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999人の第九・2008年@Kitara

今年の演奏会があり、歌ってきました。
指揮者の円光寺さんは暗譜で通されましたが、
アマチュアにもわかりやすい指導と指揮ぶりでした。
ベーレンライター版使用だったのですが、
昨年の高関さんとは微妙に異なる部分があり、
改めて解釈というものは様々なものだなぁ、と感心していました。

それから私的な収穫だったのですが、
今回は過去のどの演奏会よりもリラックスして歌うことができました。
実は、昨日のリハーサルでのある変更から、
なぜそうなったのか、といろいろ考えていたのですが、
ある程度考えを整理してみると、得心した気分になったせいですね。
いまさらながらのことですが、合唱は「調和」だということです。
合唱団員はソリストになっちゃあいけない、ということです。
(お~い、となりの人。わかったのかなぁ…)
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<蛇足>
今回はじめてオケと同じステージ席で歌いましたが、お陰で
いわゆるステージ裏の楽屋状態というのも初めて目の当たりに。
一番不思議だったものが、写真のかなり大きいL字形の金具。
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なんだと思います?
答えは、録音や録画する時のケーブルを載せるものなんだそうです。
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by capricciosam | 2008-09-28 23:19 | 音楽 | Comments(0)

ポール・ニューマンと言えば…

俳優のポール・ニューマンさんが死去したようですね。

最近は雑誌の廃刊が相次いでいますが、そのうちのひとつ
「ロードショー」の表紙にも度々登場していたのではなかったかな。

いろいろ代表作はあるのでしょうが、私には
「明日に向かって撃て」「タワーリング・インフェルノ」「スティング」
あたりが思い出されます。
特に、「スティンク゜」は最後まで結末が予想できず、まんまと騙された
のは懐かしい思い出です。ありゃ、楽しい一作でした。

あと、あまり目立たない一作を。
それは「スラップショット」
アイスホッケーを扱った地味な作品、というかセリフがスラングだらけの
やや下品な作品だったらしいのですが、幸い字幕頼りで理解できません。
痛快な仕上がりだったですね。
リンダ・ロンシュタットの主題歌もノリが良かったなぁ。
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ポール・ニューマンさんのご冥福をお祈りいたします。
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by capricciosam | 2008-09-28 07:16 | 時の移ろい | Comments(0)

さらばADSL

インターネットをやり始めた頃はナローバンドからブロードバンドへ
ネット通信が移行しつつあった頃でした。
それでADSLの1.5Mからスタートしました。
ダイヤルアップで、画面が上から下に向かって徐々に現れるのに
なじんでいた目には、格段の早さに思え
「う~ん、こりゃイイ」
と満足したのも、束の間。
しばらくすると、案の定、「スピード」を求めてしまいます。
「もっと、速度を」
性ですな、トホッ。
それで最大20Mくらいを期待してモデムも変えたりしてはみたのですが、
想定していたより局から遠かったらしく、調子が良くても2Mちょっと。
「大して変わらんなぁ~」ガクッ

それでも、気分的に救われたのは、当時はまだADSLが主流で、
わが家のある一帯が光通信が可能ではなかったこと。
「まあ、これなら仕方がないなぁ…」
とは言うものの、依然モヤモヤ感は引きずっていました。

しかし、そのうち恐れていた事態が。
とうとうわが家周辺も光通信可能地域となったのです。
「さあ、どうする!?」
決断できぬうちに、光通信の勧誘電話が頻繁にかかってきます。
NTTにヤフー。
いちいち、断っていたのですが、最近はいささかうんざり気味。

と、思っていたら今月に入ってわが家の家電が壊れてしまい、電気店へ。
買い物をする際、光通信抱き合わせで、大幅値引きの上、工事費無料、
通信料2ヶ月間無料と攻められ、おおいにぐらつきます。
みると通信料金も開始当初よりは数段安くなっています。
そこで、カミサンと相談。
「どうする?」
そこで私が半ば説得して、光通信に切り替えることに。
(Thank you カミサンです、ハイ)

