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特別展「茶の湯」@東京国立博物館平成館2017




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by capricciosam | 2017-04-24 23:21 | 展覧会 | Comments(0)

BCJ「マタイ受難曲」@東京オペラシティコンサートホール2017

【プログラム】

1 J.S.バッハ マタイ受難曲

昨年バッハ・コレギウム・ジャパン(以下「BCJ」という)演奏会を聴いた後の
感想記事で、「受難曲を聴かせてもらえたら嬉しいのだが」と記したが、
あの時はあくまでも札幌で、という想定だった。
しかし、BCJの今シーズンブログラムが公表されたところ、5年ぶりに
マタイ受難曲を演奏するという、しかもマタイ受難曲が初演された日の前後で。
驚くと同時に、この機を逃すな、とばかりに急きょ東京で聴くことに決めた。


今回会場で販売されていた公式パンフレットを読んだところ、
藤原一弘氏がおおよそ次のようなことを書かれていた。


「マタイ受難曲の歌詞は、紀元1世紀の「新約聖書」、ルター派協会の讃美歌
「コラール」そしてバッハと同時代に書かれた韻文「自由詩」の3層のテクスト
から構成されている。そして、この3層の歌詞に加え、2つの合唱と2つの
オーケストラという構成が、歌詞における対話と音楽における対話という形で
マタイ受難曲が上演される度に常にイエスの受難と現在を結びつける。」


つまり、3層構造の歌詞と2群編成のオーケストラの重層構造が織りなす
豊かな表現が、約2千年前のイエスの受難があたかも現在目の前で目撃している
かのような思いを聴く者の心に抱かせるということなのだろう。
何故「マタイ受難曲」が現代においても、聴くたびに新鮮に迫ってくるのか
これまで他の解説を読んでもピンとこなかった点を鮮やかに解説しており、
目から鱗が落ちる思いがした。


当夜のBCJの声楽とオケの繊細にして劇的なアンサンブルは
鈴木さんの力強いリードの下、イエスの受難をまさまざと描き切る。絶品。
こんな完成度の高い演奏を名演と呼ばずして如何にとやせん、という気分だった。
特に声楽陣の歌声には毎度のことながら感動させられる。
ソロではエヴァンゲリストのベンヤミン・ブルンスの大ホールの隅々まで届く
明瞭にして深々とした声が圧倒的で、これまで聴いたエヴァンゲリストの中では
最高の感動を残した。有名な「憐れみたまえ、わが神よ」では第Ⅰ群のコンマス
の若松夏美さんがすくっと立ち上がって弾き、ロビン・ブレイズが
よくコントロールされた歌唱を披露したが、ヴァイオリンソロも実に素敵だった。


終演後、「マタイ受難曲は当分聴かなくても十分だ。」とつぶやいたが、
実演としては今夜の感動をしばらく抱きかかえていたい、というのは本音だ。
これは東京まで足を運んで正解だった。


会場の東京オペラシティコンサートホールで聴くのは2回目となる。
1回目は約10年前。大江健三郎氏の講演と武満徹の音楽というプログラムだった。
当時の記事はこちらです。


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by capricciosam | 2017-04-21 00:11 | 音楽 | Comments(0)

今様-昔と今をつなぐ-@渋谷区立松涛美術館2017

「今様(いまよう)』とは、「当世風」「現代的スタイル」といった意味で広く使われて
きた言葉です。本展ではこの言葉をキーワードに、伝統技法に接点を持つ6名の現代
アーティスト(石井亨、木村了子、染谷聡、棚田康司、満田晴穂、山本太郎)を
取り上げ、古くからの美術・工芸品から、彼らが何を受け継ぎ自身の表現として
変容させているのかを探ります。」
(今様展HPより引用)


「伝統技法に接点を持つ」というより伝統技法を身につけた彼らがその技法とともに
完成された様式(という伝統、つまり一種の制限)の中で、いかに飛翔していけるか
という挑戦なのだろう。オリジナル作品を「本歌」ととらえ、それにインスパイア
されて翻案した自分たちの作品が「本歌どり」として、いかに変容させられるか。


例えば山本太郎は琳派の流水紋を様々な意匠で描く。
そして、そこに「空き缶」という現代を仕込む。
「缶花入 銘清涼」という造花の挿した一輪挿しは、よく見ると空き缶に彩色を施した
もの。尾形光琳「紅白梅図屏風」を本歌とした作品では、左右の梅は丹念な模写だが、
真ん中を流れる川は梅に不釣り合いなくらい現代的な赤で、一見コカ・コーラの
デザインかと見まがうばかり。視線を移動していくと、川は上流の缶から流れ出ている
ことに気づき、鑑賞者の心は揺れる。これは「パロディーじゃないか」と。
また、屏風絵「隅田川 桜川」は一見すると単なるモダン風のようにも見えるが、
本歌から由来する含意と作品の破調する部分を重ねあわせると、
単なるパロディーというよりもゾッとするような凄みすら感じさせる。

染谷聡の作品は動物の一見忠実な模倣のように見えるが、どの作品もあちこちが
自ら破綻をきたしており、一種異界のモノ的な要素を放射している。
陶磁器の破損を修理する方法として「金継ぎ」という技法があるが、作品「金継ぎ鹿」
では頭骨のひびを金継ぎしたばかりか、歯の一部を金歯にしてあり、これには思わず
笑ってしまった。シャレがきつい。

