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祝!おくりびと@アカデミー賞外国語映画賞

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「死は誰にでも平等に訪れる。普遍的なテーマに共感してもらえたのではないか」
と本木さん。米の映画業界紙ハリウッド・リポーターは
「死に対する畏敬(いけい)の念を通して生をたたえる感動作」と評した。
(以上朝日新聞より)

通常正視したくない「死」や、その死に深く係わりながらほとんど
知られていない職業の「納棺師」という特異なものを扱いながら、
どんな人にも共通する死(と、そして生)を厳粛な気分で考えさせてくれる。
すさんだ雰囲気が加速度的に増してきた社会だからこそ、この映画の
提示した問いかけは、改めて根本的で、大事なことを立ち止まって
考えさせてくれた。

このブログをはじめて5年目になるが、他のジャンルと同様に
観た映画の感想を記事にしてきた。
マニアの方の足下にも及ばない本数なので記事の数も知れているが、
記事の中で「お薦めです」と書いた映画は唯一この一本だっただけに、
日本作品として初の外国語映画賞受賞に輝いたことは嬉しい限り。

オスカー像を手にした滝田監督は
「ありがとう、アカデミー。ありがとう、皆さん。ありがとう、助けてくれた人たち。
とてもとても幸せです。これが私にとって新しい旅立ちになる」と英語で語り
(以上毎日新聞より)
「おくりびと」の英語題「Departures」にかけた挨拶を披露したが、
最後に「I'll be back.」と言ったとか。
その心意気や、よし。
期待してます。

<蛇足>
昨年封切り時の感想の記事はこちらです。
また、当時、この記事で紹介した札幌納棺協会のHPでは
本木さんに演技指導する様子を見ることができたのですが、
久しぶりにみると、トップページがリニューアルされていて
どうしたことか見ることができません。
復活を期待したいところです。
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by capricciosam | 2009-02-23 20:56 | 映画 | Comments(0)

マンマ・ミーア@映画2009

数年前、劇団四季版を汐留で観劇しているが、
ちょうど電通四季劇場のオープン記念だったように記憶している。
あんなに会場が熱気に包まれ、アンコールで総立ちになって
踊っていた場面に出くわしたことはなかった。ワォ~!!
えっ、私!?ご想像にお任せします。
と言うわけで、今回足を運んだのも、あのステージがどのように
スクリーンで再現されるのか、という興味からでした。
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元々ABBAというよりビョルンとベニーの数々の素敵な作品が
先にあり、それらを使ってひとつの作品に作り上げた
 プロデューサー:ジュディ・クレーマー
 脚本:キャサリン・ジョンソン
 演出:フィリダ・ロイド
女性3人のユニットの結束がミュージカルの成功に至ったのだろう。
今回の映画化に当たっても、この3人の名前が見える。
こりゃ、期待が高まるというものです。

確かに、美しいギリシャの風景を活かしてはいるし、
桟橋をステージに見立てているところなんて楽しいね。
俳優も手堅い顔ぶれのようで、本当に歌っているんですね。
これにはびっくり。もちろん、多少は吹替えもあるんでしょうけどね。
ストーリーも構成はステージとほぼ同じ。
全編流れる曲は全てABBAだし、お膳立てとしては申し分なし。

しかし、見終わってみると、なんとも微妙。
例えば、ドナ&ダイナモスがステージで歌うのはたった一曲で、
どうやら、その理由は「年齢」らしい。しかも、衣装が地味。
四季版ではメタリックな衣装で数曲歌って、踊って、
観客の意識を見事に転換していく場面なのに、しょぼく、くすぶった感じ。
こういう不完全燃焼感がつきまとったのは、どうしたことか!?

