市内最大規模で、
ジュンク堂としては最大規模の池袋店に匹敵する規模らしい。
開店間もないせいか、どのフロアも混雑していました。
そして、フロアの各ジャンルの品揃えも充実している印象。
店内検索も、いつも利用する店よりも検索しやすかったですね。
開店当初のにぎわいが過ぎても、この品揃えがキープできたら、
私は多分リピートしますね。
これで、大通り地区へ足を向ける楽しみが増えました。

買い物を終えて、南館の出入り口に立ってみると、
交差点を渡って南館に吸い込まれていく人の数の多さに思わず「!」
南館でこんな光景見た記憶がありません。
丸井今井南館は元は長崎屋だったところ。
南館になってから何回か行ったことはあるのですが、閑散とした感じで、
「丸井さん、大丈夫なんだろうか」
と、ちょいと心配していました。
集客効果の期待できるテナントとして定着してくれたら良いですね。
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by capricciosam | 2008-12-23 18:10 | 読書 | Comments(0)

ジャガイモの世界史@中公新書

ここ数日は北海道も連日の雨でしたが、本州では
洪水被害が頻発したようです。
被害に会われた方にはお見舞い申し上げます。

昔から集中豪雨はあったのですが、どうも近年のは
性格が異なっているような気がしてなりません。
適当な言葉が見つからないのですが、あえて言うなら
「突発的」「暴力的」という表現が近いのかもしれません。
先日の東京での下水道工事での突然の大水のような例です。

北海道では台風が直撃するなんてめったにありませんでした。
大抵は、接近とともに温帯低気圧化して、勢力も弱まり
大した被害もなかったのですが、近年は直撃したり、
勢力を保って接近する傾向にあります。
これまでの経験則では予測がつかず、被害が発生しがちです。
つまり、温帯での気象条件で経験的に蓄積した防災対策が
役に立たない恐れがあるのではないか、ということです。
むしろ亜熱帯化や熱帯化しているという意識に切り替える必要が
あるのではないでしょうか。
熱帯化への移行も地球温暖化の影響なのでしょうが…

さて、こんな記事を目にしました。

米農務省は28日、2008年の米国の農家所得が前年より
10・3%増加し、957億ドル(約10兆4000億円)と
過去最高になるとの見通しを発表した。
世界的な穀物価格高騰の「恩恵」を受けた形だ。
                  (以上、読売新聞より)

バイオ燃料ブームによるトウモロコシ等の穀物価格の上昇である
ことは明らかですが、お陰で日本では食品価格の値上げです。
もちろん、この一因は原油価格の上昇もありますが、世界中で
飢えている人が大勢いる中、地球温暖化阻止効果に賛否がある
バイオ燃料に食糧を投入する必要があるのか、疑問に思います。
食糧自給率40%以下の日本にいるからこそ、よけいそう思います。
一旦、世界的食糧危機が発生したらと想像するだに恐ろしいことです。

食糧危機といえば、有史以来何度も飢饉に見舞われている訳ですが、
その度に救荒作物として登場する有名な作物は「ジャガイモ」です。
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先日読んだ写真の本はジャガイモにまつわる様々なエピソードを
ランダムに紹介しつつ、史上果たした役割の重要さを
浮かび上がらせていく、興味深い本でした。
例えば、1991年ゴルバチョフ大統領時代のクーデター未遂にも
ジャガイモが関連していたり、チェ・ゲバラが捕らえられたのは
ジャガイモ畑だったなんてことも紹介されています。

結局、「貧者のパン」たるジャガイモが史実に登場するのは、
異常な時代、即ち庶民にとっては苦難の時代であったということです。
なにしろ、食糧の確保が難しいのですから、生きていくのがやっと、
という時代が庶民にとって良い時代な訳はありません。

今は温暖化にともない、従来の農業生産を持続できるのかどうか、
という難しい時代に突入していることは間違いないでしょう。
ひょとしたら、有史以来何度目かの「異常な時代」の到来がある、
のかもしれません(来て欲しくないけど…)。

その時は「ジャガイモだ」と私も思わなくもないのですが、
史実の救荒作物であった当時は「冷害」。
今直面しつつあるのは「温暖化(というより高温化)」。
元来冷涼を好む故、温暖化に直面して実力を発揮できるのか、
と一抹の疑問がわかない訳ではありません。 
そうしたらイモはイモでもサツマイモだったり、
タロイモだったりするのかな、とつい余計なことまで考えてしまいます。
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by capricciosam | 2008-08-30 12:05 | 読書 | Comments(0)

