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フィルハーモニア台湾@PMF2007

PMFは「教育音楽祭」であるが、その「教育」の場を終えたPMF生は
どのような活躍をしているのであろうか。
もちろん有名オーケストラの主要ポストを得、あまつさえ指導陣の一員と
なって戻ってきている人もいるが、それ以外の大多数の修了生は?
意外に知られていないことに気づく。
かつてPMF発足10周年を記念して修了生でPMF10オケが編成され、
MTTの棒のもとで演奏されたマーラー「巨人」は忘れがたい。
確かに「音」の成果として聴くことができた。
札幌の地を旅立った彼らが世界のどこかで活躍している、
そして、それは間違いないという厳かな事実に、心からの喜びを感じた。
しかし、それ以降はまとまって紹介される機会は意外にもなかったようで、
今夜の演奏会はその後の検証的役割を果たしたと言えるのかもしれない。

さて、当夜のフィルハーモニア台湾にはPMF参加経験者が17名おり、
指揮者のチェン・ウェンピンさんはPMFオケの指揮者を長らく務めたことからも
わかるとおり、PMF10に次ぐ「その後の修了生たち」を再認識する絶好の機会
となったが、この点に関しては実に満足すべきものであったように思う。
PMFで播かれた種は確実にあちこちで芽吹き、花を咲かせてくれているようだ。
今後もPMFでは彼らのような修了生の演奏する機会を設けてもらいたい、
と強く希望したい。

1曲目チャン「フェスティーヴ・セレブレーション」
元来打楽器のために作曲されたことから、打楽器の活躍する印象が強く
残ったが、お国もののせいかアンサンブルも上々。
まずは、ご挨拶代わりのこの曲でこのオケの水準の高さを知ることとなる。

2曲目ブラームスのヴァイオリン協奏曲
これはオケを語る前に、独奏したジョセフ・リンを語らねばならぬだろう。
上着が白い中国服といういでたちで現れた彼は、第一楽章でのオケが
形成した緊張感のピークに一見無造作に、かつ情熱的に弾き始めると、
最後まで緊張の糸を切らせることなく弾ききって、会場を圧倒した。
特に聴かせどころの第一楽章のカデンツァでは、会場から不用意な物音が
するというアクシデントがあり、一瞬ヒヤリとしたが、彼は動じることはなかった。
万雷の拍手に応えて、アンコールを一曲。上手な日本語で挨拶と曲紹介。
J・S・バッハ無伴奏パルティータ第3番よりプレリュード。
弾き終わると再び万雷の拍手を浴びたのは言うまでもない。
「いや~、うまい」
ところで、オケであるが、木管が不安定でたびたび興を削いだのは残念だった。
それ以外のパートはよく健闘していたように思う。

3曲目ラフマニノフ交響曲第2番
これは2年前の札響定期以来の実演であったが、決して引けをとるようなことは
なかったように思う。彼らの織りなす音はパワーがあり、この曲の持つ憧憬や
メランコリーな思いをたっぷりと余裕を持って描いていたように思う。
ブラームスでは不安定さが目立った木管も傷は目立たず、
さすが、楽員自身が「このオケの看板曲」に選んだだけのことはある。
ただ、ぶっきらぼうな音が時々混じったように感じたことからも、
音に込めたニュアンスを聴かせるのは札響に一日の長があったように思う。
チェンさんもオケをよくコントロールして、聴かせてくれた。
蛇足だが、彼が黒い上着を着て指揮する後ろ姿の右手(指揮棒なし)の動きは
まるでゲルギエフを彷彿とさせた。これもPMF効果なのかな?

鳴りやまぬ拍手に応えてアンコールを一曲
「台湾民謡を基にしたラプソディー」
メロディが日本人にも通じるような親しみやすいもの。
台湾版「管弦楽のためのラプソディー」と言えばわかりやすいだろうか。

終演は9時30分過ぎ。
久しぶりの長時間演奏会でした。
客席の入りは7~8割程度と少々淋しい、というか、もったいなかった。
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写真は明日の釧路公演のもの。
なんでも、道新釧路印刷工場落成記念だそうですが、
驚くべき事に入場料は全席自由で一般1000円!大学生以下500円!
今夜の充実度からいって超お得、聞き逃すのはもったいない。
釧路方面のみなさん、ぜひ足を運びましょう。
<追記7.26>
今夜の演奏会はどうだったんでしょうか?
釧路方面で聴きに行かれた方はいないでしょうか。

