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ワーキングプア再び

今年も最後に「ワーキングプア」を取り上げてみたい。

先日NHKで二夜にわたって放送されたので、ご覧になった方も
多いではないでしょうか。
日本だけではなく、世界でも同様の現象が生じていることに、
私は改めてショックを受けていました。
二夜目の貧困層に生まれた子は、成長しても再び貧困層になり、
結局、貧困層の固定化と社会の不安定化を招く、という指摘は
重大だと思いました。長い歴史の中で勝ち得た「自由と平等」
という言葉が心の中で空疎に響く。

一夜目の30歳代半ばの男性。
それまでのゴミ箱から本を漁っていた不安定な生活が、公園の清掃で
得る月7万円という低収でも、生活が安定して、精神的にも落ち着き、
初めて前向きな意欲を持てるようになっていく様子には、
心打たれるものがありました。

景気は向上してきたとはいうものの、企業は依然正社員を増やす気配も
ほとんどなく、政府も積極的に指導する様子もない。
おまけに、正社員とて大半は賃金が不景気当時と同様抑制されたまま。
特に、若年層がワーキングプアと呼ばれる使い捨て労働層に押し込め
られやすいということは、彼らがついまでも安定的な生活が営めないこと
と同じことなのだから、将来的な社会的不安定要因を作り出している
ことと同様です。施策があってもハードルが高く、事実上使えない。
若者は結婚できず、ましてや子供も作りづらい。
こんなことを放置して、少子高齢化なんて緩和できるのか。

制度疲労を起こした社会は、そのほころびが年々加速化していって
なによりも人命が軽く扱われる社会がますます現実味を帯びてきた
ように感じられる。
住みづらい社会はなにも「地球温暖化」だけではない。
多様な側面から解決を図らなければならないのは十分承知している
つもりだが、「ワーキングプア」だけは一刻も早く解消に向かわなければ
「日いずる国」が「日沈む国」に固定化されてしまう大きな要因になる
のではないか、と懸念している。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

結局、今年も「ぼやき」で締めくくることになりましたが、
今日で記事の更新はいったんお休みいたします。
(つぶろぐはこれからも毎日更新の予定です、あくまでも予定ですが…)
今年もなにかと交流させていただき、ありがとうございました。
みなさま、どうぞ良い年をお迎えください。
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by capricciosam | 2007-12-29 21:15 | 時の移ろい | Comments(0)

ウェブ時代をゆく@ちくま新書

著者はあとがきで、前著「ウェブ進化論」と「ウェブ時代をゆく」の関係を
福澤諭吉の「西洋事情」と「学問のすすめ」の対になった関係に準える。
つまり、ウェブ時代の意味を説き明かしてみせたのが前著で、じゃぁ
そんな時代にどう生きていくのか、どんな生き方が可能なのか、を
今回の著書で書いたのだ、と。
確かに、重要な指針となる考えが示されている、と思う。

例えば、羽生名人の示唆した「学習の高速道路化とその先の大渋滞」
ということが前著で書かれたが、「じゃあ、我々はどうしたらいいの?」
という私のような凡人の疑問に対し、著者の回答はまだ抽象的であった。
これに対して、今回著者は数段踏み込んでその考えを明らかにする。
それが「高く険しい道」と「けものみち」という考えである(決して中間はない)。
「なるほどなぁ」と半ば共鳴しつつも、これって前途ある若い人には
いいかもしれないが、人生の大半を浪費したわしらには、ちょっとねぇ…
などと、ついつい思ってしまい、半ばあきらめかけたら、
著者はすかさず次章で「ロールモデル思考法」というのを提示する。

どの道を選ぶかという時の基準は「好き(志向性)」だと著書は言う。
では、その好きをどうやって見つけるのか、という方法がこれなのだ。
「ロールモデル」即ち「お手本」ということだ。お手本とはなんとも陳腐だなぁ、
という印象は読み進むうちに解消される。ひと味違うのだ。
ここだけなら前途短い者でも応用可能かもなぁ、という気にさせられた。

