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別れの時

先日送別会があった。
退職される方のうちおひとりは定年までかなりの余力を残しての
退職であった。お疲れ様でした、お世話になりました、との
ねぎらいの言葉に加えて、つい言ってしまったのが、
「いや~、うらやましい」
これは本心からでた言葉。
思ってもできないことを実行しただけでも大したもの。
やれそうで、簡単にはやれない。

何年か前に大橋巨泉の著書がベストセラーとなったが、
その中でリタイアする時を60歳よりも早く設定して仕事に励んだ
というような内容を書いていて、ちょっとショックをうけたことがあった。
勤め人的思考にどっぷり漬かっていて、このまま定年まで働いて…
なんてことしか考えていなかっただけに、巨泉の着眼と実行力に
素直に脱帽してしまったのだ。
そんなことが頭の片隅にずっとあったせいか、身近なところで
余力を残してリタイアした人がでたことで、思い出してしまった。
「人生いろいろ」なことはいまさらなのだが、仕事を通じては
型にはまらない生き方を目にする機会が少なかっただけに
いつも感じる寂しさとは別にちょっと心揺さぶられる思いが残った。

別れといえば、植木等さんが亡くなられた。
幼い頃父の職場の宴会で、調子に乗ってスーダラ節をやったことがある。
大人たちには大いに受けたが、ちょっと恥ずかしかった思い出だ。
植木等さんと言えば、当時の思い出がフラッシュバックする。
青島幸男さんもそうだったが、「無責任」に代表される独特の世界を
残していかれた。日本人の建前を揶揄していたような痛快さにも
思えるが、一方では本質をついていたのか、とも感じる。
冥福をお祈りしたい。合掌。

今日は穏やかな早春の好日でした。
散歩していたら、途中の家の庭で福寿草が咲いていました。
鮮やかな黄色は春を迎えた喜びを表しているかのようです。
雪が解けた早春の地面を見て、真っ先に生命の息吹を感じさせるのは
ふきのとうと福寿草でしょうね。
こんどはふきのとうがみたいなぁ。
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by capricciosam | 2007-03-31 16:48 | 時の移ろい | Comments(2)

久しぶりの散歩

最近「散歩」ネタがなかったのですが、実はほぼ2ヶ月くらい休んでいました。
この時期は休日でも荒天のことも多く、ついついさぼりがちなのに加え、
カミサンがアクシデントに見舞われ、二人で散歩するのは無理な状況でした。

そろそろカミサンも散歩できるようになり、今日は久しぶりに散歩再開です。
午前の小雨も止んだ午後は陽射しもまぶしく、春の息吹を感じ快適です。
それでいつもの散歩コースを歩いてみたのですが、
ちょうど雪解け真っ最中で、雪もザクザク状態も終わり、
最後の氷状態のところが多く、すべりやすくてとても歩きづらい。
コースの途中にはちょっとした坂道もあって、雪解け水が上から下へ
勢い良く、まるで小川のように流れていました。
流れがキラキラ光って、春を感じてしまいました。
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久しぶりのせいか、それとも足元が不安定なせいか、
ダラダラな散歩になってしまい、帰り着いたらけだるい感じです。
やっぱり、歳だなぁ~。
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by capricciosam | 2007-03-25 19:48 | 時の移ろい | Comments(2)

カラヤンとフルトヴェングラー@幻冬舎新書

クラシックを聞き始めた頃は、「クラシックと言えばカラヤン」
という世間で流布していた(と思われる)この言葉を鵜呑みにしていた。
つまり、カラヤンとベルリン・フィルの演奏を「最高」のものと信じていた訳だ。
当時の「何でもアメリカが一番」という感覚からすると、オーケストラの一番が
ドイツというのは、ちょっと不思議に感じたものだ。

