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ブリュッセル・フィルハーモニー管弦楽団@KItara2017

【プログラム】

1 コネソン フラメンシュリフト(炎の言葉)
2 ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番変ホ長調「皇帝」
e リスト 巡礼の年「ヴェネツィアとナポリ」(第2年補遺) カンツォーネ
3 ドビュッシー 交響詩「海」
4 ラヴェル ボレロ
e ビゼー 「アルルの女」より ファランドール

訪日するオーケストラの中でもベルギーは珍しいと思うのだが、実演に接するのは
今回で2回目となる。1回目は2005年のロイヤル・フランダース・フィルだった。
この時は指揮が古楽の鬼才と言われたフィリップ・ヘレヴェッヘで、指揮者目当てで
足を運んだのだが、オケの技量も高く感じられず、かつ中途半端な感じの演奏で、
国内オケを聴いてるほうがましと思うくらい、がっかり感が残ったものだった。

そんな前例があったので今回もオケ自体には少々懐疑的だったが、
指揮者のステファヌ・ドゥネーブ(以下「ドゥネーブさん」という。)が
フィラデルフィア管弦楽団の首席客演指揮者ということから興味が湧いて聴きに行った。
(来札前の日本ツァー中にセントルイス交響楽団の音楽監督就任が発表された)
オケはロイヤル・フランダース・フィルより数段上手く、バランスの良い響きだった。

1は作品として何やらつかみどころがないまま終わってしまった感じだ。
拍手に応えてドゥネーブさんが楽譜を持ち上げていた。

2はオケと対峙するはずのソリストの響きが総体的に弱く、時にはオケに埋没している
ようで楽しめずに終わった。

3は5月札響定期でホリガーさんの手で目の覚めるような演奏を聴いたばかりだったが、
それにもっと艶やかさを加えたような響きは魅力的だった。

4は終わると大ホールも拍手喝采だった。うまくまとめてあったとは思うものの、
個人的には出だしの小太鼓の素気なさが興を削ぎ、終わるまで回復することはなかった。
もっとニュアンスに富んだ小太鼓は札響で聴いている。

ドゥネーブさんが挨拶した時に結構日本語がなめらかだったが、
配布されたパンフレットを見ると17歳の時サイトウ・キネン・フェステイバルで
小澤さんのアシスタントを務めた経験があるんだね。
LAブロック、RAブロックのPブロック寄りの約半分とPブロックのパイプオルガンの
両サイドを販売しない変則的なスタイルだった。客入りは8割程度か。


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by capricciosam | 2017-06-20 23:57 | 音楽 | Comments(0)

小曾根真&ゲイリー・バートン@神奈川県立音楽堂2017

「こんばんわ」

定刻になり開演を待つ客席に突如最後方から少し外国語訛りの大きな声。
振り返ると、ステージに向かって右側通路にゲイリー・バートン、
左側側通路に小曽根さんがともにゆっくりとした足取りでステージに向かって
下りてくるのが見えた。こりゃ、いきな演出だね。
お二人がマイクを持って挨拶。
以降小曽根さんがMCを努めてコンサートが進んでいきます。


終演後公開されていたセットリスト。

1 Bud Powell/Chick Corea
2 Why'd you do it?/John Scofield
3 Eiderdown/Steve Swallow
4 Remembering Tano/Gary Burton
5 Time Thread(for Bill Evans)/Makoto Ozone
6 Opus half?Benny Goodman
<休憩>
7 Le Tombeau de Couperin/Maurice Ravel
8 Sonata K.20/Domnico Scarlatti
9 Brasilia/Chick Corea
10 O Grande Amor/A.C.Jobin
11 In your Quiet Place/Keith Jarett
12 Times Like These/Makoto Ozone
e Bags Groove/Milt Jackson