そういう訳で、 昨日光通信へ切り替える工事がありました。
その時見た光ファイバーの細いことといったら、信じられん細さです。
工事自体はスムーズに終わったものの、ネット接続は自分でやったため、
やや手間取りましたが、それでもなんとか無事開通。
さっそくスピード測定したら、20Mでていました。
まあ、予想よりやや低いのですが、とりあえずサクサク度が゜向上したので、
ひと安心。これでわが家の通信インフラの整備は完了です。

振り返ってみると、ADSLは過渡的な技術と言われていたのですが、
ブロードバンドの世界を拡げてくれたことには改めて感謝です。
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by capricciosam | 2008-09-28 06:51 | 時の移ろい | Comments(0)

ムーティ&ウィーン・フィル@Kitara2008

札幌での演奏プログラムが発表された時、チャイコフスキーは
ともかく、ロッシーニとストラヴィンスキーという組み合わせは
「?」だった。しかし、手元にあるチラシには、ムーティさんからの
コメントが書かれていて、「リズム、アゴーギクなど似ている」こと
から「一緒のプロに取り上げることはよくあります」とのこと。
それでも半信半疑で会場へ。

定刻になり、コンマスのR・キュッヒルさんを先頭にメンバーが
ステージに登場。PMFでお見かけした顔もアチコチに。
でもPMFの顔ともいえるP・シュミードルさんがいらっしゃいません。
「あれ?」
PMFの熱演から2ヶ月余り。しかも、ムーティさんは
一昨年のPMF首席指揮者ですから、PMFの連想でいやが上にも
親しみと期待が増します(^^)

1曲目ロッシーニ歌劇セミラーミデ序曲
相変わらずムーティさんの指揮は最初のタメを作らずに
振っていきます。
(これは最後まで変わりませんが、オケはやりにくくないのかな!?)
この曲もこれから始まるオペラへの期待を高める効果満点の
聴き応えのある序曲だと思うのですが、各パートがしっかり
していないと、その効果もすぐに消失してしまうのではないでしょうか。
ツアー終盤の疲れなど微塵も感じさせることなく、聴かせます。
もうこの曲から会場は盛り上がります。

2曲目ストラヴィンスキー/バレエ音楽「妖精の口づけ」による交響組曲
初めて聴く曲。これも前出のコメントによれば、「カラヤンが晩年に
よく演奏していた」とのこと。
ストラヴィンスキーがチャイコフスキーの音楽に霊感を得た
バレエ音楽の作曲を依頼されて作られたらしいのですが、
ディヴェルティメントとあるとおり、バレエ音楽らしく軽快で、
耳になじみ易いですね。
ここでもウィーン・フィルの名人芸は衰えることがありません。
スケルツォでのチェロ、ハープ、クラリネットの掛け合いなどは絶品。
当初、プログラムを眺めて敬遠気味だったのですが、
やはり聴いてみるものです。ウィーン・フィルもめったに演奏しない
「秘曲」らしいのですが、これは収穫でした。

3曲目チャイコフスキー交響曲第5番
この曲でP・シュミードルさんが登場。冒頭からクラリネットが
活躍するこの曲。札幌では誰を置いても、やはりこの人でしょう。
第1楽章。ムーティさんは、実に丁寧に、ゆったりとしたテンポで
「運命の主題」を開始しますが、冗長に陥ることはなく、
手綱を徐々に引き締めて闘争的展開を見事に表現します。
第2楽章。私的にはこの楽章の出来がこの曲全体の印象を左右。
ホルン、オーボエとも完璧にその役割を果たしてくれ、嬉しい限り。
第3楽章ワルツ。実にチャーミング。
第4楽章は闘争から勝利へ、というこの曲の持つ性格を端的に
表現する楽章ですが、最後まで弛緩することなく圧倒的フィナーレへ。

