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ポインセチア・タワー

昨日の記事で更新をさぼりまくっていることを白状したところですが、
改めてこの頃書いた記事を読み返したんですが、話題もやや固定気味。
日常のちょっとしたことが少ない。
もっとも、この辺はtwitterをやっていない身として、ブログのおまけの「最近のつぶやき」には
ほぼ毎日つぶやいてはいるのですが‥
にしても少ないなぁ‥

そんな訳で、本日のちょっとした事など。
今日は一日中雨がしとしと降っているような11月にしては暖かい天気でした。
午前中はカミサンの買い物につきあって、スーパーとドラッグストアへ。
日配品やら雑貨やらを久しぶりにまとめ買い。

お昼を食べたら、休憩もそこそこに札幌花卉卸売市場へ。
毎年恒例の即売会は大賑わいですが、小生としては
この時期どうしても欲しくなるのが、真っ赤なポインセチア。
クリスマスのシンボルカラーとしては赤と緑でしょうか。
だとしたら、まさしくこの花(正確には萼)と葉の色そのものです。
自分の中でこの花を冬と結びつけて意識するようになったのはいつ頃からなのか、
ちょっと思い出せないんですが、今じゃこの花を我が家に迎えることが
冬に向けた準備のひとつになったかのようです。

会場には赤のポインセチアを基調に、ピンクや黄色のポインセチアも混ぜて
4mぐらいの高さのポインセチアだけのタワーが作られていて、見事でした。
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夕食を食べてからは、録画しておいた2番組を観ました。
「高中正義@日比谷野外音楽堂」は40th anniversaryということでしたが、
スーパーギターぶりは健在で嬉しくなりました。
「BLUE LAGOON」「Ready To Fly」では会場もノリノリの様子。
わかるなぁ~
アンコールにウクレレを弾き、「あ~ぁ、やんなっちゃった」を。アハハ。

続いて「9月21日のN響定期公演」を。
シューベルトとブルックナーの、ともに7番。
ヘルベルト・ブロムシュテットさんは、とても84歳とは思えない指揮ぶりで、
N響もライブ録音できたんじゃないか、と思える程の充実した演奏を展開していました。
これをサントリーホールで聴くことが出来た方は幸せだっただろうな。
ですが、画面で見ると空席が目立ちます。せいぜい2~3割程度の入りでしょうか。
N響定期は一度潜り込んだことがありますが、こんな入りの訳がない。
実は、当日は台風直撃による大荒れの天気だったからなんですね。
これを聞き逃した会員の方はくやしいだろうな。
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by capricciosam | 2011-11-27 23:43 | 時の移ろい | Comments(2)

芝浜@落語CDムック・立川談志

人間なんてさぼりだしたら、いくらでもさぼれるもんでね。
あっしなんて、ブログの記事更新もさぼりまくりだよ。
なに、自慢にならない。そりゃそうだ。
それでも、おまんままの食い上げだけはご免だから、そりゃ、平日は働くよ、当たり前だろう。
でも、まっ昼間から酒をかっ喰らい、働くのをさぼりまくって、挙げ句に
かみさんから「鍋の蓋も開かないよ」と文句を言われてる魚屋が江戸時代にいたんだよ。
それがこの話「芝浜」の主人公なんだけどね、
こいつが、かみさんにやいのやいのと言われて、久しぶりに商売する雑魚場の芝浜にきたところ、
大金がはいった財布を拾っちまうんだ、これが。
「ラッキー」なんて、言ったかどうか知らないけれど、たいそう慌てたことは間違いないようだね。
なにしろ10両で死罪のところ、42両だったんだから、そりゃ、当然だぁ。
一体、何回死罪になるんだ。
そんなことより、慌てて家に戻ったことは言うまでもねぇ‥‥

なんて調子で書いてみましたが、談志師匠が語っているつもりです、ハイ。
実演には接したことはとうとうありませんから、こんな調子で語られたか定かではありませんが、
まぁ、TVでは随分お顔を拝見した落語家のお一人であることは間違いありません。
小生の頭の中に残っている師匠の語り口の断片をつなぎ合わせた架空の語り口調です。

以前の記事にも書いたことがありますが、落語に興味を抱いたのは「笑点」からですね。
(師匠が司会をやっていた頃も、なんとなく記憶には残っているような‥)
だから、近年実演に接するまでは、ひたすらTV中心で接していましたが、
師匠の場合は本来の芸をじっくり鑑賞したという記憶よりも、
タレント議員とか、落語協会脱会騒ぎなんてことの印象が強すぎて、
いまいち小生の中では評価が定まらないんですね。

