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ジャガイモの世界史@中公新書

ここ数日は北海道も連日の雨でしたが、本州では
洪水被害が頻発したようです。
被害に会われた方にはお見舞い申し上げます。

昔から集中豪雨はあったのですが、どうも近年のは
性格が異なっているような気がしてなりません。
適当な言葉が見つからないのですが、あえて言うなら
「突発的」「暴力的」という表現が近いのかもしれません。
先日の東京での下水道工事での突然の大水のような例です。

北海道では台風が直撃するなんてめったにありませんでした。
大抵は、接近とともに温帯低気圧化して、勢力も弱まり
大した被害もなかったのですが、近年は直撃したり、
勢力を保って接近する傾向にあります。
これまでの経験則では予測がつかず、被害が発生しがちです。
つまり、温帯での気象条件で経験的に蓄積した防災対策が
役に立たない恐れがあるのではないか、ということです。
むしろ亜熱帯化や熱帯化しているという意識に切り替える必要が
あるのではないでしょうか。
熱帯化への移行も地球温暖化の影響なのでしょうが…

さて、こんな記事を目にしました。

米農務省は28日、2008年の米国の農家所得が前年より
10・3%増加し、957億ドル(約10兆4000億円)と
過去最高になるとの見通しを発表した。
世界的な穀物価格高騰の「恩恵」を受けた形だ。
                  (以上、読売新聞より)

バイオ燃料ブームによるトウモロコシ等の穀物価格の上昇である
ことは明らかですが、お陰で日本では食品価格の値上げです。
もちろん、この一因は原油価格の上昇もありますが、世界中で
飢えている人が大勢いる中、地球温暖化阻止効果に賛否がある
バイオ燃料に食糧を投入する必要があるのか、疑問に思います。
食糧自給率40%以下の日本にいるからこそ、よけいそう思います。
一旦、世界的食糧危機が発生したらと想像するだに恐ろしいことです。

食糧危機といえば、有史以来何度も飢饉に見舞われている訳ですが、
その度に救荒作物として登場する有名な作物は「ジャガイモ」です。
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先日読んだ写真の本はジャガイモにまつわる様々なエピソードを
ランダムに紹介しつつ、史上果たした役割の重要さを
浮かび上がらせていく、興味深い本でした。
例えば、1991年ゴルバチョフ大統領時代のクーデター未遂にも
ジャガイモが関連していたり、チェ・ゲバラが捕らえられたのは
ジャガイモ畑だったなんてことも紹介されています。

結局、「貧者のパン」たるジャガイモが史実に登場するのは、
異常な時代、即ち庶民にとっては苦難の時代であったということです。
なにしろ、食糧の確保が難しいのですから、生きていくのがやっと、
という時代が庶民にとって良い時代な訳はありません。

今は温暖化にともない、従来の農業生産を持続できるのかどうか、
という難しい時代に突入していることは間違いないでしょう。
ひょとしたら、有史以来何度目かの「異常な時代」の到来がある、
のかもしれません(来て欲しくないけど…)。

その時は「ジャガイモだ」と私も思わなくもないのですが、
史実の救荒作物であった当時は「冷害」。
今直面しつつあるのは「温暖化(というより高温化)」。
元来冷涼を好む故、温暖化に直面して実力を発揮できるのか、
と一抹の疑問がわかない訳ではありません。 
そうしたらイモはイモでもサツマイモだったり、
タロイモだったりするのかな、とつい余計なことまで考えてしまいます。
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by capricciosam | 2008-08-30 12:05 | 読書 | Comments(0)

利子&元本

今夜道内ローカルで倉本聡さんの特集が放送されていました。
なぜ富良野自然塾に取り組もうとしたのか、との問いに応えて

◆故萱野茂さんがかつてこうおっしゃていた
 「私たちアイヌ(人間)は自然の利子の一部で生きてきた。
 それなのに、今の人間は元本にまで手をつけている。
 元本がやせ細って、ますます利子は小さくなっている。」
 私は、この言葉が忘れられない。

富良野自然塾の「46億年の道」。
かつてのゴルフ場のロングホールを使って造成されたこの道。
地球の創世から人類の誕生まで、一歩を100万年として
作られていますが、果たして人類の誕生はどの程度の長さ
として現れるのでしょうか。
そしてゴールに待つものは。

