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胸いっぱいの愛を

先日の江川紹子さんの講演を聴いた帰りの車中。
ラジオからレッド・ツェッペリンの「胸いっぱいの愛を」が流れてきました。
以前も書きましたが、ロックはあまり熱心に聴くほうではなかったのですが、
この曲もE・クラプトンの「レイラ」同様、あのギターのイントロから
「一体、どんな展開になるんだ」と、思わず耳に神経を集中し、
そしてノックアウトされた曲のひとつです。
でも、長らく聴いたことがなかったので、何十年ぶりになるんでしょうか。
懐かしいやら、嬉しいやら。
この話、実はこれだけの話なので書かずにおこうと思っていたのですが、
今夜、偶然FMでこの曲の入っているアルバムの他の曲を3曲も聴いたのです。
偶然にしてはなんとも不思議な気分がしたので、備忘録的に書いておきます。
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by capricciosam | 2007-01-29 22:50 | 音楽 | Comments(0)

江川紹子講演会@札幌コンベンションセンター2007

それでもボクはやってない」を観てから、裁判のことが気になります。
これから2年以内に開始される「裁判員制度」も、同じように気になります。
なにしろ抽選で裁判員を務めるはめになるかもしれない訳ですが、
一方で国民の3分の2は「参加したくない」という調査結果もあるくらいです。

そこで、タイミング良く開催された「これまでの裁判、これからの裁判」
という講演会に出かけてきました。
講師はTVでもおなじみの江川紹子さんです。

講演の前に最高裁判所が監修した「評議」という裁判員制度のPR映画を
鑑賞しました。ストーリーは三角関係による殺人未遂事件を裁判員が
どう考えて判決に至るのか、という制度がスタートしたら直面するような内容です。
裁判員も主婦らしき人、中小企業の社長らしき人、失業者等と職業や立場も様々
との設定です。制度をわかりやすく伝え、噛み砕く意味もあるのか、
議論が伯仲するようなこともなく、各自の発言も落ち着いて、
裁判官も結論を急ぎません。最後は、有罪か無罪かを判断し、
次に実刑か執行猶予かを決めていきます。
裁判員が検討する場には裁判官も立会い、進行役を務める訳ですが、
なるほど、こんなイメージで考えられているんだな、とわかり参考になりました。
専門知識がなくとも、素直に証言、証拠、状況を判断していくことができれば
良さそうなので、そんなに構える必要はなさそうです。
ちょっと安心。とは言っても、実際はそう簡単ではないんでしょうね。

休憩をはさんで江川さんの講演です。
☆注:以下の講演要旨はメモをもとに再構成しました。発言順番、ニュアンスが
    必ずしも発言どおりではないことをご承知おきください。

導入は暖冬と、最近冤罪事件をテーマにした映画を4本観たことから。
この中には「それでもボクはやってない」も入っていました。なぜ映画を?
その理由は「名張毒ぶどう酒事件」の昨年の名古屋高裁の判決にショックを
受けたことによるそうです。この事件は「冤罪である」として争われている
有名な事件らしいのですが、より多くの人に冤罪事件を知ってもらうためには
どうしたらよいのか。どんなくふうがなされているのか。
それを知りたくて観たそうです。
私はまったく知らなかったのですが、江川さんはこの冤罪事件に関する
までだしていたのですね。

冤罪への関心は、新聞記者時代にあった妻の突然死が夫の絞殺死と
判断された冤罪事件の「山下事件」がきっかけで、その後フリーになった時、
連載読み物を書く中で「名張毒ぶどう酒事件」にも出会ったそうです。
当初、裁判は真相を解明するためのもの、と考えていたそうですが、
そもそも「真相」とは何ぞや、という疑問にぶち当たったのが、
江川さんを一躍有名にした「オウム真理教事件」だそうです。
見る立ち位置によって真相は随分違うものだ、ということに気づき、
裁判はそれぞれが真相に近づくための材料を手に入れる場なのだ、
と思ったそうです。
また、松本智津夫被告が手続きに従わなかったことで、すぐ退廷させられた
ことにも触れ、裁判官は廷内秩序を維持することには熱心ではあったが、
果たして事件の真相を知ろうという好奇心があるのだろうか、と疑問を呈します。
裁判員制度が始まっても、手続きが整っているから一丁上がりではなく、
「真相はどうなんだろうか」との好奇心を持つことが大事と指摘します。
この点は「12人の怒れる男」に通じるものがあります。

