<   2005年 03月 ( 17 )   > この月の画像一覧

バチあたり

■ かもしれないけれど、素朴な疑問

  我が家もご多分に漏れず、ある仏教の檀家をしている。
  昨春、親とかみさんがその宗派の総本山の一大法要に参加
  してきた。法要以外にも、各地の名刹を巡ってきたらしい。
  行く先々の寺で、高僧が説教するたびに、檀家のみなさんは
  ぜひお寺をりっぱにしてもらいたい、というような事を言われ
  てきたらしい。
  「ところで、その「りっぱ」って、どいういう意味なんだ」
  「何も説明してくれなかった」
  「どういう意味なんだろうな」
  旅行中は毎晩宴会で、余興はカラオケだつた、とか。
  いっしよに行ったお寺の坊さんがマイクを握ると、おひねりは
  飛ぶは、首には万札でできたレイがかけられ、嬌声が
  とびかっていた、という。
  「まるで、座長芝居だな」
  「ほんとだよ」
  これだけ聴いて、「りっぱ」の意味がわかったような気がして
  疲れてきた。

  最近、大都会を中心に葬儀に変化があらわれてきたらしい。
  遺体の火葬以外一切の儀式をしない「直葬」と呼ぶ、形だ。
  それも、ここ数年のうちに急速に広がってきたらしい。
  そう言えば、例え葬儀をしても、親族程度でこぢんまりと
  済ませてしまう例も気が付けば多くなってきた。
  たった数日のうちに、戒名代がいくらとか、言って、うん百万
  円も負担させられてきた反動じゃないのか、と思わず勘ぐって
  しまう。宗教の一義である魂の救済をないがしろにして、生計
  のために葬祭を一義にしてしまった葬式仏教の限界がきたの
  ではないか、とも考えてしまった。
  かといって、いわゆる新興宗教も、どこか胡散臭いところが。
  「これを買えば救われる」とか言って、すごい高価なモノを
  買わせようとするのは、まるで社会問題化した商法みたいだ。
  どちらにも言えると思うんだけれど、魂の救済って、もっと素朴
  なものじゃないだろうか。
  いわゆる「金」や「形」ではないような気がするんだけれど。 
  
 
[PR]
by capricciosam | 2005-03-28 22:12 | 時の移ろい | Comments(6)

最終電車

◆ あ~あっ、出発しちゃったよ

  本屋に立ち寄って、雑誌や実用書をあれこれ買ってきた。
  その中に幸田真音さんの年金改革の話があった。
  シニアになると、年金も遠い話ではない、むしろ切実な話。
  年金改革も小手先の「いじり」ではもう立ちゆかない、
  それどころか破綻しかかっている、と言われて久しい。
  なにしろ、若年者が高齢者を支えるという仕組みが少子高齢化
  や出生率の低下で危機的状態に直面しているのだから。
  しかし、これはなにも日本だけの話ではないらしく、先進各国も
  この傾向は変わらないらしい。
  そこで、年金改革が成功するための目安がある訳だが、
  「その国の50歳以上の人口が有権者の50%を超えているか
  どうか」という点で、その時点を「ラストトレイン」と名付けている。
  年金改革成功のための最終電車の出発時刻という訳だが、
   イギリス            2040年  あと35年
   オランダ・スペイン      2025年  あと20年
   イタリア・デンマーク     2020年  あと15年
   アメリカ、ドイツ、フランス  2015年  あと10年
   スイス・フィンランド      2010年  あと5年
 
  さて、日本はいつなのか?と言えば、なんと、なんと
  2003年10月にすでに50%を超えてしまった、という
  ではないか。なんてこったい、と嘆息しても時の針を戻すことは
  不可能なこと。
  多少遅れても抜本的な改革をするしかもう手はないらしい。
  抜本的な改革で遅れた分を100%取り戻すことは無理としても、
  快速や特急並の効果で少しでも追いつけることを期待しよう。
  でも期待できるのか、正直、不安。
       
[PR]
by capricciosam | 2005-03-27 21:56 | 読書 | Comments(0)

偶然なんだけれど

■ 第九に関する2題

  最近入手したCDでおもしろかったのが、ワーグナー編による
  ベートーヴェンの第九。
  オーケストラ曲をピアノ一台で演奏してしまおう、というもので、
  ピアノは小川典子が達者に弾いて、なかなかな聞き応えがある。
  しかも、第四楽章はソリストとBCJが共演して、これもさすがの
  歌声を聴かせている。しかし、BCJはうまいなぁ~。
  今朝、聴き終えて感心していたところに届いたのが、第九演奏会
  の合唱団員募集の案内。
  ありゃ、偶然にしてはできすぎ。
  仕事の都合で練習にはあまり参加できないんだけれど、
  その分、今秋の演奏会目指して、自主トレを開始せねば。
  生きとし生けるものが活性化する「春」が始まる。 
c0007388_11584682.jpg

[PR]
by capricciosam | 2005-03-26 12:06 | 音楽 | Comments(0)

