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父と暮らせば@北広島市芸術文化ホール2011

3年ぶりに観るこまつ座公演です。
前回の「太鼓たたいて笛ふいて」は「戦争」がテーマでしたが、
今回の「父と暮らせば」はテーマがさらに絞られて「原爆」です。

原爆が投下されてから3年後の広島。
復興も進まない中、主人公の福吉美津江はバラック同然の家に住んでいます。
美津江は被爆しながらもなんとか助かったのですが、
父・竹造は、実は3年前の原爆ですでに死んでいますが、何故かこのところ同居しています。
そして二人の会話に耳を澄ますうちにその訳は判明してくるのですが、
果たして、何故死者がよみがえったのか。
実は、その辺の作者の意図が知りたくて、公演終了後会場で原作を求めて読んでいました。
それで感想がおそくなってしまいました。あいすまんこってす。
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「ここに原子爆弾によってすべての身寄りを失った若い女性がいて、
亡くなった人たちにたいして、「自分だけが生き残って申しわけがない。」と
考えている。このように、自分に恋を禁じていた彼女が、あるとき、ふっと恋におちてしまう。
この瞬間から、彼女は、「しあわせになってはいけない」と自分をいましめる娘と、
「この恋を成就させることで、しあわせになりたい」と願う娘とに、
真っ二つに分裂してしまいます。
(略)美津江を「いましめる娘」と「願う娘」にまず分ける。
そして対立させてドラマをつくる。しかし一人の女優さんが演じ分けるのはたいへんですから、
亡くなった者たちの代表として、彼女の父親に「願う娘」を演じてもらおうと思いつきました。」
(以上、「父と暮らせば」(新潮文庫)劇場の機知-あとがきに代えて、より引用)

これで合点がいきました。
すごい着想だな、と思うと同時に、井上ひさしさんの創造力の一端を知る興味深い話です。
そして、作者は1場4景の舞台に作り上げてしまった訳ですが、
そこには惨禍を経て幸いにも生き残った者の魂を鼓舞する作者のメッセージが読み取れます。
端的に表れるのが、竹造の次のセリフです。

「おまいは病気なんじゃ。病名もちゃんとあるど。
生きのこってしもうて亡うなった友だちに申し訳ない、
生きとるんがうしろめたいいうて、そよにほたえるのが病状で、
病名を「うしろめとうて申し訳ない病」ちゅうんじゃ。
気持ちはようわかる。じゃが、おまいは生きとる、生きにゃいけん。
そいじゃけん、そよな病気は、はよう治さにゃいけんで。」
(以上、「父と暮らせば」(新潮文庫)P.98より引用)

いつまでもうしろめたさにとらわれずに、幸せを求めて生きるんだ。
恐らく、舞台でお二人の役者さんが演じられることから発せられるメッセージは
この点につきるのでしょうが、美津江が恋心を抱く相手、木下正(登場しません)の
意向(原爆資料の保管)を考えると、惨禍を忘れてはいけない、後世にきちんと伝える
ということが作者の隠された別のメッセージだったのかな、と思わずにはいられません。
そして、東日本大震災と福島第一原発事故に遭遇したタイミングでは、
十分我々の心に響き、共鳴するメッセージでもあるな、と改めて思い至りました。

最後に、演じられる辻萬長さん、栗田桃子さんのことについて。
お二人のコンビでは2008年から続いていて、今回で3回目だそうですが、
よどみない広島弁のセリフに聞き惚れ、立ち振る舞いに見とれているうちに
引きこまれてしまい、芝居の頂点となる4景では涙壺が満水になりました。
幸い決壊せずに済みましたが、まわりから多くのすすり泣きが聞こえてきて
いかに共感している人が多かったことか、と改めて感じたところです。
これは、作者の力はもちろんですが、演じられるお二人の力がなくては
如何ともしがたいところだと思います。

今回の公演も7月から全国巡演を重ねられて、道内は9/22伊達を皮切りに、
音更、士別、深川と巡回されて、北広島公演は道内巡演の最後でした。
そして9/30、10/1の埼玉県大宮で千秋楽です。
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<蛇足>
井上麻矢さん(こまつ座社長・井上ひさしさんの三女)も公演会場にいらっしゃいました。
会場には井上ひさしさんの笑顔の大きなパネルが。
カミサン「ホント、亡くなられたなんて信じられないですね。」
麻矢さん「臨終に立ち会いましたが、ほんとうにそうなんですよ。
どこかからふっと現れてきそうで。」
亡くなったのが昨年春でしたね。早いものです。
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by capricciosam | 2011-09-28 22:33 | 舞台 on stage | Comments(0)