<追記8.1>
釧路の演奏会も盛況だったようです(^^)
情報をお寄せいただいたままあさん、琳琳さんありがとうございます。
今年のPMFも今夜の大阪公演で最後ですが、私は土日出かけていた
ので、このフィルハーモニア台湾公演がラストとなりました。
今年のPMF生の充実ぶりは最初のムーティ指揮の公演ではやくも
感じられたところですが、期間中の成長ぶりは一段と頼もしかったようです。
この辺りは聴講生となられた代々木よもやまさんのリポートをご覧ください。

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by capricciosam | 2007-07-25 23:48 | 音楽 | Comments(8)

来るか!?夏本番

日中から晴れ渡ってきて、急に夏らしい日射しにさらされました。
つい最近まで肌寒かったのが、ウソのようです。
夜になっても部屋の中は少々蒸し暑さが残っています。
予報ではしばらく晴れが続きそうですが、
こんどこそ夏本番となりそうですね。

最近はいろいろバタバタしていて、散歩もサボリがちでした。
今朝、散歩していたら、公園の植木に珍しい模様が。
何かと近寄ってみたら、雨に濡れたたくさんの蜘蛛の巣が
作り出したもののようでした。
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by capricciosam | 2007-07-22 23:06 | 時の移ろい | Comments(0)

東京クワルテット@PMF2007

これまでPMFの演奏会に出かけながら、PMF生と隣り合って座る
ということはなかった。
でも、昨夜はたまたま座った席の隣や周囲が彼らで、間近で
彼らの鑑賞する様を体感することになった。
当夜はPMFオケは旭川市での演奏会なので、弦楽四重奏コースの
PMF生らしい。つまり、彼らの先生の演奏会を聴きに来たようだ。

メンバー表を見ると、3つのグループがあり、いずれも多国籍。
どのようにしてクワルテットを形成しているのか定かではないが、
今回のPMF限りのクワルテットなのだろうか。
休憩中には席を越えて、(恐らく英語で)コミュニケーションをとっていて、
先生たちの演奏での気になる点を身振りを交えて話していた。
隣に座ったPMF生で興味深かったのは、演奏中でも身振りを交えた
反応をすることで、特に4つの楽器が一瞬の間を置いて強奏する場面で
しきりにしていたことだ。レッスンで苦労しているところなのかな。
その反応も周囲に迷惑をおよぼさない程度の控え目なものでマナーはOK。
演奏会も進むにつれて、反応も段々開放的になり、しきりに「ブラボー」を
とばしていた。「いっすねぇ、若いって」

さて、肝心の演奏ですが、下記のとおりです。
1曲目ベートーヴェン弦楽四重奏曲第11番「セリオーソ」
2曲目アウエルバッハ弦楽四重奏曲第2番「Primera luz」(日本初演)
3曲目ドビュッシー弦楽四重奏曲ト短調
アンコールは2曲
1曲目モーツァルト弦楽四重奏曲第22番より第4楽章
2曲目ハイドン弦楽四重奏曲第74番「騎士」より第4楽章

ベートーヴェンもドビュッシーも第一楽章の冒頭から全員で気合いの入った
入り方をする印象的な曲だが、アンサンブルにいささかの乱れも感じることなく、
この名曲を聴かせてしまう。「うまいなぁ」
アウエルバッハはまだ30代半ばの女性作曲家の曲で、Primera luzとは
「原初の光」という意味らしい。両端楽章は、その遠い記憶につながるような
響きを有するが、全体にあまり聞きづらくなく、思わず「ホッ」

アンコールの1曲目のアナウンスをビーヴァーさんがしたが、モーツァルトの
途中で詰まってしまい、池田さんにヘルプを求めて一言。「My センセイ」
これには会場が受けました。
そう言えば、アンコールの2曲目は、冒頭から騎士が馬に乗って駆けていく
ようなイメージが頭に浮かんだのですが、隣のPMF生もすかさず、両手を
前に出して手綱をとるマネをしたのには、思わずニンマリ。
この辺は万国共通なんでしょうね。

PMFに弦楽四重奏コースが設置されて3年目。
毎回、こんな素晴らしい演奏をする東京クワルテットを聴くことができ、
実に幸せなことだと思う。
ぜひ、次年度も継続してもらいたいものだ。

演奏会後、Kitaraの近くに設置されたSCJのテントを見て帰りました。
21日から8/5まで開催されるのですが、写真はそのメイン会場となるテントで、
テント全体に映像が映し出されるそうです。
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by capricciosam | 2007-07-21 23:39 | 音楽 | Comments(2)