裁判員制度については次のような点を指摘されていました。

◇裁判の争点が事前に整理されてから裁判員が判断するような動きが
 あるが、もしそうなれば、傍聴人もいない密室で行われることになり、
 裁判のかなりの部分が密室化してしまう恐れがある。

◇職業裁判官のみで行うか、または裁判員も入った形で行うか、
 被告側が選択できることがあっても良いのではないか。

◇裁判員は有罪か無罪かまでとし、量刑まで負担させなくてよい。
裁判員によりバラツキがでる恐れ、「死刑」などは裁判官というプロでも
 重いのに、その負担を一般市民に与えても良いのか  

◇裁判員制度は一審よりも再審裁判で行ったほうが良いのではないか。
 裁判官が判決を逆転させるのは勇気がいること、裁判員のほうが冷静に、
  よほどまっとうな判断ができるのではないか
   
◇裁判員をしやすい制度が必要ではないのか。
  一般市民とてスケジュール調整しやすいように当該者には事前に予告する
 守秘義務よりも、むしろしゃべってもらう、聴いた人が「裁判員っておもしろそう」
  と広く関心を持ってもらうことが必要だろう、裁判員制度は国民の義務として
 押し付けても広がりを持たない

いずれの指摘も考えさせられます。
お陰で裁判員制度の理解もほんの少し深まったかな、と思われます。 

最後に、裁判員制度が導入されるまでの今はとても貴重な時間なので、
ぜひ関心をもって意見を出してよいものにしていかなくてはならない、と
おっしゃっていました。そのとおりだと思います。

テーマが良かったのか、講師に魅かれたのか、会場はほぼ満席でした。
講演終了後、江川さんの著書が販売されてサイン会が行われました。
私も買って、サインしていただき、図々しく握手もしていただきました(^^)
ついでに江川さんのHPのことで、だめもとでリクエストも。
中身は秘密ですが、さてどうなりますか。 
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by capricciosam | 2007-01-27 22:31 | 講演会 | Comments(2)

手こずる

ウィルス対策ソフトのアップデートの間隔があいたので早くするように、
とのメッセージがしきりに現れる。
それで取り組んでみたものの、パスワードが変更されていて再登録となった。
しかし、手続きをとったはずなのに、蹴られ続ける。続ける。
原因がわからないまま、またメッセージが出た。
やれやれ、一体どうしたものか。
こういう手こずり方って、疲れが増します。

そう言えば、だいぶ前から更新した途端に次々にTBが。
内容に関係なく、次々と。スパムTBか。それもアダルト系らしい。
「らしい」というのは、確認することなく、速攻で削除するため、推定です。
一応EXCITEの対策はしてあるはずなのに、なんとも楽々とスルーしてくる。
それにしても、EXCITEさん、対策強化してくださいね。

そう言えば、の続き。
最近また半角英数字ばかりのスパムメールがしきりに送付されてくる。
ウィルス入りの怪しいファイル添付もしょっちゅう。
これもスパムTB同様、速攻で削除している。

この2つは「手こずる」というより、毎度のことなので「煩わしい」ですね。
ホント、煩わしい。
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by capricciosam | 2007-01-26 23:58 | 時の移ろい | Comments(0)

300日の壁

帰宅してTVを見ていたら
「離婚後300日以内で出産したら前夫の籍に」
というニュースが目に止まった。
「へぇ~、そういうものなんだ」
そもそも法律ではどうなっているのか、調べてみた。
離婚後、女性が300日以内に出産した場合、誕生した子供は
婚姻生活中に懐胎したものと推定している(民法772条)
いわゆる十月十日(とつきとおか)からくるもののようだ。

ニュースでは次の例が紹介されていた。
何年にも渡って別居して、離婚後すぐに再婚して妊娠したが、
292日で早産してしまったために、現在の夫との子供として
出生届が役所の窓口で受理されなかった、というものだ。
女性はもっと弾力的な対応ができないものなのか、と憤っていた。

もっともだとは思うものの、そもそも窓口よりも法律が適応できていない
ことが問題なのだろう。現代はこの法律ができた当時に想定していた
夫婦関係とは、変化してきた部分が少なからずあるのではないか。
これだけ離婚率が高くなり、人生のパートナーだって変わる人も
多くなったら、明らかに前夫との間の子供ではない可能性が高い
このようなケースでの救済策は、当然用意されるべきなのだろう。
今の時代、争えばDNA鑑定ででも決着はつくのだろうが、
それ以前に法律の改定でも弾力的に対応することができそうなものだ。
それにしても誕生した子供の出生届はどうなったのか、
TVではそこまで言及していなかったが、気になる。