満員の会場からの盛大な拍手に応えてのアンコールは
内心期待していたウィンナ・ワルツ。
ムーティさんがシュミードルさんを指名し、立ち上がったシュミードルさん
が伝えたのはヨゼフ・シュトラウスのワルツ「マリアの調べ」という曲。
初めて聴きましたが、ムーティさんが振ったニュー・イヤー・コンサート
で演奏したことがあるのでしょうか?
ムーティさんが、バイバイをして楽しくお開きとなりましたが、
鳴りやまぬ拍手に、オケもいなくなったステージに
ムーティさんが再登場して、盛大な拍手に応えてくれました。
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<蛇足>
公演パンフにはウィーン・フィルの来日公演一覧が載っていて、
1956年の初来日以来、今回が第26回目とのこと。
かなりの頻度ですが、それでも札幌へは1997年以来11年ぶり。
Kitaraがオープンしてまもなくの頃で、ウィーン・フィルがKitaraの
響きの素晴らしさを賞賛して、Kitaraの名が急速に世界に広まった、
と記憶しています。
今度は11年もあけずに来札してもらいたいものです。
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by capricciosam | 2008-09-22 23:52 | 音楽 | Comments(4)

おくりびと@映画2008

死はやはり、忌み嫌うモノだろう。
まして死体にさわるなどということには嫌悪感がある。
しかし、身近な者の死に接する時はどうだろう。
人は否応なくその忌み嫌う死に正対しなくてはならない。

父が死んだ時、葬儀は万事葬祭業者任せであった。
担当者が現れ、てきぱきと道具を用意して、祭壇を作り、といった
諸事万端がプロの仕事であることに、半ば感心しつつ眺めていた。

さて、いよいよ納棺という時になったら、まったく別人が現れた。
差し出された名刺を見て、納棺がまた別のプロの仕事なのだと
初めて知った。
一体どうのようにするのか、と思っていたら、
遺族一同が注視する中、遺体をいったん裸にして死装束に着替え
させていくのだが、決して裸体は見せない。
しかも、その所作は見事という他なく、まさしくプロの仕事であった。
着替えが無事完了した時には、内心驚嘆していた。
うまいものだなぁー、と。
未だに鮮やかに思い出す。

この映画では、失職したプロのチェリストが故郷の山形で
納棺のプロとして成長していく姿が描かれていく。
なんとも極端な設定ではあるが、本木雅弘が好演。
最初の演奏会シーンでは飯森範親指揮山形交響楽団による
第九演奏会が観られるが、チェロを演奏する姿も違和感がない。

帰郷して、幼い日に使っていたチェロケースを開けると、
楽譜に包まれた石がでてくる。
その石は幼い主人公が河原で拾った石を父とばくりっこしたもの。
(ばくりっこ、とは「交換する」という意味の北海道弁です。)
この石っころの交換は、映画の中で「いしぶみ」という古代の行為、
想いを石に込めるという行為であることを主人公に語らせる。
でも記憶の中にある生き別れした父の顔ははっきりとは思い出せない。
このエピソードは終盤のクライマックスにつながるが、上手い。

四季の移ろいも鮮やかな酒田市を舞台に、
「納棺」という気になるけれど、よくわからない超ニッチな職業に
着目した企画の成功もあろうが、演出、脚本、演技、エピソード
すべてに渡って過不足なく出来ている感じで、高い仕上がり。
死を扱いながら、決して暗くはなく、むしろ笑いも涙もふんだんな
上質な娯楽作品。お薦めです。
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<蛇足>
客席の年齢層は高かったようで、シルバー世代のカップルも
ちらほら見られました。どのような思いでご覧になったのでしょうか。
最後にクレジットが流れる場面で本木雅弘が一人で死装束に
着替えさせるシーンが流れます。
改めて、見事だなぁと感心してみていましたが、演技指導は
父の時もお世話になったこちらだったんですね。
<10.14追記>
物語の重要なエピソードにからむ役をされていた
峰岸徹さんが亡くなられました。回想シーンを除けば、
死んで登場していたのですが、果たして、こたびは、
どんな「おくりびと」にめぐり合えたのでしょうか。合掌。

<2009.2.23追記>
米国アカデミー賞外国語映画賞を日本作品として初受賞。
おめでとう!!