本書ではそのベルリン・フィル首席指揮者の座が3代目フルトヴェングラー
から4代目のカラヤンに移るまでの両者の凄まじいかけひきが描かれている。
というよりも、大半はフルトヴェングラーの異常な猜疑心により引き起こされる
カラヤン排斥の動きとカラヤンがいかに対抗したかということなのだが、
まさしく「暗闘」と言っても過言ではない。
ともにヒトラー=ナチズムの台頭により翻弄されていくことは変わりないが、
微妙なタイミングのズレや陽の当たるポストにいなかった幸運等、何が幸いし、
何が災いするかわからない、という点ではまったく驚きの連続であった。
しかし、両者ともかけひきの要では、ここぞとばかりに自己主張しまくるのは、
やはり座をかけた戦いでは人間性をむき出しにして戦わざるを得ないからか。
地位、権力、名誉は、それを求める人には得てして似たような行為を求める
ということなのだろう。

本書の中でフルトヴェングラーの性格は「優柔不断」である、と何度も出てくる。
録音された演奏や世評からは、もっと颯爽とした決断力に富むような人と勝手に
想像していただけに、これには驚いた。
異常な猜疑心と優柔不断。
その上、長身のハゲ頭なのだから魅力ないなぁ、と思っていたら、女性には
えらくもてたようで、非嫡出子は十人以上との説もある、と知りたまげてしまった。
ただ、その優柔不断さに起因する対外的にわかりにくい行動が、戦後大いに
フルトヴェングラーを苦しめることになるのは、なんとも教訓的。

それから、ポストフルトヴェングラーの本命と思われていた
チェリビダッケが何故去らねばならなかったのか。
これはカラヤンとの暗闘などではなく、チェリビダッケの「自滅」というのが
ふさわしいようで、これもなかなか興味深かった。
確かに、ひとつのポストをめぐって勝者と敗者が生じることはやむを得ないこと
なのだろうが、三人三様の生き様には考えさせられる。
しかし、本書では特段言及されていないが、三人に共通していたのは
演奏芸術を統率する指揮者としては各々優れていた、ということだ。
その上での「かけひき」や「暗闘」なのだから、ドロドロ度が桁違いなのだろう。
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カラヤンもフルトヴェングラーも、戦後の非ナチ化審査を通過しなければ
公の場での演奏活動に復帰できなかった。カラヤンは復帰できない間に
英国EMIとの間でレコード録音を着実に進めた。そして、1947年、
フルトヴェングラーに3ヶ月遅れて復帰したカラヤンがウィーン・フィルと
録音した最初の曲がブラームスの「ドイツ・レクイエム」だった。
カラヤンは生涯に繰り返しこの曲を録音しているが、その一回目となった。
ヒストリカルな割りに音質は良いほうで、後年の録音に比べ颯爽としたいきおい
や熱気を感じる出来となっている。
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by capricciosam | 2007-03-25 12:28 | 読書 | Comments(2)

春らしく…なのか、春だというのに…なのか

ここ数日の気になったニュースから。

◆離婚女性の出産に立ちはだかる民法772条に改訂の動き
  代理母の問題とも共通するが、時代に法整備が追いついていない

◆「自浄能力のないプロ野球」と書かざるをえない失望感
  今日からパ・リーグが開幕する。
  駒大苫小牧や日本ハムのお陰で、すっかり「野球」への関心が
  復活した身としては、今年もドームにあしを運んで、あのライブ感
  を少なくとも一回は楽しみたいと思っている。
  しかし、ここで気になる事件が発覚した。
  西武球団の裏金問題が二人のアマチュア選手の将来をふいにした。
  そこで、諸悪の根源とされる希望入団枠の取り扱いが注目された。
  しかし、プロ球団側の長時間にわたる論議で出てきた結論が、
  「希望枠撤廃は来年からとし、今年は現行どおり」
  とする、世間に思いっきり失望感を与えた、噴飯ものの結論。
  「なんだ、これは!?世間をバカにしているのか」
  そこで、当日の様子を報道でみていくと、この結論に至ったポイントが
  ①FAと絡めて問題を複雑にした某球団の存在
  ②コミッショナー代行のあきれた仲裁
  以上の2点に整理される。
  ①は希望枠撤廃を先行させて、FAを継続協議とすべきだった
  ②はこの方のコミッショナーとしての無能ぶりを今更ながら露呈
  それにしても、プレーヤーは魅力的なのに、例え全球団ではないにしろ、
  球団経営者や運営者が世間の動向に背く「内側の論理と倫理」にしか
  関心がないようではファンがプロ野球離れを起こしかねず、将来は危うい。