レコーディング現場に参加してみた

秋の好天に恵まれた3連休。
「お見舞い」、「寺参り」、「墓参り」と年相応(!?)の過ごし方をしていました。
でも、最終日は少しだけ楽しみも。
3位オリックスを向かえての3連戦最終日に日ハム応援です。
一応、今シーズン最後の観戦だったのですが、前日までにすでに2連敗しており、
気分的には盛り上がらないまま札幌ドームに向かいました。

9月に入ってからの打撃不振は目を覆うモノがあります。
前日までの戦いでも打線がつながらずに得点できない試合が多すぎます。
結果は、得点を上げられず、なんと3連敗。
これで引き分けをはさんで7連敗となり、1位ソフトバンクに追いつくどころか、
ますます離されてしまい、3位オリックスとの差が縮まるばかり。

「打てない。(略)日本ハム打線は底なし沼に両足を突っ込んでしまったようだ。(略)
それでも工夫の余地はあったはずだ。セーフティーバントで揺さぶったり、
バットを短く持って単打を狙ったり。いわゆるいやらしい野球だが、
日本ハム打線は淡泊な攻撃に終始した。(略)試合後、チーム関係者は言った。
「(略)穴の空いたバットでは打てない」。稲葉、糸井ら主軸にけが人を抱えるハンディもあるが、
貧打が続く打線へのもどかしさが思わず口をついて出た。
(略)何でもいい。沼から抜け出すきっかけが欲しい。」
(以上、北海道新聞9.25より引用)

2連敗した後に、スポンサーである地元紙に正面切ってこう書かれましたが、
3日目も結果は変わらず。
ホント、勝利が良薬なんだろうけれど、良薬を手に入れるきっかけが欲しいよ。
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試合終了後は、ファン参加型の共同チャリティCD制作現場に参加してきました。
この3連戦の間、毎日試合終了後に希望者だけ3塁側に集められて、
松山千春さんの「大空と大地の中で」を歌い、収録するというものです。
選手の歌声はすでに収録済みだそうで、当日会場に流れたのは中田翔選手の歌声。
これが松山千春さんの歌声によく似ているんですね。
この歌声に併せて、練習一回、本番一回で終了。
練習では小生も歌いましたが、本番は撮影に専念していました。
撮影しながら聴いていたのですが、ファンの皆さんもとても上手で聞き惚れました。

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by capricciosam | 2011-09-26 06:54 | ファイターズ | Comments(2)

遅ればせながら

昨日は雨模様の中、朝からあちこち出歩いていました。
その反動か、今日は一日中家でゴロゴロです。
ただし、運動不足なので夕方にはカミサンと散歩はしました。
この時期は紅葉も本格化せず、花も少な目で端境期的雰囲気です。
その上、どんよりした曇り空で、なんとなく肌寒い。
帰宅してニュースを見たら10月初旬から中旬の気温だったとか。

そんな連休最終日ですが、遅ればせながら動画をYouTubeに初めてアップ。
2つなんですが、どちらも、以前のファイターズイベントからです。
(今日も西武相手に逆転ならず。奮起してくれ、3位のオリックスが近づいてくる。)
ひとつは、札幌ドーム初のジェット風船。
7回裏の青風船は撮れたものの、勝利した最終回の白風船は撮れず。
なにせ、初めて動画を撮ったので、操作に手間取っている内に撮れませんでした。
また風船飛ばしはファンも初体験なので、少々迫力に欠けるかもしれません。

残るひとつは、延期されたファイターズ花火大会。
これも札幌ドーム初だとは思うのですが、自信がありません。
これは、チケットを事前に押さえていたら、勝手に花火大会がやってきたという感じで
実にラッキーでした。
これまでYouTubeでアップされたものの中では、唯一札幌ドーム駐車場で撮影したものです。
ちょっとサイズが大きかったので、動画が途切れるかもしれません。

<蛇足>
アドレス表示だけになってしまいましたが、以前のようにタグで埋め込むことができません。
これは、公開スタイルの変更なのでしょうか?
それとも、やり方がマズイだけ?
<蛇足2>
タグで埋め込むことに成功しました。でも、ちょいとわかりづらくなったなぁ‥
<蛇足3>
画面サイズもこれまでの修正サイズでは大きすぎる。異なっているのは何故。
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by capricciosam | 2011-09-19 23:16 | ファイターズ | Comments(0)