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by capricciosam | 2008-09-20 17:13 | 映画 | Comments(4)

夜の見回り

今年は輪番制の町内会の役員が当たり、役員を務めています。
先日、最後の役員らしい行事を勤め、とりあえずホッとしているところです。

ところで、9月にはいってからは、夕食を終えたのち
担当地区の内外をうろうろと、カミサンとだべりながら散歩しています。
まあ、かっこうつければ「夜の散歩」、「夜のウォーキング」
というところなのでしょうが、二人で冗談まじりに言うのは
「役員夫婦の夜の見回り」(笑)

その夜の見回りですが、今夜はちょっと肌寒くて、我慢できずに
散歩も短目に切り上げました。日中は半袖OKなんですが…
まあ、これまでの暖かさが異常でしたからね。
そう言えば、最近は秋が温暖で過ごしやすいですね。
台風もそれて一段落なのですが、秋の天気は変わりやすいからなぁ…
油断大敵。

これを書きながら聴いているのが、写真のCD
NAXOSの当時のベストセラーで、私のカリンニコフ入門盤です。
やはり、秋はメランコリックな曲を聴きたくなるなぁ…
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by capricciosam | 2008-09-19 23:31 | 時の移ろい | Comments(0)

強突張り

「あっ、こんなのなんて言うんだっけ…」

そこで、ひらめいた言葉が「強突張り」
手元の辞書には「ひどく欲張りでがんこなこと。また、そういう人。」
とある。「がんこ」かどうかは知らないが、どうも「欲張り」そうではある。

道内報道だとは思うが、北海道副知事を3月に退職したK藤某という輩が、
7月に再就職した北海道が出資している財団法人のトップに就任した
途端、給料を上げろと言い出した、とのこと。

>道の再就職要綱は、副知事経験者の年間報酬上限額を660万円とし、
>再就職先の要請で年齢制限を超えて働く場合などを想定し、
>「特別の事情があるときは道と協議しなければならない」としている。
>道などによると、元副知事は、この上限額を了承して道に承諾書を提出、
>今年7月1日、同公社に理事長として天下りした。
>ところが、就任当日の理事会で、(理事長より下位の)民間出身役員の
>報酬が1300万円を超えていることなどを理由に、
>「職務職責に応じた報酬にすべきだ」などと主張。道と協議するため、
>自らの報酬を年1440万円に引き上げるよう提案したという。
(以上、読売新聞より)

「職務職責に応じた」とは、もっともらしいが、しょせん「天下り」だろう。
ちなみに、件の公社には北海道は80億円程度出資しているらしい。
まあ、現職当時も含めて、北海道の財政が「倒産」に匹敵する危機的状況
にあることは承知しているだろうし、現役当時は給料削減に甘んじ、
部下には危機意識を持てと、訓示をたれてきたんだろう。
それなのに、所変われば自分の給料はもっとよこせ、ときた。
ロストした分を取り返そうというつもりなのか!?
もちろん、道の出資のない組織なら、一個人の見解として
通用する面もあるのかもしれないが、現に道とのつながりがあり、
しかも再就職に関して承諾書を提出しておきながら、では
実に破廉恥な行為と言わざるを得ない。
なんとも、さもしい人間がいたものだ。

60歳を越えているんだし、これからの余生は「奉仕」するんだ、
という気持ちを持てないものだろうか。
もっとも、こういう気持ちが少しでもあれば、こんなことは言い出さない
だろうし、報道もされないというものか…
にしても、驚き、あきれ、恥ずかしい話だ。
(「つぶやく」だけではどうにも心が収まらない)
<9.19追記>
開会中の道議会で高橋知事が
「道庁OBが道が出資する関与団体などに再就職する際のルールを
定めた要綱を年度内をめどに見直す方針を明らかにした。
また、役員報酬などの公開を求める関与団体を拡大し、透明性向上に
取り組む考えも示した。」(以上、北海道新聞より)
ぜひ、こういうルールの裏をかこうとするような
破廉恥きわまりないたくらみを阻止してもらいたいものだ。