短信です★2007.7月中旬

ちょっと忙しかったのですが、今日は一段落。
今夜は夕食を済ませて、「久しぶりにネットを楽しもう…」と、思ったら、
うたた寝してしまい、こんな時間に。寄る年波にはかてません、トホ。

16日には新潟県で大地震が発生しましたが、
3年前の地震被害から復興しつつあるのに、ホントにお気の毒です。
被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。

報道では柏崎原発の事故に関係して「原発の危うさ」が指摘されています。
備えが不十分だっただけでは済まされない「恐ろしさ」を秘めているのが
原子力発電だと思うのですが、地震国たる日本では、リスクを限りなく
ゼロに近づけておくべきことは言うまでもないことです。
しかし、報道に接する限りでは電力会社は、この点の達成が難しい
ような感じがしてなりません。そして、これからも原発が危ういまま
存在し続けて、電力を供給し続けるということなのでしょう。
でも、不安を感じたまま生活するのも、なんだかなぁ…
となれば、電力需要があるから原発が必要なのだ、という論法よりも
過度に電力を使わなくても良い暮らしに取り組み、危うい原発の数を
ひとつでも減らすようにし向けた方が、案外真っ当なのかも。

「何でもない」
「心配なく何でもありません」

これだけ聴くとよくある会話のワンフレーズですが、
結局は事情を説明していないことには変わりない訳です。
まあ、それが個人の私的生活でのことなら、
「なにか理由があるんだろうけれど、頑なに拒んでいるようだから、
それ以上は訊かないでおこうか…、でも感じ悪いなぁ…」
程度の反応で過ぎ去っていくことなのでしょう。

しかし、大臣が記者に質問されて、これで通用すると考えているようでは、
何かが欠落しているように思われて仕方がない。
しかも、「吹き出物」という大したことでもなのに、
「ぶざまな姿をさらさなければならないことがショックだった」という
ガキっぽさが露呈されるような「頑なさ」だった訳ですか。ハァ~。
大臣たるもの民心をいたずらに惑わすべからず、ですよ。
「説明責任」なんて言葉は思い浮かばなかったのでしょうか。

「産む機械」、「ナントカ還元水」「しょうがない」に続く、この発言。
と、思ったら「アルツハイマーでもわかる」発言。
なんとも、最近の大臣の発言の軽いことか。
小型軽量化は機器類で十分で、
大臣たるもの器量はスケールアップしてもらいたいものです。
もっともそんな人材も払底したという証なのでしょうか。
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by capricciosam | 2007-07-20 23:16 | 時の移ろい | Comments(4)

モディリアーニと妻ジャンヌの物語展@札幌芸術の森美術館2007

札幌芸術の森はPMFでにぎわっているが、今日は美術館のほうに出かけた。

先月から始まっているこの企画展は、モディリアーニの短い人生の晩年に
結婚したジャンヌ・エビュテルヌとの愛と悲劇を軸に展開される。
会場に一歩足を踏み入れると、正面に不思議なものが透明なケースに
入れられて展示されている。

「ふた房の毛の束」

モディリアーニが35歳で他界したその二日後に、自宅のあるアパルトマン
6階から、8ヶ月の命を宿しながらも、投身自殺したジャンヌの遺髪である。
この時ジャンヌは21歳。
87年の時を経ても、そのきれいな赤毛(栗毛?)が輝きを失っていない
ように見えたのは気のせいか。
「愛と悲劇」を予兆させる巧みな導入。

今回展示されている作品はジャンヌの遺族が秘蔵していたコレクションを
中心としているため、モディリアーニよりもジャンヌの作品が多い。
作品といってもスケッチが中心であった。
十代半ばにしては、その早熟ぶりにハッとするような作品も多かった。
「ピッチャー、瓶、フルーツ」のようなセザンヌの静物画をもっと単純にかつ
明確にしたようなおもしろい絵もあったが、結婚してから自宅の窓外に見える
街並みを描いた一連のものは才能の片鱗は感じるものの、
心に迫るほどの迫力はなかった。
モディリアーニとともにもう少し生きていれば、彼の影響を受けて
ひょっとしたらもっと才能を開花させたのではないか、との思いが残った。