2~ゲイリー・バートン・カルテットのメンバーの作品
3~同上、ベーシストの作品

5~小曽根さんはオスカー・ピーターソンにあこがれて、とにかく速く弾きたかった。
ある時パーティーの演奏に代役で出演したら、速く弾くわけにいかないので
ゆっくりと弾いていたら、後ろに立ってじっと見ている人がいたんですね。
それがゲイリーだった。そして一言。
「なんだ、弾けるじゃないか」(笑)
ゲイリーは次々にこれを演奏してみろと言ってきたが、難しいんですね。
特に衝撃を受けたのがビル・エヴァンス。
どうしても弾けなくて、30年経ってようやく書けた作品です

6~小曽根さんが父親から教えてもらい、それをゲイリーに伝えた作品
8~スカルラッティはソナタを50番も書いたそうですが、その20番目
10~9はブラジリアという割にはブラジルらしくないので、ブラジルの作品を

11~昔ゲイリーはコンサートではソロを一曲演奏していたんですが、最近はやってない。
僕もみたことがないんです、そこでゲイリーのソロを。
小曽根さんは最前列に腰を下ろして聴いていました。

12~ゲイリーに2曲作ってくれと言われたが、自宅にピアノがなかったので
なかなか作れないでいた。あるときピアノのあるゲイリーの自宅に呼ばれて
「買い物に出かけてくる、帰るまで2時間かかる、それまでに2曲作っておいてくれ」
と言われた。お見通しだったんですね、その時の一曲です。

アンコール前には最前列の人たちと一人一人握手!
e~ゲイリーはミルト・ジャクソンと二人でヨーロッパツアーをしたんですね。
という訳で最後にミルト・ジャクソンの曲を

MCは小曽根さんが努め、客席に話した内容をゲイリーに通訳するスタイルでした。
時々はゲイリーもマイクを持って話すこともあったのですが、ゲイリーの話の途中や
話を終えた途端に反応する客席に少々驚く。
つまり会話程度なら大丈夫のお客が多かったということなんだろうが、
これはジャズだから?それとも横浜だから?

アンコールを終えると会場総立ちでしたが、気分良く楽しめましたね。
会場は1000人規模の歴史ある建物でしたが、よく手入れされているようで快適でした。
会場へは桜木町駅から歩いたのですが、紅葉坂は急坂でしたね。

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by capricciosam | 2017-06-13 23:54 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第599回定期演奏会@Kitara2017

【プログラム】

1 シューマン ミサ・サクラ ハ短調
2 マーラー アダージェット~交響曲第5番より
3 マーラー 夕映えのなかで~無伴奏合唱のための
4 ドビュッシー 海~3つの交響的素描

シューマンの宗教曲では「レクイエム」は聴いていたが、1は初めて。
というよりもシューマンの宗教曲自体があまりなじみがない。
札響も今回が初演となる。

「シューマンは早くからルネッサンス時代やバロック時代の宗教音楽に興味を持ち
研究を重ねていたが、そうした伝統を踏まえながら、シューマン独特のロマン的な
和声をふんだんに駆使しているのが大きな特徴と言えるだろう。」
(公演パンフから引用)

この作品は全6楽章からなる約45分の大曲だが、確かに親しみやすいと感じた。
それ以上に、今回初来日したラトヴィア放送合唱団(以下「LRC」という。)の
ハーモニーの高さが第1曲「キリエ」から横溢しており、ついに飽きることなく
聞きとおすことができたのは彼らの比重が高かったと言っても過言ではないだろう。

「合唱王国ラトヴィアのトップ合唱団が初来日。ラトヴィア人にとって合唱は身近
かつ大きな存在だ。1873年から5年に1度開かれている国家行事「歌と踊りの祭典」は
1990年の東欧革命でも大きな役割を果たし、バルト三国の同様の行事のひとつとして
ユネスコ無形文化遺産に登録された。言ってみれば日本の「和食」にあたるのが
「合唱」というお国柄。当然水準は高い。その頂点が1940年創設の
「ラトヴィア放送合唱団」だ。男女12人ずつ24人からなるプロ室内合唱団で、
高度なハーモニーの純正さを保ったうえで、ときに大胆にその魂を歌い上げるような
スタイルは感動的。日本の多くの合唱ファンにも熱狂的に受け入れられるはずだ。」
(月刊「ぶらあぼ」より引用)