しばらく富良野も行ったことがないのですが、
機会があれば、この道はぜひ歩いてみたいと思いました。
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by capricciosam | 2008-08-29 22:34 | 時の移ろい | Comments(0)

ロンドンにつながる言葉

オリンピックは「世紀の祭典」とも称されるくらいですから、
多様な評価がされるのは毎度のことです。
特に、今回は政治的側面での評価が加わったことが
従来の評価に一層の陰影を与えているような気がします。
宴の後、中国国内にどんな動きや変化があるのでしょうか。

オリンピック期間中はご多分に漏れず、ヒマさえあればTV観戦。

4年に一度のこの機会にかけるアスリートたちには、
やはり耳目を一瞬にして奪う「迫力」がありますし、
気がつくとそれにつられるように応援している自分がいます。

メダリストの印象に残った言葉を書き留めておいたメモが
手元に残っていますが、印象深い言葉は、実は勝者だけではなく
破れた挑戦者たちにもいろいろありました。
そこで、今回は惜しくもメダルには手が届かなかったけれど、
4年後には楽しみな若い力の言葉を。

◆女子100メートル一次予選で敗れた福島千里さん・20歳
「別世界だと感じた。ここまでずっとうまくきていたのに…」
(女子短距離では1952年ヘルシンキ大会以来の出場でした)

◆バドミントン女子ダブルス4位の前田美順さん・22歳
「楽しすぎた。また五輪に出たい。」
(世界ランク一位を破る大金星で、一躍「スエマエ」として注目)

◆カヌー女子スラロームカヤックシングル4位の竹下百合子さん・19歳
「悔しい。次のロンドン五輪はメダルを狙う。」

◆体操男子種目別ゆかで5位の内村航平さん・19歳
「個人総合はびっくり。ゆかで現実に引き戻された感じです。」
(団体、個人総合ではメダルで種目別でも期待されていました)

◆卓球女子団体4位の福原愛さん・19歳
「練習してきたことを出せた。メダルを取れなかったことに
悔いはあるけれど、自分の戦いについて悔いはない。」

◆トランポリン個人男子4位の外村哲也さん・24歳
「もっと経験を積んで、ロンドンを目指します。」

◆女子高飛び込み11位の中川真依さん・21歳
「4年後も同じ舞台に立って、もっといい演技をしたい。」

世紀の大舞台に立てたという経験が、彼らの成長に
つながることを期待したいところです。

ところで、先ほど「多様な評価」と書きましたが、
メダルを期待されながらとれなかったことで
酷評されがちな競技の代表が野球でしょうか。
私はメダルが穫れなかったことよりも、日本のプロ野球が
自らのレベルを疑われかねない危機的状況に追いやられた
のではないか、という点を心配しています。

やはり国際試合をして互いに切磋琢磨する機会がない
「井の中の蛙」状態が、もろに出たということなのでしょう。
それは、国際的に戦う場を積極的に持とうとしない
各国野球の自国主義の限界なのではないでしょうか。

次回のオリンピックにはエントリーできないラストチャンスだった
にもかかわらず、こんな状態では競技存続を望む連帯しての
アピールはやはり無理だったのでしょうね。
この点は、同じ立場のソフトボールと比べてしまいます。
それだけに、表彰式後の各国のメダリストたちが声を合わせて
「Back softball !!」
と、アピールしていた光景のなんとも輝いていたことか。
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by capricciosam | 2008-08-25 22:13 | 時の移ろい | Comments(0)

北京オリンピックでの言葉から③

早いものでもうオリンピックも最終日。
いろんな種目の数々の熱戦に、月並みですが、
スポーツの持つ力に魅了された日々でした。

終盤では、色はともかくメダルを期待されていた
シンクロナイズドスイミング団体や野球がまさかの結果に
落胆しましたが、考えてみれば実力伯仲で「競う」のですから
メダルなど「約束」されたものではないのは当然。
何かが足りなかったのでしょうが、それを見つけ、そして埋めて、
きっと立ち直ってくれてくれることを期待したいと思います。

終盤の活躍が少なく、少々淋しいのですが、
メダリストたちの印象に残った言葉も今回が最後です。

☆レスリング男子フリースタイル60キロ級銅メダルの湯元健一さん
  「今の実力ではよくやったと言いたいけれど、やっぱり金が欲しい。
  今日は通過点。」

☆ソフトボール金メダルの上野由岐子さん
  「まだまだ投げられる。多くの人に支えられてここまで来られた。
  正直まだ実感がわかないけれど、これが五輪で、
  これが世界一なんだ。」
  (2日間で3連投なんて驚異!!)