モディリアーニの作品は特徴的な細長い顔、長い鼻、細長い首、なで肩が
独特の雰囲気を醸し出すのだが、もうひとつ挙げるとすれば、
「目」であろうか。
彼の作品の多くは、まるで「画竜点睛を欠く」状態なのだ。
即ち、目の輪郭はあれど、黒目が書き込まれないか、黒目のみのことが多く、
それが先に挙げた特徴とともに彼の多くの肖像画に見られる。
眼窩が虚空状態または真っ黒というのは、不思議なものだ。
見ているこちらがついつい想像を巡らしてしまい、飽きることがない。
しかし、今回展示されていた彼の作品のうち、ポスターにもなっている
「赤毛の若い娘、ジャンヌ・エビュテルヌ」
だけは、しっかりと眼が書き込まれている。
そのため、よけいなことをあまり詮索することなく、作品と対峙できる。
その表情はわずかに微笑み、穏やかで、気品を漂わせ、暖かい。
モディリアーニとジャンヌの幸福なひとときが、
彼をして一歩踏み込ませた表現をとらせたのだろうか。
悲劇となってしまった彼らの人生の中にも幸福な時代があった、という
証として時空を超えて観る者に訴えかけてくるような気がした。

モディリアーニ好きとしては、もっと彼の作品を観たかったが、
彼とジャンヌとの人生をいろいろ考えさせられ興味深かった。
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by capricciosam | 2007-07-16 22:35 | 展覧会 | Comments(2)

PMFウィーン・アンサンブル@PMF2007

PMFがバーンスタインの提唱で開始されてから、この教育音楽祭に
ウィーン・フィル・メンバーの果たした役割が大きいことは疑いの余地もない。
とは思いつつも、開始以来これまで、このメンバーだけの演奏会は
実は聴いたことがなかった。(ウィーン・フィル本体は除きます)
まあ、これは「まだ大丈夫だろう」的な一種の油断なのでしょうが…
でも今年は来札メンバーの高齢化も気になって、
「一度ちゃんと聴いておかないと、後悔するかも…」
と思い至って、今回は今夜の演奏をチョイスしました。

結果は、大正解。
1曲目ブラームスのクラリネット五重奏曲
言わずもがなの名曲中の名曲で、芸術主幹のP・シュミードルさんの名盤も
あるようです。実際の演奏も
「パーフェクト」
思わず、そう口にだしたい位の素晴らしい演奏を生で聴くことができました。

2曲目シューベルト八重奏曲
これはシューベルトの室内楽作品としては有名らしいのですが、
私的には「お初」でした。
1曲目の5人にさらに、ホルン、ファゴット、コントラバスが加わっていますが、
さながら「ミニチュア・ウィーン・フィル」
予習もできない上、60分あまりのちょっと長目の曲でしたが、
聞き飽きせずに楽しめました。

おまけにアンコールは2曲も
J・シュトラウス二世「浮気心」
J・シュトラウス一世「中国人のギャロップ」
チェロのドレシャルさんが日本語でアナウンスされていましたが、
確か奥様は日本人だったはず…

最後は皆さんがバイバイされておしまいでしたが、
もう何をか況やですね、これを満足せずして何をか満足せんや、的
感想しかありません。
アンコール前に聴衆のおじさんがステージ前に進みでて、なんと8名の
出演者全員と握手してのけるという快挙!?をやっちゃいましたが、
これは「やり過ぎ」と思いつつも、うらやましくも、共感できる面も…
いや~、今夜の満足度の高さを象徴していましたね。
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by capricciosam | 2007-07-14 23:36 | 音楽 | Comments(2)

ムーティ&PMFオーケストラ@PMF2007

ムーティさんは若い頃から印象深い。
その名を初めて知ったのは、約30年くらい前のウィーン・フィルの来日の時。
ベームに率いられての来日だったのですが、いっしょに帯同されたのが
若き日のムーティさんで、その指揮ぶりをTVで観ました。
あのいかつい顔で颯爽と振り、弾むような活き活きとした音楽が聴けた時、
もっと若かった私はえらい感心したことを今でもまざまざと思い出します。
その時の印象は、
「格好いいなぁー」
でしたが、今夜休憩中には、会場の若者も同じ言葉を発していました。
「やはり、そう思うよなぁ」
今では60歳後半になろうかというのに、颯爽とした指揮ぶりは変わりません。
もっとも、当時と違って眼鏡(老眼鏡?)を手放せなくなったのが、
年月の経たことを感じさせますが…。