盛大な拍手にホリガーさんが楽譜を両手で高く掲げるのが印象的。
さらに、鳴りやまない拍手を中断してホリガーさんが英語で挨拶。
聞き取れた中では「first audience」「in Japan」とあったことから、
今回のLRC初来日での初めての聴衆となったらしい。なんと名誉なことよ。


この一曲だけでも足を運んだ価値があったというものだが、
驚きはこれだけにとどまらなかった。

2で札響とLRCが一緒にステージに登場し、LRCは着席。
まず、マーラー交響曲第5番の有名な「アダージェット」が単独で札響の弦楽パートと
ハープだけで演奏される。これだけでも十分なのだが、曲の終盤でLRCが立ち上がり、
スタンバイする。曲を終えてもホリガーさんは腕を下ろさず、引き続きホリガーさんの
指揮でLRCが3を無伴奏で歌いだす。
クリュトゥス・ゴットヴァルトが16声の合唱曲にアレンジした「夕映えのなかで」だ。
ちょうど、前回来演した時のシューベルトの「アンダンテ」と「未完成」をひとつの
作品として聴かせてくれたのと同じ趣と言ってよいだろう。


驚くべきことに、まるで楽器が鳴っているようだ。
一体どこで息継ぎしているの? 本当に発声しているの?
とても人の声とは思えぬ高度に洗練されたハーモニーが大ホールを満たし、圧倒。
鳥肌が立った。安易に使うべきではないと思うが「完璧」という言葉しか見つからない。
前代未聞の場に立ち会えた幸福感が襲ってくる。
本公演の白眉。というか、生涯に渡って忘れられないもののひとつだろう。

ブラボーが飛び、鳴りやまない盛大な拍手が続き、ついにLRCが再び登壇する事態に。
アンコールはなかったが、機会があるなら、ぜひもう一度聞きたいものだ。

4では指揮者ホリガーが絶好調。
色彩豊かなこの作品の真価に初めて触れた味わいが残った。札響も健闘。
改めてホリガーさんの才人ぶりに舌を巻く。

夜公演。7~8割の入りか。空席が実にもったいなかった。
録音はされていたが、放送用か。

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by capricciosam | 2017-05-19 23:56 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第598回定期演奏会@Kitara2017

【プログラム】

1 コルンゴルト ヴァイオリン協奏曲
e ラヴィ・シャンカール作曲 「ラーガー・ピールー」にもとづく即興演奏
2 ホルスト 組曲「惑星」


近年評価の高まっているコルンゴルトだが、1は札響も20年以上ぶりらしい。
ハイフェッツ盤で予習していたが、作品自体が良いとこどりの寄せ集めのような感じで、
ソリストの技巧の高さを聴くような印象が強い作品だなと感じていた。
実際、ソリストのダニエル・ホープも高い技巧で圧倒していた。
拍手に応えたアンコールも何やら珍しい作品だな、と思ったら即興演奏とはね。
確かに「インプロビゼーション」とは聞きとれたけど。


2の「惑星」を生演奏で全曲を聴くのは今回が初めてだった。
札響も20年ぶり4回目とのことだから、今回は希少な機会だった訳だが、
編成も大きく、女声コーラスも必要となればやむを得ないか。


広上さんは第1曲「火星」から札響を鳴らす、鳴らす。
曲が進むにつれ、緩急強弱自在にオケをあやつり、メリハリのある演奏で
楽しくなり自然に顔がほころんでいた。

本作品は作曲当時知られていた地球以外の7つの惑星に標題をつけた組曲だが、
実を言うとCDでは「火星」から順に聴いても聴きどころの第4曲「木星」が
終わるとそれ程注目せずに聞き流すことが多かった。
しかし、今回は意外にも第5曲「土星」、第6曲「天王星」、第7曲「海王星」が
俄然興味深かった。土星の沈鬱な音の移ろい、「魔術師」と副題のついた天王星の
変化自在ぶり。中でも打楽器(首席奏者、副首席奏者ともにブラボー!)が光る。
海王星での札響合唱団女声コーラスの健闘。
やはりこれはライブの力だと思う。これだから生演奏は止められない。
終演後会場からも惜しみない拍手が送られていた。