著者が一年間心血を注いだというだけあって、総じて読みやすく、
かつわかりやすい。前著は驚きが主となったが、今回はより有意義な
手応えとでもいうようなものを感じる。
どちらかと言えば前途有為な若者にこそ、得るモノはより大きいかもしれない
という印象を持つが、著者はこうも言ってくれる。少々長いが引用する。

「…リアル世界での日常に余裕の出たシニア層は、ネットで過ごす時間を
増やし、いずれ総表現社会の重要な担い手となると私は確信しているのだが、
(略)シニア層が自らの経験を語ることで、「若者にとってのロールモデル」
たる要素をネット上に溢れさせてほしいと思う。」(P.139)

シニア層全員が「ロールモデル」たり得るとは決して思わないが、シニア層が
これからますます進展するウェブ時代を生きる上での貴重な示唆だと思う。
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<蛇足>
本書の英語タイトルは「Web revolution for the rest of us」だったらしい。
the rest of us、即ち進展するウェブに対応している人たち以外の残りの人たち
に向けて書いた、というのだ。「ウェブというのはすべての人に影響を及ぼす。
そういう人たちがウェブ時代にどう生きていけばよいのか、ということを考えた。」
メイキングとしての興味深い話はこちらをご覧ください。
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by capricciosam | 2007-12-28 23:43 | 読書 | Comments(0)

鈴木雅明&バッハ・コレギウム・ジャパン@Kitara・2007

今年の聴き納めも前回に続き「全曲」っていうのも何かの縁なのかなぁ…

どうも札幌の愛好家人口の層は薄いようで、満席にはほど遠い。
以前の記事でも指摘したように「古楽」に対してのなじみの薄さに加え
「全曲」が災いしたのかなぁ…、なんてよけいなことを考えたくなる。
「なんとも、もったいない」
そのくらい、バッハ・コレギウム・ジャパン(以下「BCJ」と略します。)
の演奏は極上のひとときを提供してくれた。
だからこそ、聴いた皆さんは凄く濃密な時間を過ごすことができた
のは間違いないようで、終演後の熱狂ぶりが証明しているようであった。

実際、2時間を超えるオラトリオのため、正直聴き通すのがツライ。
終盤手前に「ハレルヤ」というごちそうがあるから、耐えられるような
ものだろう、と自分のレベルに置き換えてみる。
でも、昨夜のBCJは演奏、ソロ、合唱のいずれにおいても、
いささかのたるみもなく、実に聴いていて楽しいのだ。
時間を気にせずに楽しめた、と言って過言ではない。
特に、合唱のレベルの高さは特筆もので、彼らへの拍手が一段と
高くなったことからも明らかであった。
もちろん、オケの素晴らしさは言うまでもないが、ソリストではバスが
印象に残った。例えば第三部の47から48はバスの聴かせどころ
なのかな(と勝手に解釈)、見事な歌いっぷり。

Kitaraを出ると、イルミネーションが一段ときれい。
空には雲ひとつなく、一段と冷え込んだからなんですね。
今年の演奏鑑賞を締めくくる良い一夜でした。
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<蛇足>
この曲の全曲演奏会は、実は2回目。
いきおい聴きながら前回とついつい比べてしまう。
前回は4年前のW・クリスティ指揮のレザール・フロリサンだった。
少々記憶も薄れているが、彼らも水準の高さは言わずもがなだったが、
ステージもなんとなく芝居っ気がある、というのかな、華があった。
それに比べBCJはシックな感じで、これはこれでOK。
タイプの違う「メサイア」なれど、両者ともに演奏水準は高い。
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by capricciosam | 2007-12-27 23:53 | 音楽 | Comments(0)

