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今朝のTV番組で「あなたが春を感じるのは?」という質問に4択から答える
という視聴者参加型のコーナーがありました。 一番多かった答えは「陽射し」。 「へぇ~、そうなんだぁ~」 なるほど今日は日中の最高気温が札幌で5℃くらいに上昇したわけですが、 久しぶりに暖かいな、と感じるとともに、窓外の景色もやけにくっきりと見えたのは、 やはり陽射しが強さを増してきているからなんですね。 冬から春へ。 地球の公転と四季なんて、義務教育で習った程度の知識しかないのですが、 地軸の傾きがあってこその妙なので、習った当時はしきりに感心していたように 記憶しております、ハイ。 に、しても今年は寒いし、大雪。 岩見沢市なんて、すっかり全国区で知れ渡ったのではないでしょうか。 先日行ってみたのですが、幹線道路はしっかり除雪、排雪がされているのですが、 それでも、路肩に積もっている量と高さは確かに尋常じゃない感じです。 例えて言うなら、山岳地帯の冬期間閉鎖されていた道路が開通した時の 両脇の雪壁の状態をイメージしてもらうと良いのかもしれません。 この大雪の原因は寒気の張り出しらしいのですが、こんな記事を見つけました。 「まず、北極海氷が大きく減少すると大気循環に変化が起こる。 その影響で、北極周辺から南に移動する寒気団が勢力を増し、範囲も南方向に拡大。 さらに、海氷が融解して海水面積が広がると、より多くの水蒸気が大気中に放出される。 水蒸気が広範囲に拡大した寒気により冷やされ、地上に大量の雪が降るという。 リュー氏は研究結果について、「海氷の減少が今後も続けば、冬期の降雪量は さらに増加し暴風雪なども強大化する可能性があると示唆している」と語る。」 (ナショナルジオグラフィック日本語公式サイト2/28より引用) つまり、北極海氷の減少が背景にあるのではないか、との指摘なんですね。 地球温暖化の影響とも言えるのですが、断定はされていません。 ただ、別の研究者はこうも指摘しています。続けて引用します。 「複雑な大気現象がただ1つの要因によって引き起こされる可能性は低いとも指摘する。 温暖化が進むにつれて、未曾有の気象現象が頻繁に起こるようになると予測されている。 リンド氏は、地球温暖化または自然な気候変動のどちらが原因なのか、 見極めることが今後の課題だと言う。 「気象現象が永続するかどうかがカギになる。毎年続けば原因は温暖化だろう」。」 (ナショナルジオグラフィック日本語公式サイト2/28より引用) 原因はともかく、直感的に感じるのは、これまでの経験則を越えるような 暴力的といっても良いような気象の出現頻度が高まってきているような気がしてならないことです。 日本の四季と聞いて想像できるマイルドな自然の移ろいとは縁遠くなっていくのかなぁ、 という不安混じりの想像が年々強まります。 (歳取って老人になって行くって言うのに、ツライぜ、まったく、とぼやいてみる。) ところで、話は変わって、今日は4年に一度の閏(うるう)日。 「1年の日数が365日ではなく365.2422日なので、そのずれを調整する為です。 西暦の年が100で割り切れ、かつ、400で割りきれない年は閏日を入れない平年になります。 2月29日生まれの人は、平年には2月末日の満了の時、つまり2月28日が終了する瞬間に 年齢が変わります。」 (以上、今日は何の日byこよみの日より引用) へぇ~、そうなんですか。 まぁ、知ってるようで、知らないことって多いものです、ハイ。 「知ってるようで、知らない」 これに関連して話題をひとつ(ただし、独断なのであしからず)。 実は、しばらく記事も更新せずにいたのは毎夜YouTubeに浸っていたからなんです。 歳ですから、大体は懐かしの映像にウハウハしていたのですが、 関連動画を次々に観ていたら、あっという間に就寝の時間です。 この頃ようやく一段落してきたのですが、それにしても見続けるのも疲れますね。 そんな中で興味深い動画を見つけました。 「クリスマスの約束」の大メドレーのルーツ(おっ、懐かしい!死語!?)って、 案外この辺りなのかな、という演奏会なんです。 題して「日本を救え'94日本武道館」part1~part6 雲仙普賢岳噴火火砕流は1991年6月3日 奥尻島が被害を受けた北海道南西沖地震は1993年7月12日 そう言えば、あの頃は天変地異が続いた時期で、泉谷さんが 「おまえら、募金しろ!」なんて横断幕を掲げて路上ライブをしていたことが思い出されます。 