田村はまだか@光文社

講演会の話をここまで書いたら、やはり書いてしまいたい。
「田村はまだか」を読んだ。

以前、佐々木譲さんの講演会の際、佐々木さんがご自身の作品の
誕生のきっかけとなったエピソードをいくつかお話してくださった。
そのひとつ「ベルリン飛行指令」
当時勤めていた自動車会社が英国でライセンス生産を開始することになった。
ふと第二次世界大戦中にゼロ戦をドイツがライセンス生産していたら、
あの戦争も変わっていたような…
と発想を進めていったことを、佐々木さんは
「ライセンス生産という言葉に反応し、化学変化を起こした」
とおっしゃっていた。

昨日の講演会の最後に会場からの質問に
「田村はまだか」を書くきっかけは?(内心、キターという感じでした)
というのがありました。
朝倉さん曰く
勤めていた当時、会社からの帰宅の際、ある駅近くで火事があった。
一部始終を見ていて、消火作業にはなにやら「作戦」らしきものが
あるらしいことがわかった。そのため作戦に欠かせないメンバーの到着が
遅れていると、作戦もできないらしい。
「○○はまだか」という言葉が聞こえる。
そうすると、関係のない野次馬の朝倉さんまで
そのメンバーの到着を思わず待ちわびてしまった、とのことです。
「○○はどうした」
(つまり、この時の朝倉さんは「田村はまだか」の中で言えば、
バーのマスター花輪さんだった訳か…)

そしてこのフレーズとシチュエーションが、佐々木譲さん流に言えば
朝倉さんの内で「化学変化」を起こしていき、小学校のクラス会の三次会に
集うメンバー男女5人のそれぞれを描いていく連作短編集をつらぬいて
作品に大きな魅力を与えていくことになったのでしょう。
しかし、なんの関係もないものが作品に発展していくのですから、
外野はただおもしろいなぁ~、で済むのですが、作家の方は実際は
大変な労力を使われているのでしょうね。脱帽。

経験上、酔いが深まれば、会話も理路整然とはいきません。
次第に支離滅裂化。
作品の設定が深夜に及ぶ三次会。
当然、作品に登場する彼らの会話も…
文章もその会話を中心とするため、なんの脈絡もなく、その短編ごとの
中心人物の思い出が挿入されたりします。
この辺の若干の読みにくさは別として、40歳という機械的に「中年」と
仕切られてしまうことになった彼らに感情移入しているうちに読み進む
ことになんら抵抗を感じることはありませんでした。
帯に書かれていた
「自分の人生、やや持て余し気味の世代」
とは、言い得て妙です。

読み進む内に、田村の登場を待ち望んでいる自分に微苦笑しつつ、
一方では作者は田村を登場させないつもりなのかな、との思いも募ります。
この辺は、まんまと作者の術中にはまっています。

<以下はネタバレになりますのでご注意ください>

なかなか登場しない田村も、最後にはずいぶん過酷な目に遭いながらも、
ようやくバーに登場し、声も聞こえます。
(この辺りで、私もようやく肩の力を抜くことに…)
田村の様子を想像して、よけいホッとするというのか、
感動が増すのかもしれません。
読み手の感情の落差が激しくなっちゃいますからねぇ…

作者初の三刷らしいのですが、この年代を過ぎた人ほど
一種のノスタルジー的共感を持って読めることでしょう。
さらに言えば、性体験があった方がなお良いかな。
何れにせよ、「大人」には沁みる作品であることは間違いないです。
<6.12追記>
アサクラ日記によれば4刷が決定。着々と売れてますね。
 
<7.12追記>
アサクラ日記によれば6刷になったようです。勢いがついてきました


最後に蛇足をひとつ。
講演会の中で、自分の作品を選評で「達者である」という一言で
片付けられた体験を話されていました。
その頃は自分の書きたいモノが純文学なのか、エンタメなのか、
わからない頃だったらしいのです。
しかし、純文学では決して「達者である」とは評されない、
とおっしゃっていたことと、
ある女性編集者とある書店員に冷たくされたエピソードに絡めて
直木賞を獲ったら、真っ先にその女性編集者と書店員に
知らせたい、とおっしゃったことから推測すれば言わずもがな、かな。
ぜひエンタメ系の金字塔目指してこれからも書き続けてください。
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<おまけ>
図書館では朝倉さんのコーナーを設けて、主な作品や受賞の様子等を
展示していました。写真は「田村はまだか」がはじめて掲載された「宝石」。
この辺りは持てる資源を活かす、という図書館らしい展示の工夫を
感じました。石狩市民図書館、がんばってますね。
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<2009.3.5追記>
吉川英治文学賞新人賞を受賞!
おめでとう!