東京都交響楽団札幌特別公演@Kitara2011

1曲目 メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」
2曲目 メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調
3曲目 ブラームス:交響曲第1番
アンコール ドヴォルザーク「チェコ組曲」よりポルカ

都響を初めて聴いたのは金聖響さんと来道した時だから、6年前ということになります。
年に一回ぐらいは来道していただいているようですが、小生は久しぶりです。
おまけに休日のマチネの「名曲コンサート」です。
期待して出かけました。

1曲目からうまさを感じさせますが、前回の印象とはちょいと異なる感じが。
2曲目ではオケを減員してコンパクトにし、ちょっとした室内オケの雰囲気。
スワロフスキーさんも終始ソリストに寄り添うような指揮ぶりで端正な音づくりをしていました。
ソリストの松田理奈さんも鳴らすべきは鳴らしながらも、丁寧に演奏されていた姿勢には
好感が持てました。欲を言えば、もう少し放出してくるパワーがあればなお良しなのですが、
まだお若いので今後の成長に期待したいところです。
3曲目では増員していましたが、そんなに音圧を感じる訳ではありません。
当時の感想では、都響のサウンドについて
>ヴォリュームのある、充実した響き
と、記したようです。
聴き終えてみると、今回も「充実した響き」という印象は変わらないのですが、
当時のようなヴォリューム感や若々しさというような印象は薄れ、
シックなとか、落ち着いたとでも言うべき響きで一貫していたように感じました。
普段都響を聴いている訳ではないので、このようにオケが変化してきたのか、
あるいは指揮者のレオシュ・スワロフスキーさんの指向性の賜なのか不明ですが、
いずれにせよ、楽しい一時でした。
会場の熱い拍手からも来場者の満足度は高かったようですね。
ぜひ、これからも来道していただきたいものです。
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by capricciosam | 2011-09-18 22:01 | 音楽 | Comments(0)

探偵はBARにいる@映画2011

札幌のススキノで何でも屋というかプイベート・アイを生業とする<俺>を主人公とする
探偵シリーズは札幌在住の作家・東直己さんの代表作。
その一作目「探偵はバーにいる」は文庫化されてすぐに読んでいました。
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つきあってる彼女が失踪したのでなんとかしてくれ、と大學の後輩から泣きつかれて
<俺>が渋々たちあがってみたものの、市内を駆けめぐって謎を解いていくうちに
持ち前の正義感から深みにはまっていくというのが、ざっくりしたあらすじ。
著者の語り口は軽妙で、小生にとっては市内の土地勘のある場所が
次々に眼前に現れるものだから、親近感からあれよあれよと読み進んだものでした。
当時のキャッチコピーは「新感覚ハードボイルド」。
なるほど、暴力と殺人というハードボイルドには欠かせない要素もきちんとありながらも
場違いな「軽妙」とでもいうべき言葉がふさわしいような語り口で、酔いどれながらも
すさんだところがない、むしろ時折、畑仕事に汗を流す(もっとも栽培しているのは大麻だから
なんとも人を食っている)ように一見ポジティブに生きているように感じられる
新たなヒーロー像を読者に提示してみせた著者の語り口のうまさに感心したものでした。

しかし、今秋映画化されたのは題名こそ発音したら一作目と同じながらも、
「バー」を「BAR」に変えて、内容は二作目の「バーにかかってきた電話」。
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えっ、文庫本のカバーが新しいじゃないか?って。
実は、一作目以降シリーズ化されていたものの、「いつでも読める」と油断して
2作目以降は読まずじまいでした(東さん、ゴメンナサイ)。
それで、公開される前に慌てて読んだところです、ハイ。
一作目に比べ著者の語り口はさらに磨きがかかり、ストーリー含め
全体がこなれた感じになっており、謎の解明とともに衝撃度も増している。
映画化に2作目を選んだのは選択としては良かったのではないかと思う。