1曲目ヴェルディ「運命の力」序曲
指揮台に上がったと思ったら、まるで無造作に、すぐに振り始めました。
ちょっと危なっかしい出だしでしたが、オケもすぐに立ち直って
見事なクライマックスを作っていました。
さっそく「ブラボー」がとんでいましたが、これは「お国もの」への
聴衆の期待の表れなんでしょうね。

2曲目モーツァルト「オーボエ協奏曲」
今は特にポストを持っていないムーティさんですが、現在もウィーン・フィル
とは良好な関係にあるようで、PMFにいらっしゃる前の6月下旬には
ウィーンの演奏会でモーツァルトのハフナーを演奏されているようです。
(なんとコンマスは今回参加しているウェルナー・ヒンク氏です)
以前TVで観た時もモーツァルトを演奏していて、活き活きとした
天上の調べを引き出していたように感じましたが、
もともとモーツァルトを得意とされているのでしょうね。
しかも、オケは1・3曲目では各パートに加わっていたウィーン・フィルの
メンバーがおらず、純粋にPMF生のみで編成されています。
この編成を一段小さくしたオケですが、ムーティさんの指揮棒のもと
見事な調べを紡いでいたように感じました。
今年のPMFオケの仕上がりが順調との評判はどうやら当たっているようです。
もちろん、オーボエのM・ガブリエルの妙技は言わずもがなです。

3曲目シューベルト交響曲第8番「グレイト」
第一楽章から雄大さやスケールの大きさを感じさせながらも、
心に残るメロディもたくさんある不思議な曲ですが、
今夜の場合は特に第二、第三楽章が印象深いものでした。
ムーティさんは、振幅の大きいメリハリのある指揮ぶりで、
こまかい指示を盛んにだしていましたが、それに応えるオケも
まだスタートしたばかりのこの段階では、レスポンスの良さに驚嘆。
特にオーボエのソロをとった若い女性はがんばっていましたね。
PMFオケの魅力のひとつは、若い彼らに時に想像以上の腕を
見せつけられることで、毎度スリリングかつ楽しみなことなのです。
その点、今年の新酒も「うまい」と言っても過言ではないように思います。

珍しくアンコールがあり、ヨーゼフ・シュトラウスの「天体の音楽」
オケの女性にアンコールを告げさせていましたが、その後マエストロが
何かを言ったようで、オケのメンバーがうけていましたね。
ムーティにウィンナ・ワルツ。
こりゃ、ニュー・イヤー・コンサートです。

終わってみれば、ムーティさん得意の選曲だったようですが、
何とも聴きやすい曲に、仕上がり具合の良いオケの響きが相まって
実に心温まる想いの、楽しい余韻に満ちた演奏会でした。
今までにない、不思議な心地よさと明るさでした。
ムーティさんは共同インタビューに答えて、

「若い人は開放的で、私の言うことをどんどん吸収する。
土に種をまき、花が咲くのを見るのはうれしいね。」(北海道新聞)

「若いファンと音楽家を育てていきましょう。」(朝日新聞)

と、おっしゃっています。
この考えが嬉しい。教育音楽祭にピッタリです。
ぜひまたPMFに戻ってきていただきたい、と心底思いました。
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<余録>
今回は代々木よもやまさんのブログで知ったこちらのブログも拝見いた
しましたが、ムーティさんの熱狂的な追っかけぶりには驚嘆いたしました。
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by capricciosam | 2007-07-10 23:56 | 音楽 | Comments(4)

党首討論はじまる

今朝は散歩を終えてTVを観ていたら、参議院選挙間近のせいか、
党首討論が各局で放送されていました。
全部生放送のようで、党首のみなさんは大変だったでしょう。
ところで、今回の選挙、争点は多岐にわたるのでしょうが、
やはり、国民のひとりとしては「年金問題」には大きな関心があります。

「納めたのに、もらえない」

「国家的振込め詐欺」とは、うまい例えだなぁ、と関心しきり。
でも、討論の中で前長野県知事の田中康夫さんが
「100年安心といったのに、たった4年で見直さざるをえなくなった。
年金制度が液状化現象を起こしている。」
「また、年金制度を啓蒙するために使える、といった道を残しているが、
第二のグリーンピアになりかねない」
との発言は、目先の5000万件問題に拘泥しているような論戦が
続いてしまいがちなのに、ことの本質の深刻さを突いていましたね。
「ホント、もらえるんだろうか!?」
でも、この件に関してはあきれると同時に、やはり「怒り」ですね。
各党の言い分をじっくり聞いて投票に行こうと考えています。