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by capricciosam | 2008-09-16 23:51 | 時の移ろい | Comments(0)

「う~ん、こんなのありか!?」

まだ夜明け前のこの時間。
生理現象で目が覚めて、ちょいと気になりPCを起動させると、
昨夜書いたハズの記事がアップされていません。
やはり、猛烈な睡魔に襲われたのがだめでしたね。
「やっちゃったよ!!」
まあ、それで気を取り直して思い出しつつ、さっき書き上げて
アップさせようとしたところ、またまた事故で、パァーです。
それが、冒頭の心の叫びなのです。

「こうなりゃ、意地でもアップするぞ」
なんて、力むほどのことではないのですが、めげずに3回目。
以下、記事です。

昨日は一日中カミサンと出歩いていて、帰宅して夕食を終えたら
もう22時頃でした。久しぶりに「美の巨人」をみたら、
取り上げられていたのは奥村土牛さんの「門」
101歳で亡くなられた奥村さん、78歳の時の作品。

師匠の小林古径は「写生は対象をよく見て描きなさい」と
指導したらしく、この作品も3日間姫路城のこの門に通い詰めて
写生をしてから作品としたそうです。
日陰になった側から門を眺めると、開け放たれた門からは
陽の当たった城壁が白く浮かび上がっています。
縦と横の強調されたどっしりとした骨太の構成の中、
明暗のコントラストがはっきりとし、動く物はひとつもなく、
静謐な趣が感じられ、鑑賞者の想像を刺激してきます。

かつて道立近代美術館で催された「生誕110年記念 奥村土牛展」
で、この作品はみたはずなのですが、実はもう忘却の彼方でした。
この展覧会は充実した企画で、見応えがあったという記憶が
いまだに残っています。

番組では奥村土牛さんの言葉が紹介されていました。

「芸術とは未完成なものです。だからこそ、どれだけ大きく
未完のままで終わることができるかが、大事なのです。」

芸の道に終わりはない、とはよく耳にすることですが、
晩年まで旺盛な活動を続けられた方だけに、改めて
芸道の厳しさに胸打たれる想いです。
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by capricciosam | 2008-09-14 04:42 | 時の移ろい | Comments(0)

似て非なるモノ

さっきまでTVで「MIB2」を観ていました。
確か公開当時観たと思うのですが、もう細部の記憶があいまい
なんですね。やれやれ寄る年波には勝てません…
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ところで、写真は散歩の途中で見つけた「ルドベキア」という花。
撮影したのは8月だったのですが、夏の終わりにその形と色合いの
シンプルさが潔い感じがして結構気に入ってます。
ところで、最近道ばたでこれに似た雑草を見つけて気になっていた
のですが、それは「オオハンゴンソウ」だとわかりました。
どちらも仲間らしいのですが、片や観賞用の花として愛され、
片や特定外来生物として警戒されている。
同じようなモノでも、人間の都合でこうも置かれる立場が異なるとは、
なんとも気の毒ですが、「人間の都合」とはある面、酷なモノです。

ところで、最近流行りし「事故米」
(事故なんて同情的響きが良くない、健康に害を及ぼす「毒米」だろう)
これも米であることには変わりないのですが、食用にならないと
判明すれば、工業用として使用され、食用にはならないハズ。
つまり、食べられないモノとして警戒されてしまう訳です。
ところが、これが食用として流通されていたらしいから、ビックリ!!
基準値を大幅に超える農薬が検出されたものやカビの生えたものまで、
人間の都合で「食用」として流通して、消費されていた、というのですから、
あまりの杜撰さに開いた口が塞がらない。

この場合の「都合」は「利益」という「会社の都合」だったのでしょうが、
改めて、人間の生命や健康に直結する食品においては、
例え企業活動とはいえ、最低限のモラルは厳しいペナルティでもなければ
守ってもらえないのか、と寒々しい思いにとらわれたのは、
私ばかりではないでしょう。