また、全編通じて踊りは健闘しているけれど、やはりいまいち。
それに、どうしても、ビートの効いたABBAの曲が挿入される分、
演技を考えてやらないと、ただ騒々しいだけの印象になる可能性大。
カメラワークもいまいちなところあり。
特に、見せ所のひとつである桟橋の群舞の2シーンはものたりない。

最後に、アンコールの場面はなくてもよかったかな…
ステージでは必ずある大ノリノリの場面なんですが、映画では
あまりにも唐突すぎて、残念ながらひき気味になりました。
これは、スクリーンでは演じる側との一体感がでないから
なんじゃないでしょうか。
やはり、この作品の「熱気」がうまく伝わってこないからなのかなぁ…

と、言うわけで、一定の水準にあるとは思うのですが、
私の場合は四季版の印象が強烈すぎる故にどうしても辛目になりがち。
それから、上映開始後しばらくして退出する人も数人出たくらいなので、
きっとミュージカル免疫があるなしで、評価は極端になりそうな感じも
しました。
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by capricciosam | 2009-02-01 12:07 | 映画 | Comments(0)

007慰めの報酬@先行上映2009

「善人が少なくなった」

映画の中では「善」と「悪」という対立する言葉が頻繁に登場する。
先に挙げたセリフはその中のひとつ。

シリーズを見続けてきた者としては、ボンドは常に善の立場で
巨悪と対決するという構図は当然至極なのだ。
しかし、今回はCIAとて巨悪と取引する悪として描かれる。
それは秩序を守るためなら、善という立場だとしても
それを辞するものではない、それくらい悪がのさばっている、
という現実的な背景を描きたかった、という意図なのか。

また、本作は前作の007誕生以前の話「カジノロワイヤル」の続き
というシリーズ初の続編のスタイルをとっていて、愛するヴェスパー
の復讐というボンドの「個人的感情」が伏線に置かれる。
また、登場するボンドガールも別の悪人への復讐に燃えている。
復讐はいけないことという倫理観に立てば、
二人とも一種の悪なのだろうが、正当な理由があれば
それとて許されるのでは、というスタイルは古今東西からの定番。
しかし、復讐を果たすことで彼らは本当に慰められるのか。。
傷ついた心に安らぎは訪れるのか。
映画を見終えて、制作者側のそんなメッセージを感じてしまった。

前作で新たなボンド像の創造に成功したと思うが、それは
決してウィットに富んだ紳士然とした姿ではなく、
荒削りでタフネスさ満点の姿であった。
ボンド誕生以前というふれこみ故、これは納得していたが、
今作ではその方向性がさらに強められている。
カーチェイスはじめ数々のアクションシーンでは不死身なボンドがいる。
闘った後もあまり呼吸も乱れず、無表情に立ち去る姿からは
人間臭さはあまり感じられない。
なんとも無機質で、ダークなテイストの強調。
この辺の、アクションが目立ち、人間臭さを押さえた演出というのは
観客の好みや評価が分かれるだろうな。

それから、ハイテク化への変貌ぶりはすさまじい。
MI6でのタッチパネルで必要情報が次々現れる様には唖然。
シリーズとしてはこれまでも、常に当時の現代に置き換えている
以上当たり前なんでしょうが、モダンなハイテク化されたオフィス
この辺も微妙に助長しているかな。

また、いわゆるシリーズでの「お約束ごと」が見あたらない。
例えばQ。Qと言えば秘密兵器。秘書のマニー・ペニーも。
さらには、決めゼリフ「Bond,My name is James Bond.」
(これは続編なので前作終盤で言わせているから、よしなのかな…)
それからシリーズ必須の、ほぼ冒頭に置かれるシーン。
敵の銃口がボンドを狙っていてボンドが敵を撃って血らしい赤に
染まっていく、あの場面。
「ないなぁ…」と思っていたら、ナント最後に出てきました。
そして、おなじみのジェームズ・ボンドのテーマも。
「カジノロワイヤル」と「慰めの報酬」の2作で初めてプレ段階の完成
という訳のようです。
「なるほどなぁ~」