<以下、ネタバレが部分的にありますので、ご注意ください。>

映画化に当たって、ストーリーの大筋は原作に沿っているものの、
上映時間という制限の中で説明しやすいように、組み立てはくふうし、
導入部や演出を変えつつ、全体にテンポアップしており、バイオレンス度も増している。
その分、原作の雰囲気との乖離感があったと感じたのは否めないが、
<俺>を演じる大泉洋の時おりみせるお笑いキャラと、高田役の松田龍平とのかけあいが
原作の「軽妙」さにひきもどさせてくれる。
また、まじめに演じても普段TVで観る大泉洋のキャラが立ってきて、
少々お尻のあたりがもじもじしてしまう落ち着きの悪さはやむを得ないところか。
それから、演出での工夫に注文をつけるとすれば、観客の想像力に託して「絵」として
見せすぎないほうが深みを与えたのではないかと思えたシーンもいくつかあった点だ。
例えば、田口とその妻まで殺すシーンやヒロインの自殺シーンだ。
特に、後者は拳銃を頭に向けるカットでとどめ、次のカットは発射音で小生には充分。
そのほうがヒロインの悲しみが深まると同時に観客の想像力も働き、
気持ちも引き寄せられて、余韻が生まれたように思う。
また、拳銃一丁で何発撃てるんだ、というくらい南、岩淵父子にぶちこんでいたけれど、
岩淵父の扱い方も無理矢理カタルシスを得させようとしているようで安易で押しつけがましい。
むしろ原作の扱い方のほうが唸ったところだ。
また、死んだはずの<コンドウキョウコ>へのミスリード役が原作にはあったのに、
本作では配置しつつ否定したことで、原作を知らない人でも<コンドウキョウコ>が
誰なのかを簡単に推理できる可能性が高かったのは制作側の意図なのか。

しかし、総体的に見れば、札幌の今をふんだんに折り込んだロケもさることながら、
オリジナリティを見失う事なく、一定の水準が十分確保されていたことは喜ばしい限りだ。
あわよくばシリーズ化を狙っているとのことだが、
次作では、なお一層のブラッシュアップを期待したい。
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<蛇足>
ホント、ススキノはじめロケはふんだんに敢行したようです。
赤ひげ薬局前、ラーメン横丁、地下歩行空間、中央署前や大通りビッセの各交差点etc。
思わず笑っちゃったのが、ススキノ交番裏のビル屋上。挑戦的(笑)
また、霧島敏夫の殺害現場は原作では南7西4の路上だから、まさしくススキノという設定。
でもロケ現場は、ススキノから離れた札幌駅前にある、
現在解体中の旧札幌西武の本館とロフト館の間にあった道路というか通路。
ロフト館(当時は新館と言ったんじゃないかな)ができたばかりの頃、出入り口近くに
犬の彫刻があって、子供を側に立たせて写真を撮ったことを思い出しました。
懐かしいなぁ~
それから、原作者の東さんも<ケラーオオハタ>のあるシーンで特別出演していました。
その演技する姿は普段の東さんらしいんだろうか、と想像したら思わずニヤリ。
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by capricciosam | 2011-09-15 21:32 | 映画 | Comments(0)

あれから半年

3.11東日本大震災から半年になった。

TVでも朝からいろいろ報道されている。
手つかずの瓦礫もまだ大量にあるのにもかかわらず、
雑草が生い茂ってきたせいか、一見すると以前のような日常が戻ったのか、
と錯覚してしまいそうになる。
しかし、被災された街では瓦礫の撤去が依然進行している。
復興なんて段階ですらないことは明らかだ。

この間の政治のもたつきぶりには歯がゆさや怒りを通り越して脱力感すら覚える。
思いつきとしがみつきが取り柄の前首相もようやく去って、
今度は泥臭く仕事をしてくれるはずの内閣に失言大臣が紛れ込んでいたようで、
国会も始まらないうちに、早くも舌禍による辞任だ。
軽はずみ、軽率というより、人間としても軽量級か。
選挙区は違えど、道内選出だけに道民のひとりとして恥ずかしく、
福島県民の方には申し訳なく思う。
苦しんでいる国民を救済するために真摯に働こうという政治家はいないのか。
形だけ、うわべだけじゃないのか、と疑いが先立ってしまうことが悲しい。

しかし、被災地が少しずつではあるが、前に進もうとしていることは
間違いないようで、様々な取り組みを見聞きするにつけ、
我々も決して忘れちゃいかんな、という気持ちを新たにします。
復興にはとてつもない時間を要することは間違いない。
まして、原発事故はオイラが生きている間に収束できるのだろうか。
だからこそ、記憶の風化を押しとどめて、被災しなかった我々も
忘れずに支援の手を様々な形で継続していきたいもの。
例えば、放射線の量が影響を与えない範囲なら、被災地域の食品を食べて支援するのも手。
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昨日のマー君VS佑ちゃん観戦のお供は、福島県二本松市の「奥の松」と
塩釜市の「笹かま」でした。両方とも美味でした(^^)V
こんなこと書いたって、小生もしょっちゅう口にしている訳ではありません。
でも、大震災を心に止めて時々でもやってみることが大事なんだろうと思います。
みんなで少しずつでも結構大きなモノになるでしょうからね。