盛大な拍手に応えて広上さんが、概ね次のような挨拶を最後にされました。

「アンコール曲はありません(笑)。札響とのつきあいは20年以上になります。
今回客演指揮者のお話をいただいた時、単なる客演ではなく友情をつけたのは
札響の活動が広く札幌に、北海道に広まっていくお手伝いをしたいという気持ちを
表したくてつけてもらいました。ここ数年札響を振っていて、世界に通用するだけの力を
つけてきていると感じています。これからも、札響をよろしくお願いいたします(拍手)。」


「友情客演指揮者」を初めて聴いた時は「?」と思いましたが、この挨拶で疑問も氷解。
広上さんには今後もぜひ継続して登場してもらいたいものです。


夜公演。8~9割の入りか。
録音していたが、放送用か。

<蛇足>
余談だが、1でソリストも引っ込み休憩に入る時に、札響のお二人のコンマスが
立ち上がって彼の持ち込んだタブレット型楽譜の画面をのぞき込んでいた。
理由はわからないが、これだけタブレットが普及してくると、
紙の楽譜が当たり前じゃない時代が迫っているんでしょうかね?

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by capricciosam | 2017-05-13 11:27 | 音楽 | Comments(0)

「バベルの塔」展プレ・コンサートvol.2@東京都美術館

帰りの飛行機まで時間があったので、当日券で聴いてきました。
「東京・春・音楽祭2017」の演奏会のひとつで、東京都美術館で開催される
「バベルの塔」展にちなみ、作者ブリューゲルが生きていた時代の音楽を
演奏するというものです。
出演は、永田平八(リュート)、吉澤実(リコーダー)のお二人です。
リュートとリコーダーというシンプルな構成だけに、響きや音楽自体は素朴な
ものでした。アンコールには「さくら」を。
東京の桜も満開が過ぎていましたが、まだまだ見頃十分でしたね。
MCを務めた吉澤さんのお話が楽しく約1時間の間、笑いがしょっちゅう会場で
起こっていました。肩の凝らない楽しいひとときでした。

13年目を迎えた「東京・春・音楽祭」ですが、機会があれば一度じっくり聴いて
みたいものです。

【プログラム】

1 ジョスカン・デ・プレ 千々の悲しみ
2 ジョスカン・デ・プレ コオロギは良い歌い手
3 ジョスカン・デ・プレ スカラメッラは戦いに行く
4 ジョスカン・デ・プレ(ナルバエス編) 千々の悲しみ(皇帝の歌)
5 作者不詳  グリーン・スリーブス    



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by capricciosam | 2017-05-12 23:15 | 音楽 | Comments(0)

「マタイ受難曲」★BCJ@東京オペラシティコンサートホール2017

【プログラム】

1 J.S.バッハ マタイ受難曲

昨年バッハ・コレギウム・ジャパン(以下「BCJ」という)演奏会を聴いた後の
感想記事で、「受難曲を聴かせてもらえたら嬉しいのだが」と記したが、
あの時はあくまでも札幌で、という想定だった。
しかし、BCJの今シーズンブログラムが公表されたところ、5年ぶりに
マタイ受難曲を演奏するという、しかもマタイ受難曲が初演された日の前後で。
驚くと同時に、この機を逃すな、とばかりに急きょ東京で聴くことに決めた。


今回会場で販売されていた公式パンフレットを読んだところ、
藤原一弘氏がおおよそ次のようなことを書かれていた。


「マタイ受難曲の歌詞は、紀元1世紀の「新約聖書」、ルター派協会の讃美歌
「コラール」そしてバッハと同時代に書かれた韻文「自由詩」の3層のテクスト
から構成されている。そして、この3層の歌詞に加え、2つの合唱と2つの
オーケストラという構成が、歌詞における対話と音楽における対話という形で
マタイ受難曲が上演される度に常にイエスの受難と現在を結びつける。」


