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巨匠たちの饗宴@北海道立旭川美術館2011

会場に足を踏み入れると、洋画、日本画の順で、日本近代絵画の
画家たちの絵が、これでもか、とばかりに展示されている。
これだけまとまって展示されたことは道内ではかつてなかったのではないか。
壮観の一語につきる。

これらは、広島県廿日市市のウッドワン美術館のコレクションの一部だそうだが、
さらに驚くのは個人がおよそ20年程度で収集したということだ。
その資金力もさることながら、その「目利き」ぶりにも驚く。
もちろん、ある作家を追ったとか、あるテーマに基づいて収集した、ということでは
なさそうなので、コレクションの「深み」という点では、少々物足りなさを感じたが、
しかし、考えてみると、どんな美術館もひとりの作家やテーマについて完璧に
コレクションしていることはほぼない訳だから、これは欲張りというもの。
むしろ、「日本近代絵画」といういささか幅広いテーマの下、コレクションを
より充実させていくことができるならば、さらなる厚みが増していくのだろう。
でも、今回の展示だけでも、十分なボリュームであることは間違いない。

中でも、同じ洋画とは言いながら、興味深かったのが林武と岡鹿之助との対比。
前者は晩年の代表作「赤富士」シリーズのうちの一枚である。
顔を近づけてみると、絵の具をキャンバスにたたきつけるがごとく塗ってあるので、
絵の具がまさしく盛り上がっている。
かたわらの解説にはチューブからそのまま塗りつけた、と書いてあった。
そのため、写実性とはかけ離れ、色も混然としている。
一見したら素人にもできそうな荒技だ。
では、絵としての佇まいが悪いのかというと、決してそうではない。
むしろ、富士山の壮大さ、というか凄味がよく表現されているように思う。

後者については点描画家としての印象はあったものの、実際の絵を見るのは
今回が初めてだった。そして、その点描が実はキャンバス地そのものに由来して
描かれていることを発見して、驚いた。
つまり、地がわからなくなるように絵の具を塗り重ねている部分はあるものの、
大半は絵の具をキャンバス地が浮き上がる程度に押さえていることだ。
それが巧みな配色によって点として目に飛び込んでくるという訳だ。
これは代表的点描画家スーラとは決定的に異なっているように思われる。
作者が相当熟慮して絵筆を運ばなければ絵としての完成はおぼつかない訳で、
技法としての難易度は一見したよりも相当難しいように思われた。
そして、その抑制された筆づかいのせいか、作品には静謐さが満ちあふれている。

林の「動」と岡の「静」。
異なった表現の技法により作品の湛える魅力も異なるが、
どちらも近代絵画に残した足跡は消えることはない、と改めて感じられた。

道立旭川美術館では9月9日まで。
その後、北海道立帯広美術館で9月16日~11月7日。
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by capricciosam | 2011-08-21 22:46 | 展覧会 | Comments(0)

誤算送り火

「がんばれ日本」、「がんばろう日本」、「ひとつになろう日本」‥

大震災後に誕生した標語の数々は、当時の日本人の偽らざる気持ちが現れていた。
それ故、被災された方に心を寄せ、多額の義捐金が集まり、一人一人が何が出来るのか
を問いかけ、この国の再生する力を信じて、秩序や規律を保って生活しているのではないか。
ただ、福島第二原発問題だけは、人知を尽くしても依然御しがたく、
いまだ放射線の見えざる恐怖におびえざるを得ないのは残念なことだ。
そして、今回の大震災のわかりにくさは、津波被害と原発事故が併発したため、
両者を混同して放射線被害のおそれがない地域まで放射線被害の恐れがある地域のように
誤解しかねないことだ。誤解による風評被害、とでもいうのだろうか。
今回の記事を読んで、そんな典型が発生したと思った。

「東日本大震災の津波で流失した岩手県陸前高田市の高田松原の松に
震災遺族らのメッセージを記して京都の「五山送り火」(16日)のまきにする計画が、
放射能汚染を懸念する声を受けて中止されることになった。
(略)計画が報道された6月末以降、京都市や関係者の自宅に「放射能汚染された灰が飛ぶ」
などと抗議の電話やメールが寄せられるようになった。保存会はまきのかけらを取り寄せ、
民間会社に依頼してセシウムとヨウ素の検査をしたが何も検出されなかった。
まきの使用を巡って理事会で意見が割れたが「不安は完全にぬぐえない」と中止を決断したという。
(以上、毎日新聞8/8より引用)