ガンバロウ、東北!!
ガンバロウ、日本!!
ハナサケニッポン

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by capricciosam | 2011-09-11 23:01 | 時の移ろい | Comments(2)

4年間の差

2006年8月21日甲子園決勝再試合。
アノ夏から5年。
とうとう実現した佑ちゃんとマー君のプロ初対決。

「いつかは」と思っていた試合ですが、
この段階では佑ちゃんにハンデが欲しい、というのが正直なところです。
原因は二人の実力差があまりにも歴然としていること。
5年前の二人は力は接近していたとは思うのですが、
プロ入りしてからの佑ちゃんの先発としての投げっぷりは、正直期待ハズレ。
同期入団の巨人・沢村投手や広島・福井投手の迫力に比較すると
どうして5勝もあげられたのか、どう考えても不思議でしょうがない。

佑ちゃんの投げる試合は札幌ドームではオープン戦含め、偶然(!)5試合も観てます。
佑ちゃんのピッチングの印象は球速がない分、変化球に頼りがち。
しかし、その割に制球力がいまいち。そのため無駄球が多くなり、失点されやすい。
そして、中盤くらいで球数が100球程度となって完投にはほど遠い状態で途中降板。
ただし、登板機会が増すにつれて、徐々に変化球頼みから直球を効果的に使いはじめて、
失点されても5回から7回程度と投球回数を伸ばしていることに
彼なりの「考える投球」をしていることが感じられます。
ただ、依然球速はない(ほとんどが140km以下)し、制球も不安定。
特に、投球終盤になると途端に不安定になるのは、体力不足なのかな。

現在防御率トップのマー君と比べたら、その差は歴然。
甲子園決勝当時の、同じくらいのレベルでの投げ合いを期待してのプロとしての対決。
これが大方の期待ではなかったか、と思うので、現段階ではどうなのかな。
そこで、プロ野球ではありえない「ハンデ戦」なんて言い方をしてしまいました。
個人的にはマー君を応援しつつも、チームとしてはファイターズを応援する身としては、
やはり、佑ちゃんにも肩入れしてきちゃいますね。
あ~、悩ましい。

しかし、そこはプロ。
やらなけゃならない日が来た訳です。
もちろん、TVの前でじっくり観ていました。
結果は、佑ちゃんが初めて8回を投げきったものの、4失点で負け。
(6回の3失点以外は、今浪のファインプレーのような野手にも支えられ、よく投げた。)
マー君は1失点で勝ち。(インタビューで悔しがっていたが、9回ツーアウトまで持ち込みながら
満塁の場面で押し出しで1点だからな。わかる。でも、これは二岡がアッパレだな。)

「楽天・田中:必死に投げた。これだけ注目された試合。
勝てば(チームにも)流れが来ると自分に言い聞かせた。斎藤も粘り強く投げたと思う。
満員の中でマウンドに上がれて野球人として幸せ。」
「日本ハム・斎藤:これがプロ4年間の差かなと素直に思った。
(田中は)5年前からいい投手だと思っていたし、今もそう。
ただ、この差は決して大きくはない。全く追い付けないものではない。」
(以上、時事通信社9/10より引用)

二人のコメントを読むと、マー君のプロ意識の高さと佑ちゃんの負けず嫌いぶりが感じられる。
プロ初対決はマー君が勝って甲子園のリベンジを果たしたということになるのでしょうが、
そんな単純な絵柄じゃないと思う。
小生としては、正直素直に喜べない。
やはり、あの夏のような「互角の戦い」こそ観たい訳で、
そのためには、やはり佑ちゃんが「全く追い付けないものではない」と言うのだから、
ぜひレベルアップして、この「4年間の差」をなくして再度投げ合ってもらいたい。
その時こそが待たれるのだ。
ついでに、その時はKスタじゃなく、札幌ドームでね、とも期待したい(笑)。
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by capricciosam | 2011-09-11 07:50 | ファイターズ | Comments(0)