それから、こんな場面も。
ベッドに横たわる油まみれの女性の死体。
その撮り方といい、「ゴールドフィンガー」の有名な場面そっくり。
監督の「ゴールドフンガー」へのオマージュでしょうか。
でも、50年以上前は金だったのが、現代では油。
今回も巨悪は資源の独占を狙っていたのですから、
構成としては着実に現代にマッチしていることは間違いありません。
先ほどのシリーズでの「お約束ごと」を登場させないことでも
ちらっと感じたのですが、制作者側は意識してシリーズもの
としての必須要素をはずすことでマンネリを打破し、
シリーズの再生と継続性を図ろうとしてるのかな、ということです。

シリーズ最短の107分らしいのですが、楽しむには十分でした。
前作の延長というストーリー構成の複雑さや、まるでアクション映画か
というくらいド派手なアクション満載の部分には評価の分かれる
ところだろうと思いますが、シリーズとしての作品の質は
十分保たれていると思いました。
まあ、いよいよプレ段階を終えた"ダニエル"ボンドが、
次はどのように登場するのか、シリーズのお約束ごとはどうなるのか。
ある意味、真価が問われるのは次回作のような期待と不安があります。
楽しみに待つこととしましょう。
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by capricciosam | 2009-01-17 13:02 | 映画 | Comments(2)

ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢@映画

「A Chorus Line」は言うまでもなく、奇才マイケル・ベネットの
生んだミュージカルの傑作。
1975年オフブロードウェイでの初演以来、15年のロングランを樹立。
スターを引き立てる額縁の役割しか与えられない彼らだが、
それでもそのオーデイションにかけるひたむきで赤裸々な姿に
胸打たれない者はいないのではないか。

それが16年ぶりにブロードウェイで再制作されることになり、
8ヶ月にわたるオーディションが繰り広げられた。
選ばれるのは3000人から、わずか19人。
キャスティングに当たりオーディションシステムがとられることは
日本でも定着してきたようだが、これほど長期に渡って
厳しい選考が行われるとは想像外。

そのオーデションの様子をドキュメンタリーで追ったものだが、
再演を担当する演出家は初演の振り付けをベネットと
共同担当したボブ・エイビアン、審査員のひとりで
振り付けを教えるのは初演でコニー役を演じたバイヨーク・リー
(彼女がこれまた凄い!いまだ現役ではないのか!?)と、
初演のメンバーも含めて選考にあたる。
一つ一つの役に複数の候補が同じセリフ、ダンスを
繰り返していくが、審査員たちが率直に相談し、検討を重ねる
様子には、まるでこちらが選考の対象になっているような
錯覚が生まれかねない程の迫力がある。

特に印象深かったのは、ポールの役での場面。
ポールはコーラスラインでも重要な役。
オーデションはポールの独白の場面。
ポールはゲイバーでのショーを両親に目撃されてしまう。
しかし、両親は「息子を頼みます」と言ってくれる。
全然和解できなかった父親が初めて「息子」と言ってくれた…
ある役者の審査の場面で審査員が感動し涙を流すのだが、
観ているこちらも同じ思いにとられた。
彼(ジェイソン・タム)はうまい!
この場面だけでも、観た価値はあった。

それから、コニー役には沖縄出身の高良結香さんが挑戦する。
彼女は最終選考に進むが、結果や如何に。

また、映画はオーデションでキャストが決まる過程を縦糸に
進行するが、同時に初演当時の原点も横糸に織り込んでいる。
冒頭にマイケル・ベネットの声が録音されたテープが映し出されて、
ダンサーたちを集めて率直な声を聞いていくという「コーラスライン」の
アイデアのオリジナルが紹介される。
最初は、彼らのインタビューをどうするつもりなのか自分でもわからない
と言っていたベネットが、最後には
「作品にしようと思う、タイトルはコーラスランだ」
と断言している。この時彼には「神」が宿ったんだろうな。
そして初演にキャシー役(難しい役、これまで観た舞台、映画含めて
満足した記憶はない)で出演したドナ・マケクニーの語りや
ベネットの過去の映像でこの映画に深みを増す。
DVDのおまけのメイキング的雰囲気ながら、作品としての質が確保され、
全編コーラスラインの音楽が流れるので、観て、聴いて楽しめる作品。
(しかし、このタイトル。なんとかならなかったのか…)
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by capricciosam | 2008-11-01 22:38 | 映画 | Comments(0)