つまり、3層構造の歌詞と2群編成のオーケストラの重層構造が織りなす
豊かな表現が、約2千年前のイエスの受難があたかも現在目の前で目撃している
かのような思いを聴く者の心に抱かせるということなのだろう。
何故「マタイ受難曲」が現代においても、聴くたびに新鮮に迫ってくるのか
これまで他の解説を読んでもピンとこなかった点を鮮やかに解説しており、
目から鱗が落ちる思いがした。


当夜のBCJの声楽とオケの繊細にして劇的なアンサンブルは
鈴木さんの力強いリードの下、イエスの受難をまさまざと描き切る。絶品。
こんな完成度の高い演奏を名演と呼ばずして如何にとやせん、という気分だった。
特に声楽陣の歌声には毎度のことながら感動させられる。
ソロではエヴァンゲリストのベンヤミン・ブルンスの大ホールの隅々まで届く
明瞭にして深々とした声が圧倒的で、これまで聴いたエヴァンゲリストの中では
最高の感動を残した。有名な「憐れみたまえ、わが神よ」では第Ⅰ群のコンマス
の若松夏美さんがすくっと立ち上がって弾き、ロビン・ブレイズが
よくコントロールされた歌唱を披露したが、ヴァイオリンソロも実に素敵だった。


終演後、「マタイ受難曲は当分聴かなくても十分だ。」とつぶやいたが、
実演としては今夜の感動をしばらく抱きかかえていたい、というのは本音だ。
これは東京まで足を運んで正解だった。


会場の東京オペラシティコンサートホールで聴くのは2回目となる。
1回目は約10年前。大江健三郎氏の講演と武満徹の音楽というプログラムだった。
当時の記事はこちらです。


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by capricciosam | 2017-04-21 00:11 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第597回定期演奏会@Kitara2017

【プログラム】

1 メンデルスゾーン 序曲「フィンガルの洞窟」
2 シューベルト 交響曲第5番変ロ長調
3 ブラームス 交響曲第1番ハ短調

1の重く暗い抒情は実演で聴いた中ではこれまでで最良のものだった。

2は第1楽章冒頭から愛らしい表情を感じるのが一般的な解釈とは思うのだが、
エリシュカさんは細かく振ってやや素っ気ないテンポでずんずん進む。
そのため叙情的雰囲気を感じるヒマもなく、この曲が纏っていた虚飾を
次々はぎ取っていくようだった。
クールな解釈、クールな演奏とでも言えばよいのか。
しかし、決してこの曲の持ち味を損なっているようにも思えない。
むしろ新鮮なのだ。これは新たな発見をした気分だった。

3は名曲だけに札響の演奏回数も多く、これまでも札響含め実演に接する
機会も多かった。そのためブラームス交響曲全曲演奏の完結にこの曲を
持ってきたエリシュカさんの意気込みは相当のものがあったはずではないか。
2で示された方向性がさらに徹底していたようだ。
大きな流れよりも細部が浮き上がるという印象が強い。
そのため委細かまわず一体となって頂点を目指すような解釈とは距離を置く、
随所を明晰にしたことで浮かび上がる作品それ自体に語らせる
という印象の強いものとなった。
手垢にまみれた名曲ブラ1の新たな一面を示されたような思いがした。

独墺系の定番曲ばかりのプログラムだが、エリシュカさんの手にかかる
と新鮮だ。「眼光紙背に徹する」という言葉がある。
指揮者にあてはめるなら、楽譜を読んで作曲家の意図をくみ取り、
どれだけのものを演奏者、聞く側に提示できるかで、
この言葉にふさわしいか否か、ということが言えるのかもしれない。
エリシュカさんが札響を振ると刮目させられることが多々あったが、
今日の演奏を聴いて先ほどの言葉にふさわしい一人ではないか、
という思いが一層深まった。

弦楽器や木管の艶やかな響きは一貫していたが、金管の響きには
やや違和感が残った。特にホルンには力強さは感じたが、固さも感じた。

昼公演。空席もそれ程目立たずほぼ満席。
鳴り止まぬ拍手とブラボーに客席の満足度が現れていたと思う。

次回は「英雄」で10月定期に登場するエリシュカさん。
新たにベートーヴェンの交響曲に取り組むようです。
すでに取り上げた「第九」「田園」4番も重複して取り上げるのかな?