  次のバレンタイン監督(ロッテ)の談話に共感する。
  「正しい考えを持った人が集まり、開幕前に裏金スキャンダルを払しょくして
  ほしかった。だが、残念ながらそういうリーダーがいなかった」(時事通信)

<3.31追記>
  内輪の都合を優先した弥縫策が、自分たちが想像する以上のバッシングに
 あって、一週間後にようやく今秋からの希望枠撤廃となった。
 しかし、コミッショナー代行の説明もイマイチはっきりしないが、その中に
 「セの大球団も“希望枠を使わない”とはっきり言っているから」
 とある。つまりその「セの大球団」とやらが、この判断ミスの元凶だったことを
 コミッショナー代行が間接的に認めたわけだ。その大球団とやらは、
 結局は我が身しか考えていない「大エゴ球団」だと言うことなのだろう。
 野球ファンを失望させたしっぺ返しがやって来なければよいが。
 

◆国の借金は国民一人当たり651万円に  
 景気回復とはいえど、過去の失政のツケは確実に国民一人当たりの借金を
 増やしており、依然過去最高を記録するばかり。
 歯止めがかかっていない。
 このまま有効な策を打てなければ、国家としての「破産」が一層現実味を増す。
 統一地方選挙が始まったが、地方レベルでも財政再建に明確なビジョンを
 示し、実行できる候補が当選してもらいたい。
 今回は関係ないが、国政ならばなおさらだ。   
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by capricciosam | 2007-03-24 07:23 | 時の移ろい | Comments(0)

佐々木譲講演会@石狩市民図書館2007

石狩市民図書館で、リンクさせていただいている道内在住の
プロ作家佐々木譲さんの講演会が行われたので、
ちょっと遠出してでかけてきました。

天気も良く、主要幹線道路には雪はすっかりありません。
快適なドライブとなりましたが、石狩市もしばらく行ったことがないので、
道がすっかり変わっていて、ちょっと迷いました。
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さて、ほぼ定刻どおりに始まった講演は
「読書の楽しみ・本のある暮らし」
と題して時間をオーバーして行われました。会場は満席です。

最初に「サプライズ」として自作の朗読が行われました。
プロ作家が自作を朗読する例は少ないようです。
故吉村昭さんは生前北海道によく取材に来られ、北海道を舞台とした
作品を作られていますが、その北海道取材旅行の追体験をされた
雑誌掲載前のルポルタージュを読んでいただきました。
羅臼から始まって札幌で終わるルポを、佐々木さんは張りのある声で
あまり抑揚をつけずに、やや早口気味に朗読されていきます。
目を閉じて聴いていましたが、あの余韻を残した終わりは素敵でした。
興味のある方は次号の小説新潮でごらんください。
<3.24追記>
朗読されたルポは4月号の特集「吉村昭-矜持ある人生」の中の
名作紀行「失われたもの、残された記憶」です。3.22発売


次に読書についてですが、ご自身の成長とともに、どのような読書体験を
されてこられたかを紹介してくださいました。実にいろいろな本をお読みに
なっていらっしゃいますが、「活字が好き」というのが根っこにはあるようです。
これには「やはりなぁ」と、妙に納得してしまいました。
読んでばかりいたら、次第にご自分で書いてみようという気持ちがつのり、
実際に書き始められたのはキネマ旬報への投稿だったとのことです。
それも読者欄ではなく寄稿家として、つまりセミプロ級だった訳ですね。
そして、道東にある仕事場の書棚を紹介されていましたが、
そこももうすぐ満杯となるくらいの相当量の蔵書をお持ちのようです。
作品を作る上で膨大な資料が必要になるそうですが、そもそも
図書館にいかなくてもよいくらい本を集めてやろう、と決めたきっかけが
「図書館」だったとは意外でした。
お話で紹介された杓子定規な図書館の例には、正直驚き、あきれました。
(講演後、石狩市民図書館の方が、わが図書館は違うとフォローして
いましたが、紹介された例が非常識過ぎますからね、気持ちわかります)