男と女@DVD

映画の場合、有名な音楽が先になってしまい、ついつい
作品自体を見過ごしてきたということがままあります。
名作「男と女」(1966)もそのひとつ。
フランシス・レイの作曲した有名な
「ダ~バダ ダバダバダ ダバダバダ」
は大好きなのですが、ストーリーは全然知らずに、
ついついこの歳までです、ハイ。

ところが、久しぶりにDVDコーナーに寄ったところ、この名作を発見!
しかも、880円!!
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メイキングもついていたのですが、なんと撮影も監督の
クロード・ルルーシュがカメラを抱えて、自ら体当たり的に
やっているのですね。これには、驚きました。
制作37年後のインタビューで彼が語るには、低予算もさることながら、
自分のイメージを撮影者に伝えるより、自分でやったほうが、
よっぽど良いものが撮れると語っていました。
これはわからん訳ではないなぁ…

男の役がレーシングドライバーなのですが、FORD所属になっていて
フォードGT40、マスタングなんて、懐かしい往年のマシンが登場します。
(結構ふんだんなくらいですから、好きな人にはたまらない!?)
しかも、ル・マン、モンテカルロラリーも実写で登場。
実際、ルルーシュと男役のジャン・ルイ・トランティニヤンもル・マンに
エントリーして走ったそうです。ヘーッ!

モノとカラーの使い分け、夜と霧、波の打ち寄せる渚etc
これらを駆使して二人の揺れる胸の内が効果的に描かれていきます。

お互い魅かれあって、距離感もとれてきた頃の車中で
男がシフトチェンジを終えた右手(左ハンドルです)を、
ついに女の左手に重ねた時、女の顔から笑みが消え、
やや警戒気味の表情になって、横目で男をチラチラ見てから
いままで封印していた質問をします。
「奥さんは?」

この時の女役のアヌーク・エーメの演技はイイなぁ~。

設定から言っても、こりゃ独身時代よりも結婚して親になってから
でも遅くない、と言うよりは、そのほうがより身に迫るんじゃないかな。
だから、鑑賞はチョー遅れてしまったけれど、案外深く味わうことが
できたんじゃないのかな、と思います。
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by capricciosam | 2008-10-25 23:27 | 映画 | Comments(0)

おくりびと@映画2008

死はやはり、忌み嫌うモノだろう。
まして死体にさわるなどということには嫌悪感がある。
しかし、身近な者の死に接する時はどうだろう。
人は否応なくその忌み嫌う死に正対しなくてはならない。

父が死んだ時、葬儀は万事葬祭業者任せであった。
担当者が現れ、てきぱきと道具を用意して、祭壇を作り、といった
諸事万端がプロの仕事であることに、半ば感心しつつ眺めていた。

さて、いよいよ納棺という時になったら、まったく別人が現れた。
差し出された名刺を見て、納棺がまた別のプロの仕事なのだと
初めて知った。
一体どうのようにするのか、と思っていたら、
遺族一同が注視する中、遺体をいったん裸にして死装束に着替え
させていくのだが、決して裸体は見せない。
しかも、その所作は見事という他なく、まさしくプロの仕事であった。
着替えが無事完了した時には、内心驚嘆していた。
うまいものだなぁー、と。
未だに鮮やかに思い出す。

この映画では、失職したプロのチェリストが故郷の山形で
納棺のプロとして成長していく姿が描かれていく。
なんとも極端な設定ではあるが、本木雅弘が好演。
最初の演奏会シーンでは飯森範親指揮山形交響楽団による
第九演奏会が観られるが、チェロを演奏する姿も違和感がない。