しかし、ガンに罹病されたということは知っていましたから、
一度CDでもいいからじっくりその芸に触れてみたいものだ、と思っていました。
そんな折、昨年末から今年の春にかけて落語CDムックとして師匠の分が3回発行されました。
あまり、CDムックなんて類は手を出さないほうなんですが、
この時は無性に聴きたくなってコツコツ買いました。
その一回目に収録されていたのが人情噺の「芝浜」。
晩年の年末の独演会では必ずトリに演じた、師匠の十八番。
やはり、聴くならこれからです。

晩年は喉頭ガンの影響で声がかすれて聞き取りにくい。
どうも、あの発声のつらそうな姿は、見ているこちらもつらくなる。
やはり、もっと若い頃の立て板に水状態で落語も味わいたかったところ、
収録年が昭和57年とありますから、師匠46歳の滑舌のなめらかな頃です。
収録時間は36分。
晩年の芝浜は一時間近くだそうですから、磨き上げていく前の原型なのかも
しれませんが、談志落語を楽しむことは十分可能でした。
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「落語は人間の業の肯定である」立川談志
合掌。
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by capricciosam | 2011-11-26 23:30 | 時の移ろい | Comments(0)

同じ無死満塁でも

今夜で日本シリーズも5戦目が終わりました。
ここまでは、完全な「外弁慶」と言うのでしょうか、お互いがアウェーで勝ち、
ホームで負けるという珍なる結果です。
なんだかヘンだな、意外だな、というのが、正直な感想です。

しかし、昨日の第4戦と今日の第5戦でなんとも象徴的な「無死満塁」が見られました。
いずれも、先発投手が無死満塁を作ってしまったことは同じです。
第4戦は6回裏の場面。
中日の攻撃に対して、ソフトバンクはホールトンをあきらめ、森福。
結果は後続を三振、レフトフライ、遊ゴロで、しのぐ。
見ていても、小気味よい見事なピッチングでした。

第5戦は8回表。
ソフトバンクの攻撃に対して、中日はチェンに替えて、来季の戦力外通告を受けた河原。
しかし、死球でやらなくてよい1点を献上。
続く打者には2点適時打を打たれ、結局3点を献上することに。
中日の反撃の機運を削いだ形となりました。

「潮目が変わった」
シリーズを終えて振り返った時に、好対照な無死満塁として評価されるのではないでしょうか。

1,2戦の中日有利の形が消えて、ソフトバンク有利の形が浮かび上がったままで
5戦目を終えたような気がします。
残る6,7戦ですが、ソフトバンクはパ・リーグを代表する投手の二人、和田と杉内でしょうから、
早ければ6戦目で勝負が決まりそうな気配ですね。

<追記11.20>
6戦目は和田が誤算で、結局最終の7戦目に決着がもつれこみました。
中日の山井も好投していましたが、3回の無死満塁が痛かった。
ソフトバンクは杉内、ファルケンボーグ、森福、摂津という豪華リレーで勝利し、
外弁慶にも、ようやくピリオドが打たれました。
ソフトバンク、日本一おめでとう。
大震災の影響で開幕が遅れた今シーズンのプロ野球もようやく幕が降りました。
選手、コーチ、監督他関係者の皆さん、お疲れ様。

<追記11.23>
昨夜評論家の高木豊氏が第4戦のあの無死満塁の場面を本シリーズの
流れを変えた決定的場面として選手のインタビューを交えて紹介されていました。
題して「森福の11球」。

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by capricciosam | 2011-11-17 23:26 | 時の移ろい | Comments(0)

佐渡裕&ベルリン・ドイツ交響楽団@Kitara2011

はじめに、当夜のアンコール含めた演奏曲を。

1曲目 ベートーヴェン「レオノーレ」序曲第3番
2曲目 モーツァルト ピアノ協奏曲第23番
アンコール ショパン ワルツ第5番
3曲目 チャイコフスキー 交響曲第5番
アンコール 弦楽セレナーデより第3楽章「エレジー」