このライブは元々は泉谷しげる、吉田拓郎の話に小田さんが巻き込まれるような形で 企画構成して、多くのアーティストによるバンドが数日間のリハーサルを経て、 それぞれの持ち歌に参加していき、共同で歌い上げるというものです。 なにやら「クリスマスの約束」や大メドレーのコンセプトとの共通点が感じられます。 ただ、大メドレーはこのライブではなかったようです。 このライブが行われたのが1994年8月16日。 クリスマスの約束がスタートしたのは2001年。 タイムラグがあるのですが、この間、小田さんの中で企画が休眠していたのか、 熟成していたのか、あるいは全然関係なかったのかはうかがい知ることもできませんが、 大メドレーにつながる原点は、案外このライブにあったのではないのかな、と思いました。 放送された番組が6分割されているので全部観るのは少し大変ですが、 貼り付けたpart1から順に観ていただけばと思います。 <追記3.1> part1が終わったらpart2につながると思ったのですが、できないようです。 ちょっと長くなりますが、残りを貼っておきます。 1999年4月14日、山口県光市で発生した母子殺人事件で
最高裁が被告(当時18歳)の上告を棄却したことで、 被告を死刑とした差し戻し後の二審の広島高裁判決が確定した。 事件発生から13年。 この間は、被害者遺族である本村洋さんの想像を絶する辛苦の時間だったのだろう と推察するが、心からの同情を禁じ得ない。 (差し戻し判決に関する以前の記事はこちら) 「事件からずっと死刑を科すことを考え、悩んだ13年間だった。 20歳に満たない少年が人をあやめたとき、もう一度社会でやり直すチャンスを 与えることが社会正義なのか。命をもって罪の償いをさせることが社会正義なのか。 どちらが正しいことなのかとても悩んだ。きっとこの答えはないのだと思う。 絶対的な正義など誰も定義できないと思う」 (略) 「これが絶対的な回答ではないと思うし、判決を受けて議論があると思う。 死刑を存置すべきだとか、廃止すべきだとか色々な考えが出ると思うが、 これをきっかけにこの国が死刑を存置していることを今一度考えていただきたい。 裁判員裁判も適用されていることですし、身近に起こる事件、 犯罪について考える契機になれば、妻と娘の命も、 今回、死刑が科されるであろう被告の命も無駄にならないと思っている」 (以上、2/20産経ニュースから引用) 事件そのものの残虐さからも世間の注目を浴びたが、 それ以上に一人の若者(当時、本村さんは23歳)の真摯な叫びが世論を覚醒させ、 少年犯罪や犯罪被害者遺族のことを考えさせたことは間違いない。 ある年齢で更正できる、できないの区別など本当に可能なのか。 何人なら死刑になる、ならないという機械的判決の踏襲で良いのか。 何故犯罪者に比べ被害者遺族の苦しみがほとんど考慮されないのか。 本事件で多くの問題があぶり出されたように思うが、引用させていただいた 本村さんの言葉にもあるように、今回の判決が「絶対的な回答ではない」のだろう。 むしろ、日本の社会が存続する限り延々と考えざるを得ないのかもしれない。 「いつの時代も子供は変わらない」 確かに、それも一理あるとは思うが、 「子供は成長するその時代の影響を受ける」 ということもあり得るのではないか。 現状においても社会ばかりか、家庭という単位までもが加速度をつけて 崩壊していく傾向を強める一方、少年による凶悪犯罪もない年はない と言っても過言ではない。その上、高齢者が増える一方なのだから、 近未来において、あまり想像したくない社会が出現しかねないのではないか。 杞憂なら良いのだが‥ こんな想像を巡らせると、この判決の重みは増してくると、考えざるを得ない。 本村さんは2009年に支援者の方と再婚されたようですが、 「自分の生活の立て直しに懸命になっている。 事件のことを考えずに生きるのは無理だが、しっかりと家庭を持って維持して、 社会に資する人間になろうと思い、これからがんばっていきたい」 (以上、2/20産経ニュースから引用) 本村さんに、穏やかな日常が訪れることを心から願っています。 今年3月末で札響正指揮者を退任される高関さんにとっては最後の定期演奏会。