陸前高田市が福島第一原発から地理的に離れていることは地図で調べれば、
簡単にわかること。反対される方はどうして根拠もない感情的反発を、
ちょっと調べることで回避できなかったのだろか。
まして、保存会においておや、だ。
結局、この件に関する反響は大きく、苦情が相次いだらしい。
保存会にとっては大きな誤算だったのではないか。

「五山送り火の各保存会で組織する「京都五山送り火連合会」(京都市)は9日、
現地から別の薪を受け入れることを決めた。
京都市が500本を取り寄せ、送り火で燃やされるという。(略)
被災者がメッセージを書いた薪333本は8日夜に現地で燃やされ、
市には9日も約500件の苦情が相次いだ。(略)
連合会は市の要請を受けて協議した結果、16日の送り火で燃やすことに決めた。
送り火は「大文字」「妙法」「船形」「左大文字」「鳥居形」の五つあり、
どこで燃やすかは今後決めるという。今回の薪には被災者のメッセージは
書かれていないが、連合会の会長(74)は「松には被災者の思いが詰まっている。
心静かに犠牲者の霊を送る協力をしたい」と話している。」
(以上、朝日新聞8/10より引用)

日本でも有数の伝統ある行事だけに守られている方のご苦労は大変なことと思うが、
それにしても、今回のような差別的対応は軽率だったとのそしりを免れない、と思う。
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<追記8.13>
残念な結果が報じられた。

「京都市は12日、まきの表皮から放射性セシウムが検出されたため計画を中止する
と発表した。送り火の実施主体の五つの保存会は同日、市の決定に従うことを決めた。
(略)京都市によると、松から切り出したまき(長さ約30センチ)の表皮から放射性セシウム
が1キロ当たり1130ベクレル検出された。表皮を除いた幹の部分からは検出されなかった。
野焼きの際の放射性物質に関する基準値はなく、市が専門家に問い合わせたところ、
「国の基準がない以上、安全という見解は出せない」との回答だったという。(略)
500本すべてから表皮のかけら計1キロ分を集め、検査したという。」
(以上、毎日新聞8/12より引用)

予想を超える放射線の飛散に愕然としたが、
こんなことなら、最初のまきから放射線が検出されなかったのだから、
最初のまきを素直に送り火に使ってくれたら良かったのに、と思わざるを得ない。
伝統行事としての懐の広さをアピールできた良い機会を失っただけでなく、
こういう結果になり、かえって全国的に反感を呼ぶことになるのではないか。
また、今回検出された放射線のレベルについては、このような見解もあるようだ。

「測定結果の数値について、専門家は「問題となるようなレベルではない」と話す。
国際放射線防護委員会の主委員会委員、丹羽太貫・京都大名誉教授(放射線生物学)は
「仮に表皮を1キロ食べ、全て体に吸収されたとしても取るに足らない線量」と指摘した上で、
「意味のないクリーンさを求めた今回の判断は被災地の方々の気持ちを踏みにじるものだ」
と指摘する。」
(以上、毎日新聞8/12より引用)

いづれにせよ、使わないという結論になったことは変わらない。
でも、今年含め、毎年行われる「五山送り火」をTVで見るたびに、
「意味のないクリーンさを追求して、自分たちさえ良ければという気持ちの
人たちがやってる行事なんだ。勝手にやれば。」
なんてことを思ってチャンネルを変えそうだな。

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by capricciosam | 2011-08-10 22:40 | 時の移ろい | Comments(0)

せたな町観光ポスター@2011

夏バテ気味の日々を過ごしていたら、毎夏好例の道南せたな町観光ポスターが
すでに公開されていました(汗)
今年は、題して「セタナの休日」。

「う~ん、いつものひねりもなく、直球勝負か。」

と、思ったのですが、よく見れば、なにやら怪しいお二人+パパラッチのようなカメラマンが。
特に、女性の髪型や格好がちょっと年代を感じさせるなぁ‥
それに、むつみさんにも似ているような‥
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「あっ、ローマの休日の二人なのか!?」

