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札幌交響楽団第569回定期演奏会@Kitara2014

演奏されたのは以下の曲。

1 伊福部昭 日本狂詩曲(1935)
2 伊福部昭 ヴァイオリン協奏曲第2番(1978)
3 伊福部昭 土俗的三連画(1937)
4 伊福部昭 シンフォニア・タプカーラ(1954/1979)

札響の2014-2015定期演奏会が発表された時、一番注目したのが今回の5月定期。
日本人作曲家の作品は定期演奏会ではなかなか登場してこない。
まして、一人の日本人作曲家の曲だけで札響が定期演奏会を行なうのは、
近年では2006年2月のオール武満徹プロ以来ではないのか。
あの定期で「波の盆」に出会い、武満徹に抱いてたイメージが劇的に変わった
個人的には忘れられない意義ある演奏会だった。
あの時は武満徹没後10年であったが、今回は伊福部昭生誕100年。
どちらも節目という訳だが、今回は特に誕生日に開催というのが、なんとも憎い。
配布された資料を見ると、札響で演奏された回数は2が初演で、残りも5回以下だから
ライブとしても貴重な演奏会だったということがわかる。
と言うわけで企画自体にマルをあげたい気分。

「民族主義的な作風で名高く、シンプルなモティーフの執拗な反復、
民族主義的な旋法の重用、(略)西欧的な響きから逃れ、リズムや
オスティナートを重視するなど、独特の音楽技法が特徴と言えるだろう。」
(以上、会場で配布された資料の青澤唯夫氏の曲目解説より引用)

ここに示された特徴は演奏された4曲に共通しているところだが、
土俗的とも評される腹の底から湧き出てくるような力強さと一種の陶酔感は
まるで踊り出したくなるような不思議な力を有する。
中でも4は気宇壮大感と懐かしさが感じられて聴き応え十分だった。

また、異色だなと思ったのが2のヴァイオリン協奏曲。
単一楽章で延々とヴァイオリンとオーケストラで思索的な対話を重ねるがごとき
趣きがある。それだけ独奏者の力量が求められる作品なのだろうが、
独奏を務められた加藤知子さんの演奏は聴き応えがあった。

また、3は総勢14名でホルンだけが唯一2名であとのパートは各1名。
厚岸で作曲されたらしいが、「ティンベ」とか「パッカイ」とアイヌ語に由来するような
楽章タイトルがついており、不思議な雰囲気の曲だった。
しかし、途切れるような終わりには会場も少々戸惑ったようで、数拍遅れで拍手が起きた。

1では総勢9名の打楽器陣が大健闘。一糸乱れぬアンサンブルはさすがだった。
木をくりぬいた珍しい打楽器「ラリ」にも注目していたが、
ちょうど和太鼓の鉢で胴を叩いたような乾いた音がでていた。
そう言えば、3ではティパンニを手で叩いたり、胴を持ち手の部分で叩いていたし、
チェロの胴を手で叩いたりと、視覚的にも楽しいのがライブの良さ。

札響の見事な演奏もさることながら、きちんと統率された高関さんの腕前はさすが。
会場で配布された資料に尾高監督の連載インタビューが掲載されていて、
「札響の音楽に多くのものをもたらしてくれました」
と高関さんのことを高く評されていますが、これからも定期演奏会への登場を期待したい。
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<追記>
Pブロックに空席が目立ち客の入りとしては7~8割か。
市内での運動会の影響か、それとも新料金の影響か、それとも‥‥
何れにせよ熱演だっただけにもったいなかった。
録音されていたのでFMで放送されるのでしょうか。
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by capricciosam | 2014-05-31 23:27 | 音楽 | Comments(0)

ファイターズ戦@札幌ドームの観客が減少【2014年シーズン】

5月15日今シーズン初めてファイターズ戦を応援に札幌ドームに行ってきました。
試合そのものは5連勝中の先発上沢投手の状態が良くないため途中降板となり、
序盤の大量リードで結局逃げ切ったものの、ちょっとひやひやする展開となりました。
でも、スタート以来のもたつき感も薄れてきて、チームの攻走守が少しずつ
整いつつある感じがして、なかなか見応えがある試合だったと思います。