<2.7追記>
このような話は実際にはよくあるケースなんですね。
このニュースがその様子を伝えています。
2002年に自治体の窓口職員が実例をもとに法の改正を要望した
らしいのですが、法務省の回答は「応じがたい」と事実上拒否。
「無力感に襲われた」との窓口職員の話は切実です。
今日、法務大臣が「検討したい」と答弁したのは、
一歩前進なのでしょうが、ぜひスピーディーに解決を図って
いただきたいものです。

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by capricciosam | 2007-01-25 22:38 | 時の移ろい | Comments(0)

久しぶりに歩く

昨日は出歩いていたので散歩しなかったのですが、
今日も良い天気なので久しぶりに散歩してきました。
9日のまとまった降雪以来、除雪するほどのまとまった量も降らず、
写真のように一部は路面が見える状況です。
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まるで3月頃の、春近しのような雰囲気です。
まったく、どうしたんでしょうね。
各地で雪不足だったり、季節外れの高温だったりと、異常気象のようです。
中でも、ニュースでみたロンドンの、人も吹き飛ばされる強風は脅威そのもの。
昨日観た「不都合な真実」でも巨大化していくハリケーンが紹介されていましたが、
これまでの気象の常識外の事態が頻発し、常態化していくのでしょうか。

夜のTVで周防監督が出演していました。
ロケしたとばかり思っていたシーンがセットだったとは意外でした。
「それでもボクはやってない」も「不都合な真実」も昨日から公開されていますが、
どちらも多くの方に観ていただきたい映画です。

余談ですが、宮崎県知事選挙の結果が出たようですね。
宮崎県民の方は、随分大胆な選択をされたものです。
大阪府の二の舞にならなければ良いのですが…。
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by capricciosam | 2007-01-21 23:57 | 時の移ろい | Comments(2)

不都合な真実@映画

映画の冒頭、一枚の地球の写真が映し出される。
宇宙船アポロが撮ったもので、これまでよく目にしたものだ。
白い雲が浮かび、全体に青い地球。
改めて地球とはなんときれいな「惑星」なのだろうと思う。
そこに生きていること自体に感謝したくなる。
その地球の姿はこれからも変わらないものだ、と信じて生きてきた。
少なくとも自分が一生を終えて、子孫の世代になっても。
もちろん、環境破壊が将来危機的事態を招くということは気になっていた。
でも、それはもう少し遠い将来の話、と無理にでも思い込もうとしていた。

<以下、ネタバレ的内容含みますので、ご注意ください>

大統領選敗北で打撃を受けたアル・ゴア氏は、これからの生き方を
模索する中で、若い頃から取り組んできた環境問題に進もうと考える。
氏は米国内外でスライド講演を数え切れないくらいこなして、
人類の唯一絶対の故郷である地球が危機に直面している問題を訴えていく。
深刻なテーマなのに、時にはユーモアもにじませつつ、
真摯な態度を貫き、説得力がある。
映画は氏のその活動を追ったドキュメンタリーであるが、
観終えて、衝撃と感動を覚える、実にヒューマンなものだった。

全地球的問題に取り組むためには、全地球的取り組みが必要であり、
そのアクションとしての「京都議定書」の意義の重大さを指摘する。
そして世界中の多くの国々で批准され、アクションを起こしているのに、
批准していない国が、まだ二カ国あることを指摘する。

「アメリカとオーストラリア」

アメリカは世界でもトップクラスの二酸化炭素排出国なのに、
現在のブッシュ大統領は議定書の批准をしないことを宣言するくらい、
米国の取り組みは遅れている。
州単位での取り組みも始まったようだが、まだまだ少ない。
その意識改革をこのような地道な活動が促しているのだろう。

しかし、地球温暖化の進行が急激に進み、かつ今のライフスタイルが
変わらなければ、少なくとも次世代には我々が享受している環境よりも
劣悪な、生存に適しているかどうかさえも疑わしい環境しか引き継げなくなる
という悲観的見通し(というより緊急警告)がこの映画で提示される訳だが、
観終えて、ここまで事態が深刻だったとは、と正直ショックだった。