それから図書館のことを、
静謐で「人類の英知が自分を見つめているかのよう」で好き
とおっしゃっていましたが、特に「 」部分には共感できますねぇ。
ホント、私もそんな気持ちに襲われたことがあります。

最後に、「小説家の発想の秘密」として自作誕生のきっかけの事情を
「ベルリン飛行指令」「ストックホルムの密使」「昭南島に蘭ありや」
「ワシントン封印工作」「天下城」
以上5作にわたってお話くださいました。
ある事柄に関してのぼんやりとした考えがあるきっかけ、例えば言葉や
歴史上の事実から想像力が刺激され、発展して(佐々木さんは「化学変化」
と例えていましたが、うまい例えですね)、作品化されていく。
あるいは当時の関係者や当時を生きた人の証言、あるいは現場踏査を
することで作品が形作られていく。
プロ作家の貴重な創作の一端を知ることができましたが、
これは実に興味深かったですね。

講演終了後、著作へのサイン会が行われたので、私も並んで
サインしていただき、リンクさせていただいているお礼も併せて
述べてきました。ちょっとびっくりさせてしまったようで、恐縮です。
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<おまけ>
写真は開会前の会場ですが、プロ作家の東直己さんもいらしてました。
お二人とも日本推理作家協会賞を受賞されているのですが、
佐々木さんは「エトロフ発緊急電」で第43回に、東さんは「残光」で
第54回にそれぞれ受賞されていらっしゃいます。
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by capricciosam | 2007-03-21 21:19 | 講演会 | Comments(2)

銭湯並み

夕方のニュースで某大臣のおっしゃっている
「500万円もの光熱水費とは一体どの程度なのか」
実例を挙げてやっていたが、これには笑った。

・ショットバーで100万円台
・ラーメン店で300万円台
・銭湯で500万円台

結局、銭湯でほぼ同額となった。

議員会館というのは行ってみた経験からいっても、流しはあれど、
銭湯並みの「浴槽」は決してなかったなぁ。
正しい報告ならば、単なる水道水の量的消費ではないらしい、
ということなのだろう。
もっとも、議員会館は水費ゼロなので水道メーターもついていない
そうだから、仮に銭湯並みでも水道代はかからない。

そこで、一本何千円もする「ナントカ還元水」を飲まれているとのことだが、
庶民としては、少々怒りも混じりつつ、もう疑惑の目にならざるをえない。
「さすが国会議員、でもそれって、税金じゃないの」
その上、「いまどき水道水なんて飲んでる人はいない」なんて
平気で発言する無神経さにはあきれかえる。
一般国民は水道水を飲まないとでも言うのですかね。
そんなことを「食の安全・安心」を標榜する官庁の大臣の
言うべきことなのでしょうか。
大失言もいいところだ。
と、いうよりも、もはやまともな発想をしているようには思えない。
本当のことなら「ナントカ還元水」の実物くらいすぐ公開して、
国会審議の貴重な時間をこんなことで浪費しなくても良いと、
気がついてもらいたいものだ。
刻一刻と国の借金は膨れ上がっていくばかりだというのに。

<3.21追記>
5号館のつぶやきさんのブログで知りましたが、これには思わず(^^)

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by capricciosam | 2007-03-18 23:58 | 時の移ろい | Comments(4)