好ゲームだったにもかかわらず、気になったのは「観客の入り」。
「最下位に沈んだ昨年に比べても今年のファイターズは健闘しているし、
おまけにファンクラブデーなのでファンクラブ中心にまあまあの客入りだろう、
2万5千人くらいはいくのでは。」くらいの気持ちで行ったものの、
結果的には約1万9千人。

「やはり少なかったか」

約4万人収容できる札幌ドーム。空席がそれほど目立たないといったら
これまでの経験では概ね2万5千人以上ではないかなと思っています。
概ね6割くらいかな。(多い少ない、この辺は人それぞれの感覚でしょうね。)
当日は熱心なファンの集まる三塁側外野指定席ですら空席がありましたから、
ここまで減るなんて嘘だろう、と我が目を疑いました。
ヒルマン監督時代(移転2年目以降、初年目は知りません)、梨田監督時代の
客入りは、行った試合は概ね3万人前後で、何時行っても混んでるなぁ~、という
印象が強かったので、2万人を割るとは、ずいぶん減ったものです。

そんな印象も消えないうちに、先日こんな記事が目に止まりました。

「プロ野球の交流戦が20日、開幕する。北海道日本ハムファイターズの序盤戦(18日まで)
の札幌ドーム開催試合の観客動員数は、1試合平均2万2397人と、前年同期比11・4%の
減少となった。特に平日が1万7910人で同21・8%減と大きく落ち込んだ。
日ハム主催試合の観客動員数は昨季まで2年連続で減少しており、
球団は「理由をしっかり分析したい」としている。」
(5/20 道新より引用)

「【前年同期比8・8%減】セ・パ両リーグが発表した今季の入場者数のまとめ(1日現在)
で、日本ハムのホームゲームの増減率は12球団でワーストの数字だった。」
(5/20 読売より引用)

平日の落ち込みが激しいか。
そう言えばあの日も平日でした。
あの空席ぶりはデータでも裏付けられた感じですね。
例え勝っても観客が入らない、となれば選手だって張り合いがないし、
そもそもビジネスとして成立しなくなって、道外への移転だって起こりかねません。

道新の記事では球団の原因分析はこれからのような書き方ですが、
読売は移転後の時間の経過とともに「物珍しさが薄れている」という認識が球団内にある
と続けて書いています。
確かに、それは大きいでしょうね。
何でも最初は一種のブームになりますから当初の熱気が去って一段落したのかもしれません。

では、道内で先に誕生したプロスポーツチームとしてのコンサドーレ札幌はどうだったのでしょう。
スポーツそのものの違い、プロとしての歴史の違いはもちろん、動員数の規模も異なりますが、
ファン層の多くは「道民」「道産子」なんでしょうから、道民、道産子というキーワードで考えてみると
何かヒントがあるかもしれません。
そこで、コンサドーレの観客動員数をグラフ化してみました。
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★印は優勝、▲印は下位、×印は最下位、両矢印はJ2を示しています。

JFL、J2で優勝した翌年は観客動員数も伸びていますが、上位リーグで低迷すると
途端に落ちています。J1でも成績がふるわなかったり、J2が長くなると働員数も伸び悩み、
2007年の優勝をひとつのピークに、以降は2007年を上回る動員数は上げられていません。
コンサドーレが不運だと思うのは、それぞれのリーグで優勝したあと、
上位リーグで踏みとどまれずに短期間で下位リーグに戻ることを繰り返していることです。
そのため、チームとしてのアピールも十分にできないだろうし、ファンの期待もしぼみやすい
のではないか、それが動員数の減少につながっているのでは、ということです。

シンプルですが、勝てば観客動員も増えるでしょうし、負けると観客動員も減るということ。
これは何もコンサドーレだけの話ではなくプロ、アマ問わずスポーツの持つ側面でしょうね。
じゃあ、勝てば動員数確保には良いとは思うのですが、さらに考えておくべきは
ファンを形成する道民気質、道産子気質じゃないのかな、と思う訳です。