帰郷して、幼い日に使っていたチェロケースを開けると、
楽譜に包まれた石がでてくる。
その石は幼い主人公が河原で拾った石を父とばくりっこしたもの。
(ばくりっこ、とは「交換する」という意味の北海道弁です。)
この石っころの交換は、映画の中で「いしぶみ」という古代の行為、
想いを石に込めるという行為であることを主人公に語らせる。
でも記憶の中にある生き別れした父の顔ははっきりとは思い出せない。
このエピソードは終盤のクライマックスにつながるが、上手い。

四季の移ろいも鮮やかな酒田市を舞台に、
「納棺」という気になるけれど、よくわからない超ニッチな職業に
着目した企画の成功もあろうが、演出、脚本、演技、エピソード
すべてに渡って過不足なく出来ている感じで、高い仕上がり。
死を扱いながら、決して暗くはなく、むしろ笑いも涙もふんだんな
上質な娯楽作品。お薦めです。
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<蛇足>
客席の年齢層は高かったようで、シルバー世代のカップルも
ちらほら見られました。どのような思いでご覧になったのでしょうか。
最後にクレジットが流れる場面で本木雅弘が一人で死装束に
着替えさせるシーンが流れます。
改めて、見事だなぁと感心してみていましたが、演技指導は
父の時もお世話になったこちらだったんですね。
<10.14追記>
物語の重要なエピソードにからむ役をされていた
峰岸徹さんが亡くなられました。回想シーンを除けば、
死んで登場していたのですが、果たして、こたびは、
どんな「おくりびと」にめぐり合えたのでしょうか。合掌。

<2009.2.23追記>
米国アカデミー賞外国語映画賞を日本作品として初受賞。
おめでとう!!

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by capricciosam | 2008-09-20 17:13 | 映画 | Comments(4)

インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国@映画2008

この作品が公開されて一週間も経った頃だったろうか。
偶然聴いた地域FMでこの作品を話題にしていた。
さすがネタバレはしていなかったが、結論は
「オッと思うようなものは少ないかもしれないが、
シリーズものとしては十分楽しめます」
こんな感じで締めくくっていた。

「そうか、抜群ではないが、十分なんだろうな」

こんな印象を抱いたが、映画を見終わった今なら、
これにちょいと但し書きしたい気分。
ほぼ一年前に「ダイ・ハード4」を観たが、本作品も言わば
シリーズもので「インディ・ジョーンズ4」とつけたい4作目。
ともに前作よりほぼ10~20年経過して、主人公は年老い、
人間関係もその年月に併せて変化した要素を盛り込んでいる。
つまり、シリーズを見続けた者にとっては、主人公の老けた顔に
応じたドラマの要素も楽しめる訳で、私は十分楽しめた。
料理に例えれば高カロリーな単品ではないが、
カロリーバランスもよく考えられた一品であることは間違いない。
まあ、この辺が評価の分かれるところなのだろう、と思う。

<ネタバレがありますので、ご注意ください>

人類は進化してきたという説が定説ではあるが、古代文明の中には
現代に匹敵するような文明があったと考えざるを得ない事柄もある
ようで、では、一体それを構築した者は誰か、という点が問題になる。
回答のひとつが「地球外生命体」の存在である。
1950年代の米ソ冷戦構造を背景に、当時異星人を発見したという
有名な事件を絡めて、結局古代人の風習の結果だと思われていた
変形した頭骨を模した秘宝クリスタル・スカルは実は異星人の頭骨
そのものであり、黄金都市エルドラドに潜むのは異星人の円盤だった、
というオチにつながっていく。
毎回荒唐無稽なストーリーなんですが、とうとうUFOですか。
まったく予想もつかなかった展開に正直驚きました。