木村了子の作品は伝統的な古九谷焼風なのだが、描かれる王子様の趣が案外違和感が
ない。これは意外だった。また「男子楽園図屏風」では、いわゆる草食系男子と
肉食系男子が描かれていたが、草食系男子として描かれている背景が農業の場面
だったことに少々違和感を覚えた。果たして農業男性に肉食的要素はないのだろうか?
表現する「場」として「草食系」から連想して農業を持ち出したいのだろうが、
農業に限らずどんな産業でも支える男子には肉食系と見まがう者も間違いなく存在
すると思うだけに、ややステレオタイプ的な発想だったのではないか。

満田晴穂の作品は基本的にミニチュアなため、細部への極端なこだわりには敬意を
払うものの、単独で作品として評価していくことは素人には難しい。
「円寂」「無為」「晩餐」のようにより可視化しやすいものと組み合わせていく
ことで、作品の存在を浮かび上がらせる手法に活路があるのかもしれない。
ただし、作品が従属的な位置づけとなりやすい恐れがあるのが課題か。

石井亨は西陣織の作品。美人画の部分をクローズアップした「美人画」には惹かれ、
傘やパソコンをちりばめた彩色や構図の妙にはおもしろさを感じたが、
人物描画がパターン化しているのが気になった。


棚田康司の本歌は円空らしい。
会場の中央の空間には男とも女ともつかない少し異様な表情の様々なトルソーが
展示されていた。安定感のある作風ながらも、ひとつの材料から彫りだすという
技法の引力圏から脱し切れていないもどかしさを感じてしまった。


どの作品も伝統技法を駆使して、自由奔放な表現を展開する、
醍醐味に溢れた刺激的な展覧会だった。
ただし、パロディーを肯定するか否かで評価は180度変わる可能性があるように
も思う。

松濤美術館は住宅街にひっそりと佇む。
初めて足を運んだが、鑑賞者も少なく落ち着いてゆっくりと鑑賞できた。


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<追記4.22>記事の一部を追加しました。



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by capricciosam | 2017-04-20 23:57 | 展覧会 | Comments(0)

ミュシャ展@国立新美術館2017

アルフォンス・ミュシャ(以下「ミュシャ」という)は、

「アール・ヌーヴォーを代表するグラフィックデザイナー(略)多くのポスター、
装飾パネル、カレンダー等を制作した。ミュシャの作品は星、宝石、花などの
様々な概念を女性の姿を用いて表現するスタイルと、華麗な曲線を多用した
デザインが特徴である。」
(Wikipediaより引用)

とあるように、彼の作品はポスターとして目にしていた。
今だに色褪せぬ個性は現代においても十分魅力を失わないものだと思う。
ところが、本来が画家として出発しているため

「ミュシャは故郷チェコや自身のルーツであるスラヴ民族のアイデンティティを
テーマにした作品を数多く描きました。その集大成が、50歳で故郷に戻り、晩年
の約16年間を捧げた画家渾身の作品《スラヴ叙事詩》(1912-26年)です。(略)
本展はこの《スラヴ叙事詩》をチェコ国外では世界で初めて、全20点まとめて
公開するものです。プラハ市のために描かれた《スラヴ叙事詩》は、
1960年代以降、モラヴィアのモラフスキー・クルムロフ城にて夏期のみ公開されて
はいたものの、ほとんど人の目に触れることはありませんでした。」
(ミュシャ展HPより引用)

国立新美術館2階会場に一歩入ると「原故郷のスラヴ民族」の巨大な絵が
出迎えてくれる。彼のポスターから連想するミュシャのイメージとはかけ離れている。

「スラヴ民族の祖先(3-6世紀)が他民族の侵入者から身を隠す様子を描いた場面。
画面右上では、防衛と平和の擬人像に支えられたスラヴ民族の司祭が神に慈悲を乞う。」
(ミュシャ展HPより引用)

暗い背景に描かれる侵略者とおびえる祖先がスラヴ民族の苦難さを象徴するだけに
ミュシャの愛国者としての側面が容易に想像できる。
他の作品もスラヴ民族の歴史に欠かせぬ場面が巨大なキャンバスに描かれている訳だが、
画面全体が明るいという絵は少なく、絵の一部だけが明るく他はうす暗いという
スポットライト的効果を狙って描かれているものが多い。
例えるならレンブラントの「夜警」だろうか。
例えば「東ローマ皇帝として戴冠するセルビア皇帝ステファン・ドゥシャン」は
主役であるはずの皇帝より手前の民衆に視線がいく仕掛けだ。
ミュシャの視点がどこに置かれていたかの証左だろう。

また、作品に対峙すると、ときどき目を見開き凝視してくる視線に気がつくはずだ。
まるで鑑賞者の内面を見透かすかのようなもの問いたげな視線の意味を考え、
一瞬いろいろな思いが浮かんでは消える。
色々な解釈が可能なのだろうが、凝視する人はいずれも民衆であるように思われ、
歴史の中で苦難の道を歩まざるを得なかった民への深い同情と共感があるように思われる。
ポスターで確立されたミュシャらしさとはかけ離れた技法でミュシャは民族への
深い共感を描ききったと言っても過言ではないだろう。

通常の美術展では作品の子細をもっと見ようと鑑賞者が作品に近づくものだが、
こと「スラブ叙事詩」では、その巨大なスケールを鑑賞するために
ほとんどの人が作品から離れて鑑賞するというスタイルをとる。
そのため絵の近くが空き、展示室の真ん中周辺が混雑するという現象が珍しかった。

ミュシャを一躍有名にしたポスター「ジスモンダ」をはじめ堺市からの出品が
多く展示されていて目を引いたが、こういう事情(Wikipediaの「日本との関係」参照)
あったんですね。初めて知りました。

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by capricciosam | 2017-04-18 22:40 | 展覧会 | Comments(0)