「食品の安全・安心」はこの国で生きる者の必須の要件として
誰でも守ってもらいたいものですし、それを犯す者には厳罰が
待っているというしくみに改める必要があるように思います。
<9.19追記>
これは本来食用にならない米を流通させた三笠フーズが責められるべき
立場なのでしょうが、関連してどうしても監督官庁の態度も気になるのが
国民感情というものでしょう。
しかるに、発覚後のこれまでの農水事務次官や農水大臣の発言のずさんさは
一般消費者の目線とは大いにずれているとしか言いようのないものでした。
そこで、今頃、次官の更迭、大臣の辞任ですか。
なにを目当てのパフォーマンスですか。
大臣なんてあと4日もしたら自動的にクビじゃないですか。
いまさら、なにカッコつけてんですか。
なぜ、事件が発覚した段階に責任の大きさを痛感した発言が
できなかったのか。わざとらしいんですよ。
そんなところにこの国の食のシステムへの不信が芽生えることになる
ということがわからないのでしょうか。
やはり、この「鈍感さ」がこの国の食へのギャランティーのなさを
示しているように感じられて仕方ありません。

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by capricciosam | 2008-09-12 23:42 | 時の移ろい | Comments(0)

歓喜の歌@TV

北海道テレビ放送(HTB)開局40周年記念番組として
全国放送された「歓喜の歌」。原作が立川志の輔の落語。

年初に公開された劇場版と同様、公共ホールの
やる気のない担当者が引き起こした「ダブルブッキング」。
そのドタバタに垣間見えるコーラスにかけた団員の人生模様が
描かれ、最後は、無気力な人間がやる気をだして奇策により
このピンチをすり抜けるというあらすじはほぼ同一。
でも、テイストは異なる作品に仕上がっていた。

ストーリーも劇場版の2つのコーラスグループによる
ダブルブッキングから、市長の市政報告会と
コーラスグループのそれに変えたことで、強者と弱者という
コントラストを強める。そのためドラマティックな度合いが
高まるとともに、物語の幹となる部分がしっかりとした感じを受けた。
ただし、「いかにもありうるだろう」という「らしさ」の点では
劇場版のほうがより巧みのような感じを受けた。

主役であるが、劇場版の小林薫の「ゆるキャラ」に比べ、
大泉洋の醸し出す「基調は無責任だけれど、心まで失っていないぜ」
的キャラの方が、最終的な解決策に向かってゆく推進力があって
終盤に向けた展開には無理がないように感じた。

劇場版でも描かれていたコーラス団員の背景であるが、
田中裕子扮するリーダーが明日をも知れぬ人生を送っている
としたことで、何故日程を譲れないのか、という点に関して
説得力が増す一因になったと思う。

両作品とも団員の日常の一端を見せることで、
地味な生活を送りつつ、そんな日常を忘れてしまえる一瞬が訪れる
コーラスの発表会に賭ける団員の意気込みを描く。
もちろん、自分もその類の一人なので、アマチュアコーラスが
全員が全員そんな事情がある訳ではないし、いろんな意義や目的を
持って舞台に上がるということは承知しているつもりだが、
この辺はある程度当たりだな、と感じる。
そのていねいさでは劇場版だろうが、少々粗っぽいけれど、
より説得力があったのはTV版であったと思う。

劇場版の丁寧さやそれにともなうやや複雑な構成に比べたら、
TV版は枝葉を払って、見通しを良くした印象が残った。
しかし、逆にあじわいの単純化を招いた面もあるのかもしれない。
どちらかに優劣をつけるというより、
素材は同じでも異なる料理を提供してもらったようなもので、
どちらも「ごちそうさまでした」というところだと思う。
道内ローカル局の健闘を讃えたいと思う。
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<蛇足>
最後はアンコールと称して女声コーラスによる中島みゆきの
「時代」でしたが、うまいアイデアで、歌も良かったですね。
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by capricciosam | 2008-09-07 20:38 | みて楽しむ | Comments(2)