☆陸上男子400メートル銅メダルのアンカー朝原宣治さん
  「個々の能力でなくてチームワークで取れた。
  だから価値あるメダルです。」
  (トラック種目で80年ぶりのメダル獲得!おめでとう!!)

☆陸上男子100&200メートルで金メダルのウサイン・ボルトさん
  「うまくやろうとするとプレッシャーがかかる。
  重圧を感じると焦って、ばかげたことになる。
  だから、自分にはプレッシャーをかけないことさ。」
  (ボルトさんの哲学だそうです。素晴らしきかな欽ちゃん走り)

もうすぐ閉会式が始まります。さて、みるとしますか。
<8.24追記>
まさか2階建てバスからジミー・ペイジが現れ、
しかも「胸いっぱいの愛を」を演ってくれるなんて!!
前にも書いたとおりレッド・ツェッペリンのコアなファンではない
のですが、この歌は大好きなんですよね。
やはり「Wanna whole lotta love」でしょう。
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by capricciosam | 2008-08-24 20:09 | 時の移ろい | Comments(0)

小田和正2008@札幌真駒内セキスイハイムアイスアリーナ

10分遅れの開場、開演。
客は若い方から、60歳代以上のカップルも多数。満席。
ファン層が幅広いことを実感。
あの訥々とした語りを入れ、新旧取り混ぜた構成で、
あっという間の3時間でした。
とにかく小田さんは動き回る。
南スタンド席でしたが、歌いながらスタンドを一周した時、
すぐ側を通ってくれたのはラッキーでした(^^)
「いや~小田さん、体力あるなぁ…」
とても60歳とは思えない。
ありゃ、まだまだやれるな。(オイラもガンバロ)

1こころ
2正義は勝つ
3愛を止めないで
4伝えたいことがあるんだ 
MC「札幌思いっ切り寒い!(笑)(ホント、肌寒かったんです)
横で聞いていて直感的に大人の拍手だな、と思いました。
でも、狂ったような拍手もウェルカムです。」
5Re 
6僕らの街で
7いつか どこかで
MC「6はカトゥーンに作った歌です。青くさいでしょう。(笑)
7は散々こきおろされた映画です。(笑)豊頃町で撮ったんです。」
8たしかなこと 
MC「オリンピックは応援すると疲れる。仙ちゃんがあんなことに
なっているから、なぐさめようもありません。でも、本人は納得している
と思います。」
(カミサン曰く、星野監督とはすごく仲良しなんだそうです)
9夏の日
MC「海が浮かんできますね。札幌の海水浴はどこですか?
小樽?一週間くらい?(笑) 
初めて僕を見る人は?(会場からパラパラと手が挙がる)
道理で他人行儀な感じがした(笑) 少し古い歌をやります。
(以下、オフコース当時の曲が続く)」
10僕の贈りもの 
11地球はせまくなりました
MC「一枚目は1972年か1973年で、二枚目は地味なアルバムでした。」
12ワインの匂い
MC「ちょっとポップでしたね。このアルバムで知っている曲をちょっと…」
13眠れぬ夜(結局、会場の手拍手に促されたように、ほぼ全曲をソロで)
14幸せなんて
MC「昔、オフコース当時よく言ってた話ですが、オフコースのステージを
見てみたいなぁ…と。」
15愛の唄(ピアニカの音色が実にしっとりしていました)
MC「僕ら歌をやり始めた時は洋楽のコピー。初めてオリジナルを唄った
時は照れくさかった。ヒット、ヒットと言われて、ウルセーなと思っていた頃、
はじめてたどりついた曲です」
16さよなら
MC「(この曲を)札幌で歌うと、札幌ですよね、雪が降ってきます(笑)。」
移動しながらMC「たぎってくるって言うんですか、(次の)この曲はそうです。」
17言葉にできない(電子ピアノのソロで。絶品!!)
MC「この歌はこのツアーのテーマになっている曲」
18今日も どこかで
<休憩:御当地紀行~ガンバレ!さとらんどと羊ヶ丘のソフトクリーム!!>
19NEXT~僕等がいた~(以下ノンストップで。23まで会場総立ち状態)
20Yes-No
21ラブ・ストーリーは突然に
22キラキラ
(歌いながら場内のスタンド席を一周!カミサンがタッチできました!!)
23そのままの 君が好き
24時に愛は
25風のようにうたが流れていた(ピアノソロ。しきりに流れる汗をぬぐう)
26東京の空
MC「僕と同じ年齢の人も、それ以上の人もいますね。
海藻や野菜を食べて、健康に気をつけて、また会える日が来るでしょう。
楽しみにしています。」
27ダイジョウブ
<以下、アンコールです>
28またたく星に願いを
(タイトルがわからなかったのですが、アンコールの定番のようですね)   
29君住む街で
<会場の手拍子に応えて、再度アンコールしてくれました>
MC「ホント、心から感謝しています。」
(いえ、いえ、こちらこそ堪能しました)
30YES-YES-YES
31今日も どこかで
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<8.24追記>
2日目行かれた方によれば、アンコールに松山千春さんが登場して
「恋」を共演したそうです。またアンコールには「My home town」も。
昨年の「クリスマスの約束」で気になっていたので、聞きたかったなぁ~