それに、これまでのエピソードがチラリと見えたり(例えば、倉庫に
眠る一作目のアーク)、実の親子とわかった途端「ジュニアJr.」と
呼んで子供が反発するシーン(3作目のショーン・コネリーとの
掛け合いを思い出します)なんて、シリーズを楽しんできた者を
くすぐる仕掛けがありますから、たまらない。

ブルース・ウィリスに比べたら老け顔濃厚なハリソン・フォードですが、
シリーズ作品としては十分な水準で楽しめました。
(次作はないのかもしれませんが、実の子がJr.として登場したので、
第三作のようにハリソン・フォードが父役で一作できそうな気配を
感じました)
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by capricciosam | 2008-07-01 21:47 | 映画 | Comments(0)

ベン・ハー@映画&DVD

館内が暗くなって、スクリーンにミケランジェロの「アダムの創造」の
あの指が触れ合わんばかりの場面がクローズアップされる。
「OVERTURE」
そして、M・モーザの手による荘重にしてときめくばかりの音楽。

休憩をはさんだ3時間半はあっという間だった。

数奇にして波瀾万丈な主人公の歩みとキリストの誕生から死までを
適度に織り交ぜて作られた映像は、上映終了後もなかなかイスから
立ち上がれずにいた若き日の私をして深い余韻に浸らせていた。

感動的なストーリーだけでなく、戦車競争に代表されるアクションも迫力満点。
月並みだが、その完成度には「凄い」という言葉でしか言い表しようがなかった。

あれから幾星霜。
今はDVDで折に触れて鑑賞している。
いまだに「私のお気に入り」であることに変わりはない。

ベン・ハーを演じられたチャールトン・ヘストンさんのご冥福をお祈りいたします。
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by capricciosam | 2008-04-07 21:09 | 映画 | Comments(0)

歓喜の歌@映画

先日落語をきいたばかりで、今度は落語が原作の映画。
これも何かの縁。

<以下ネタバレ的内容がありますのでご注意ください>

原作は立川志の輔さんの新作落語「歓喜の歌」
これはどんな落語なのか想像もつきませんが、無責任な主人公が
心にスイッチが入るきっかけが、「ギヨーザ」。
中国産毒入りギョーザで世情喧しいこの時期に、よりによって
なんとも絶妙なタイミング、とひとり受けていました。
(食の安心・安全に反するこの騒ぎ、どこまで広がるのか…)

最初に気になった点を、
・歓喜の歌の伴奏はピアノ一台なのに、終始オケの伴奏で歌うのは?
・合唱が歌い終わっても数小節指揮していたけど、合唱用なら蛇足では?
 もっとも日本合唱連盟監修となっていたので、これはアリなのかな…
もっと根本的なつっこみとなると、
・12/31の夜の発表会なんて設定自体が無理があるのでは?
 第一、公共の施設なら年末年始の休館時期になっているはずでは
 第二、おおみそかに発表会やっていられるほど主婦はヒマか
 第三、かき入れ時に美容師や鮮魚売り場のパートが休めるか
     第二、第三については出席しやすいような時期を設定するはず
・文化会館のステージ工事が一主任の権限で可能なのか?
・日程は電話だけで受け付けないで、使用申し込み書に書かせて
 ダブルブッキングがおきないようにチェックしているはずでは?

見終わって少々疑問に感じた点を羅列してみた。
ストーリー途中での飛躍はあまり感じないものの、
やはりこまかな点では気になるところが結構ある。
これらの点も、落語で聞けば、想像して聞いているので、
大して気にならないことなのだろうが、いったん映像化されてしまうと、
いやでも細部が目にとびこんでくるので、いたしかたないことなのか。
でも、全体としてみれば主役の小林薫のゆるゆるムードが、
映画自体のペースメーカーとなって、最後にはほんわかとした
ペーソスを感じさせる仕上がりとなっている。
大笑いではなく、くすっの連続で、作り方として露骨に狙って作っている
感じも、押しつけがましさも感じない、程よい仕上がり具合だ。
この「ゆるゆる」「ほんわか」だが、中途半端ととる人もあるだろうから、
評価は分かれる点だと思うが、こういうタッチは嫌いじゃないなぁ…