クリスマスの約束@2007

1曲目「たしかなこと」
今回のスポンサーの曲だったんですね。そんなこと抜きに上質な曲。

2曲目「こころ」
聖光学院の生徒たち、誇れる先輩持ったね。
でも50期生が3期生のこと想像できないというのは至極真っ当な答。

3曲目「MY HOME TOWN」さわり
「…できたばかりの根岸線で君と出会った…」ホントではないそうです。
ゲストに宮沢和史登場

4曲目「中央線」
小田さんが「絵本をみている気分になる」と評していたが、まさしく。
しかし、うまいハモリかたで、その瞬間に小田ワールド出現。

5曲目「風になりたい」
オリジナルも大好きな曲ですが、こういうアレンジも良いですね。
たしか、この曲シングルCD持っていたのですが…、見つかりません。

6曲目「秋桜(こすもす)」
ピアノソロで。名曲がさらにブラッシュアップされたような気分。
この名曲の核心に迫ったような印象。今夜の白眉。

ゲストにさだまさし登場
7曲目「woh woh」さださん健闘。
8曲目「たとえば」
無から創造する手かがりに「あの時の自分」というのは
ありふれているのかもしれないが、曲としてはまとまりを感じた。
私のような歳になると十分沁みるものがありました。

ゲストにくるり登場
9曲目「Jubilee」ボーカルの歌い方含めて、私的には「不気味」

ゲストに矢井田瞳登場
10曲目「恋バス」
彼女の声質はソロとしてはパスだな。(ファンの方スミマセン)

ゲストに佐野元春登場
11曲目「SOMEDAY」
佐野さんの代表曲。小田さんが歌詞に惹かれたという話への
アンサーとして佐野さん曰く「いつかきっとと思う心を歌にした。
20代は20代の。30代は30代の。40代は40代の。」
これはやはり佐野ワールドでしたね。

12曲目「この道を行く」
早稲田大学グリークラブによる男声合唱曲。若々しい澄んだ声が
清々しい。仕上げるまでのドキュメントも興味深かった。
学生の質問「人生で一番言葉にできない、と思った瞬間は?」
小田さんの答え「いっぱいあるよ。でも、そんなこといっぱい作れた
人間の勝ちだなぁ。」「何でも道は開けるから」そしてピアノソロによる
「言葉にできない」がここで登場。
あの時早稲田奉仕園にいた彼らはなんてぜいたくな瞬間を持ったことか。

ラスト13曲目「ダイジョウブ」
ドラマは一度もみたことないのですが、この歌は耳にしていました。

エンディングでさださんと曲を作っている時の会話が流れる。
「あんなに好きだったから、やってこれた。」
「自分ががんばってこれたのは、音楽がすげえ好きだったから」
世間ではこういかなかった人が多い(私もそのひとり)んだろうけれど、
早稲田の学生へのアンサー「何でも道は開けるから」を励みにしましょうか。
<1.3追記>
2回に渡って(11/20・TBS、11/27・幕張メッセ)収録されたようです。
ゲストも前半はさだまさし、宮沢和史。後半は矢井田瞳、くるり、佐野元春
そして、聖光学院、早稲田GC。よく見ると会場の雰囲気も違っていましたね。
収録後、12/2には新宿厚生年金の早稲田GCの定演に登場して
「この道を行く」を指揮し、12/22には聖光学院50周年記念コンサート
だったようです。

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by capricciosam | 2007-12-26 23:56 | 音楽 | Comments(2)

思い出のジャズピアニスト逝く

JAZZに関心はあれど、とっかかりが見つからずにいた十代。
その頃TVで、来日したピアノトリオの演奏を聴いて、一気に
引き寄せられた経験があった。
そのトリオの名は「オスカー・ピーターソン・トリオ」
特に、オスカー・ピーターソンのスウング感あふれる、
華やかなタッチのピアノ演奏には目が釘付けになった。
思えば私的JAZZ入門のお一人でしたね。

訃報によれば82歳だった。随分長生きされたんだなぁ、と思ったら
1993年に脳卒中で左手が不自由になり、片手で演奏されていた
のだとか。運命はいじわるなことをする。
ご冥福をお祈りいたします。
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by capricciosam | 2007-12-25 23:11 | 時の移ろい | Comments(0)

されど年賀状・続き

年賀状の印刷も含めた作成はなんとか一段落したので、
午後からは散歩です。
まとまった雪がないせいか、雪も溶けて、長靴がピッタリです。
このまま年を越しちゃうと、昨年末から新年の再現になるのでしょうか。