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by capricciosam | 2008-05-18 10:01 | 読書 | Comments(2)

日本の10大新宗教@幻冬舎新書

先日、NYのオークションで競売にかけられて約12.5億円で
三越が落札した運慶の作品とみられる木造大日如来像。
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世間でも仏像の国外流出防止にホッとしたところで、次の関心は
「三越は、一体誰の依頼で落札したのか?」
という点だったように思いました。
一週間経って、依頼主が「真如苑」という新宗教団体であることが
報道されました。

私にはその名を聞いても、高橋恵子さんや沢口靖子さんらが
入信していることで有名になったとか、不振に陥った日産自動車が
村山工場跡地をこの団体に売却したという程度の記憶しかありません。
女優やタレントの入信は他の宗教団体でもあることですから、
驚きとしてはそれ程でもなかったのですが、跡地購入には
もっとびっくりした記憶があります。
「宗教団体ってどうしてこんなに資金が豊富なんだ!?」
という思いは残りました。

そのせいか、後日写真の本の帯に惹かれて、書店で平積みされていた
この本を手に取りました。
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本書では真如苑も含めた「新宗教」と呼ばれる10の団体についての
概要が各論でコンパクトに紹介されています。
どうしても各論の具体的記述に目を奪われがちですが、案外
この本のツボは「はじめに」と「おわりに」だなぁ、と思いました。
少し引用してみます。

・新宗教の信者のなかには、一つの教団にとどまるのではなく、
 さまざまな教団を渡り歩いていく人間が少なくない(P16)
・あらゆる宗教は、最初、新宗教として社会に登場するとも言える(p20)
・明治に入って近代化されるまで、日本には、「宗教」という 概念が
なかった(p22)
・新宗教の大きな特徴は分派が多いということと、教団同士の間に
 対立が起こりやすいとうことにある(P24)
・ある宗教がカルトとして糾弾されるのは、その教団が、
 世直しの思想や終末論を強調したときだということは言える(p207)
・新宗教が問題を起こすのは、積極的な金集めを行ったときである(p208)

知らなかったり、感覚的に理解したつもりだったり、という点が
うまく整理されていて、読んでいて参考になりました。
日常でも新宗教と思われる団体の勧誘や訪問に接する機会が
割とある以上、現代日本社会において一定の勢力を保持し続ける
彼らにいつまでも無関心ではいられないのではないか、と思います。
だからこそ本書は格好のガイド本としての役割を果たしているのでしょう。

最後に、例の運慶作らしい仏像ですが、真如苑は公開する方向で
あること、重要文化財指定を受けることも検討していることを表明されて
います。大変結構なことですね。
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by capricciosam | 2008-03-25 21:42 | 読書 | Comments(0)

国家の罠@新潮文庫

今日東京高裁で鈴木宗男衆議院議員に再び有罪判決があった。
鈴木氏はすぐに控訴する意向を表明したことから、最高裁まで
争われることは確実だろう。
先におことわりしておくが、私は支持者でも非支持者でもない。
よって、この判決についてどちらかに与して論じようなどとは思わない。
今回の報道で昨年読んだ一冊の本を思い出したので、
その感想を少々書いておきたいのだ。
思い出したその本とは「国家の罠」。

時間とともに記憶も風化しつつあるが、小泉内閣を思い出す時に、
田中真紀子外務大臣を巡る一連の騒動はなんとも華々しいシロモノ
だったように思う。そして、この騒動は田中大臣の追放だけではなく、
鈴木議員の逮捕、何人かの外務省職員の逮捕も引き起こした。
その職員の一人が「国家の罠」の著者佐藤優氏だった。

氏に関わる裁判もまだ終わっておらず、判決も確定していないが、
釈放後に出版されたというこの本の迫力には正直圧倒された。
佐藤氏の語り口には嫌味・恨み等のネガティブなものは感じられず、
読み進むうちに一種感動を覚え、ごくごく単純に、素直に
心が揺さぶられるが如き読後感に襲われる。
報道で知り得た話の肉付けや騒動の裏面が氏の驚異の記憶力で
詳細にかき込まれ、読む者を捉えて離さない力があるのだ。
特に、裏面的側面には瞠目すべき話がある。
次が象徴的か。

「これは国策捜査なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。
あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜査は時代の
けじめをつけるために必要なんです。時代を転換するために、
何か象徴的な事件を作り出して、それを断罪するのです。」(P.366)