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by capricciosam | 2017-03-11 20:01 | 音楽 | Comments(0)

柳家小三治独演会@六花亭ふきのとうホール2017

7年ぶりの柳家小三治独演会。
毎年のように応募するものの、人気公演だけに落選続きで、
半ばあきらめ気味だっただけに今回は望外の喜び。
当日はあいにく吹雪いていましたが、天気にめげるもんじゃ~ありません。
会場は従来の真駒内店から新築された札幌本店ふきのとうホールに。

定刻になり開演。
はじめに登場したのは柳家三之助師匠。
7年前に登場した時は真打ち直前の二つ目でした。
落ち着いた雰囲気で手話落語ネタで笑いをとって「のめる」へ。
お互いの癖を使った化かし合いの古典だが、
演じ分けと小気味のよさがしっかりと伝わる。

続いて柳家小三治師匠登場。
「寒いところ、わざわざ出向いたのは、私の方です。」(笑)
例によって長~いまくらの中で自分は77歳だと言ってましたが、
久しぶりにみると、やはり外見は老けましたね。
脳内残像の師匠は7年前だから、そりゃあ当たり前か。
一瞬言葉に詰まる場面が多くなったし、
「自分で何言ってんのか、わかんなくなっちゃった」と言っては話があちこちに。

50歳の時働いて働いて、ようやく3週間のまとまった休みをとれた。
それで英語をしゃべりたくてUCLA近くに留学した。
というより、字幕なしで映画が観たいと思って行ったとのこと。
でも「英語はベラベラのベにもならない」し、
「あの国の言葉はあの国の方に任せた方が良い」と笑わせます。
米国だと英語を話せない移住者がいっぱいいる。
中華料理店で「This one,please.」と言っても反応は「?」
それでもちゃんと生きている。
だから日本に来て英語で話しかけるオマエが間違っている、と笑わせます。

昨年天皇陛下ご夫妻に呼ばれて一席やってきた時のこと。
「良い座布団がなくてね」そこで思い出したのが六花亭。
夏用の座ぶとんを使わせてもらったというエピソードを披露していました。
(これは帯広本店での独演会で使用しているものなんでしょうね、きっと。)
そして「(これも)言ってみれば、みなさんのポイントのお陰」(笑)

40分余りの長~いまくらを終えて「宗論」へ。
浄土真宗を信仰する父とキリスト教を信仰する息子のいさかいの話。
息子のデフォルメされた話っぷりで笑いをとって、さげは定番どおりに。
落語に入ると言葉の詰まりもなく、淀みなく話の世界に引き込んでいく
その様は、さすが名人という他ありません。

中入り。真駒内では定番だった茶菓の接待がありません。
あのひと時はほんわかして好きだったんですが、少々残念。

再び小三治師匠が登場。
着物を代えて羽織は着ていません。
出る直前に鏡を見て「改めて老けたなー」と笑わせます。
「(世の中には)そそっかしいのが2通りいる」ときて、「粗忽長屋」へ。
以前聞いた「船徳」「付き馬」のようなボリュームのある古典を期待していたのですが、
古典の定番中の定番だが、ちょっとこぶり。
まあ、師匠の年齢を考えたら無理はいけません。
2席聴けただけでもありがてぇ、ってもんです。
しかも、当夜の「粗忽長屋」はお手本のような出来。
どうも、うまいねぇ~、さすがだね~。