しぶとい

■ また真っ白だ
  
  朝起きたら、一面の雪。
  ふぅ~、今年は寒波がなかなか去ってくれない。
  せっかく順調にみえてきた地面も、また雪の下。
  しかし、九州へ出張している者も、彼の地で雪に
  降られたとのこと。
  やはり異常気象なんでしょうか。
  どうなってるんでしょうか。
  夏が心配。
  
[PR]
by capricciosam | 2005-03-25 23:33 | 時の移ろい | Comments(0)

たまには

■ 鑑賞マナーを考えてみる

  生演奏、ライブはCDで得られる感動とはひと味ちがうものが
  あるな、と感じて以来、たまに演奏会に足を運ぶ。
  中でもクラシックの演奏会は、物音ひとつたてるのも気を遣う
  雰囲気があり、初めて行った人は違和感を覚えるかもしれない。
  みじろぎひとつせずに緊張して聴いて何が楽しいのか。
  音を立てることは少々気を遣うものの、じっと座っていると
  疲れるので、私は時々身体を動かしている。
  たまには感想も口をついてでる。もっともささやく程度だが。
  しかし、最低限の鑑賞のマナーは守っているつもり。
  鑑賞のマナーといっても、そんなにあるとは思えない。
  ・拍手は全部終わってから、楽章間ではまずしない
  ・くしゃみやせきがでそうになったらハンカチを口にあてるetc
  でも、これとて初心者には理解できないことなのかもしれない。
  恐らく他のジャンルの演奏会ではこんな自己規制的ルールはない
  はず。もっと気軽に、気楽に音楽を楽しめるのだろう。
  しかし、鑑賞の性質上ffからppまで鑑賞しなければならないという
  ことが長い間繰り返されてくる中で形成されてきたルールは、
  その場を共有する自分以外の者への気配り、おもいやりとして
  鑑賞マナーが発生し、形成されてきたのではないか。
  それが、大衆化する中でより多くの人に身につけてもらうためには
  また長い時間が必要なのだろう、と思う。
  ある面ではマナーを啓蒙する試み(鑑賞教室のようなもの)が
  あっても良いのではないか。
  こう書くとやけにハードルを高く感じるかもしれないが、実際の会場
  はもっと気軽な雰囲気で、構えることはほとんどない、と思う。
   
  
[PR]
by capricciosam | 2005-03-24 23:58 | 音楽 | Comments(0)

共感して

■ 書いてみる

   ある時を境に「笑い」の質的転換が生じたようだ。
   それ以前は芸人という職人が練り上げて提供した
   もので、無邪気なものだった。しかし、そうした「笑い」が
   「嘲笑」に転換した時、笑うべき対象が仕立て上げられ、
   その対象を罵倒していくことで獲得される「笑い」は
   無邪気さとは縁遠い「悪意」に満ちている。
   この「対象を罵倒する」という力の優劣の関係は、
   閉塞した階層社会の逆ヒエラルキー疑似体験の
   錯覚をもたらす。しかも、悪意は(自らの正体を明らか
   にしない)「匿名性」が加速させる。インターネットは
   その代表だろう。では「笑い」に質的転換を生じさせた
   ものは何かと言えば、利益追求を目的とした視聴率優先
   の姿勢が少なからず影を落としているのではないか。
    (Thanks bachelorettaさん)
   
   先日いかりや長介さんのことを書いた記事へのTBの
   記事の私なりの要約です。
   見事な論旨に付け加えることなどない感じです。
   
   笑いの質的転換は私も気になっていたのですが、
   なるほど「嘲笑」に集約されるかもしれませんね。
   これの延長上にあるのが「いじめ」ですよね。
   今朝、ドリフ結成40周年というニュースが流れていました。
   一時的に世間の笑いの基準は「嘲笑」に傾いたけれど、
   インノセンスはやはり強いもんだなぁ、と改めて感心しました。
   そういえば、最近のお笑いもなんでもかんでもあざ笑う、
   弱点をつく、といった芸を感じないものは主流ではないように
   思うのですが、特に熱心に見ている訳ではないので、
   この辺は自信がありません。
   どなたか、ご教示くだされば幸いです。
   
   マスメディア、インターネット、ホリエモンと書きたいネタも
   見事に関連させていらっしゃるが、これはまた日を改めて
   書きたい。
   しかし、東京高裁の判断は法に照らして妥当であると思う。
   手詰まりのニッポン放送は、まず話し合いしかないんだろうな。
   フジテレビ側はルールに乗っ取ってガムシャラに勝負しよう
   とする相手に作戦ミスがあったのではないか。
   さて、小が大を呑み込もうとする物語も、いよいよ第一の
   見せ場に近づいた。
   
   
    
   
[PR]
by capricciosam | 2005-03-23 22:58 | 時の移ろい | Comments(1)