それで、リンクさせていただいてる「せたな観光協会のブログ」を
慌ててみたところ、むつみさんの書かれた記事に

「せたな町で過ごす休日を紹介する」
「出演しているモデルは、3人のせたな観光協会の職員のうちの3人でございます。」

と、書かれているではありませんか。
そういうことだったんですね。
むつみさんはじめ職員の皆様、お疲れ様です。

でも、なんともおとなしめの仕上りです。
「夏のセタナ」のような、思いっきり仕上げたという感じじゃないんですよね。
やはり、いつものパッと見て、あ~、なるほど感が乏しいのは少々残念だなぁ‥
と思っていたら、この撮影の延長上と思われるインパクトあるポスター発見。
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「スクーターの二人」
やはり、「ナントカの休日」といったら、すぐ思い浮かぶのはこれですね。
つかみとしてはOK。
まつりはきっと盛況になることでしょう。
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by capricciosam | 2011-08-06 08:00 | 時の移ろい | Comments(2)

PMF中心の7月が過ぎた

8月ですね。
夏本番といきたいところですが、7月下旬の暑さが少々落ち着き、
おまけにこの頃は夜風が冷たいので、身体への負担も減った感じです。
暑さ続きの時は夕食後は起きていられず、早々に就寝の日々でしたから、
夏バテは7月に現れていたのかもしれません。
もっとも、これからの暑さでは再び夏バテなんて、こともあるのかな。
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ところで、7月はPMF開催中なので、久しぶりにライブ三昧でした。
1回しか足を運べなかった昨年に比べると、私にしては結構通った方です。
その上、7/17には日本ハムを応援に行ってきました。
前売り券を買った時点では、「先発は誰だろうな」状態でしたが、
まさか、佑ちゃんが登板するとは想定外。
5回97球で一応勝利投手とはなりましたが、内容的には不満。
第一、無駄な球数が多いため、長いイニングが任せられない。
球数の多さにも関係するのが、コントロールの悪さ。
球威がないだけに生命線だとはおもうのですが、イマイチ。
これぞ、という決め球ががないこともつらくさせているのかな。
とにかく、応援していて疲れました。
(8/2の試合も傾向は変わらず。課題はいつ解決するのかな‥)
そんな訳で、休日に出歩いていたので、なおさら身体に疲れがたまったようで、
結構ハードなひと月でもありました。

今年のPMFを振り返ってみます。
まずは想定外のウルバンスキ。今思い出してもあのショスタコの10番は鮮烈でした。
当日はドビュッシーが無難な滑り出しだったものの、次のラヴェルでずっこけちゃったので、
果たして評判どおりなのか、と疑問符がついたままむかえたショスタコでしたからなおさらでした。
再度PMF登場を期待したいところです。

PMF生と講師とのアンサンブルは久しぶりでしたが、PMF生の成長した
一定の成果が感じられるものなので、改めて楽しい機会だな、と思いました。
それに奈井江町のコンチェルトホールの響きの良さ。
室内楽にはうってつけだと思うのですが、年間どのくらい音楽関係で稼働しているのか
気になりました。やはり、器は使われてこそ磨かれます。

久しぶり登場のトーマス・ハンプソンさんはその美声もさることながら、
中島公園のKitaraへの道で追い越されたことが、私的にはプチサプライズ。
黒縁のゴツイ眼鏡をかけていたのですが、堂々たる体躯でした。
ステージ衣装を右手で肩から下げて、大股で過ぎ去っていきました。
ちょうど開場の頃にはKitara正面を楽屋口に向かって歩いていました。
気がついてから、少し追いかけて携帯で撮ったので、ブレています。
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ルイジ監督2年目でしたが、昨年話題になったオペラ公演はなく、
代わって若手指揮者による公演があったりして、
3年間継続するような特色ある企画はないことはわかりました。
しかも、かつてのPMFで企画されながら、久しく企画されていないものを持ち出してきたので、
来年もそのような傾向になるのでしょうか。
それにつけても、大震災発生後いちはやく参加を表明してくれたことは忘れられません。
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by capricciosam | 2011-08-03 23:32 | 時の移ろい | Comments(0)