散歩していたら、なにやらへんな香りが。
栗の花でした。
もう、そんな時期なんですね。
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さて、開幕したPMFですが、今回首席指揮者を務める
リッカルド・ムーティ氏は7/5に来道し、連日オケ相手にリハーサル中の様子。
リンクさせていただいている代々木よもやまさんが今年も聴講生となって
連日リポートされています。
拝見するのが楽しみなんですが、オケの仕上がりも順調のようです(^^)
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by capricciosam | 2007-07-08 23:58 | 時の移ろい | Comments(0)

PMF2007のはじまり、はじまり

今日はおばの見舞いに行ってきました。
おばは血色も良く、ひとまず安心。
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その時、立ち寄ったお店の入り口にいたワンコ。
ちょこんと首を傾げて佇ずむ姿は彫刻とはいえ、かわいいものです。
ところで、今日の日射しは初夏ではありません。
「夏」そのもの。
日光の直射を受けているワンコも暑そうでした。
そして、札幌の初夏を彩るPMFも今日が開会式。
「いよいよ始まったぞ」
仕事も忙しいのですが、できるだけ楽しむ予定です。
「わくわく」
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by capricciosam | 2007-07-07 19:01 | 時の移ろい | Comments(0)

ダイ・ハード4.0@映画

ダイ・ハードから18年。
ダイ・ハード3から12年。

<以下、ネタバレ的内容を含みますのでご注意ください>

1作目、2作目では、夫婦の離婚の危機を実際の危機が救った
かのように思えたものの、3作目では離婚したことが判明。
そして、4作目では学生にまで成長した娘ルーシーが登場するが、
主人公のジョン・マクレーン刑事は心配のあまり娘のデートを
ぶちこわし、愛する娘に激怒されてしまう。

「おまえはルーシー・マクレーンじゃないか」
「いいえ、私はルーシー・ジェネロよ」

娘にまで拒絶されてしまうダメオヤジぶりが、逆にこのド派手なシリーズを
貫くテーマである夫婦愛や家族愛を明確にする。
「何故こんな目に遭うんだ」
1作目から主人公が発するこのセリフ。
これは己が運の悪さを嘆きつつ、悪党に立ち向かう職業意識だけではない、
自らの崩壊した家庭と、家族への思いが隠されているのではないか、
とチョイと深読み。

今回ダメオヤジが愚直に立ち向かったのは、ハイテクに長けた悪党。
7/4独立記念日にデジタルネットワーク化された全米のインフラを
ハッキングして機能をマヒさせてしまう。
(これを「ファイヤー・セール」投げ売り、とは、へぇーという感じでした)
おなじみの20世紀フォックスのオープニングで、サーチライトが消え、
画面がぶれ、フリーズ気味に消えるという暗示的な演出は楽しい。
悪党曰く
「ジョン、おまえはデジタル時代の鳩時計だ」
高度にハイテク化が進んだ時代に、くたびれたローテクダメオヤジが
かなう訳ないじゃないか、という一見圧倒的不利な状況を
次々打破してしまうのが、このシリーズの醍醐味。
ただ、シリーズものの宿命か、アクションシーンはスケールアップし、
マクレーン刑事のヒーロー度も高くなったような気がする。
その分、1作目に登場した時の裸足のランニングシャツ姿で、
やたら目をむいて立ち向かっていた身の丈サイズのヒーローでは
なくなっている。設定でも年代的に50歳程度(ブルース・ウィリスは52歳)
になるのだろうから、酸いも甘いも知り尽くした「大人」の雰囲気をもった
ヒーローであることは妥当なところなのだが、ただマクレーン刑事には
「スーパーヒーロー」にだけはなってもらいたくない。
やはり、彼はあこがれよりも共感とともに我々を奮い立たせてくれる
「ダメオヤジ」ヒーローであってもらいたい。

そう言えばローテクダメオヤジの象徴に使われていた音楽がCCR。
現代青年のハッカーがうるさそうにボリュームを絞ろうとすると、
マクレーンがボリュームをあげる。
この場面を見て「CCRは今の時代には受けないのかもなぁ…」
(最後もエンディングでCCRが流れていましたね)
ジョン・フォガティの荒削りな野太いヴォーカルを「懐かしい」と感じる、
そっか、オレもローテクダメオヤジの類なんだよなぁ…
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by capricciosam | 2007-07-01 23:12 | 映画 | Comments(14)