まるで

■ 無限というか、底なし沼というか

  このごろブログにも少し慣れ、TBやコメントを
  したり、されたりで交流する機会が増えてきた。
  「未知との遭遇」にはときめきを覚える。
  それが高じて、「なんかおもしろいブログないかなぁ」
  なんて、あちこちのブログをみているうちに、もう寝る時間
  になってしまい、ただの時間つぶしだった、と後悔すること
  もたびたび。
  
  インターネットが普及し出して少したった頃
  「インターネットは空っぽ」と喝破した人がいたけれど、
  なるほどひとつの魅力的なツールではあるが、
  使い方ひとつでただの空疎な道具とも化すようだ。
  もちろん、有益な道具ともなることも否定できないから、
  結局は使う者の使い方次第ということか。
  
  さて、そのITがらみの最近の動きをめぐって、注目の判断
  が明日には東京高裁から示されるハズ。
  どんな内容となるのか。
  ちょっとワクワク、ドキドキ。
[PR]
by capricciosam | 2005-03-22 23:52 | 時の移ろい | Comments(0)

久しぶりに

■ 雪割(ゆきわり)をする

  一日中良い天気で、室内にいると汗ばむくらい。
  こんな時こそ雪割りをしなけりゃ、とばかりに
  剣先スコップ片手に作業に精を出す。
  真っ先に道路の排水溝の口を探す。
  表面に近いところはザラメ状で、底に近いところ程
  硬い氷状態になってしまっている。
  少々手こずっても、この作業をやっておかないと
  溶けた水が逃げ場を失って、ちょっとした池状態に
  なってしまう。
  お陰で久しぶりにいい汗をかいた。
c0007388_1642310.jpg

[PR]
by capricciosam | 2005-03-21 16:06 | 時の移ろい | Comments(2)

あれから

■ ○年経ったのか…

  日中はくもりがちの天気だったが、春の勢いは止まらない。
  家周辺の雪がみるみる後退していき、下の地面が見えてきた。
  確実に春の気配が目に見える融雪という形で現れている。
  本州のような梅や桜の開花は、まだまだ先のこと。
  北国らしく、やっと訪れた春の兆しをじっくり味わうよい時期だ。
  
  いかりや長介さんがリンパ節癌で72歳で死んだのは一年前の
  今日だった。
  去る者は日々に疎し、か。時の経つのは早いな。
  ドリフターズの「8時だよ全員集合」をリアルタイムで(生中継
  だったね)夢中になって見ていた世代としては、長さんの死と
  いうのは、実感がなかった。
  また、「オゥイッス!」と右手を高く挙げて、現れるんだろうな、
  とそんな気がしていたが、今でもそんな気がしないではない。
  そのくらい、長さんは例え外見はハゲて、老けても、身近に
  暖かさを感じられる好ましい存在だった、ということだろう。
  それは役者として開花した晩年になっても変わらない。
  世間から注目され、そして愛されるキャラクターだった、と思う。

  ところで10年前の今日は世間の大注目となったものの、後に
  憎悪の的となった人物が引き起こした事件のあった日でもある。
  オウム真理教による地下鉄サリン事件だ。
  未曾有の都市型テロで大勢の人が犠牲になった日でもある。
  無防備な市民を狙った非道さは、いくら10年経っても絶対に
  風化させてはいけない。
  というのは、まだ事件全体が総括されていないからだ。
  特に、首謀者の教祖には今だに判決が下されていない。
  司法制度が改革されるのは歓迎すべきことなのだろうが、
  裁判の迅速化はもっと焦眉の急として取り組んでもらいたい。
  重大事件であればあるほど、その司法判断の結果は、世間
  の一人一人に訴え、考えさせる影響力もある。
  しかし、これだけ事件がますます凶悪化する中では、重大事件
  が区切りがないまま時に流されていき、人々の記憶の中からも
  薄れていく速度が増しているのではないか、と危惧している。
  だからこそ、法の下の平等に配慮しつつも、できるだけ迅速に
  審判していってもらいたい、と思う。
  
  今日もバードテーブルはにぎやかでした。
  以前撮ったものですが、ツグミとスズメが同時にテーブルに
  います。最近は牽制するより食べるほうが優先しているようです。
 
c0007388_21135028.jpg

  
  
[PR]
by capricciosam | 2005-03-20 21:36 | 時の移ろい | Comments(0)

いつものことながら

■ なごり雪

  朝、窓のカーテンを開けると、またもや
  しんしんと雪が降っている。
  ここ数日の陽気でかなり融雪が進んだのに、
  少し逆戻り。
  でも、3月になると、もう冬の勝ち目はない。
  晴れると一段と融雪が進んでいくのだろう。
  
  我が家のバードテーブルも朝のにぎわいが一段と
  ましてきた。今朝も、相当な数が押し掛けていた。
  写真のシメもこれまで以上に多くなってきた。
  シメも北海道弁で言うと「きかない」部類ですね。
c0007388_7264161.jpg
  
  
[PR]
by capricciosam | 2005-03-19 07:29 | 時の移ろい | Comments(0)