当夜の真骨頂は、やはり3曲目のチャイコフスキー。
佐渡さんは、決して急がない。
むしろ、あえて「ため」を作るがごとき悠揚迫らぬ指揮ぶりで、オケを慎重にリードする。
また、オケもそれに丁寧に応えるが、間延びしたところなどいささかもない。
第一楽章はそんな印象で終え、引き続きホルンの独奏が印象的な第二楽章に。
ところが、ホルンのソロが終わる半ば頃から佐渡さんが指揮棒を置いて、
手だけで指揮し始めてから、俄然カンタービレが満ち始めたように感じた。
やっと、佐渡さんがブレーキを解除したようで、続く第三楽章も指揮棒なし。
圧巻は第四楽章で、師のバーンスタインばりのジャンプは飛び出すは、
前で両手を組んで、まるでオケに向かって祈るがごとき姿も。
圧倒的フィナーレを終えると、多くのブラボーとともに、満席の会場からは
多くのスタンディングオーベーションが。
出かけた演奏会では久しぶりに見る光景でしたが、心情的には小生も同じです。

客席に振り向いた時の佐渡さんは一瞬泣いているように見えました。
そして、オケがはけて、客席も立ち始めた時、まだ続く拍手に応えて
一人登場してくれました。さらなる盛大な拍手とブラボー。
この時も、佐渡さんは、何やら胸にグッとくるものをこらえるような表情でした。
きっと、ツアーを終えた達成感、安堵感、解放感が、そうさせたのかもしれませんね。
でも、穿った見方かもしれませんが、「札幌」という自らのキャリアに欠かせない地への
久しぶりの凱旋公演の成功がよけいそうさせたのではないかな、とも思い当たりました。

佐渡さんがPMFの第一回から参加して、この教育音楽祭の礎を築いた一人であることは
PMFの演奏会を楽しみにしてきた人の間ではよく知られていることです。
その前後を振り返ってみます。

1987年・26歳 タングルウッド音楽祭に参加、バーンスタインや小澤征爾の指導を受ける
1989年・27歳 ブザンソン指揮者コンクール優勝
1990年・28歳 第一回PMF開催 アカデミー教授陣として参加
1991年・29歳 第二回PMF開催 この年は参加していない
1992年・30歳 第三回PMF開催 PMFオーケストラ・レジデント・コンダクターとして参加
以下、1997年・35歳の第八回PMFまで同じ役割で連続参加しています。
(以上、PMFに関しては「PMF-20Years」から引用しました。)

回数にして7回。
20代後半から30代半ばまでの若き日に、夏の一ヶ月間を札幌で過ごしてきた訳ですから、
少なからぬ「想い」が札幌に対してあっても当然ではないのかなと思います。
その間、並行してフランスのボルドーや新日本フィル、そしてラムルー管弦楽団の指揮者
にも就任してプロ指揮者としての地歩を固めていっていることがわかります。
また、PMF最後の年はKitaraが開館した年でもありましたから、
Kitaraのステージにも立って指揮しています。
しかし、PMFとの縁が切れてからは、これ以降は恐らくKitaraには登場していないはずです。
と、いうのは次のような表現が気になって、調べてみたからです。

「日本国内では、新日本フィルハーモニー交響楽団の指揮者、大阪センチュリー交響楽団
の首席客演指揮者などをつとめた後、ほとんどすべてのオーケストラと共演を重ねている。」
(以上、「佐渡裕オフィシャルサイト」より引用、一部省略)

もちろん、PMF開催中は札響と共演しているので、これをカウントしているとは思います。
しかし、PMFとは関係がなくなっても、飛躍的に世界に進出していた当時の佐渡さんを
札幌のプロオケである札響が定期演奏会に呼んでいない訳はない、と思ったのですが、
こちらのサイトで調べてもありませんでした。
これは、正直、驚くとともに意外でした。
まぁ、定期演奏会以外のものもありますし、他のオケと来札しているのかもしれませんが、
札響が一度も呼んでいないのが事実とすると、ちょっと理解に苦しみます。
まぁ、お互いのタイミングというのもあるのでしょうが、不思議な話です。
この前提に立てば、佐渡さんの心の内では、札幌は懐かしいけれど、
地元のオケも呼んでくれない遠い街、冷たい街的な気持ちが生じていたのではないか、
と想像できます。
それが、15年ぶりのKitaraのステージで大喝采を浴びた訳ですから、
それだけで、疑心暗鬼な気持ちも吹っ飛び、感慨も一入だったのだろうな、と思った訳です。