最後にご挨拶をし、「表はすっかり晴れ渡って月夜です」と一瞬言葉を切り
破顔一笑して「だったら良いですねぇ~」と会場を再び大笑いさせ、お開きです。
師匠にも、もてなしの変化にも改めて7年の歳月が流れたことを感じましたが、
でも毎年開かれている独演会だけに、ここまで継続してきた師匠にも、
六花亭にも賛辞を惜しみませんね。
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【追記2017.8.8】
「高座では、仏壇の前で小言を言う演目「小言念仏」を小気味よく披露した一方、
認知症の一種、アルツハイマー病を患っている可能性があると告白。
「今年に入ってからか。頭がおかしくなる、アルツハイマー」と衝撃発言(略)
関係者によると、同病と診断されたわけではなく、「年をとると物忘れがひどくなるので、
その治療をしている」という。小三治も「アルツハイマーかもしれないってこと」と
ひょうひょうと報道陣に説明した。」

(以上、サンスポより引用)
唐突に心配な記事が、、、



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by capricciosam | 2017-02-02 23:57 | 舞台 | Comments(0)

札幌交響楽団第596回定期演奏会@Kitara2017

【プログラム】
1 J.S.バッハ 管弦楽組曲第3番ニ長調
2 J.S.バッハ 管弦楽組曲第2番ロ短調
e J.S.バッハ 管弦楽組曲第2番ロ短調より第7楽章「パディヌリ」
3 J.S.バッハ 管弦楽組曲第1番ハ長調
4 J.S.バッハ 管弦楽組曲第4番ニ長調
e J.S.バッハ 管弦楽組曲第3番ニ長調より第2楽章「アリア」

管弦楽組曲はJ.S.バッハのオーケストラ曲の代表的作品で、第3番第2曲「エール」が
「G線上のアリア」として演奏会でも耳にすることが多い。
しかし、全曲演奏会となると話は別で、今回が初めてだった。

札響での演奏回数も組曲ごとにみると、第2番が13回と比較的多いものの、
1番、3番は一桁台、4番に至っては今回が札響初演。
つまり「札響とバッハ」は案外ありそうでなさそうな取り合わせだったという訳だ。
その上、出演は団員の半分程度でパートによっては出番なしの変則編成だけに、
定期演奏会より名曲がふさわしいのかも?なんてことも頭をよぎる。
今回は「バッハ・プロジェクト」の第1弾として企画されたようだが、
よくぞ踏ん切ったと企画そのものにあっぱれをあげたい気分だ。

所有するCDでは番号順収録なので、順番に聴くのを常としていたが、
今回の演奏順はポンマーさんの指示によるものだそうだ。
華やかに始まり、協奏曲を経て華やかに終わるという構成は、
全体をひとつの作品としてとらえられ、なかなか新鮮だった。

札響も弦楽器を中心にオーボエ、ファゴット、トラペット、ティパニ、チェンバロが
緊密なアンサンブルを築き、素晴らしい響きが大ホールを満たす。
特に、トランペットとチェンバロは見事だった。
また、フルート協奏曲の趣のある第2番ではフルート首席がソロを務めたが、
堅実で安定感があり十分楽しめた。欲を言えば更なる華か。

ポンマーさんは、古楽器演奏で聴かれるようなゴツゴツした演奏ではなく、
音楽の自然な流れを重視した明るく、親しみに満ちた演奏を求めていたようだ。
昨年秋の特別レクチャー(未聴)でポンマーさんは

「本来の音楽がどんなに陽気な表情にあふれているか、お楽しみください」
 (会場配布資料より引用)

とおっしゃっていたようだが、まさしく本公演ではそれが体現されていたと思う。
もっとも、奏でられた音楽の表情の暖かさ、なじみやすさは温微的、表層的とも
とられかねない側面もあろうから、そういう点では好みは分かれるのかな。
しかし、

「長い間ドイツの民衆の間で発展してきた舞踏音楽と、華麗で洗練されたフランスの
宮廷音楽を合流させ、生活力あふれる素朴な民衆音楽を芸術的な高みに至らせたもの」
 (会場配布資料より引用)