ビーン、お疲れ様でした。

最初に正直に言いますが、確かに記事の更新をさぼっていました。
えっ、仕事が忙しかったのかって!?
それとも体調でも悪かったのかって!?
仕事はしていましたが、特段忙しかった訳でもありませんね。
体調は、ちょっと不調と言えば、不調ですね。
えっ、どこが悪んだ、って!?
なんせ、夜はまともに起きていられませんからね。
まぁ、歳ですから、夜更かしができなくなって、替わりに早起きになってくる。
これは、老化という生理現象でしょうから、逆らうつもりはありません。
思い当たるものと言えば、いわゆる「夏ばて」なんでしょうか。
昨年ほどの猛暑でもないのですが、今年は例年になくお盆明けになっても
北海道にしては多湿な暑さが続きました。
自慢じゃありませんが、扇風機すらなく、団扇だのみの我が家ですから、
寝苦しさにともなう睡眠不足で、少々疲れもたまったようです。
しかも、ここ数日は関西圏に大被害を出した超ノロノロの台風12号が去ったと思ったら、
明日にかけて台風13号が接近ということです。
連日の雨で、ベタベタした空気がまとわりつく中で過ごしていますから、
サラッとした秋風で心身ともにリフレッシュされるまでは、まっ、当分このままでしょうね。
(あ~っ、秋風早く来い!!)
その間、いろいろ記事にしたいネタもあったのですが、時間が経つと鮮度も落ちてしまい
そうこうしているうち取り上げる気力もなくなってしまいました。
(こんな言い訳は素人ゆえですな。やはりプロの書き手は凄いもんだ。尊敬。)
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さて、話題は変わって盲導犬のお話。
写真は今日届いた北海道盲導犬協会からの「協会だより」vol.51です。
タイトルも「北の盲導犬だよりWith」と変え、前面カラー化して新たなスタートを切りました。
今号には、大震災の影響を受けた盲導犬ユーザーへの対応やフォローアップの様子が
掲載されていました。
東北地方には盲導犬育成機関がないようで、北海道盲導犬協会からも多くの盲導犬が
供給されています。誌面ではユーザー数は29名となっていますから、つまり29頭の
盲導犬が活躍しているということになります。結構な数です。
そして、記事では、地震で道路が隆起したり、瓦礫が障害物となって歩くことに不安がある
のでなかなか一歩外へ出ることができない、という切実な声が紹介されています。
これは被災地の復興が進むことでしか改善されないことなのでしょうから、
一日でも早く、と願うばかりです。

さらにページをめくっていると、毎号おなじみ「老犬ホームだより」に。
協会には盲導犬の仕事をリタイアした盲導犬たちが余生を過ごす一角があります。
そこでの様子や老犬を引き受けているお宅での様子が紹介されていますが、
老犬の来し方に思いを馳せると頭が下がるばかりです。
そして、余生を終えて亡くなった老犬の紹介も。
7頭が亡くなっていました。
順番に見ていって、6頭目で目が釘づけに。
そして、思わず「えーっ」と声を出していました。
盲導犬は「ビーン」。17歳。

「ビーン死んじゃったよ‥」

「私の名前はビーン。
16年前のパピーウォーカー委託終了式の日に
「ふりむくなビーン」というタイトルで新聞に掲載されました。(略)
10歳でお仕事を終えて、私を育ててくれたパピーウォーカーのお家へ帰ってからも、
お母さんが手作りした私の絵本を持って小学校や地域のイベントなどに行っては
PR活動を行いました。(略)1000人以上の子供たちにお会いしてきました。(略)
(平成22年)12月には老犬ホームで、男の子最高齢のラッグス君と
女の子で最高齢の私のご対面が実現しました。お母さんはとても大喜びです。
目も耳も不自由になり周囲の状況が分かりづらい私だけれど、
この時は楽しい雰囲気が充分伝わってきたわ。(略)」
(以上、北海道盲導犬だより「協会だより」vol.50 P.9より引用)

「そうか、16年前だったね。引退してからもPR犬としてもガンバッテいたんだね。」

ビーンが老犬ホームに来たのは昨年の12月。
今年のいつ亡くなったのか不明ですが、それにしてもあまりにも早い死です。
小生も、この「ふりむくなビーン」で盲導犬との関わり(と言っても、今だささやかなものです)
を持ちましたから、ビーンは忘れられない盲導犬なのです。
昨年はオープンデーが中止になり、しかも今年は大震災の影響で秋に延期になりましたから、
老犬たちにも会う機会はしばらくありませんでした。
だから、老犬ホームにいるビーンには会ったことはありません。
そう言うわけで、とうとうビーンには会わずじまいになってしまいましたが、
当時新聞掲載された若き日のビーンの姿は、これからも忘れることはありません。
ビーン、お疲れ様でした。
どうぞ安らかに眠ってください。
合掌。
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by capricciosam | 2011-09-05 22:54 | 時の移ろい | Comments(0)