上記は担当検事の発言として本書に登場するが、
「国策捜査」
「時代のけじめ」
「象徴的な事件」
案外、この辺りが今回の裁判のキーワードなのかもしれない。
もちろん、佐藤氏は鈴木氏シンパなので表現には、ワンサイド的
側面が多いという点には注意すべきなのは言うまでもない。
に、しても自己を弁護する気配もなく、実にたいしたものだ。
この辺は著者のクリスチャンとしての面目躍如たるところか。

その他にも現代外交の先端の一面、外務省の勢力争い、
東京拘置所内の生活等なかなか知り得ない興味深い話が多く、
希にみるノンフィクションとなっている。
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by capricciosam | 2008-02-26 21:48 | 読書 | Comments(0)

ウェブ時代をゆく@ちくま新書

著者はあとがきで、前著「ウェブ進化論」と「ウェブ時代をゆく」の関係を
福澤諭吉の「西洋事情」と「学問のすすめ」の対になった関係に準える。
つまり、ウェブ時代の意味を説き明かしてみせたのが前著で、じゃぁ
そんな時代にどう生きていくのか、どんな生き方が可能なのか、を
今回の著書で書いたのだ、と。
確かに、重要な指針となる考えが示されている、と思う。

例えば、羽生名人の示唆した「学習の高速道路化とその先の大渋滞」
ということが前著で書かれたが、「じゃあ、我々はどうしたらいいの?」
という私のような凡人の疑問に対し、著者の回答はまだ抽象的であった。
これに対して、今回著者は数段踏み込んでその考えを明らかにする。
それが「高く険しい道」と「けものみち」という考えである(決して中間はない)。
「なるほどなぁ」と半ば共鳴しつつも、これって前途ある若い人には
いいかもしれないが、人生の大半を浪費したわしらには、ちょっとねぇ…
などと、ついつい思ってしまい、半ばあきらめかけたら、
著者はすかさず次章で「ロールモデル思考法」というのを提示する。

どの道を選ぶかという時の基準は「好き(志向性)」だと著書は言う。
では、その好きをどうやって見つけるのか、という方法がこれなのだ。
「ロールモデル」即ち「お手本」ということだ。お手本とはなんとも陳腐だなぁ、
という印象は読み進むうちに解消される。ひと味違うのだ。
ここだけなら前途短い者でも応用可能かもなぁ、という気にさせられた。

著者が一年間心血を注いだというだけあって、総じて読みやすく、
かつわかりやすい。前著は驚きが主となったが、今回はより有意義な
手応えとでもいうようなものを感じる。
どちらかと言えば前途有為な若者にこそ、得るモノはより大きいかもしれない
という印象を持つが、著者はこうも言ってくれる。少々長いが引用する。

「…リアル世界での日常に余裕の出たシニア層は、ネットで過ごす時間を
増やし、いずれ総表現社会の重要な担い手となると私は確信しているのだが、
(略)シニア層が自らの経験を語ることで、「若者にとってのロールモデル」
たる要素をネット上に溢れさせてほしいと思う。」(P.139)

シニア層全員が「ロールモデル」たり得るとは決して思わないが、シニア層が
これからますます進展するウェブ時代を生きる上での貴重な示唆だと思う。
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<蛇足>
本書の英語タイトルは「Web revolution for the rest of us」だったらしい。
the rest of us、即ち進展するウェブに対応している人たち以外の残りの人たち
に向けて書いた、というのだ。「ウェブというのはすべての人に影響を及ぼす。
そういう人たちがウェブ時代にどう生きていけばよいのか、ということを考えた。」
メイキングとしての興味深い話はこちらをご覧ください。
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by capricciosam | 2007-12-28 23:43 | 読書 | Comments(0)

行きずりの街@新潮文庫

リンクさせていただいていた札幌在住8年の作家志水辰夫さんが
11月に京都に引っ越しされた。
(その辺りの事情はリンクの「志水辰夫めもらんだむ」をご覧下さい)
在札中は道民、市民にとって辛辣な提言もあったが、
うなづけるものも多く、短期間との限定付きのようではあったが、
ぜひ定住して健筆をふるっていただきたかったので残念。
最新作は武士モノだったことから、その指向性とも関係ありそうな
今回の古都への引っ越しとなったのだろうか、と勝手に推察している。
しかし、高齢になれば身も心も「安住の地」を求めるのが生理なのだろうが、
あえてその身と心にムチ打って「変化」を求める生き方には感銘を覚えた。

