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ベルリン・バロック・ゾリスデンwithエマニュエル・パユ@Kitara2014

演奏されたのは次の曲。

1 C.P.E.バッハ:シンフォニア ロ短調
2 パッヘルベル:カノン ニ長調
3 J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲第5番ニ長調
4 テレマン:フルート協奏曲 ニ長調
5 J.S.バッハ:音楽の捧げものより6声のリチェルカーレ
6 J.S.バッハ:管弦楽組曲第2番ロ短調

ベルリン・バロック・ゾリステンはBPhのHPにも紹介されている室内楽アンサンブルだが、
ヴァイオリン、ヴィオラを中心に約半数がBPhメンバーらしい。

彼らはチェンバロとチェロ以外は全員立ったままで演奏していたが、
曲によって編成や立ち位置を次々に変える自在さが見てて楽しい。
また、奏でるサウンドは古楽の響きなのだが、ゴツゴツした感じはなく、
あくまでも艶やかで磨き抜いた、ある意味モダンでゴージャスな気配を感じた。

1と2はベルリン・バロック・ゾリステン12名だけによる演奏。
有名曲の2なんてこんな小さな編成で聴いた記憶はないが、楽しい。
3からエマニュエル・パユ登場。
しかし、あくまでもアンサンブルの一員として吹いている感じで、見事溶け合っている。

彼のソリスティックな音色は休憩後の4から。
4楽章10分程度の小品ながら、聞き惚れてしまった。
やはり、ソロとして位置づけられる曲でこそ彼の魅力全開。早くもブラボーがとんだ。
5は一旦ゾリステンだけの演奏で、各楽器が次々に主題を奏でていくカノン形式。
これは見て聴くことでCDより数段楽しい。
6で再びパユ登場。
この曲がフルートを合奏の中心に据えているだけに、パユが全身を使って
アンサンブルをグイグイ引っ張るのだが、圧巻だった。

鳴りやまぬ拍手に応えて、パユが達者な日本語でアナウンス。

「ありがとうございます。(拍手)アンコールは C.P.E.バッハ、フルートコンチェルト、
アレグロ・ディ・モルト、です。(拍手)」

書いてみるとこんな感じですが、これは受けましたね。
と言うわけでアンコールは

7 C.P.E.バッハ:フルート協奏曲ニ短調第3楽章よりAllegro di molto

アレグロというくらいだから、凄く速いテンポでフルートを弾くパユ。
圧倒されました。
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<追記>
プログラムを最初見た時は、なんとも総花的な構成だなと思ったものの、
終えて見るとフルートというか、パユを中心に盛り上げていくナイスプログラミングでした。
Pブロックと、LA、RAブロックの半分は販売されなかったようですが、客の入りは8割程度か。
それから小生はすぐ帰ったのですが、演奏会後のサイン会はかなりの人が並んでいた。
列の先には全メンバー分の席が用意されていて、こんなの見たのは初めてだった。

今回のツアーは2/25札幌、2/26東京、2/27大阪、2/28熊本の4ヶ所だけのようです。
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by capricciosam | 2014-02-25 23:58 | 音楽 | Comments(0)

作品はどうなるんだろう

2月も中旬になって、寒さの底から抜け出しつつあるのかな、と感じています。
もちろん一面雪景色で、融雪なんてまだまだ先なのは十分承知しています。
今日は午前にカミサンのお供で買い物に出かけてきました。
時折雪も降ったりしたのですが、その中を歩いてもそれ程身も凍るような感はありません。
かえって少し湿った雪が春近しを一瞬思わせたりしました。
長い冬を過ごすと、そんなわずかの気配を感じることが何やら嬉しい訳です。

さて、今年も日常が淡々と過ぎ去っていく感じなのですが、
そんな中突如発生した「佐村河内守ゴーストライター事件」には驚くばかりでした。
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この影響で北海道でも4月に予定されていた演奏会が中止になりました。
まだまだ事件としては収束していませんが、事件の経過は、
すでにWikipediaの佐村河内守の項に「ゴーストライター問題」として
概略がまとめられていますから、ここでは詳細は省略します。

2月5日に突如代理人の弁護士が声明を発表して大騒ぎとなった訳ですが、
この日はツィッターのTLに流れる情報に驚くばかりでした。
事情が徐々に判明してくると、明るく照らし出されていたステージが急に暗転したような
イメージを持ちました。当然、佐村河内氏は非難されてしかるべきだとは思いますが、
そんな中、気になったのは置き去りにされた氏名義の「作品」でした。
当日、小生は以下のようにつぶやきました。

「佐村河内守さんも最初からゴーストライターとの共作としていれば事態は異なっただろうに。
しかし、彼の作品に関心を寄せていた人たちが、まつわる「ストーリー」が
なくなったと同時に作品への評価を一変させるのかな。
だとしたら作品としては真に評価されていなかったことになりそれも寂しい話だ。」
(以上、201.2.5 23:32ツイートより引用)

発生から一週間経過した今となっても依然気になるのは、
ゴーストライターの新垣隆氏の手により誕生した「作品」の扱いです。
確かに、作品が偽った背景のもとに誕生したことは理解できたのですが、
現代クラシック曲としては異例の売り上げを記録し、演奏家や評論家含め
多くの人が支持したという事実は残ったことは間違いない訳です。
それは、作品誕生にまつわるストーリーがあったればこそなのでしょうか。
ストーリーがなければ作品自体は受入れがたいものだったということなのでしょうか。
そして支持したみなさんは作品の評価を一変させるのでしょうか。

小生もたまたま昨年3月に放送されたNHKスペシャルは観ましたし、
後日放送された交響曲第1番HIROSHIMAの演奏会も録画して鑑賞しました。
これは放送された佐村河内氏の「ストーリー」に影響されたことは否めません。
しかし、残念ながら小生にはこの曲は聴き通すのが大変で、
二度と聴かないだろうと判断してHDDからも消去してしまいました。
当時は「長大でとりとめがない、やはり現代曲は難しいね。」ぐらいの感想でした。

従って、CDも販売中止となってしまった今となっては、もう一度聴こうと思っても
小生には無理な状況ですが、そんなに惜しいという気持ちも湧いてきません。
それは、この難解な曲に共感できなかった、好きになれなかったからで、
ストーリーはストーリーとしても、自分の感性には無理だ、というのが率直な感想でした。
これは鑑賞する態度としてはそんなにハズレてはいないんじゃないのか、と思っています。
鑑賞に当たって、個人の好き嫌い的態度が発生するのはやむを得ないことです。
従って、この作品を再び演奏してほしいとは考えない立場にいることになります。

しかし、この曲に価値を見いだし、支持した人たちもいた訳ですから、
事件とは関係なく、「良いものは良い」として作品としての価値や評価を
再度きちんと伝えてもらえることが、不幸な背景のもとに産み落とされた作品の救いと
なるだろうし、作品鑑賞のあり方にも示唆を与えるのではないかと思うのです。
ただ、事態が明らかになるにつれ、世間でその声を挙げることは勇気のいることで、
中々難しいだろうということは察せられます。
となれば、時間の経過とともに作品も忘却の彼方に押しやられそうですが、
そうなればなったで釈然としないものが残ってしまいそうです。
今回の事件は、大げさに言ってかまわないのなら、作品鑑賞に当たっての
聴く側のあり方に一石を投じた事件として忘れてはならないと思います。
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by capricciosam | 2014-02-11 16:03 | 時の移ろい | Comments(0)