地球的規模で人類が直面する問題の深刻さ、巨大さの前では、
映画で取り上げられているゴア氏の活動を、氏の政治的経歴から
色メガネで見るようなことは何ら意味をもたないし、
問題の本質から目をそらすことにしかならないだろう。
氏は、この問題は主義主張を超えた人道的問題、倫理的問題であり、
その解決には一人一人が立ち向かうことが必要である、と訴えている。
つまり、環境をここまで追いやったのが人間の営みなら、それを
解決することも人間がやろう、と訴えているのだ。

原題は「An Inconvenient Truth」
inconvenient はconvenientの反対語です。
convenientの意味は「便利な、都合の良い」
つまり「コンビニ」のコンビニエンスはここに由来します。
コンビニに象徴される、物質的に豊かで便利な生活を続けるためには
莫大なエネルギーの消費、浪費が必要です。
そのライフスタイルを享受し続けることに潜む「危うさ」はないのか。
そんな大上段に構えたことは別にしても、

「個人でこの問題に取り組むには、どこから、どうやって取り組むのか?」

その答えは、この映画の本編が終わったのちに提示されます。
ですから、本編が終わってもすぐに席を立たないで最後までご覧ください。
また、この映画の公式サイトに「take action」として
「自宅で取り組む排出削減」が紹介されています。
別に格段目新しいことがあるとは思いませんが、
やれることがひとつやふたつ、きっと見つかります。
一人の小さな取り組みを継続していきましょう。
私のような老境間近な者とて、寿命がつきるまでの間は
自然環境の劣悪化には付き合わざるを得ないのですが、
それでも寿命の長い若い方に比べれば短いほう。
若い方ならなおさら付き合う時間が長くなります。
劣悪な自然環境で老後を迎えたくないと感じる若い方なら、ぜひ取り組みを。

余談ですが、この映画を観たあとで、
「どうしてゴア氏が大統領に選ばれなかったのだろう?」
と、つくづく残念に思ってしまいました。
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<2.22追記>
米国の有力科学雑誌が「06年に最も影響力のあった政策指導者」に
ゴア氏を選んだとのことだが、むべなるかな、という気持ちを憶える。
政治家が国境を越えた地球規模の課題にこれほど果敢に挑戦している
姿など、かつてお目にかかったことがない。
しかし、これはゴア氏だけの特殊な例ではあってはならないのだろう。
国家レベルはもちろん、市町村レベルにおいてさえ、こと政治を志す人には
「地球温暖化」に関する視点が欠かせないのではないか、必須と言っても
過言ではないような気がする。そんな気がしてならない。
もちろん、地球温暖化は一部の人間だけが取り組めばよい、というものではない
ことはもちろんだ。ゴア氏は受賞講演で次のように発言している。

「私は地球温暖化と言わず、気候クライシス(危機)と呼ぶ。
気候クライシスは科学、政治だけの問題ではなく、個人に至る倫理の問題だ」

「不都合な真実」はアカデミー賞候補のようだが、一方ではゴア氏が
ノーベル平和賞候補という噂もある。さて、どうなるか、注目したい。↓


<2.26追記>
「不都合な真実」が長編ドキュメンタリー賞を受賞しました。
グッゲンハイム監督とともに登壇したゴア氏は、地球環境温暖化について
「政治的ではなく倫理的問題です」
「環境対策はすぐ始められる」
と壇上から呼びかけたそうです。
世界の注目を浴びる授賞式なので、そこでのこの訴えが世界に広まって、
人々のアクションにつながっていくことを期待しています。


<10.13追記>
朝刊にノーベル平和賞受賞との大見出しが載っていました。
我々の存在の母体となる地球の環境が、温暖化によって劣悪化していく
という重大な危機に対して、最も効果的な警鐘を鳴らした人である
ことは間違いない。
同時受賞の国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)とともに
これからもこの問題の解決に向けた取り組みでの牽引役を期待したい。

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by capricciosam | 2007-01-20 23:51 | 映画 | Comments(2)

危機に立つオーケストラ★TV

今夜放送されたNHK特集では、我が国オーケストラの危機的状態が
レポートされていました。さっき録画を見終えたところです。

危機的というのは、要はチケット等の収入だけでは財政が慢性的に赤字で
経営的に成り立たない、そのため行政や財界からの支援が欠かせない実態
にあることを指しています。でも、財政危機や不景気から支援額が縮小され、
まさに存亡の危機にある、ということでした。