<9.3追記>
昨夜の名古屋公演で現在のツアー終了後、東京、名古屋、
大阪の各ドーム球場で追加公演をすることが発表されたようです。
「フタをあけてお客さんがガラガラでも私は全くかまいません。
ジャニーズに対抗する気はさらさらないのですが、
精いっぱいやります」(以上、スポーツ報知より)
61歳でのドーム公演、しかもツアーですからね、ムムム、凄い!

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by capricciosam | 2008-08-23 23:58 | 音楽 | Comments(2)

北京オリンピックでの言葉から②

オリンピックも閉会式が近づきましたが、まだまだ熱戦が続いてます。
前回に引き続き、勝負を終えた後のメダリストたちの言葉で
印象に残ったものから。

☆体操男子個人総合銀メダルの内村航平さん
「まだ色が違うので(伝統を)継げたとは思っていない。
4年後、ロンドンでの課題です。」
あん馬で2度落ちて、前半3種目を終えて24人中23位からの大逆転!!

☆柔道男子100キロ超級金メダルの石井彗さん
「五輪のプレッシャーは(監督の)斉藤先生のプレッシャーに比べたら
への突っ張りみたいなもの。全日本選手権覇者が負けることは
日本が負けることだと耳にたこができるくらい聞いていた。
今は遊びたい、いや、練習したいです。」(^^)

☆競泳女子200メートル背泳ぎ銅メダルの中村礼子さん
「絶対にメダルをとりたかった。掲示板をすごくかみしめて見てました。
今の自分にとって最高の結果です。」

☆レスリング女子48キロ級銀メダルの伊調千春さん
「(妹の)馨と歩いてきた道は金メダルと自信を持って言えるから、
この銀メダルも私の中では金メダルです。」
「北京はひとつの区切り。今までレスリングありがとうございました。」

☆レスリング女子72キロ級銅メダルの浜口京子さん
「アテネと色は同じだけれど、中身の濃い銅メダル。完全燃焼です。」

今回の最後は外国のお二人。

☆競泳男子で史上最多の一大会で8個の金メダルを
 獲得したマイケル・フェルプスさん
「一生懸命練習してきたから8冠を果たせた。嫌いな練習もあったけれど、
コーチから「貯金しろ」と言われた。だから4年間かけて貯金し、
ここで引き出したんだ。」

☆競泳女子50メートル自由形銀メダルのダラ・トーレスさん
「年齢や子供の存在を理由にやりたいことができない熟年世代に
やればできることを見せられた。」彼女は41歳です。
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by capricciosam | 2008-08-19 04:28 | 時の移ろい | Comments(0)

北京オリンピックでの言葉から①

序盤の重苦しさもとれて、日本選手のメダル獲得の
ニュースが連日聞こえてくるようになりました(^^)
勝負を終えた後のメダリストや彼らを支える人たちの
言葉で印象に残ったものから。

☆柔道女子48キロ級銅メダルの谷亮子さんの夫佳知さん
「目標のメダルの色とは違いましたが、僕には金色に
輝いて見えました。」

☆柔道男子66キロ級金メダルの内柴正人さん
「やっちゃいました。これが僕の仕事なので精一杯やりました。
おやじの仕事をしっかりやりました。」

☆体操男子団体銀メダルの冨田洋之さん
「負けた銀メダルではない。みんなで勝ち取った銀メダルです。」

☆水泳男子200メートルバタフライ銅メダルの松田丈志さん
「あきらめずに努力してきたのが、メダルという形になった。
これが自分色のメダル。コーチにかけてあげたい。」