その上、メシアンのトゥーランガリラ交響曲は高関さんも札響も初めてとのこと。 なんとも意義深い演奏会になりそうだなと思い、出かけてみました。 道内初演は4年前に準・メルクル指揮のPMFオーケストラがやっているので、 道内での演奏としては2番目となります。 これまで、道内ではたった2回しか演奏されていないということが示すように、 おおがかりで、二人のソリスト(ピアノ、オンド・マルトノ)はじめオケにも 相当の力量を求められる訳ですから、今回も貴重な機会だった訳です。 ソリストの原田さんはPMFでも聴いていましたが、児玉さんは初。 PMFで弾いたエマールさんに比べると、より表現の振幅が大きいと感じましたが、 見事オケに伍して活躍されていたのは見事でした。 今回プレトークには高関さんが登場。 4つの主題が全曲を通して繰り返し現れることをオルガンを弾いて聴かせてくれた。 聴くと、「あ~、アレだ」と気づいたものの、実際に曲が始まってみると、 最初の主題は第一楽章冒頭近くのトロンボーンが力強く演奏するので わかりやすいのだが、残る3つは、高関さんがおっしゃるように「わかりにくい」。 (これは楽譜ではわかりやすいのでしょうね、きっと) 曲が始まってすぐに、初物だけに大丈夫的な不安はたちまち消え、 安堵して聴いている自分に気がついた。 響きが重層的に炸裂しては消えていく繰り返しの中で、 一瞬で崩壊する危険を孕んでいるのだろうが、 ライブ故の傷はなかった訳ではないものの、小傷。 80分に渡って見事な音の曼荼羅を繰り広げた高関&札響の初挑戦は 見事成功と言っても過言ではない。拍手。 4年前のPMFオーケストラ演奏会に比べると、音の厚みはやや薄いと感じられたが、 その分音がきちんと整理されているようで、一層洗練されていたように感じた。 高関さんの形づくるサウンドらしく、実に好ましい。 札響の近年の実力向上の一端は、間違いなく高関さんの功績と思うだけに これからの関係が気になります。 「1ヶ月の半分を北海道で過ごすような密な時間を過ごしてきた札響から離れる分、 今後は東京や国内の様々な場面で活動の場を拡げていくこととなります。(略) 正指揮者として9年間、専属指揮者時代などそのずっと前から、 お客さまとも楽員とも様々なコミュニケーションを重ねてきたのです。 これからも札響とのご縁を大切にしていきたいと思っています。」 (以上、会場で配布された資料より引用) 2012/2013シーズンのパンフを見ると、5月定期と2月名曲に登場となっています。 確かに、回数は減るものの、引き続き札響との関係を保っているので一安心。 ![]() <追記> 11日昼公演。 各ブロックに空席はあったものの、8割程度の入りでしょうか。 まぁ、この曲にしては健闘じゃないのかな。 でも、これはCDなんかより実演で聴いた方が圧倒的に楽しめるんだけどなぁ‥ とは言っても、小生も長らく食わず嫌いだったからなぁ‥
節分の日ですが、豆もまかずにポリポリ食べてしまった‥
もうこの歳になると、実にいい加減なものです、ハイ。 でも、年齢の数だけ食べた訳ではありませんよ、誤解のないように。 (加齢してくるにつれ、歳の数だけ豆を食べるなんて、迷惑至極です) 「2月に入ったな。あっ、ブログ更新してないなぁ‥」 ええ、決して忘れてはいなのですが、これがなんとも、ええ‥ 気持ちはあれど、PC前に座ることなくだらだらと過ごしていました。 そろそろ、書く気力も失せたのかって!? いやいや、そうではないんですが、たまたま、だらだらと。 いけませんね、日常に完全に流されている。反省。 ところで、依然寒い日が続きます。 今年は北極の寒気の勢力が強く、日本にも強く張り出しているようで、 2月もこの寒気が続きそうだなんて予報を聞いて、 やれやれ、な気分です。 この土日は久しぶりに晴れ渡り、降った雪もお日様に当たると、 すぐに溶けてしまいます。 陽射しは確実に、力強さを増してきているんですね。 それに、午後5時頃になってもまだ夜の帳は降りかけぐらいで、 11月、12月に比べたら、随分日中も長くなってきました。 そうだなぁ、と感心していたら、急に、昔、道内のローカルラジオ放送で 斉藤聖峰さんという占い師の方が、「節分過ぎれば、陽はまた昇る」と 力強い口調でよく言っていたことを、ふっと思い出しました。 まぁ、単なる歳時記的なことだけではなく、励ましもこめていたのでしょうが、 なんとなく、春が近づくと、そんな気分にもなるのかもしれませんね。 この記事を書きながら聴いているのは写真のCD。 深夜に聴くバッハの管弦楽組曲も乙なものですが、 古楽故に、なおそういう雰囲気を醸し出しているのかもしれませんね。 ![]() < 前のページ次のページ >
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