散歩の途中で母のところに寄ったら、年賀状が足りなくなった
と言うわけで、ただいま母用に印刷中です。
年中行事なんですが、毎度すっきりとは終わりませんね。
実は食事のあと、TVを見ていたら3歳の女の子が百人一首を
暗記していて、ズバスバ答えているのをみて、カミサンが
「そうだ、百人一首をやろう」
と言い出して、おもしろそうなので家族でやっていました。
普段でも親しんでいない私ですが、なんと読み手を買って出て、
適当に雰囲気をだしたつもりで、読んでいました。(^^)
腹から声をださないと、百首も読むと結構疲れましたね。
それから取りかかったので、こんな時間になってしまいました。

年賀状も終われば、あとは新年を迎える準備ですね。
それとて例年簡略化しているわが家では、そんなにすることもありません。
あとは、新年になって初詣に行くくらいでしょうか。

ところで、初詣では神社で酒を振舞ってくれる場合も多いんでしょうが、
広島県福山市の三蔵稲荷神社では、宮司の発案で
振舞い酒の代わりとして小瓶に移した酒を参詣客に配ることにした
という記事を目にしました。
飲酒運転が原因の悲惨な事故が続く以上、社会の風潮を考えてのこと
のようですが、こういう発想の転換が求められる時代でしょうね。
例えば、福岡の事件も危険運転致死傷罪じゃなくて、業務上致死傷罪
になって罪が軽くなりそうだ、というとんでもないことが起きそうです。
法制度に欠陥があり、放置されたままでは、こういう悲惨な事件は
起きないことが一番です。
そのためには飲酒運転のきっかけや環境を作らないことも大事。
風情がない、などと言っていられません。
注目したい取り組みだと思います。
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by capricciosam | 2007-12-24 23:50 | 時の移ろい | Comments(2)

されど年賀状

PC印刷に替えてから、住所録がふっとんだというアクシデントは
あったものの、印刷は割と順調だったはずなのに…

午後から毎年の定番行事「年賀状印刷」に取りかかりました。
まずテスト印刷してみることに。しかし、
「なに!?なんか変だぞ」
青色が印刷されていないので、全体が赤~黄になって
なんともしまらない。インクがないのか、ヘッドの目詰まりか。
マニュアルを見ながらアレコレ試すものの、時間ばかりかかって
一向に埒があきません。
「土壇場でこれだからな~」

青色が抜けると、暖色系の色調はなんともほんわかした感じなのですが、
どうもしまりません。やはり寒色系の色がないと、せっかくのデザインも
活かせないっちゅうものです。
近所の電気店には私の使っているメーカーのカートリッジが
置いていないので、やむを得ず街まで出ました。
(これがわかっていたら、昨日ついでに買ってたのに~、あ~ぁっ)

まだ印刷中ですが、カートリッジを交換したら、あっけない程スムーズ。
「ありゃりゃ」
たかが印刷、されど印刷。
でも、これも年賀状というきっかけがあったので、私の気持ちとしては
たかが年賀状、されど年賀状ですね。
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by capricciosam | 2007-12-23 23:49 | 時の移ろい | Comments(2)

とりとめもなく@2007年12月下旬

しばらくまとまった雪も降らないせいか、路面も見えています。
今日は雑用を済まそうと、あちこち出歩いていました。
北大通りを通っていて、赤信号で停止していたら、助手席のカミサンが
「見て、見て、珍しい」
なんのことやら、と視線をそちらへ移したら、「なぁるほど」
慌てて携帯で撮ったのがこの写真です。
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最近、車のナンバーもやたらとぞろ目を見ていたのですか゜、
それでカミサンも気がついたのでしょう。
にしても、テレビ塔の時計までとはねぇ…