☆柔道女子70キロ級金メダルの上野雅恵さん
「いろんな人たちの支えがあってここまで来られた。
私を支えてくれた人たちへの金メダルだと思う。」

☆フェンシング男子フルーレ個人銀メダルの太田雄貴さん
「率直に銀メダルを喜んでいいんじゃないですか。
フェンシングにとって大きな一歩。非常に嬉しいし、
最初のメダルが僕だったことを誇りに感じる。」

そして、やはりこの人は欠かせない。

☆男子平泳ぎ2大会連続2種目金メダルの北島康介さん
「すみません、何も言えない…」100メートルで世界新

「もう一回、この場所に戻ってこられるとは思っていなかった。
戻ってこられたことと一番高いところに上れることに
感謝しています。この舞台を夢見てやってきた。
自分一人ではここまでこられなかった。この喜びをみんなで
分かち合えて嬉しいです。」200メートルでオリンピック新

いや~、それぞれのシーンを思い出して、感動!
これからも活躍を期待しつつ、テレビ観戦は続く。オーッ!!

最後に、大会開始早々に勃発したグルジアとロシアの戦争に
関しての言葉から。

☆女子エアピストル銅メダルのニーノ・サルクワゼさん・グルジア
「この数日気持ちは揺れ動いた。人が戦争を始めたのではない。
政治家が始めたのです。」

☆女子エアピストル銀メダルのナタリア・パディナさん・ロシア
「私たちは親友。スポーツは政治を越えることを証明できたと思う。」

表彰式を終えて、二人は肩を組み合いお互いの健闘を讃え合った。
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by capricciosam | 2008-08-15 06:49 | 時の移ろい | Comments(0)

北京オリンピック序盤アレコレ

北京オリンピック開会式当日は飲み会。
「誰だよ、こんな日に設定するなんて!?」

帰宅して観たのですが、もう終わっているかと思いきや、
選手の入場行進が延々続き、そのうち睡魔に襲われて
夜中に目覚めたところで、ほとんど覚えていない。トホッ

結局、翌朝見直しですが、あのマスゲームは見事でしたね。
絵巻物による中国三千年の歴史を展開していくアイデアは秀逸。
ランランがピアノを弾いていたり、サラ・ブライトマンが歌ったりで
有名人も出演していましたが、光とワイヤーを駆使したアイデアに
圧倒されっぱなしでした。
中でも、活字のマスゲームは斬新でかつ驚きに満ちていました。

中国の国力の向上を誇示する効果は十分すぎるほどだったとは
思うのですが、チベットに端を発する国内の政情不安を抱えた
ままでは、素直に没頭できないもどかしさが残るのも残念なところ。

さて、日本選手団の活躍は、なでしこの不調以来湿りっぱなし。
谷とて主審の不公平な判定があったとはいえ、よもやの銅メダル。
星野ジャパンは景気づけのはずのパ選抜、セ選抜に負け越し。
今日は野口の肉離れによる不調が伝えられた。
「誤算だらけで、これから大丈夫か!?」
と、ここまで書いたら男子柔道で金メダル獲得!!の速報が。
「いや~、これでへんな重圧を感じずに、活躍してくれ~!」
と、これからの活躍に期待や大。

これを書きながら聴いているのは写真のCD。
日中は暑い日射しが夏そのもので、夜は日中の熱気が
部屋に籠もって、なんとなく行ったこともないアフリカの夜を連想。
「チュニジアの夜」でのブレーキーの熱いドラムがピッタリだな。
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by capricciosam | 2008-08-10 21:52 | 時の移ろい | Comments(2)

レオナール・フジタ展@北海道立近代美術館2008

一通り鑑賞し終えたところで、画家が画業を為す中で
表現が変わってくるという当たり前の事を、如実に示唆してくれる
展覧会を初めて体験したかのような思いにとらわれた。
きっとそれはレオナール・フジタこと藤田嗣治の表現意欲の
旺盛さは終生衰えることはなかったし、自らが確立したスタイルに
安住することもなかったように感じられた、からなのだろう。
これは多分に彼の生き様ともシンクロするところか。