合唱経験のある身としては、歌い終わった後の充足感はともかく、
合唱団がステージに立つ際の緊張感や怖さが、もう少しあっても
良かったのかな、と思う。特に、みたま町コーラスガールズは
第一回演奏会としている上に、メンバーの北京飯店の主婦を他よりも
詳しく描いている点から、その延長上で活かせたのでは、と感じた。
合同発表の条件で、レディースがガールズの実力を見せてもらう
という点も見下した目線で少々「?」だったけれど、その中で
ソロを歌った方は中々うまかったなぁ。ゴスペル?ミュージカル?
うまいと言えば、由紀さおり、安田祥子姉妹。
持ち歌の「トルコ行進曲」やお姉さんがさりげなくメンバーにはいっていたり…
歌といえば、最後の「あの鐘を鳴らすのはあなた」
あの象徴的な歌詞と相まって、クレージーケンバンド聴かせます。

最後に蛇足ですが、
公開時期を第九がさかんに歌われる年末にしなかったのは、
作業上なのか、考えあってのことなのか、ちょいと気になりました。
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by capricciosam | 2008-02-02 23:49 | 映画 | Comments(2)

アース@映画

一年ほど前「不都合な真実」を観て母なる地球の「温暖化」という
環境悪化に衝撃を受けた。あの映画をきっかけに世界的にも
「地球温暖化」への関心は急速に高まったのだろう。
それからほぼ一年経ち、「アース」という名のこの映画が公開された。

BBCの数多くのフォトグラファーが地球のあちこちで営まれている
生態を驚異のカメラワークで映し出していく。
「どうしてこんな映像が撮影できたのか!?」
というような場面が次々にスクリーンに映し出される。
圧倒。

<以下ネタバレ的内容ですので、ご注意ください>

ランダムに展開するようだが、
北極から1100kmにいる北極グマの親子から始まって
「北極から1900km」のツンドラ地帯
「北極から2600km」のタイガ地帯…
と南下していきながら、その地点での動物の営みを映し出していく。
とうとう南極に至り、最後はもう一度、泳いでいる北極グマを映し出し、
「このままの状態では2030年には北極グマが絶滅する」
「今ならまだ間に合う」
というナレーションが流れてこの映画は終わる。

映像の迫力、美しさは圧倒的、しかし何故か全体の印象は散漫。
「何故なんだろう」
動物の生存を賭けた営み、動物の親子の情といった、
従来からある野生動物のドキュメンタリー映像としての印象は
強く残ったが、地球を取り巻く環境悪化が共通の認識として
醸成されつつある今、「地球」そのものを取り上げたタイミング
からいって、地球温暖化という危機感をテーマとして一貫させたのか、
というとその印象は薄い。
最初と最後の部分では温暖化による解氷現象が北極グマの生存を
脅かしていることに触れてはいるが、それ以外の場面での訴えかけが
弱い(というか感じられない)ため、唐突なつけたし的印象を残して
締めくくったような印象しか残らなかったためではないか。

まあ、今の地球で営まれているこれらの映像も、このまま地球温暖化
が進行すると、うん十年後には貴重な記録になりかねない訳だから
「警告」としての意味はあるとは思うが、如何せん映像にもそのような視点
をあまり感じず、編集もうまくいってなかったようで、やや肩すかし。
まあ、そういうメッセージ性の薄さも、逆に迫力ある美しい映像を観る
上では妨げにならないのかも知れません。
ある意味、ごちゃごちゃ理屈をこねずに、素直にこの地上での営みを
受け止めて、「これが無くなったらイヤだな」と思ってもらうだけでも
意義は十分あるのかもしれない。
しかし、北極グマがあと20年程度で死滅するかもしれないなんて…
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by capricciosam | 2008-01-14 16:38 | 映画 | Comments(8)