さて、今回取り上げた「行きずりの街」。
1994年文庫で発売された時に読んではいたが、今年帯の惹句を替えて
再度売り出したら、ベストセラーになってしまったという話題の本。
(この辺りの著者のとまどいや面はゆさが札幌の紀伊國屋書店を舞台に
上記HPに残されています)
誤解のないように最初におことわりしておきますが、今回取り上げたのは
「どうせ札幌は行きずりの街なんだ」との揶揄を込めた訳では決してない、
ということです。それどころか、私の中では志水作品の中でも
愛惜能わざる作品なのです。
一度は触れておきたかったので、著者が札幌を離れるという淋しい
機会ではあるが、取り上げてみました。

<ネタバレ的内容を含みますのでご注意ください>

読まれた方も多いでしょうから、キーワードでざっくりと見てみると、
私学、教師、教え子、結婚、スキャンダル、離婚というひとくくりが過去に存在し、
田舎、塾講師、教え子、失踪、上京、捜索、再会というひとくくりが現在進行形で
綴られていく。しかし、捜索=探偵活動となり、そこには過去の殺人が
暴力=血の匂いとともにつきまとう。
以前の作品にも恋愛の要素は多分にあったのだが、ハードボイルドな部分の
印象が強く出ていた。それが本作品では主軸を為すのが「恋愛」であり、
この作品でブレンドの割合が変化したことを知るとともに、
それが調和をとって心地良かった。まさしく「旨い」のだ。
私にはシミタツさんの執筆活動がひとつのピークを迎えつつあることを
知り得たような気分に襲われた忘れがたい作品である。

確かに時代背景はバブル期から崩壊後なので、携帯電話も発達していない。
電話が重要なアイテムとなっており、ケータイが主流となりつつある現代から
見れば、ちょいとズレを感じる部分もないわけではないが、物語の骨格が
しっかりしているから、いささかの揺るぎも感じさせることなく再読できた。
「再読?」
実はそうなんです。昨夜記事を書こうとして、パラパラと読み始めたら
止められなくなり今朝までかかって読んでいました。
やはり、良くできていますよ、この作品は。
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by capricciosam | 2007-11-10 23:31 | 読書 | Comments(0)

牧野植物図鑑の謎@平凡社新書

見知らぬ草花も名がわからないばかりに「雑草」扱い。

ところが、それらも知られていないだけでほとんどに名がある。
そんな名をつける作業に地道に取り組んだ人たちがいる訳で、
代表的人物としては牧野富太郎(1862-1957)が挙げられる。
彼の為した「牧野日本植物図鑑」は死後も増補改訂されて、
現在も店頭に並んで植物図鑑の定番となっている。

植物図鑑は明治から牧野氏以外の多くの人も取り組んで出版されたが、
そんな黎明期に活躍した一人に村越三千男(1872-1948)がいる。
むしろ一時期は村越の出版した植物図鑑が優勢だったこともあるらしいが、
今ではすっかり歴史の中に埋もれてしまい、彼の図鑑も販売されておらず、
あまつさえ、どんな人であったのかすら杳として知られていない。

著者は、別々の古本屋で偶然手に入れた二人の図鑑の奥付に着目して
両者には苛烈な出版競争があったらしいことを掴むことから、興味を抱いて
コツコツと丁寧に事実関係を探ろうとする。
そして、次の4つの「謎」を骨格として本書を成した。

第一の謎 牧野富太郎と村越三千男の間に何があったのか
第二の謎 植物図鑑は牧野富太郎の発明品か
第三の謎 なぜ明治40年頃に多くの植物図鑑が現れたのか
第四の謎 牧野が「牧野日本植物図鑑」で警告した相手はだれか

歴史上の人物にまつわるミステリーはよくあるが、本書は
①牧野富太郎という天才植物学者の人物像自体、②この4つの謎、
そして③著者のまじめに取り組む姿勢、の三点が相乗効果をもたらし、
軽い知的好奇心と俗物的好奇心の両面を満たすことに成功している。
特に、第三の謎は日本の理科教育の成り立ち的側面の一端を
明らかにしている面もあり、意外な事実に正直驚いた。
また、著者の努力にもかかわらず、村越氏側の親族に接触できず、
情報が圧倒的に不足しがちの中で推論を補強することがかなわなかった
ことは惜しまれるが、ちょっとしたミステリーでおもしろい本でした。
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この本はときどきお邪魔するむぎさんの記事で知りました。
むぎさん、ありがとうございます。
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by capricciosam | 2007-08-05 18:40 | 読書 | Comments(2)