眼底検査

十代で始まった視力の低下はいっこうに改善されず、
とうとう老眼が必要な歳になってしまった。
数年前にあつらえた眼鏡もそろそろつらくなってきたので、目そのものが
ちょっと心配になってきて、前から受診するように言われていたものの、
めんどうくさくて、さぼっていた眼底検査をとうとう今日してきた。
結果的には目に異常もなく、ホッとしたところだが、
こまったのは帰りに車の運転ができなくなったことだ。
瞳孔が開きっぱなしのため、まぶしくてまともに目をあけていられないのだ。
それで、薬をもらいがてら調剤薬局まで歩いていき、事情を話して、
目が落ち着くまでの間待合室で待たせてもらった。
やることもないので、TVの音を聴いたり、時折新聞に目をやったりしたが、
それでも一時間以上も経った頃にようやくまぶしさも落ち着いてきたので、
礼を言って薬局を出た。
想像されるとおり、帰りは相当慎重に運転してきた。
「瞳孔の開きっぱなし」ということだけなのだが、こうも支障があるものなのか、
と改めて気づかされたのには、我ながら少々驚いた。
「いかに知らないことか」
人間の身体というのは、実に良く出来ているものだ、と改めて思う。
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by capricciosam | 2007-03-17 23:56 | 時の移ろい | Comments(0)

春三題

今日は朝から夜まで一日中雪が降っていました。
暖冬だったせいか、微妙にとまどっている自分がいました。
それにつけても、この時期の寒さは依然要注意とは思うものの、
この時期の雪は春の陽射しにはかなわないからなぁ。

昨夜は帰宅したら、発注していた品物や合唱団から案内が届いていて、
ちょっとウキウキした(歳のせいか、最近ときめかなくなったなぁ~)
のですが、その上、子供が初めて異性の友達を連れてきていたのには
少々ビックリしました。
そんな気配は感じなかったので、少々あっけにとられたのですが、
まあ、「春めく」ということなのでしょう。

日曜日の夜、TVで「ル・クプル」の藤田恵美さんが取り上げられていました。
「ひだまりの詩」の大ヒットが有名ですが、その後グループとしての活動は
休止して、ソロとして障害者施設等でのコンサート活動をしているようです。
その「ひだまりの詩」に手話をつけた初の演奏会を追っていましたが、
そのホンワカとした、まるで春の陽射しのような歌声とともに、
藤田さんのやさしい心が伝わってくるようでした。
私も、この曲やNHK番組の主題歌「縁は異なもの」が含まれている
「My Special Thanks」は愛聴しています。
肩に入っていた力もいつの間にか無くなっています。
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by capricciosam | 2007-03-13 23:57 | 時の移ろい | Comments(2)

coup de baguette 4th Concert@Kitara

第4回定期でついにKitara登場となった若き打楽器アンサンブル
の演奏会に出かけてきました。会場の小ホールは満席状態。
確実にファンをつかんだことが伺えます。かく言う私もその一人(^^)

1曲目「3×3」(読み方は「3かける3」、そのままです)
材質の異なる3種類の楽器群に3人ずつの奏者が次々に登場して
最後は3群が様々な絡み合いを見せてクライマックスへ。
「音のグラディエーション」と解説していたが、まさしくそんな印象で
アンサンブルにもゆるぎを感じさせず、出だし好調。

奏者が次々に演奏する楽器を変わっていくという「動き」が
視覚的にも楽しめるのが打楽器アンサンブルの楽しい点。
その視覚的な曲が次の2曲であったが、印象は微妙に異なる。
2曲目「リトル・シー・ゴングス」
楽譜に指定のない動きを取り入れたらしいが、肝心の音が…。
ちょいと遊びすぎたか。
3曲目「スクエア・ダンス」
マリンバを四角く(スクエアに)並べたのだが、4人の奏者のアンサンブル
にはいささかの乱れも感じさせない迫力があった。
4曲目「pk@4」
このアンサンブルの委嘱作品で世界初演とのこと。4人で一台ずつの
ティパニを演奏するのだが、まるで和太鼓のような響きに驚き、最後の
ペダルを駆使した響きの「うねり」は興味深かった。
5曲目「月迷宮/大神」
前回定期で一番印象深かった「彩」と同一の作曲家の作品。
なんとも不思議な響きが感じられるのは似ています。