番組ではその例として昨春の関西経済連の在阪オーケストラへの提言
(4つを1つに)を皮切りに、関西フィルの現状や千葉県にあるオケの
35%賃金カットが取り上げられていました。最終的にはカットを受け入れる
のですが、「生活できない」という楽員の話は切実です。
一方、そこから立ち直った例として札響が取り上げられていました。
札響の努力が認められたことは道民としては嬉しい限りです。

ゲストの堺屋太一氏の話も納得できるものもあれば、納得できないものも。
納得できるものは、例えば近年の札響の自主講演では当たり前に見られる
ようになった、終演後出口で楽員の一部が勢ぞろいして客を見送りする光景。
氏は「宝塚等のプロではとうの昔から取り組んでいたこと」とさりげなく指摘。
ファンを獲得しようとするなら、自らがもっと接近しなさい、ということなのだが、
これは頷ける。ファンがいてこそのプロなのだ、という点はやはり原点なのだろう。
それから、企業や個人がオケへの支援や寄付が出来にくい現行税制の不備を
指摘していたがまさしくその通りだと思う。欧米は文化的活動への支援には
税の面で優遇されるのではなかったか。支援しやすい仕組みが必要だろう。

しかし、「10年後には自立しなさいという目標を持たせて行政は支援しなければ
ならなかった」という話は、あまりにも短絡的で、経済偏重的考えで賛成しかねた。
世界中の歴史あるオケでも支援なしで成り立っている例というのは、そんなに
あるのだろうか。もっと長い目で支援を継続する姿勢が必要なはずではないか。

今回の番組を見て、札響の危機当時に思ったことを改めて思い出していた。
「ファンならば有料公演に一回でも多く足を運ぶことが何よりの支援なのだ」
個人でやれることには限界があっても、これならサイフと相談しつつ、
取り組みやすいのではないか。
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by capricciosam | 2007-01-17 23:58 | 時の移ろい | Comments(2)

12人の怒れる男@DVD

「冤罪」と「法廷」で連想したのが「12人の怒れる男」です。
まだ若かった頃、旧作映画がTVでよく放映されていました。
その頃見た一本です。

父親殺しで起訴された少年の裁判が舞台なのですが、
さらにはその狭い別室が主な舞台となります。
暑いので、早く裁判を終えて解放されたい気分が部屋に満ちます。
審判には全員一致が必要です。
審議する12人の陪審員のうち11人は有罪なのですが、
たった一人だけ有罪に疑義を唱えていきます。
有罪の根拠が、単なる先入観や偏見に過ぎないのではないか、と。
「どうして、そんなへんなことを言うのだ!?」
「おまえがへんなこと言うから早く帰れないじゃないか」
激論が戦わされ、ぶつかり合ううちに…。

ちょうど半世紀前の白黒の旧い作品ですが、スキのない構成で、
緊迫度が高く、いまだに法廷サスペンス映画の傑作だと思います。

あと数年のうちにスタートする裁判員制度で、一般の人も
刑事裁判に加わっていくことになります。
「裁く」ということの「重み」を考え、その立場に立つ人はどうあるべきか、
ということを考えるにはふさわしい一本だと思います。
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by capricciosam | 2007-01-15 22:54 | 映画 | Comments(0)

それでもボクはやってない@試写会

試写会会場となった客席からはしわぶきひとつ聞こえない。
もちろん、退席する人とてない。
全員が身じろぎも少なく物音ひとつ立てずに、スクリーンを見つめ続けている。
私とて息を凝らし、次の展開がどうなるか、大いに気になって
2時間余りスクリーンを見続けるだけだった。

<以下、ネタバレ的内容ですので、ご注意ください>

周防正行監督の「Shall we ダンス?」は、日常とは別の知らない世界に
一歩足を踏み入れることで始まる「ワンダーランド」を描いて観る者を
ハラハラドキドキさせ、見終わると心温まる想いが残る素敵な作品だった。
今作品も見知らぬ世界に連れて行ってくれるのは同じなれど、観る者の
心が緊張し、真剣に考えざるを得ない、そういう意味でのワンダーな世界
へと連れて行ってくれるのは、異なる点か。
見終わって、主人公は有罪か、無罪か、とまじめに考えている私。
「もし、わたしが主人公と同じ立場だったら…」
「許せないよ、あんな取調べ!! あんな裁判!!」
義憤に駆られ、思わずそう思ってしまう私。
直球ど真ん中で勝負してきた監督の想いがひしひしと伝わったようです。