では「道民気質」「道産子気質」とはどんな特徴があるのでしょうか。
巷間よく言われるようなアバウトな類しか思い浮かばないのですが、

「おおらか」、「こだわらない」、「我慢強い」、「のんびりしている」、
「依存心が強い」、「あまり見栄を張らない」、「熱しやすく冷めやすい」

この辺りは繰り返し語られているのではないでしょうか。
まあ、ここは私見ですので、異論は大いにあるとは思います。

「こだわらない」「我慢強い」なんてのは、まさしく「負けたって応援するよ」という
コアなファン形成には必須の要素だと思います。
でも、一方で「こだわらない」は勝負にこだわらない淡泊さにもつながります。
つまり、もともと勝負事にはあまりのめり込まない、すなわち熱心に応援はしない
ということに通じるのかもしれません。
それから、「熱しやすく冷めやすい」という気質も大きいのではないでしょうか。
こういう点が作用すると、「ブームが去ったら、すぐ冷めて、チームにもこだわらないし、
勝っても負けても関心がなくなったよ」という心理が形成されていきやすいのでは
ないでしょうか。そうすると、当然試合も観に行かないし、動員数も減ります。

また「依存心が強い」と関係すると思うのですが、「勝つ方になびきやすい」とでも
言うのでしょうか、負けそうな状況を避けるようになるという、ちょっとご都合主義的な
部分があるのではないかと考えています。最下位に沈んだ昨年も減っています。
ブームが去って熱気も冷めて関心も低下してきた中で、微妙に道民気質、道産子気質が
影響を及ぼしているような気がしています。
ファイターズの近年の動員数減少の一因はこの辺りにもあるのではないでしょうか。

やはり、まず一時のブームが去りつつあるというのが一番大きいにしても、
これに道民気質が影響して勝ち組には大いに関心を寄せる傾向が強いと思いますので、
まずは勝たないと振り向いてくれないのではないかと思います。
ぐたぐだ書いてきましたが、やっぱり「チームの勝利」が一番だ、という平凡な結論のお粗末。
<追記5/24>
文意が通じにくいところがありましたので、加筆修正しました。

<追記2015.5.2>タイトルに2014年シーズンであることを明記しました。
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by capricciosam | 2014-05-22 23:32 | ファイターズ | Comments(2)

存在の美学@だて歴史の杜カルチャーセンター2014

伊達市噴火湾文化研究所同人は野田弘志、永山優子、廣戸絵美の3名で
構成されている。招待作家をまじえた同人展は隔年で開催されてきたが、
第3回(2014年)は東京、大阪を経て伊達市、札幌市で開催される。

現在の写実主義を先頭で牽引してきた野田さんの話を直接聞くことが
できると知って、高速道路をひた走って伊達展の初日に足を運んできた。

大きな一室に約20点が展示されていた。初日にもかかわらずそれ程
混雑しておらず、ちょっと拍子抜けだったが、お陰で時間をかけて鑑賞する
ことができた。丹念に対象に迫ろうという画家の意気込みのようなものが
多くの作品から感じられ、見応えがあった。もっとも、ギャラリートークの
始まる時刻が近づくにつれ、会場が混雑し始めたのは言うまでもない。
作品鑑賞もさることながら、みなさん同じ思いの方が多かったようです。
野田さんはじめ写実主義を志されている画家から肉声で思いの丈を
聴くことができるのはめったにない機会ですからね。

トークは同人の野田さん、永山さんに、野田永山塾出身の若き2人
(今村圭吾、松永瑠利子)を加えて4人で行なわれた。
コーディネーター役は永山さん。
トーク自体はメモをとって聴いていたが、帰宅して振り返ってみると、
野田さん、永山さんのプロ作家のボリュームが多かったのは予想どおりか。

「これまでは展覧会では観る人が喜んでくれる作品を描こうと思っていた。
そのこと自体はもちろん大事なのだが、自分自身が美しいと感じていることを
はっきりと見つけ出したいと考えるようになった。」
という永山さんの発言で開始された。
永山さんは4点出品されていたが、「共通して感じたものは「生命(いのち)」、
美しいというのは生命に対する愛情なのだと思う。」と続けられた。

次に野田さんは永山さんの発言を受けて、
「存在というものをどう考えるか。生まれて死んでいく、その束の間生きている。
その生命を美しいと感じるように我々はできている。哲学者は小難しく言うが、
美しいと感じる、それを表したいと考えるのが絵描きなんだ。」
とおっしゃる。

対象に心動かされて絵を描かれる画家にとって、その気持ちをどのように表現する
のか、という技法の選択はいろいろあるのだろうが、とかくうわべの細密さばかりで
評価(誤解?)されがちな写実主義をプロ作家として貫いて来られているお二人の
この発言が聞けただけでも来た甲斐があったというものだ。