初期のまだ模索している時を経て、一皮むけたように数々の
目を見張るような作品を輩出していく。

「素晴らしき乳白色」

と称されるフジタを代表する一連の裸婦像。
会場の解説の中に「彼には真似るべき先達も後継者もいない」
というような意味のことが書かれていたが、うなづけるものがある。
とても油彩とは思えない独特の技法で、何度目を凝らしたことか。
あの漂うがごとき淡さと繊細な線は、まるで日本画にでも通じる
ようなものを感じるのは気のせいか。

作品のひとつ「裸婦と猫」では妙な既視感に襲われた。
初めはゴヤの「裸のマハ」とも思ったが、調べてみると
構図が正反対だった。いったん、気のせいかとも思ったが、
記事を書きながら、ようやく思い出したのがマネの「オランピア」
黒人のメイドと花束がなく、黒猫ではないが、構図はよく似ている。
しかし、作品としてはそれぞれが独自の魅力を放っているのは
言うまでもない。

今回の展覧会の核となった「争闘ⅠⅡ」「構図ⅠⅡ」の大作も
見事な群像表現に圧倒されるが、同時期に描かれたと思われる
未完の「馬とライオン」も、あれこれ想像を刺激してくれる。
描かれた意図や経緯もわからずに大切に保管されたらしいが、
フジタは余白にどのような群像を描こうとしていたのだろうか。

戦後、戦争画を描いたことへの批判から日本を捨てて、
フランス国籍を取得し、さらにはカトリックに改宗していたことを
今回初めて知った。
その戦後フランスでの終の棲家となった住居で使われた品々や
アトリエの一部が再現されていて、画業以外のフジタの多彩ぶりが
溢れている。
惹かれたのは居間と寝室を仕切っていたフジタ手製の「衝立」。
木枠にキャンバスをはり、傘、動物、魚、塔などの金属レリーフで
縁取られたこの品は素敵なだけでなく、フジタの無垢な一面を
如実に示しているように思われた。

晩年は「平和の聖母礼拝堂」の建設に当たり、
その壁に描かれた宗教画が最後の仕事となる。
ここでの作品には「色」が溢れている。
これまでの、白を基調として、ぐっと色を抑えていた作品とは
まるで一変する。「素晴らしき乳白色」時代からは
想像もつかない変貌ぶりです。

様々なスケッチや下絵が展示されていましたが、
びっくりしたのが一部の作品にボールペンが使われていたこと。
フジタは1968年に亡くなっていますが、もうボールペンは
商品化されていたんだから、使っていても当然なんでしょうね。
(そう言えば、昔はBICボールペンなんてのもあったよなぁ…)
作品に欠かせない「線」に使える素材のひとつとして注目して、
当時目新しいボールペンも積極的に取り入れたと考えると、
彼の創作意欲は晩年に至るまで衰えていなかった、
ということなのでしょう。

特異な軌跡を残した異才フジタの概要がよくわかる展覧会でした。
レオナール・フジタ展は、この後宇都宮、東京、福岡、仙台を巡回。
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by capricciosam | 2008-08-09 18:00 | 展覧会 | Comments(0)

久しぶりの通信簿

しばらく天気が悪く、おまけに昨日は一日中雨が降っていて、
「ホントに夏は来るのか!?」
なんて、夏という季節のまっただ中にいながら、つい疑念が…

しかし、雨上がりの今朝は空気も透き通った感じで、
実に心地良いのですが、見事な快晴で
「こりゃ、暑いだろうなぁ…」の予感。
まあ、湿度が高くない分、過ごしやすかった暑さではありました。
でも、夜になっても室内には熱気がこもっています。

ところで、ネットの巷で流行りし「ブログ通信簿
「どれどれ」とばかりにやってみました。
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久しぶりにいただいた通信簿ですが、
「一般生徒タイプ」とは、地味なブログらしくて当たってるナ。
ただ、
「スポーツの知識や経験をいかして、作曲家を目指しましょう」
って評価は、ナンカへんだゾ。
それとも「これで、いいのだ」なのかな(^^)

偶然聴いたラジオで「橋(はし)」にまつわる曲を特集していました。
8月4日は、すなわち8と4で「はし」の日でもあるそうです。
と、いうわけでラジオでも聴いたんですが、久しぶりに
S&Gの「明日に架ける橋」を聴きながら書いてました。
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by capricciosam | 2008-08-04 22:07 | 時の移ろい | Comments(2)