日本の刑事裁判での有罪率は99.9%だ、と映画で出てくる。
つまり刑事事件で起訴されたが最後、ほぼまちがいなく有罪となる、ということ。
「そりゃ結構、悪い奴が有罪で何が悪いの」とはじめは思ったが、
こと「冤罪」、つまり濡れ衣を着せられて罰せられようとしている場合には、
話はそうはいかなくなる、ということがわかる。
つまり、いったん起訴されたが最後、たとえ冤罪だろうと、ほぼすべて有罪
という刑事裁判の現状って、果たして、一般人の信頼に足るものなのか。
まして、自分が冤罪でその立場に置かれてしまったら…。
「想像したくもない」というのが正直なところではないか。

この映画では本人がやっていないと主張しているにもかかわらず、
一旦犯人扱いされたら、警察の取調べから始まって、検察の取調べ、
あげくの果てには裁判官まで「有罪」という先入観、偏見で向かってくるので、
結局は刑事裁判でやってもいない罪で有罪にさせられてしまう、という
日本の刑事裁判の暗黒面が描かれている。
警察が犯人とみなした人物に対する初動捜査のズサンさ。
警察から送られたでっち上げの調書を鵜呑みにする検察官の決め付け。
左遷や出世を気にするあまりなのか、有罪にしたがる裁判官。
おまけに、裁判ではことごとく「ウソ」をつく証人。
しかも、本人にとって有利な証拠は一向に採用されず、ひたすら
犯人に仕立て上げられるような証拠のみが採用され、でっち上げられていく。
この映画では「満員電車での痴漢犯罪」で、被害者が直接加害者と
おぼしき人間を捕まえた、というケースになっていたが、例え、
被害者に錯誤の可能性があろうとも、警察、検察、裁判官は斟酌せずに、
被害者の言い分は「正しい」と決め付けてくるんですね。
被害者サイドにとってはこれほど頼もしい相手はいない。
が、しかし、濡れ衣を着せられた加害者サイドにとっては勝ち目のないことは
火を見るよりも明らか、で結局、有罪に。
痴漢は許すべきではないが、是非は客観的に判断すべきことは当たり前だし、
冤罪なら裁判で身の潔白を証明できる、と思っていたので、これが刑事裁判の
現実ならとてもじゃないがかかわりたくもないし、正直ゾッとした。
なんとも危うい実態を見せ付けられました。

裁判員制度に関する法律がH16年5月に公布されて、5年以内には
この制度が実施される予定です。
国民も刑事裁判に参加する制度がスタートする訳ですが、
とすると、刑事裁判の現実に自らも直面する可能性がある訳です。
「自分はそんなの関係ない」としか思っていなかったのですが、
この映画を観て、ちょいと真剣に考えてしまいました。
「自分が冤罪に手を貸す可能性も高いのかな?」と。

「Shall we ダンス?」の周防監督とは全くテイストが異なります。
笑いはクスっ程度です。
生真面目で、重い課題をストレートに突きつけます。
み終わっても、心は暖まらず、むしろ冷え冷えとしてくるかもしれません。
ひょっとしたらウケないかもしれません。
でも、ぐいぐいと引き込まれ、考えさせられ、みせられてしまう作品です。
こういう作品こそちゃんとした意味でウケてほしいな。
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by capricciosam | 2007-01-14 03:09 | 映画 | Comments(6)

短信です★2007.1月中旬

「雪が少ない、暖冬だ、おかしい」
なんて軽口たたいていたら、冬将軍は健在だったようで
ちゃんと9日朝にかけてたんまりと降らしてくださいました。
久しぶりの雪かき。
以降寒波がきて「しばれています」
日中の最高気温でもマイナスです。

1月になり、庭の餌台にもスズメが顔を出してくれるようになりました。
たった2羽ですが、昨年冬のゼロを考えると復活を喜びたいところです。
でも、一昨年の冬の群れていたことが懐かしい。

ここのところ残業続きでブログも更新できませんでした。
でも、今夜は別な用事で帰宅が遅くなりました。
それは、試写会に出かけたからです。
感想は別途書きます。
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by capricciosam | 2007-01-13 00:36 | 時の移ろい | Comments(0)