政界で時ならぬUFO論議、いやいや、何か違うな。
与野党で侃々諤々の議論が起きている訳ではない。
むしろ、国務大臣の何人かが楽しそうに個人的所見を述べているのだが、
なごむというよりは、おいおい大丈夫か、とちょっと心配に。
「信じる」「信じない」というよりも、国家の危機管理の延長線上では
事前に検討しておくべきではないのか。
敵味方の識別はともかく、UFO出現なんて非常事態だろうに、
非常事態に対して対応をどうすべきか、想定していないなんて…
もっとも、政府見解は存在を否定しているから、そんなの必要ない
という態度でよしとしているのかもしれないが、
防衛大臣曰く「存在しないと断言されていない」以上、
存在するかもしれない、その時相手は敵か、味方か、
敵ならばどうする、程度の危機管理はあっても邪魔にはならないはず。
敵なら「インディペンデンス・ディ」や「宇宙戦争」で描かれるような
事態もありうるのかも知れない、となれば国民の生命・財産が
犯される訳だから、当然危機管理なのだろう。
もっとも現時点では「未確認飛行物体」よりも「未確認年金問題」の
解決が優先だとは思うが…
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by capricciosam | 2007-12-22 22:58 | 時の移ろい | Comments(0)

近頃流行りしKYのこと

「KY」と聞いて、ピンとくる方も多いのかな。
「空気(k)が読めない(Y)」
職場でも若手中心に頻繁に耳にするようになったが、
たまに耳にするうちはまだしも、頻繁になると、
どうも違和感を感じてしょうがない。歳ですかねぇ…

たしかに、時と場合によっては「察する」という行為は大切なのだが、
彼らを見ていると、
「KYだと馬鹿にされる、とにかくKYにはならないようにしよう」という
過剰反応が生じやすく、皆競うようにして同調するという現象が
生じているように思われる。
是非はともかく、結果的にメジャー意見の形成を促進してしまい、
それ以外のマイナーな意見は押し黙らざるを得ない雰囲気が
逆に生じ易くなっているような気がしてしょうがなかった。
例えは悪いが一種の「多数の暴力」とでも言うようなものだ。

ちょうど、内田樹の研究室の12/21の記事
「接続的コミュニケーションの陥穽」で、この「KY」に関連して
触れていたので、ちょっと長いが引用させていただく。

「…というのは、文脈読解力は、今や「重要」という段階を通り越して、
ほとんど「非寛容」の域に近づきつつあるように私には思われるからである。
つまり「誤読が許されない」ということである。現代日本のコミュニケーション
の問題はどうもこのあたりにあるような気がする。「場の周波数」に
いちはやく同調すること「だけ」にコミュニケーションについての
ほとんどのエネルギーが投じられているせいで、いったんチューニングが
合ってしまうと、あとは「チューニングがまだ合っていないやつ」を探し出して
「みんなでいじめる」ことくらいしか「すること」がない。…」
(略)
「…「場の空気が読めないやつとは暮らせない」と公言するのは
かまわないけれど、そういう人は「他者との共生」とか「多文化共生」とか
いう社会理論にもきっぱり反対すべきではないのか。
ともあれ、全国民がそのような能力だけを選択的に発達させた場合に
コミュニケーションは豊かになるのかむしろ貧しくなるのか、そろそろ
そのあたりの損得勘定もしてみてよいのではないか。…」

なるほど、「コミュニケーションの豊かさ」という課題に繋がる訳ですね…
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by capricciosam | 2007-12-21 23:45 | 時の移ろい | Comments(0)

嶋田忠収蔵写真展@千歳市民ギャラリー2007

先日の苫小牧市での第九演奏会の帰り、千歳市民ギャラリーで
開かれている「嶋田忠収蔵写真展」に寄ってきました。
遅くなりましたがミニ報告を。

会場を入ると目の前に大きく展開されるパネルに圧倒される。
そこには水中の獲物を狙ってアカショウビンが飛び込む様が
何枚かに分けて活写されているが、思わず息をのんで魅入ることに。
展示されている写真を順次見ていくが、約90点の写真には、
まさしく様々な「野生の生き様」が写し込まれていた。
その上、どうしてこんなショットが撮れるのか?
というプロの技術や被写体への迫る力に感嘆。

季節は圧倒的に冬が多かったように感じた。
しかも野外とくれば、相当な体力が要求されるハズ。
写真に写し込まれている野生の被写体自体の訴える力もさることながら、
それをファインダーごしに覗いている嶋田さんを想像すると、脱帽。

嶋田忠さんについてはこちらをごらんください。
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by capricciosam | 2007-12-20 22:29 | 展覧会 | Comments(0)