発売早々に完売しただけあって、ほぼ満席。
久しぶりに見ましたが、聴衆の期待の高さが感じられました。
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<追加>
ベルリン・ドイツ交響楽団のブログを見つけました。
なんと、日本ツアーの様子がほぼ一日遅れのペースで動画入りで紹介されています。
Kitaraでの一曲目の「レオノーレ」のステージ横でトランペットを吹いてる様子も。
吹いてる奏者はモニターを見ながら吹いていますが、私服だったんですね(笑)
以前、ドレスデン・シュターツカペレのツアー中にも同様の速報記事を見つけて
感心したことがありましたが、こんなこと今年の札響欧州ツアーでもなかったしなぁ‥
うまく情報を発信してファンの心をつかみ、かつ開拓しているな、と改めて感心しました。
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by capricciosam | 2011-11-06 21:31 | 音楽 | Comments(4)

ギリシャ悲劇に巻き込まれたくない

ギリシャのパパンドレウ首相の国民投票発言には、小生のような凡夫もさすがに驚いた。
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実施したら、恐らく国民の反発からEUの支援策を反故にしかねず、
12月にも国庫がショートして国家財政が破綻。
連鎖的に経済恐慌が世界中を巻き込んでいく可能性が高い。
それ故、独仏首脳の説得が功を奏して、とりあえず国民投票は回避されたようだ。
しかし、ギリシャ政治が依然安定する見通しがないことから予断は許されない。
ギリシャから見たら、いわゆる「極東」の、それも「在」に位置する住民とて
経済がグローバル化している以上、遠い国の騒動だから縁がないとはいってられない。
タイの洪水被害で日系企業の生産に影響がでていることも然り。

でも、そもそもどうしてギリシャの国家財政が危機になったのか。
そう思って検索していたら、次のような記事を見つけた。
北大の宮本教授が書かれたものだ。

「ギリシャの債務危機を契機とする金融不安が世界を覆う。
これを福祉国家の破綻のように論じるのは間違いだ。
むしろ問題は、ギリシャ型社会保障が今日の社会保障に求められる役割を
ほとんど果たしていない、という点にある。
年金給付ばかりを膨らませ、現役世代の支援が決定的に弱いのだ。
ギリシャは社会保障支出の66%が年金給付という突出した「年金国家」である。
2020年には年金給付がGDPの20%を超えると予想される。
早期退職年金が600近い職種に認められていて
男性は55歳、女性は50歳で年金生活に入ることができる。(略)
年金制度は政治家が業界への利益誘導をおこなう道具になっている。
他方で現役世代の就労支援や保育サービスは弱く、25歳までの失業率は35%を超え、
女性の労働力率は43%にとどまる。これでは経済はもたない。」
(以上、毎日新聞10/28より引用)

えっ、55歳で年金もらえるの!?
病弱でもなければ、まだ働ける歳でしょう。
これじゃ、働くのが馬鹿馬鹿しくなっちゃうよ。
それにあと10年もしたら年金給付がGDPの20%近く。
いくらなんでも大盤振る舞い過ぎるんじゃないの。

記事では続けて、同じEUでもギリシャのような「雇用なき社会保障」と対比させて、
北欧の好調ぶりの要因を「現役世代の雇用を支え能力を高める社会保障」が
経済を浮揚させる力とになっていると指摘する。
そして、「雇用支援の社会保障」の機能強化こそが日本のとるべき道である、
と結んでいる。

なるほど、若者含む現役世代の雇用を支援する社会保障政策を展開して
いくことが急務なのでしょうね。ウンウン。
しかし、ギリシャでは国民への過剰サービスをする放漫財政がまかり通っていた割に
年代には偏りがあり、若者には厳しかったようです。
この点はギリシャだけではなく、日本を含めた世界的な傾向で、
アメリカの「occupy WallStreet」の拡がりにも通じるもののでしょう。
富の偏在傾向が強まるのに、国家財政が苦しく、経済的弱者への救済が十分ではない。
日本とて1000兆円になろうとする財政赤字を抜本的に解決することができず、
G20では野田首相が「2010年代半ばでの消費税の10%」を国際公約してきた。
大震災もあり、負担はわかるものの、増税の一方で官僚の天下りに代表される
ムダの削減は一体どの程度進んだのか?
支出を抑える抜本的な仕組みの改革はどうなったのか?
実行がいつまで経っても具体的に見えないのでは、忍耐にも限度があろうと言うものです。
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by capricciosam | 2011-11-05 08:40 | 時の移ろい | Comments(2)