という視点で見ても決して的外れなものだったとは思えない。
会場からはブラヴォー含め盛んな拍手が送られていた。
最後にポンマーさんが楽譜を高く掲げていたのが印象的。

昼公演。客入りは8~9割か。
CD化目指した録音が行われていたが、途中で大きなくしゃみがあったのは残念。

「バッハ・プロジェクト」第2弾は12月定期の「クリスマス・オラトリオ」(抜粋)です。

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by capricciosam | 2017-01-28 22:19 | 音楽 | Comments(0)

札幌交響楽団第595回定期演奏会@Kitara2016

【プログラム】

1 ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番変ホ長調「皇帝」
e ビゼー(ブゾーニ編) カルメン
e リスト グランド・ギャロップ・クロマティック
2 ワーグナー 「ニーベルングの指環」より
 ・ワルハラ城への入場
 ・ワルキューレの騎行
 ・魔の炎の音楽
 ・森のささやき
 ・ジークフリートの葬送行進曲
 ・ブリュンヒルデの自己犠牲

ワーグナーの代表的作品は歌劇(楽劇)のため、普段生の歌劇に縁遠い身としては
せいぜい演奏会の中で歌劇の序曲を聴くぐらいが生でワーグナー作品に親しむ機会になる。
もっと親しもうと思うと10数分か2~4時間か、という極端な選択をしなければ
ならなくなる。これが作品鑑賞としてのワーグナーのハードルを高くしている面もある
のかもしれない。しかし、個人的には序曲集のようなCD一枚でも聴いていて飽きる
ことはなく、ワーグナー作品の持つ不可思議な魅力にからめとられてしまうのだ。
それほどワーグナー作品自体の磁場は超強力だと常日頃から感じていた。

今回指揮される飯守泰次郎さんは我が国屈指のワーグナー指揮者で、近年札響を
数回指揮されているが、ワーグナー作品は序曲1~2曲程度だっただけに、
今回のようにワーグナー作品でも長大さでは群を抜く「ニーベルングの指環」の
抜粋版演奏は久しく待っていたものだ。

また、「ニーベルングの指環」の管弦楽用の編曲版としては、ヘンク・デ・ヴリーガーに
よる「オーケストラル・アドヴェンチャー」(1992年エド・デ・ワールト指揮、
オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団で初演)があり、14曲を60分程度に抜粋、編曲
している。(以上、Wikipediaによる)
ちなみに、エド・デ・ワールトが2003年PMFに登場した時にこれを
とりあげている(未聴)。

ステージ一杯に大幅増員された100名からなる札響は壮観の一語に尽きる。
札響の繊細かつ強烈な音はまるで、飯守さんの指揮にあわせて呼吸するがごときで、
織りなす響きが大ホールを満たすのは痛快至極で、聴き飽きすることはなかった。
近年力をつけてきているだけにどのパートも大健闘だったが、
特に、トロンボーンはじめ金管楽器群が印象深かった。
やはりワーグナー作品には強烈なブラスの咆吼が似合う。
ただ、トッティではオケとしての余裕があまり感じられなかったのは少し残念。

暗譜で通した飯守さんにも驚いたが、安心して聴くことができた。
待った甲斐があるというものだ。歌唱なしでも十分堪能させてもらった。
ただ、歌劇本来の鑑賞としては歌唱もあったほうが良いだろう、とは思う。
飯守さんと札響の組み合わせでワーグナーの歌劇を聴くとなれば、
やはり、2018年の札幌文化芸術劇場開場を待つことになろうか。
こけら落とし公演「アイーダ」以外は未発表だが、ワーグナーも上演されないかな、、

1のホジャノフはアンコール含め大ホールは大いに湧いた。
確かにピアノ小僧ぶりには驚いたし、きれいで迷いのない音は魅力的だとは思うものの、
オケとの一体感があまり感じられず、「皇帝」としては淡々と終わった印象。

昼公演。空席もあまり目立たず客入りは9割程度か。

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by capricciosam | 2016-11-26 23:58 | 音楽 | Comments(0)