この他、存在の美学以前、デパートの違い、生と死に関して、現在の人気について等
会場からの質問に対する回答含めて興味深い話が展開されました。
ギャラリートークは伊達展では今回限りでしたが、札幌展では2回企画されている
ようなので、本記事で詳細に書くことは避けたいと思います。
関心のある方はトークに参加されて直接聴かれることをお薦めします。

伊達展 5/18~6/3 だて歴史の杜カルチャーセンター
札幌展 6/21~7/6 札幌芸術の森美術館
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<追記>
伊達展は観覧無料です。近くにお住まいの方は、この機会に。
トーク開始前に野田永山塾の塾生の方から色々お話を聴くことができた。
塾ではお二人は「ああしなさい、こうしなさい」という指導はされず、塾生が自ら気づき、
そして納得するような指導をされているとお話されていたのが印象に残った。
<追記5.20>
札幌展は有料ですが、招待作家がさらに9名増えて見応えが増します。

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by capricciosam | 2014-05-18 23:57 | 展覧会 | Comments(0)

安永徹&市野あゆみ室内楽シリーズ第4回@Kitara2014

演奏されたのは以下の曲。

1 ブラームス ピアノ三重奏曲第1番ロ長調(1891年改訂版)
2 ミヨー 「世界の創造」ピアノ五重奏版
3 ワインガルトナー ピアノ六重奏曲ホ短調

「ブラームスは聴いたことあるけれど、ピアノ三重奏曲は?」
「ミヨー、WHO?」
「ワインガルトナー、WHO?」

初めて聴く曲だらけで、まるでチャレンジャーの気分で足を運びました。
この辺りは安永さんも十分ご承知のようで、全プログラムを終えてから
安永さんも挨拶される中で、「誰それ?聴いたことないよ」と表現されていました。
ですが、すごい数の曲が作られてきたにもかかわらず、実際に演奏されているのは
ごくわずかということも身振りも交えて表現され、これからも機会を捉えて
こうした「埋もれた曲」を紹介していきたいということでした。
全4回のうち聴いたことがあるのは第3回のみで、あの時もブルックナー、
フランセと珍しい曲がありましたが、そういう企画意図があったということなんですね。

聴いててスンナリ楽しめたのは2のミヨー。
配布された資料によれば、ジャズを取り入れたバレエ音楽で、
「アフリカ版春の祭典」とも言える作品らしい。
「前奏曲」「フーガ」「ロマンス」「スケルッツオ」「フィナーレ」の全5楽章から構成される。
ジャズ色が明らかになる「フーガ」などは実に小粋に聴かせる。
管楽器や打楽器がない分、「パリ風のおしゃれで上品」(配布資料より引用)な感じがある。
ただ、「春の祭典」から連想するようなエネルギッシュさがあるという訳ではない。

3の配布資料の解説は市野あゆみさんが書かれたCDのブックレットから引用されていた。
以下、「 」内は配付資料からの引用です。ワインガルトナーは「マーラーの後任として
ウィーン宮廷歌劇場の指揮者」を務めつつ、作曲もし、多くの作品を残したらしいが、
3は「現在では楽譜を入手することは不可能に近く、最近は殆ど演奏されていない。」
とのことだ。まさしく埋もれた曲と言えるのかもしれない。
「この曲を通して感じられる燃えるような切迫感、人生への哀感、永遠に続く大河を
思わせるような雰囲気、諧謔的なもの」が感じられるとのことだが、弦楽器のピチカートに
ピアノが印象的な主題を奏でる第2楽章などは、なるほど諧謔的雰囲気が感じられた。

1は全4楽章からなるが、エネルギッシュな面と穏やかな面が次々に現れ、
総じて聴いてる方も体力が必要な感じだった。

札響メンバー4名のうちクワルテットメンバーが3名だからなのか、
市野さんの雄弁なピアノと安永さんのリードに、うまいアンサンブルを形成していたように思う。
これからも札響は安永さんとの共演の機会をぜひ設けていただきたいと思う。
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<追記>
アンコールを忘れていました。安永さんと市野さんで

シューマン 夕べの歌Op.85 No.12

ピアノ連弾の曲らしいのですが、ヴァイオリンが上のパートを弾く
なんともやさしい雰囲気の曲でクールダウンさせていただきました。
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by capricciosam | 2014-05-05 20:27 | 音楽 | Comments(0)