休憩後はメンバーも黒で統一した衣装の上にカラフルな衣装を着て登場。
6曲目「タンゴ組曲」
7曲目「はかなき人生よりスペインダンスNo.1」
ゲストにギターを迎える。ギターはマイクで音を拾っているものの、
やはり打楽器の音量にはかなわない。ゲストが「ギターの音ははかない」と
おっしゃっていたが、特に6曲目はかき消され気味で、バランスも悪かった。
7曲目はカスタネットで曲がぐ~んとしまった。
アンコールに「タンゴなんとか」を演奏してくれたが、ギターとの共演では
これが一番良かったか。
ラストは「ウエストサイド・ストーリーより4曲。
この曲自体かなり打楽器が活躍する印象があるが、ピックアップされた曲も
「プロローグ」「サムウェア」「マンボ」「アメリカ」と聴き応え十分なものばかり。
切れ目なく演奏されたが、強弱だけでなく緩急もとって緊密なアンサンブル
を披露しており、楽しく聴かせてくれて大満足。ただ、原曲で一番打楽器が
活躍する印象の強い「マンボ」がちょいと控え気味だったように感じたのは
気のせいか。

アンコールの一曲目はメンバーが一列に並んで自分の身体を打楽器のように
叩く曲。以前、岩城宏之指揮オーケストラアンサンブル金沢の演奏会で聴いた
アンコールと同一。思わずあの時の楽しそうな岩城さんを思い出しました。
メンバーもリラックスしたのか、身体が痛いのか、少々乱れがありましたが、
これはご愛嬌。次はおなじみになった「レズギンカ」
でも少々趣向がありました。途中にウエストサイド・ストーリーの曲を
織り交ぜて展開して、またまた楽しませてくれました。

会場には高校生とおぼしき制服姿も目に付き、身を乗り出すようにして、
彼らの演奏に注目している姿が見られましたが、私のようなオジサンとて
同じで、精緻にしてエネルギッシュな彼らの演奏には魅かれます。
益々精進して来年の定期に備えてもらいたいものです。
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◆クー・ドゥ・バゲットのHPはこちらです。
<3.13追記>
アンコール曲名がわかりました。
「タンゴなんとか」は「タンゴ・アン・スカイ」
自分の身体を打楽器のように叩く曲は「ロック・トラップ」
けいこさん、ありがとうございます。

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by capricciosam | 2007-03-11 18:09 | 音楽 | Comments(0)

短信です★2007.3月上旬

月曜日に降った雨のせいか雪解けはぐんと進みました。
このまま行けば4月の声を聞く頃には、ひょっとしたらほとんどないかも!?
今日は母とおばの見舞いに行きました。
顔色も良く、母とひと安心して帰ってきましたが、「生きる」という営みが
ちょっと弱まった感じを受けたのは、高齢故なのか気になりました。

見舞った後で二人で初のスープカレー体験でした。
札幌名物になったようですが、地元にいながら初めてです、ハイ。
私はカレーとスープというふたつの味が分離した感じで、あまり
楽しめませんでした。まあ、これはこれでおもしろいとは思いますが、
札幌ラーメンにも言えるのですが、値段がちょいと高目です。
そんなに気取らなくてもいいのになぁ、カレーなんだから。
やはりカレーやラーメンの値段は庶民的であって欲しいものです。
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近頃のモラルなき金属泥棒の横行や、タダなはずなのに高額な光熱水費用
を発生させ、「適切に報告」としか弁明せずに開き直っている某大臣に心寒い
思いをしていますが、鹿児島県の県議選挙違反事件で被告側無罪を受けて
当時の鹿児島県警察本部長の処分にはあきれ返りました。
「厳重注意処分」
これだけだそうです。これで一件落着なんでしょうか。
賠償とは別に今後このような被害者をださないための牽制的処分は行われない
ということなのでしょうか。あるいは、何故このようなミスが発生したかの
県警察としての自らの検証がなされないのでしょうか。
12名の冤罪被害者のやり場のない思い、失われた時間、名誉は
どう償われるのでしょうか。
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by capricciosam | 2007-03-10 23:55 | 時の移ろい | Comments(0)